医学界新聞

連載

2009.04.06

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【4回】貧血へのアプローチ

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 ここでは,普段見過ごしやすい貧血へのアプローチをみていきたいと思います。ヘモグロビン値が若干低く,漫然と鉄剤が処方されている症例を見かけることがあるかと思います。ひとつの病態としてプロブレムリストに挙げ,しっかりとワークアップをしてみましょう。

■Case

 68歳の女性で高血圧,糖尿病,3年前に心筋梗塞の既往がある。高血糖と呼吸苦のために入院した。以前の心電図と比較して変化はみられないが,トロポニンがわずかに上昇。非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)と診断された。ヘモグロビン(Hb)値が8.4g/dLと低いために輸血を行うことにした。

Clinical Discussion

 貧血は輸血によりHb値を是正することは可能だが,なぜ貧血があるのか,その背景を考える必要がある。その鑑別を進めることが,ここでのポイントである。もうひとつのポイントは輸血の目標値である。どのHb値を目標とするのか? その判断にエビデンスはあるのだろうか?

マネジメントの基本

貧血の鑑別診断の基本

STEP1 (図)RI(Reticulocyte Index:網赤血球数指数)は必ず調べる。RIが2以上の場合は出血など血液の損失,赤血球破壊(LDH上昇,ビリルビン上昇,ハプトグロビン減少)など溶血を考える。RIが2未満の場合,次のステップに進む。

STEP2 大球性,小球性,正球性貧血の分類。

 貧血の鑑別診断のファーストステップ

大球性貧血(MCV>100):アルコール依存,甲状腺機能低下,肝疾患などを調べる。その上で,血清ビタミンB12値と葉酸値を計測。ビタミンB12欠乏症と葉酸欠乏症は治療可能でかつ見落とされがちな重要疾患。両値とも正常範囲内の場合は必ず尿中もしくは血清メチルマロン酸(methylmalonic acid:MMA)と血清ホモシスチン値を計測する。(1)ビタミンB12欠乏症ではMMAとホモシスチン両方とも上昇する。(2)葉酸欠乏症ではホモシスチンのみ上昇する。MMAとホモシスチンが正常の場合は他疾患の鑑別診断のため骨髄穿刺が必要になることがある。

小球性貧血(MCV<80):サラセミアや鉄芽球性貧血などの重要疾患はあるが,鉄欠乏性貧血(Iron Deficiency Anemia:IDA)と慢性疾患による貧血(Anemia of Chronic Disease:ACD)を理解するのがまず基本である。この理解のためには,WeissらによるAnemia of Chronic Diseaseという論文((3))が必読である。ACDは感染症,悪性疾患,免疫疾患,慢性腎疾患と炎症など重大疾患を背景に呈する。IDAと混在することもしばしば見かけるため診断が難しいが,重要なポイントだと考えてしっかりと学んでほしい。

 表に鑑別のポイントをまとめたので参照していただきたい。可溶性トランスフェリン受容体(soluble transferring receptor:sTFR)というものがある。これはACDとIDAを鑑別する上で役に立つ検査(Blood1997;89(3):1052-7)だが,実際の臨床現場での認知度は低く,もっと活用することが望まれる。それには貧血のワークアップを始めるという意識が重要だろう。

 「慢性疾患による貧血」と「鉄欠乏症貧血」を鑑別する際のポイント
  慢性疾患による貧血(ACD) 鉄欠乏性貧血(IDA) 両疾患混在
ACD+IDA
血清鉄 減少 減少 減少
トランスフェリン 減少もしくは正常 上昇 減少
トランスフェリン飽和度 減少 減少 減少
フェリチン 正常~上昇 減少(15以下はほぼIDA) 減少~正常
Fe/TIBC
血清鉄と総鉄結合能の比
18%以上 18%以下  
可溶性トランスフェリン受容体(sTFR) 正常 上昇 正常~上昇
sTFR/log ferritin
可溶性トランスフェリン受容体とlogフェリチンの比
低(<1) 高(>2) 高(>2)
治療 背景疾患の治療
輸血
エリスロポエチン製剤
鉄製剤は投与しない
鉄製剤
・貧血を治すのに6週間
・鉄貯蔵の回復のためには6か月
ACDの背景疾患の治療
輸血
エリスロポエチン製剤
鉄製剤を投与してもよい

正球性貧血(MCV80-100):慢性疾患による貧血(ACD)など原因としては幅広く考えられるが,出血という基本をまずは考えておくこと。入院患者の貧血をみたときに,消化管からの出血を除外するために直腸診そして便潜血反応を調べるのは研修医の重要な仕事のひとつと考えられている。血液塗抹像を含めた基本的な検査にて診断がつかない場合,骨髄穿刺まで必要なケースも出てくるかもしれない。詳細は各自学習していただきたい。

ヘモグロビン(Hb)目標値
1)集中治療では輸血の機会が多いかと思われる。TRICC trial((5))は,Hb値が7g/dL以下になったら輸血して7-9を維持する戦略(輸血制限群)と,Hb値が10以下になったら輸血して10-12を維持する戦略(輸血自由群)で比較したところ,制限群では輸血量を54%低下させ,30日死亡率ではあまり違いはみられなかったものの,全体としては死亡率が低いことがわかった。APACHE IIが20以下もしくは55歳以下を見た場合,輸血制限群のほうが,死亡率が低いことがわかった。この臨床研究がこの分野におけるここ10年の基礎となっている。TRICC trialは必ず心にとどめておくこと。

2)急性心疾患の現場で貧血を見た場合にいつ輸血を考慮するか。これはまだ議論の最中で答えは得られていない。10/30の法則(Hb値10g/dL,Ht30%を目標とする)があるが,これに疑問を投げかける研究が多い。急性心疾患では貧血(Hb値11g/dL以下)を死亡率上昇のリスクファクターとしている(Circulation2005;111(16):2042-9.)。しかしながら輸血すること自体が死亡率を高める報告が出てきている(JAMA2004;292(13):1555-1562.)。Aronsonらによる研究では急性心筋梗塞において8g/dL以下を下回った場合に輸血することを提案している(Am J Cardiol2008;102(2):115-9.)。今後どのようなデータが出てくるか注目したい。

3)エリスロポエチン製剤使用におけるHbの目標値に関するエビデンスも,各疾患ごとに出されている。これはまたの機会に紹介したい。

診療のポイント

・貧血をみたら原因を調べること。なんとなくの輸血や鉄剤投与はしない。
・ヘモグロビン値が7g/dLを下回るようならば輸血をしたほうがよい。目標値は7-9g/dLである。
・心疾患を持つ患者に対するヘモグロビン値の目標値も,低めのほうがよいデータが出てきている。

この症例に対するアプローチ

 これまでの臨床研究のデータによれば,NSTEMIの患者にみられる貧血は7.0g/dL以上ならば輸血しなくてもよい。このまま輸血せずに貧血のワークアップをまず開始するのがよい。しかし,この患者は10/30の法則(Hb値10g/dL,Ht30%を目標とする)に従い輸血を受けた。そのため貧血のワークアップを行うことができず,退院となる。外来では鉄剤が処方され,そのまま経過観察となるも,数か月後に下血にて入院。大腸癌と診断される。

Further Reading

(1)Smith DL. Anemia in the elderly. Am Fam Physician. 2000;62(7):1565-72.
 ↑貧血の基本が凝縮されたレビューで必読と思われる。
(2)Punnonen K, Irjala K, Rajamaki A. Serum transferrin receptor and its ratio to serum ferritin in the diagnosis of iron deficiency. Blood. 1997;89(3):1052-1057.
(3)Weiss G, Goodnough LT. Anemia of chronic disease. N Engl J Med. 2005;352(10):1011-23.
(4)Bain BJ. Diagnosis from the blood smear. N Engl J Med. 2005;353(5):498-507.
 ↑血液塗抹像に関する論文。これはうまくまとまっている。
(5)Hebert PC, Wells G, Blajchman MA, et al. A multicenter, randomized, controlled clinical trial of transfusion requirements in critical care. Transfusion Requirements in Critical Care Investigators, Canadian Critical Care Trials Group. N Engl J Med. 1999;340(6):409-17.

つづく

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