医学界新聞

連載

2008.11.03

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔第3回〕

肝腎要の風邪の勘

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2800号よりつづく

 前回第2回は,劇症型心筋炎に学びました。「重症疾患は守備範囲外」と逃げ腰を決め込まないでくださいね。重症患者は,軽症患者に紛れて,しばしば立て続けに訪れます。医師が逃げれば,患者もその医師から逃げ出すでしょう。

■症例

Mさんは47歳・女性,家庭の主婦。「いつまでも風邪が抜けず,体がだるい」。5年前に健診で偶然指摘されたHBs抗原陽性の経過観察のため,A医院に3か月に1回,通院中。

ビニュエット(1)
A医院を予約外に再診

休診の日曜日,Mさんから電話です。「お休みの日に申し訳ありませんが,具合が悪いので,診てもらえませんか」。A医師は,すぐ来院するよう指示しました。診療録には以下が要約されています。HBV Profile:subgenotype Ce,HBV-DNA<2.6logcopies/ml,HBsAg(+),HBeAg(-),HBeAb(+)。ALT23IU/l。腹部超音波:特記すべき所見なし。処方なし。母親:HBVキャリア。同居の夫・長男・長女:HBワクチン接種済み。

来院したMさんは憔悴しており,両眼が潤んでいます。2週間前,悪寒戦慄を伴う高熱で寝込みました。以後,体がだるく,37℃台の微熱が続いています。鼻閉,咽頭痛,咳,呼吸苦,胸痛なし。この1週間,心窩部がムカムカし,食欲なく,肉や魚を見ると強い嘔気。栄養専門学校に通っている娘に「疲れてるなら,ビタミン取らなきゃ」と言われ,毎日,みかんばかり食べてきました。「それで体は楽になりました?」「いいえ,日ごとにつらいです」。腹痛,腹部膨満感,下痢なし。他医受診なく市販薬の服用もなし。

A医師はMさんの両手掌,両眼,舌を診ました。「皮膚と白眼が黄色いですね」「みかんの食べ過ぎでしょうか?」「それだけではないかもしれません」「そういえば,先生,みかんで,おしっこも濃くなりますか?」「ちょうど調べてみようかと思ったところです」尿はコーラ色。試験紙法でビリルビン+,ウロビリノーゲン+。潜血,蛋白,糖,ケトン体は陰性。A医師は席を外し,隣の事務室でどこかに電話しています。

A医師に代わり,Mさんに診療方針を説明してください。

 MさんのB型肝炎の状態を分析してみましょう。HBsAg(+)に加えてHBeAg(-)かつHBeAb(+)ですから,HBe抗体陽性のHBV無症候性キャリアですね。治療は必要ですか? ALT値が正常範囲内で,ウイルス量も少ないので,経過観察とします。Primary Care医を自認するA医師は次の3点に留意してきました。(1)血液検査による肝炎活動性の定期モニター。(2)劇症化の予知:HBV無症候性キャリアは,ウイルス増殖力を得た場合,劇症化の可能性があります。(3)肝細胞がんのスクリーニング:無症候性キャリアからでも肝細胞がんが発生するので,AFP,PIVKA-IIの測定および腹部超音波またはCT検査を定期に施行します。

 Mさんの皮膚黄変の原因は何でしょうか? みかんの食べ過ぎはよくあるネタ(高カロチン血症)ですが,脂溶性であるカロチノイドは体表面では表皮角質層の細胞間脂質に選択的に沈着するため,i)粘膜と眼球結膜は黄変せず,ii)角質の豊富な手掌,足底,膝小僧,肘鉄砲で黄変が顕著となります。一方,黄疸は,総ビリルビン値2-3mg/dlを超えると認知されます。ビリルビンが弾性繊維に親和性を持つため,皮膚上皮より弾性線維の豊富な眼球結膜と舌下に最初に現れるので,「黄疸診察は白眼と舌下から」が基本です。Mさんは黄疸が出ているようですね。休日の一人診療所で,これをどのように裏づけますか? 答えは尿定性検査です。尿ビリルビン陽性なので,a)肝細胞障害,b)胆汁うっ滞,c)胆道系閉塞のいずれかが存在します。尿ウロビリノーゲン陽性ゆえ,a)肝細胞障害の可能性が高まります。また,尿潜血陰性なので黄疸の原因となる溶血の可能性は下がります。検尿は血液検査より侵襲度が低く,即時に結果が得られます。「検尿=腎疾患」ではなく,「検尿は身体の窓」と覚えておきましょう。

 A医師はMさんに,B型肝炎が急性増悪しており,劇症化への対応のため直ちにC医療センター受診が必要と,落ち着いて丁寧に説明しました。

ビニュエット(2)
C医療センターに緊急搬送

出迎えた医師が,「A先生にはお世話になっています。私はCと申しますが,Mさんの主治医となります。A先生に比べたら力不足ですが」と挨拶しました。Mさんと付き添いの夫は,ほっとしました。

C医師は,以下の追加所見を得ました。ここ2-3日,そわそわと落ち着かず,昼夜逆転傾向(1)。身長150cm,体重48kg。体温37.2℃。血圧124/86mmHg,脈拍96/分,呼吸数18/分。皮膚および眼球結膜黄変あり。眼瞼結膜,頸部,咽頭,心音,呼吸音に異常なし。口臭あり。腹部平坦。心窩部に圧痛あり。肝脾触れず。波動なし。表在リンパ節腫脹,下腿浮腫,羽ばたき振戦なし。白血球8800/μl,Hb12.3g/dl,Hct36.1%,血小板12.3万/μl。Cre0.9mg/dl,BUN9mg/dl,血糖89mg/dl,総蛋白6.5g/dl,アルブミン3.5g/dl,AST3850IU/l,ALT3620IU/l,ALP186IU/l,LDH1620IU/l,T-Bil10.9mg/dl,D-Bil7.1mg/dl(D/T比0.65),PT64%,ChE156IU/l,Fibrinogen138mg/dl,FDP8.6μg/ml,NH3 132μg/dl。腹部CT上,肝に大小の低吸収域をびまん性に認め,腹水と軽度肝萎縮あり。

臨床診断は何ですか?

 Mさんの経過は「急性肝炎」にしては,典型的ではありません。急性肝炎であれば,発黄のころ,肝細胞は再生に向かっているため,悪心・食欲不振・倦怠感などの症状も軽快するはずです。発黄期に入っても症状が悪化している場合,肝細胞の破壊が進行している可能性があり,重症化と劇症化を念頭に置きます。

 診断を劇症肝炎と仮定すると,発症後2週間で昏睡度I(破線(1))なので,急性ではなく亜急性に分類されます。B型キャリアの亜急性型劇症肝炎は予後が悪い(救命率約10%)ので「先手を打つ治療」が必須で,PT60%以上の段階から治療を開始します。また,Mさんはイ)45歳以上,ロ)亜急性型の経過,ハ)D/T比0.65なので,劇症肝炎による死亡が予測され,肝移植の候補です。しかし,Mさんは「他人の臓器を受けることは自然の摂理に反する」と移植の選択を断りました。

 C医師は,MさんをICUに収容し,第1病日より,核酸アナログ製剤エンテカビル0.5mg/dayとステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1g/day×3日間)を開始。連日の血漿交換+血液濾過透析も併用。抗原抗体価は不変なるも,HBV-DNA6.4logcopies/mlとウイルス量増加。IgM-HAV Ab(-),HCV Ab(-),HDV Ab(-)。第3病日,昏睡度III,羽ばたき振戦出現。鎮静の上,陽圧換気開始。第4病日以降,ステロイドを漸減し,シクロスポリンの漸増置換を図りました。第9病日のPT12%を最重症点とし,以後緩やかに肝機能回復。第25病日,ICUから内科病棟に生還。第67病日,退院。

劇症肝炎の診療

(1)原因はB型肝炎が最多(4割)。しかし,「不明」が第2位(3割)を占めるので油断大敵。
(2)「昏睡度II度以上」と「PT40%以下」の診断基準を満たすまで待っていては手遅れ。昏睡度I度,PT60%で集学治療を手配。
(3)AST,ALT,NH3の高値に気を奪われない。肝機能のモニターはT-Bil,D/T比,PTで。

 大部分の急性肝炎は,黄疸さえ出現しないため,肝機能検査をしない限り,「風邪」と診断され,自然治癒します。黄疸が出ても「風邪」と思っている患者がいる一方で,黄疸の患者を「風邪」と診断して帰してしまう医師もいます。守るべき原則は単純で,「未評価の黄疸を放置しない」こと。「専門外」と思うのは大きな勘違い。医師の処方で患者が劇症肝炎になることもあるのです。その責任の重さを忘れないように。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その三

患者は,医師ではないので,どのような体調不良も「風邪」のひと言で訴えがち。「風邪」百連発にうんざりし,「たかが風邪で」とつぶやいたとき,臨床判断に黄色信号が灯ります。

調べてみよう!

1)尿定性検査(ビリルビン,ウロビリノーゲン,潜血)による黄疸の原因の鑑別。
2)A型からE型まで,肝炎ウイルスマーカーの種類,解釈,使い分け。
3)「劇症肝炎の診断基準」と「肝性脳症の昏睡度分類」(犬山シンポジウム1981年),「劇症肝炎における肝移植適応のガイドライン」(日本急性肝不全研究会1996年)。

つづく

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