素敵な無駄使い(井部俊子)
連載
2009.03.23
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
日曜日,目覚まし時計の音ではなく,自然に目覚め,春のやわらかな光に包まれて背のびをしてから,朝の入浴をする。トーストとコーヒーの簡単な朝食をすませて,一週間ぶりのそうじをして,10時を迎える。30分間は東京FMの「メロディアス・ライブラリー」を聴く。作家の小川洋子が一冊の本を紹介しながら,曲が流れる。スイッチを切り,銀座に出かけて映画を観る。それから,教文館で好きな作家の新刊本を漁り,松屋で洋服をみて,キャンティでお茶をする。その後,自宅近くのスポーツクラブで45分間のアクアビクスをして帰途につく。そのころは街は暮れなずみ,街灯が子どもたちのいなくなった公園にともる。このパターンが私の好ましい日曜日の過ごし方である。もっとも,日曜日に開かれる学会や会議などで,往々にしてこのパターンがくずれるのだが。
今回は,2月最終の日曜日に放送されたメロディアス・ライブラリーにて紹介された『放課後の音符(キーノート)』で,「そうよね」と思ったことを書くことにした。この本は山田詠美の作品で,1989年10月に新潮社から出版されている。実は,私は自称「山田詠美のおっかけ読者」なのだが,この本はまだ読んでいなかった(ということに,家中の本棚を探してみて気がついた)。
無駄使いをしないと良い大人にはなれない
ラジオのパーソナリティをしている小川洋子さんは,「彼女の作品は小説なのに線を引きたくなるような表現がある」と言い,『放課後の音符(キーノート)』のあとがきを絶賛していた。これを耳にした私は早速,教文館に出かけて入手したわけである。その本は1992年11月に角川文庫になっていた。
『放課後の音符(キーノート)』は,女子高生の心象を綴る8編の恋愛小説集である。そのあとがきに山田詠美は「放課後が大好きな女の子たちへ」と題してこう書いている。
「良い大人と悪い大人を,きちんと区別出来る目を養ってください。良い大人とは,言うまでもなく人生のいつくしみ方を知っている人たちです。悪い大人は,時間,お金,感情,すべてにおいて,けちな人々のことです。若いということは,はっきり言って無駄なことの連続です。けれど,その無駄使いをしないと良い大人にはならないのです。死にたいくらいの悲しい出来事も,後になってみれば,素晴らしき無駄使いの思い出として,心の内に常備されるのです。私は,昔,雑誌で,悩みごとの相談をやっていましたが,本当は,他人が他人にアドヴァイス出来ることなど何もないのです。いかに素敵な無駄使いをしたか。そのことだけが,色々な問題を解決出来るのです。学生時代の放課後は,その無駄使いのためのちょうど良い時間帯なのです。と,いうわけで,なあんにも考えずに,恋や友情にうつつを抜かして欲しいものだと,私は思います。〈後略〉」
看護基礎教育の開始時期
そういえば,私も,以前こんな“法則”を書いた。「若いときにクリアしておくべきことは,遊びと恋愛とセックスである。もしそれらが不十分であると年をとってから歪んで現れる」と(井部俊子監修,ナースの法則200――ベテランナースのよりどころ,日本看護協会出版会,1998年,p102)。
看護という仕事は,相手の人生に立ち入り,心身のケアをするという使命を持っている。こうした職業につくには,「人生のいつくしみ方を知っている良い大人」である必要がある。それには,若いときに多くの「無駄使い」をしておく必要があり,きちんと無駄使いをしておかないと,年をとってからいろいろな形で歪んで現れると考えられる。
この考えは,「看護の基礎教育を始める時期をいつ頃にしたらよいか」という議論に発展する。職業としての看護教育の開始時期は,ある程度「良い大人」になっておくことが前提ではないかと私は思う。早すぎる看護教育は,この理屈でいうと,のちに歪みが生じる。不全感や早期の離職などはこの歪みの現われかもしれない。もちろん,一般教養としての看護学は,良い大人になるために役立つであろう。
(つづく)
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