医学界新聞

2008.10.27

脳の社会的活動について考える

第32回日本神経心理学会開催


 第32回日本神経心理学会が9月18-19日,河村満会長(昭和大)のもとホテルパシフィック東京(東京都港区)にて開催された。神経心理学領域では,これまでの個人の症例検討から脳の社会的機能にまでその関心が広がっている。また,それに伴い医師,神経科学者,心理学者,PT・OT・STなど,複数分野の研究者のコラボレーションも進んでいる。本会でも鼎談「脳とソシアル――創造の原点を探る」として,詩人の谷川俊太郎氏,脳科学者の下條信輔氏(カリフォルニア工科大),神経内科医の岩田誠氏(東女医大)が登壇。谷川氏の詩を題材にそれぞれの立場から熱い議論を交わした。本紙ではシンポジウム「脳の社会的コミュニケーション能力」の一部を紹介する。


金銭がいかにして報酬たりえるのか

 シンポジウム「脳の社会的コミュニケーション能力」(座長=岩田誠氏)では,はじめに筒井健一郎氏(東北大大学院生命科学研究科)が,「損得勘定する脳:金銭感覚の脳内機構」と題して口演。食欲や性欲など一次欲求を満たす一次報酬と異なり,金銭や社会的報酬といった二次報酬は,本来中立である刺激が学習を通して報酬としての価値を持つものである。このような報酬の価値が,脳内でどのように表現されているかを調べるために,筒井氏らは二者択一式自由選択課題を用い,課題遂行時の脳活動について画像分析を行った(実験施行後にタスクでの獲得金額が報酬として与えられる)。その結果,金銭が関与するタスクにおいては,一般的な報酬系であるドーパミン細胞あるいは腹側・背側線条体ではなく,帯状回周辺において強い賦活が見られた。さらに帯状回周辺で報酬に関与する部分と罰に関与する部分が分かれているらしいことも明らかになった。

 過去の研究から,帯状回や島皮質は,他人の痛みを感じる(共感)部位,また社会的疎外による心理的な苦痛など,感覚入力を伴わない心理的に生起された痛みに伴って賦活することが知られており,この実験によって,本来は中立的な感覚刺激が,帯状回や島皮質で快/不快情動と関係付けられ,情動的価値が与えられる可能性が示唆された。

パーキンソン病患者における意思決定の問題

 小早川睦貴氏(昭和大)「ギャンブルする脳:神経疾患における社会的認知機構」では,パーキンソン病患者における意思決定の問題についての研究結果が発表された。

 パーキンソン病(以下,PD)では主症状である運動症状,表情・視線の認知や失言の理解といった社会認知障害に加え,病的賭博,買い物依存,摂食亢進などさまざまな社会行動障害が見られることが明らかになっている。脳病変に伴い社会行動障害が起こることはPhineas Gageの例からも明らかであるが,これらPD患者の行動障害の背景に意思決定の問題が関与しているのか否かを検討するため,小早川氏らは健常者とPD患者におけるギャンブル課題を行った。その結果,PD患者では健常者に比べハイリスクな選択を行うことが明らかになり,意思決定上の問題が指摘された。すなわち日常生活で明確な社会問題として表出していなくても,意思決定過程にはなんらかの問題があると示唆された。

 またソマティック・マーカー仮説に基づく,意思決定と情動反応の関係も検討された。ソマティック・マーカー仮説とは,意思決定をしようとする際に,俗に「嫌な予感」という言葉で表されるような身体感覚が表出し,意思決定を助けるというもの。

 小早川氏らは,健常者とPD患者におけるギャンブル課題中の情動反応を,精神性の発汗である皮膚コンダクタンス反応(SCR)を用いて測定。PD患者では意思決定の前・後ともに健常者に比べて情動反応が低いことを明らかにした。その上で,ソマティック・マーカー仮説に基づき,一つの試行における意思決定前後の情動反応が低いため,次の試行でも不利な選択をしてしまうとし,情動システムからの情報が強い影響を及ぼす不確定な状況下での意思決定において,PD患者が不利となる原因を説明した。

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