医学界新聞

寄稿

2008.11.17

【寄稿】

飯塚病院のインシデント・アクシデント即時報告システムとその運用

井上 文江(株式会社麻生 飯塚病院 医療安全推進室・副室長(看護管理師長/医療安全管理者))


システム構築のきっかけと運用開始までの開発経緯

 飯塚病院では医療の質向上を目標に,2005年から東京大学飯塚研究室,早稲田大学棟近研究室の協力を得てISO9001認証に取り組み,2008年取得するに至った。ISO9001では是正処置と予防処置が要求されているが,当時のインシデントレポートは看護部のみの運用で,分析やその後の対処はきわめて限定的な状況であった。インシデント・アクシデントは日々怒涛のように発生しており,速やかに対処できなければ問題が山積するばかりで,いつかは崩壊し,埋もれてしまうように思えて不安であった。

 これを踏まえ,副院長,医療安全管理者を中心に東京大学飯塚研究室・久保欣也氏の協力で,2006年に病院全体の医療安全体制を再構築し(図1),インシデント報告体制もPC端末からの「即時報告システム」として完成させた。このシステムは看護師だけでなく,医師,コメディカル,事務職員などすべての職員からの不具合報告の収集・対処を一元的に分析・管理できるように設計され,病院全体で医療安全に取り組む姿勢が確立された。

システムの特徴と運用方法

即時報告入力システム】対応が後手にならないように,原則としてインシデント・アクシデント発生後24時間以内に電子入力する(図2)。即時に入力可能とするため,報告者は発見者でもよく,さらに要因や再発防止策は部署内での検討会後にも入力できるようにいったんは「一次保存」で登録しておき,部署内での検討も考慮に入れて,要因や再発防止策を追記できる方式とした。

 即時に入力することで,早い時期に所属長と医療安全管理者が状況把握し事故後対処がスムーズに行えると同時に,現場の状況を熟知している当該部署に要因や再発防止策の提言を促すことで,ともに対策を考える姿勢を育てることができる。

 2007年度の報告(図3)は5305件で投薬・注射・輸血が最も多く,次に検査,転倒・転落が上位を占めている。その他には褥瘡も含まれる。このシステムを通じたインシデント報告数は,従来に比べ2倍に増加し,院内のあらゆる部署・職種から報告がなされるようになっており,病院全体に即時報告の習慣が浸透している。

即時報告書の処理】即時報告を確認すると,関係する診療科部長や看護師長,委員会,部門へメールにて即時フィードバックを行い,インシデント・アクシデントを共有し,個人の問題として片付けるのではなく,部署や部門,病院全体の問題として捉えることができるようになっている。

 医療安全管理者はヒアリングを兼ねて現場をラウンドし,即時報告書の不明な点やその後の患者状況を確認する。同時に,部署内で改善・対応が可能な多くの案件については,指導や標準作業手順の周知・徹底をその場で促す。その後,即時報告書は分類され,「重大な影響を及ぼしたケースや頻度の多いケース」「改善法が容易でないケース」「標準作業プロセスがないケース」「プロセスに問題があるケース」は恒久的再発防止策をとるために,医療安全推進室会議や分析・対策立案部会,MRM(Medical Risk Management)委員会で対応を検討している(図4)。

 即時報告書の統計・内訳と重要案件については毎月の部長会や看護師長会,分析・対策立案部会で報告し,事故情報の共有と注意喚起を行っている。

事故減少に向けた取り組み――システム運用を通じて

要因分析・対策立案部会】要因分析・対策立案部会のリーダーは小児科の部長が務め,各部署のセーフティマネジャーから構成し,メンバーは96名いる。即時報告の中で複数の部署・部門に関係する課題は,この部会の中からメンバーを6-7名選出し,1か月かけて分析から対策立案まで行う。これはセーフティマネジャーの教育も兼ねているので,分析の経験者と未経験者を混在してメンバーを結成している。

 ひと月当たり一事例を取り扱い,これまでに院内暴力対応マニュアルや転倒時のチェックリストなどを作成した。また,この部会の役割には現場の安全文化の醸成もあるので,自部署内でKYT(危機予知トレーニング)活動を行い,その結果を毎月の会合時に輪番で報告する。現場での医療安全の浸透に大いに役立っている。

フィードバック・レベルアップミーティング】即時報告の中から看護の質に大きく関与している事象を取り上げ,毎月8-10回のランチミーティングを開催する。

 1回あたりの参加者は10人で,リーダーとしてメンバーへどのようにフィードバックすれば質の高い看護を実践できるかの検討を参加者によるブレーンストーミング形式で行う。同じ部署では同じような看護を行っているので,相互に気づきが少ないが,多くの部署が集まることでさまざまな意見が出て看護の観点も広くなり,他部署の看護師の知識に驚き,学習意欲につながる。

 毎月行っているミーティングに対するアンケートの結果では,ほとんどの看護師が現場で役に立っていると答えている。

医療安全推進室の取り組み

 図1の組織図でもわかるように,医療安全推進室は,医療安全体制の要である。それは単に即時報告システムにより,すべての不具合報告が集約されるからだけではなく,安全文化・改善の土壌を病院という多分野・多職種の技術集団の中において育てていくための部署間・職種間を橋渡しする役目を担っているからである。

 これからの課題としてより詳細な分析やフォローアップにも力を注がなければならない。しかし,現実には膨大な即時報告への対応に忙殺されているため,このシステム自体もより効率的・効果的なものをめざして改善していかなければならないと考えている。

・株式会社麻生 飯塚病院
・開設 大正7年(1918年)
・定床数 1,116床(一般978床,精神138床)
・従業員 1,652名(医師229名 看護師847名 医療技術者262名 事務その他314名)
・平均在院日数 15.0日
・一日入院患者数 850名 外来患者数 2,158名
・救命救急センター併設
 一日平均受診者数135名 2次・3次は17名
 ナースによるトリアージ体制
・地域医療支援病院
・地域がん診療連携拠点病院
・臨床研修指定病院
・日本医療機能評価機構認定病院
・ISO14001,9001認証取得

※数字は2007年の実績


井上文江氏
1972年飯塚病院附属看護学校卒後,(株)麻生 飯塚病院に入職。98年同院看護部業務改善委員会委員長,2001年同院医療安全委員会副委員長。06年より現職。

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