医学界新聞

寄稿

2009.02.02

寄稿
研究者養成のためのFaculty Development

錦織 宏(東京大学医学教育国際協力研究センター講師)


Faculty Developmentの義務化

 2008年より,文部科学省によって日本のすべての大学や短期大学に対して,教員の教育能力を向上させるための研修(Faculty Development;以下FD)が義務づけられた。本邦の医学界におけるFDは,本年度で第35回目を数える「医学教育者のためのワークショップ」(富士研ワークショップ)にその歴史を遡るが(註1),ここ数年は2004年に新しく施行された初期臨床研修制度の影響もあって,臨床指導医を対象にしたFDが数多く行われている(註2)。

 内容も,これまではカリキュラム開発や基本的な教育技法などが主であったが,最近はビジネス領域で用いられるコーチングやプロフェッショナリズム教育などの内容が盛り込まれてきている(註3)。今回の義務化によって,今後FDの質・量の拡充が予想されるといってよいだろう。

研究者養成のためのFD

 そのような現状のなか,東京大学医学部(以下,本学)ではその教育理念に基づき,研究者養成に主眼を置いたFDを本年度より行っている。同様の内容のFDは,本邦ではまだあまり行われていないが,医学部出身の研究者の減少が問題視されるようになってきたことや,「優れた医学研究者を育成すること」が「良い臨床医を育てること」と並んで医学部の責務の一つであることも鑑みると,今後需要が増していくと考えられるため,本稿にその内容を紹介する。

 なお本学では「MD研究者育成プログラム」という,研究者養成を主眼においたカリキュラムも本年度より始めている。

学部長のリーダーシップと教員のニーズ調査

 研究者養成に主眼を置いたFDのアイデアは,本学でのこれまでのFDが臨床教育の内容を主としていたため,基礎医学系の教員にあまり興味を持ってもらえていなかったことが一つの契機となった。著者が医学部長と方針を検討すると同時に,各研究室を回ってFDの企画内容に関するニーズ調査を行ったところ,多くの教員が研究者を志望する若手医師の減少に危機感を抱いており,また研究者の養成方法について疑問を抱いていることが明らかになった。

 そこで医学部長のリーダーシップのもと,それらのニーズに応える形で,基礎系・臨床系を問わず各教室の教員に参加してもらって,昨年10月25日に「リサーチマインドを育てる」というテーマで表のようなFDを実施した。なおこのようにFDは,学部長のリーダーシップのもとで,大学の教育理念に基づき,また教員のニーズに応える形が望ましいとされる(註4)。

 2008年度東大医学部FDの内容

シンポジウムとワークショップ「研究者養成経験の共有」

  • 基調講演(清水孝雄教授・医学系研究科長/医学部長)
  • 細胞分子薬理学教室での研究者養成(飯野正光教授・医学系副研究科長)
  • 神経細胞生物学教室での研究者養成(岡部繁男教授・MD研究者養成コース室長)
  • 細胞生物学教室での研究者養成(廣川信隆教授・前医学系研究科長)
  • 代謝・栄養病態学教室での研究者養成(門脇孝教授・医学部附属病院副院長)
  • 公衆衛生学教室での研究者養成(井上和男准教授)
  • ワークショップ「リサーチマインドとは何か?」
    KJ法を用いたブレーンストーミング&上位概念化と全体討論

ランチョンセミナー「共用試験と臨床研修制度」
 (北村聖教授・医学教育国際協力研究センター主任)

ワークショップ「リサーチマインドの育成に必要なこと・課題は?」
 KJ法を用いたブレーンストーミング&上位概念化と全体討論

シンポジウム「海外での研究者養成」

  • 英国オックスフォード大学のカレッジ制度
    (錦織宏助教・医学教育国際協力研究センター)
  • ケースウェスタン・リザーブ大学の研究者養成のためのカリキュラム改革
    (ダニエル・ウォルポー教授・元医学教育国際協力研究センター客員教授)

2008年度東大医学部FDのアウトカム

 冒頭の医学部長の基調講演では,国立大学医学部長会議において示された医学部卒業生の研究者としてのキャリアに関するデータが提示され,研究者養成に関する取り組みの必要性が改めて確認された。また世界で一流とされる各研究室からはそれぞれの研究者養成の取り組みが紹介されたが,共通していたのは「高い山の頂上にまで登らせること」であった。

 さらに午後のワークショップ「リサーチマインドの育成に必要なこと・課題は?」では,日ごろから研究者養成に関して抱えている課題を教員間で共有できたのみならず,リサーチマインドの育成には「成功体験」「外的環境の整備」「ロールモデルの存在」「研究者の適切な評価」等が必要であることなど,多くの建設的な意見が出された。参加者の半数以上が基礎医学系の教員であったこともあり,普段あまり接することのない教員間(特に基礎医学系と臨床医学系)のコミュニケーションの場を提供できたことも,このFDの成果の一つとしてあげられるだろう。

FDの今後と医学教育部門(センター)の役割

 本邦の全大学に義務化されたFDであるが,教員の教育能力養成というその本質を考えると,内容は教育理念の異なる大学ごとに多様であってよい。また,臨床教育が医学教育の一部であるということも鑑みると,今後のFDは臨床教育の内容のみならず,研究者養成や基礎医学教育に関する内容も含まれるようになってくるであろう。

 さらに,どのような形になってもFD開催にあたっては,近年,多くの医学部に設立されてきている医学教育部門(もしくはセンター)の果たすべき役割が非常に大きい(註4)。同部門は,学部長をはじめとする大学幹部や各教室の教員とのコミュニケーションを十分にとって,ニーズに基づいた形のFDを実施するためのコーディネーター役を担うことが望まれる。

註1)第35回医学教育者のためのワークショップ(富士研ワークショップ),医学教育,39(5),2008.
註2)日本医学教育学会FD小委員会:医療プロフェッショナルワークショップガイド,篠原出版新社,2008.
註3)HANDS-FDF(Faculty Development Fellowship)
 http://mywiki.jp/familydoc/HANDS-FDF+%28Faculty+Development+Fellowship%81j/[Accessed 29 November 2008]
註4)McLean M, Cilliers F, Van Wyk JM.: Faculty development: yesterday, today and tomorrow. Medical Teacher., 30, 555-584, 2008.


錦織 宏氏
大阪出身。1998年名大医学部卒。同年より市立舞鶴市民病院内科で研修し臨床の基礎を学ぶ。海南病院などを経て2004年名大大学院(総合診療医学)。05年医学教育振興財団のプログラムで英国オックスフォード大研究員,06年英国ダンディー大医学教育学修士課程。07年より現職。現在は,社会医学としての医学教育学の体系化と医学教育研究者としてのロールモデルをめざして,試行錯誤する毎日。FDは組織横断的な活動であるため対話が重要だと感じており,毎晩お笑い好きな妻との会話でコミュニケーション力をトレーニングしている。

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