医学界新聞

連載

2009.04.06

連載
臨床医学航海術

第39回

  医学生へのアドバイス(23)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回は「視覚認識力-みる」に関連して,「現象」を「整理する」ことについて述べた。今回は「視覚認識力-みる」の項を終わるにあたって,筆者自身対応に苦慮したある「現象」について述べる。

人間としての基礎的技能
(1)読解力――読む
(2)記述力――書く
(3)視覚認識力――みる
(4)聴覚理解力――聞く
(5)言語発表力――話す,プレゼンテーション力
(6)論理的思考能力――考える
(7)英語力
(8)体力
(9)芸術的感性――感じる
(10)コンピュータ力
(11)生活力
(12)心

視覚認識力-みる(6)

 人生において常識では理解不可能なさまざまな「現象」を体験することがある。その不可解な「現象」は単に一時的なもので見て見ぬふりをすればやりすごせるかもしれない。しかし,それらの「現象」の中にはどうしても逃げることができずに自分で対処しなければならない不可解な「現象」もある。筆者がどうしても逃げることができずに対処しなければならなかった不可解な「現象」として,子どもの「夜泣き」という「現象」がある。今回はこの「現象」について述べたい。

夜泣き
 子どもには夜泣きする子としない子がいる。自分の子どもが夜泣きしない,あるいは,自分に子どもがいないか自分が子育てしなければ,「夜泣き」という「現象」はまったくどうでもよい「現象」である。しかし,いったん自分の子どもが「夜泣き」をしてその子を自分が子守するとしたら,それは自分の睡眠を脅かす大問題となる。

 この「夜泣き」という「現象」であるが,実際に医学書で調べてみると,医学書にはほとんど記載されていない。「夜泣き」は通常,新生児から数年間で消失する「現象」である。だから,それが何であれその数年間なんとかすれば最終的にはなくなるのである。したがって,医学書はこの「夜泣き」という「現象」を扱わないのかもしれない。しかし,この「夜泣き」という「現象」は実際に存在するので,少なくとも「現象」としては記載すべきはずである。ところが,医学書には「夜泣き」という「現象」の記載自体がないばかりか,それが生理的現象なのか病理的現象なのかの記述もないのである。小児科の疾患の項目に「夜泣き」がないので,おそらく「夜泣き」は病理的現象ではなく生理的現象として取り扱われているのかもしれない。しかしそれならば,小児の正常発達の項目で生理的現象として医学書に記載すべきである。欧米の小児科の教科書には,日本の「夜泣き」に当たる“colic”という項目があって,それによると“colic”は腹痛などの原因によるものであり,治療は対症療法であるなどという記載がある。しかし,そんな記載では「夜泣き」に対処するにはほとんど役に立たなかった。

 ここで「夜泣き」に対処するには,医学書は無益であることが判明した。したがって,頼みにするのはいわゆる育児書という一般書しかなかった。自分が医療者であるので,「夜泣き」が医学書にほとんど記載されていないのであれば,育児書などの素人が書いた一般書など読みあさっても何も得るところはないのではないかと失礼ながら考えた。しかし,実際に頼りにするのは育児書しかなかった。それならば,ダメもとで何の役にも立たないかもしれないが,何かしらの知識を共有することによって自分の心理だけでも楽になるかもしれないと考えて育児書を読むことにした! そこで,何冊かの育児書を購入して,この「夜泣き」について調べてみることにした。すると,なんとそこには学問的ではないが,「夜泣き」という「現象」についていくつか実際に役に立つ知見が記載されていたのである!

 いくつかの育児書によると,「夜泣き」とは原因不明の「現象」で,その「現象」を「子どもは泣くのが仕事である」という言葉が示すように「生理的現象」ととらえる立場と,「夜泣き」とは言語で意思表示できない子どもが何かを訴えている「病理的現象」であるとする立場があるということである。「生理的現象」説も「病理的現象」説もどちらも一理あるが,そのどちらが正しいかは当の「夜泣き」している子どもとコミュニケーションができないので実証しようがない。ただ,「夜泣き」が「生理的現象」説がいうようにほんとうに「子どもは泣くのが仕事」であるならば,仕事である泣くことは勤務時間の昼間だけにして夜間は泣かないでほしいと思った。もしも「夜泣き」が子どもの仕事であるならば,子どもの勤務時間は夜勤帯なのか,と。

 そして,この「夜泣き」という「現象」は生まれてから添い寝をする習慣のあるアジア人の子どもに多く,生まれてから子どもを子ども部屋で一人で寝かせる習慣のある欧米人の子どもには少なく,欧米人の子どもには逆に夕方に泣く「たそがれ泣き」という「現象」が多い。また,世界中には「夜泣き」などの「現象」がまったく認められない部族があることも記載されていた。それは大家族の部族で24時間大家族の中の誰かしらが子どもをだっこしてあやすことができるということであった。

 このように明確に原因を説明できない「夜泣き」であるが,なんと育児書にはわからないながらいくつかの対処方法が記載されていたのであった!

 その育児書に記載されていた「夜泣き対処法」については次回紹介することにする。

次回につづく

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