変革するPMDA(近藤達也)
インタビュー
2008.10.27
【interview】
変革するPMDA
人材育成と国際調和をめざして
近藤達也氏(独立行政法人医薬品医療機器総合機構 理事長)に聞く
日常診療において医薬品や医療機器は必要不可欠なものだが,それらを承認審査し,安全対策を担う医薬品医療機器総合機構(以下,PMDA)については,医療界で十分に認識されているとは言えない現状がある。
一方,ドラッグ・ラグや薬害肝炎の問題が大きく取り上げられるなど,PMDAに対する社会的な関心は高まってきている。医薬品行政の再編論議もさかんだ。2008年4月に理事長に就任した近藤達也氏に,医師と薬事行政の接点や今後の展望を聞いた。
――最初に,PMDA発足の経緯や主な業務についてご紹介ください。
近藤 PMDAは現在,医薬品・医療機器の(1)承認審査,(2)安全対策,(3)健康被害の救済,という3つの業務を柱としています(図1)。これらの業務はもともと旧厚生省内で行っていたことですが,やがて「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」(1994年~),「医療機器センター」(1995年~),「国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター」(1997年~)と3つの組織が設立され,同時並行で業務を行っていました。その後,特殊法人の整理合理化計画が閣議決定され,これら3つの組織を統合したかたちでPMDAが2004年4月に発足するに至ったわけです。
現在は,PMDAが前述の3つの業務において科学的判断を行い,厚労省が実際の行政を担う,と役割を分担し,連携を図っています。
臨床医の登用と人材育成が必要
――3つの業務のうち承認審査については,欧米で承認されている医薬品が日本では未承認で国民に提供されないという「ドラッグ・ラグ」問題が指摘されています。
近藤 世界初上市から平均して約4年遅れているとされています(図2)。厚労省が文科省・経済産業省と共にまとめた「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」(2007年4月)では,新薬の上市までの期間を2.5年間短縮して欧米並みにすることをめざしています。その中では,審査人員を倍増(3年間で236人増員)するとともに,質の向上を図ることが盛り込まれています。
――米国のFDA(食品医薬品庁)と比較すると,PMDAの職員数は桁違いに少ないそうですね。
近藤 FDAの職員数は,審査・安全対策関係だけで約2900人。欧州はEMEA(欧州医薬品庁)とEU加盟当局を合計すると約3540人となりますね。PMDAは2008年4月1日現在で426人。そのうち審査部門には277人,安全部門に65人となっています。厚労省の担当課と合わせても,非常に少ない人員です(表)。
表 副作用等症例報告件数等と人員の国際比較 | ||||||||||||||||||||
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厚労省「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」資料より一部改変 |
――それでも,PMDA発足当時と比べるとかなり増えたのですね。
近藤 急激に増えています。また,審査人員だけでなく,安全部門の増員についても検討しているところです。医薬品の認可は出発点に過ぎません。市販後のフォローも非常に重要だと考えています。
――PMDAの職員のうち,医師は何人在籍されているのでしょうか。
近藤 いまは私を入れて25人です。大学や病院からの派遣が多いですね。FDAは医師が400人近く在籍していますし,PMDAにも最低50人ぐらいは必要でしょう。審査や治験の相談,市販後のリスクマネジメントなどにおいて,現場をよく知る医師が本来担うべき役割は大きいですし,組織が活性化されることは間違いありません。臨床医の登用は,私の大きな任務のひとつだと思っています。
――米国の医師にとって,FDAで働くことはエリートコースだそうですね。
近藤 まったくそのとおりです。その後に大学や高度先進医療機関で活躍するというキャリアパスが確立しています。
――日本でも,同じようなキャリアパスがひらけるのでしょうか。
近藤 徐々にではありますが,PMDAでの経験を活かして大学や病院で活躍する医師が増えてきています。将来的には,PMDAを「世界最高の頭脳集団」とすることをめざしていきたいと思います。
医薬品の審査業務は,薬学や生物統計学の専門家と共にチームで遂行するので,臨床医以外のさまざまな専門家との人脈形成ができます。審査報告書の作成も大変に知的な作業で,彼らが愛の鞭でもってビシバシと赤ペンを入れるわけです(笑)。しかも,その報告書によって,ある場合には製薬会社の経営が傾くかもしれない。そういう真剣勝負の場を経験することは,医師として決して無駄な経験にはならないと思います。
臨床医の方々には,2-3年でもいいのでPMDAに“国内留学”してもらいたいと望んでいます。その後にまた病院や大学に戻るのもいいと思います。PMDAで得た知識や人脈を活かしつつ臨床研究の中核的人材として活躍することが,結果的に治験の活性化につながっていきます。
■「規制の科学」と国際調和の進展
――臨床医の治験への関心が高まらないのはなぜでしょうか。
近藤 治験が活性化しない理由のひとつは,臨床医にとってのインセンティブが足りないことです。しかし,そのインセンティブというのが,どうも経済的な側面ばかり指摘されている。しかし,「それだけではない」と私は思うのです。医師はそれほど落ちたものではありません。
臨床医の治験への関心が低いのは,多くの治験があまり面白くないからでしょう。もちろん面白い治験もありますが,二番煎じのような治験だと,ただでさえ多忙なのに積極的に参加しようという気になりません。「この医薬品ならば,患者さんがよくなるかもしれない」という期待を抱かせる治験ならば,積極的に参画するだろうと思うのです。そういう意味でも,国際共同治験の推進が重要となります。
そして,臨床医の方々に改めて理解を深めてもらいたいのは,医薬品を承認する過程においては,医学や薬学などのacademic scienceだけでなく,さらにもう一歩踏み込んだregulatory science(註)があるということです。医薬品は有効性だけでなく,安全性との兼ね合いも評価する必要があります。また,高価な医薬品を承認することによる社会的な影響も検証する必要があります。そういったregulationを科学的に行うのが規制当局の役割です。
――そういった承認審査に関する国際的なスタンダードもあるのでしょうか。
近藤 医薬品分野における最も代表的な国際会議としては,ICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)があります。この会議では,新薬承認審査の基準を国際的に統一することをめざしています。非臨床試験・臨床試験の実施方法やルール,提出書類のフォーマットなども標準化されつつあり,国際的なルールに則り,医薬品が承認されているわけです。
残念ながら,国際的なスタンダードから外れてしまっている治験や臨床研究も多く見受けられます。今後の臨床研究は,ICH基準に則ったものでなければ採択されなくなるでしょう。
専門家集団の横糸を強化する
――近藤先生は,PMDAの前身時代も含めて,初の臨床医出身の理事長ということで,医師と薬事行政のかかわりが今後さらに増していくことが期待されますね。
近藤 実を言うと,もともと私は新薬の開発に関して積極的な意見を持っているほうではなかったのです(笑)。しかし,国立国際医療センター時代に,HIVの治療薬が劇的な進化を遂げたことが,非常に大きな出来事でした。
当時はまだ治療法が確立されておらず,HIV感染症・エイズ治療のセンターを引き受けたときは,難局を覚悟しました。しかし,その後すぐに開発されたのがHAART療法で,それまでは助けることができなかった患者さんが元気になったわけです。あのおかげで,国際医療センターは生き返った。患者団体との関係もずいぶんよくなりました。新薬の開発というのは,成功すればこんなに素晴らしいものだということを,直接の関係者として身をもって感じたわけです。
特に治療が難しい疾患については,医師から行政や製薬会社に対して積極的に提言して,新薬の開発に全力で取り組んでほしいと思います。もちろんPMDAも,治験相談体制を拡充強化したり,承認審査の基準を明確化したりするなどして,全力で支援していくつもりです。昨今の病院はチーム医療を徹底的に進めていますが,PMDAにおいても今後はチームの体制をとって,横糸を強化していくことが重要だと考えています。
(了)
註:基礎科学や応用科学など既存の科学体系とは異なり,限りなく進歩する科学技術を,真に国民の利益にかなうように調整する科学。regulatory scienceにおいては,標準的試験法や判定法の開発が重要な分野となる。狭義には「行政科学」。「有効性と安全性の評価科学」とも言える。医薬品のほか,食品,原子力など,安全性について社会的関心が高い領域で注目されている。
◆独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)
URL=http://www.pmda.go.jp
近藤達也氏 1968年東大医学部卒。同大脳神経外科教室入局,マックス・プランク研究所留学,国立国際医療センター手術部長などを経て,2003年より同センター病院長。08年4月より医薬品医療機器総合機構理事長。世界で最初の全身用定位的放射線治療装置の開発(1997年1号機完成)でも知られる。 |
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