医学界新聞

2008.10.13

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療経済学で読み解く医療のモンダイ

真野 俊樹 著

《評 者》山内 一信(藤田保衛大教授・医療管理情報学)

医療のモンダイを経済の視点からみたひと味変わった解説書

 現代の医療界にはさまざまな問題,課題がある。特にその仕組みを社会学的,経済学的,さらには医療機関のマネージメント機能からとらえる視点は,良質の医療を行ってゆくための医療提供体制を考える上で重要である。このほど,これらの問題を分かりやすく解説した『医療経済学で読み解く医療のモンダイ』(真野俊樹著)が医学書院から発刊された。

 医療経済学の多くの成書は「経済学とは」という解説から大上段に振りかぶり,経済を成立させている需要・供給の問題に触れ,市場経済,統制経済の解説,そして医療は市場経済にはなじまないので統制経済の要素が強いにもかかわらず医療費は増大し続けることを述べ,少子高齢化が進み負債が増大する日本の経済基盤の中で,どのように良質で効率的医療を達成したらよいのかという流れが一般的である。このような論旨の展開では,まず経済学とは何かという難関に立ち向かうことになる。

 そこで著者・真野は医療が抱える現実の問題は何かということを設定し,その問題を経済的要素からとらえるところから切り込む。「はじめに――医療経済学の考え方」では,経済学は自然科学と異なり真実を定めにくい学問であることを指摘し,その考え方として,(1)計画経済と,(2)合理的経済人をベースにした方法論的個人主義,市場経済を,さらに新しい考え方として非経済的動機を重視した経済社会学を取り上げている。第1章では医療費はどう成り立ち,なぜ増大するのか,また医療費が高くなることは問題なのかどうか,といったテーマを扱い,第2章では保険の仕組みを解説し,第3章で医療の仕組みに経済学の論理から切り込んでゆく。

 医療費については国際的にみて高くないことを示し,増加の原因として人口高齢化,技術開発,出来高払い,サービス産業としての特異性などを挙げている。保険については,その根本は所得再配分(移転)であることを指摘。保険者の役割として予防医療,疾病管理の重要性を挙げた。DPCは包括評価ではあるが,基本的には出来高制であり,医療費抑制への効果は少ないものの,ベンチマークを通してミクロ的効率化に役立つ可能性を指摘した。

 第3章では前章からの効率化の論点を受けて,費用対効果などの経済性分析の解析法,効率化の意味,機能分化・医療連携の方向性,病床数削減,医療従事者の増加,人件費と疲弊の問題,公立病院での官僚的組織の構造的問題と統合・再編・民営化への課題,さらに市場の失敗が起こる原因と診療報酬が公定価格であることの意味,医療サービスを行う側の差別化の必要性,そして最後に医療の質・評価をどう判断するのかを示し,評価には患者満足度だけでは不十分であるとして,臨床評価の重要性を説く。

 最終章では,米国,英国,フランス,ドイツ,さらにはタイ,韓国,シンガポールの医療制度を紹介し,日本の医療制度を見直す機会を与えている。

 本書の特徴である医療のモンダイを経済学的に解析するという視点は,著者が今までの多くの著作を通して考えついた視点であろう。本書の特徴は図や表が多く,それが最新のもので分かりやすくまとめてあることである。また各項の終りにはその項で述べた論点を要領よくまとめている。したがって,ある程度経済学を理解し,かつ忙しい方はこのまとめと図表とをじっと見ることにより,著者の言いたいことが分かるのではないかと思う。またコラム欄は最近最も話題性の高い内容,例えば「保健指導」「医療訴訟」「医療機器業界」などについて経済学的解釈を加えて解説している。

 本書は,医療の仕組みは経済学的観点からこうあるべきであるという論点よりも,医療のモンダイを経済学からみるとこう解釈されるという視点が貫かれ,経済学的に読み解くための有用な成書であると確信している。

A5・頁232 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00659-0


腰痛に対するモーターコントロールアプローチ
腰椎骨盤の安定性のための運動療法

齋藤 昭彦 訳

《評 者》大西 秀明(新潟医療福祉大教授・理学療法学)

図表を含め,文献を丁寧に引用 腰痛治療に役立つ一冊

 われわれ理学療法士は,臨床現場において腰痛症の治療に携わることが非常に多い。その際,明確な診断名がついている場合もあるが,そうでないことも多々経験する。また,明確な診断がついている場合でも,その痛みを軽減・改善させることは容易ではない。ここ数年,腰痛症患者に対する多裂筋や腹横筋などの深部筋トレーニングの重要性が数多く報告されている。しかし,その効果や機序に関するエビデンスがどのくらいあるのか,常々疑問に感じていた。本書は,多裂筋や腹横筋などの深部筋トレーニングの重要性について非常に多くの文献を引用し,可能な限りのエビデンスを記載している。また,超音波画像装置等を利用した著者自身の研究成果も盛り込まれており,非常に優れた本であると感じる。原著は2004年に出版されており,2003年までの文献が引用されている。可能な限り最新の情報を掲載しているところもうれしいところである。

 本書は,Richardson C, Hodges P, Hides J著『Therapeutic Exercise for Lumbopelvic Stabilization: A motor control approach for the treatment and prevention of the low back pain, 2nd edition』の訳本であり,5部・16章から構成されている。第1部は序論である。第2部(2-6章)は「関節保護メカニズム」についてであり,腰椎・骨盤の安定性や支持機構,腰椎・骨盤帯のバイオメカニクス,腰・腹部周囲のモーターコントロールについてまとめられている。第3部(7-9章)では,「関節保護メカニズムの障害の概念」について,損傷や疼痛のモデルについて紹介されている。第4部(10-12章)では,「関節保護メカニズムの障害」について,腰痛の腹部メカニズムや傍脊柱メカニズム,体重支持筋群の機能障害について,第5部(13-16章)は,「腰痛の治療と予防」について,分節安定性のメカニズムや局所的な分節コントロール,閉運動連鎖分節コントロールについて記載されている。

 タイトルに示されているように,本書はモーターコントロールの観点から深部筋を中心とした腰椎・骨盤支持機構の安定性を改善しようとするものである。経験だけに基づいた特殊な手技ではなく,すべての章において図表も含めて丁寧に文献が引用されているため大変有用である。腰痛症の治療にあたり,一読されることをお勧めしたい一冊である。

B5・頁260 定価5,880円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00312-4


消化器内視鏡リスクマネージメント

小越 和栄 著

《評 者》多田 正大(多田消化器クリニック院長)

内視鏡に携わる者が必読すべき教科書

 ◆社会的に要求される内視鏡医療のリスクマネージメント
 繰り返される医療事故が社会的にも問題視されてから久しいが,医療従事者が原因究明と事故防止に努めることは責務である。まして合併症や偶発症の危険性が少なくない消化器内視鏡診療において,普段からリスクマネージメントの在り方を考えておくことは重要である。その精神を理解することは正しい診断と安全な治療に直結し,偶発症発生の予防,不幸にして事故が発生したときには患者の被害を最小限に留めることにつながる。内視鏡医やコメディカルはリスクマネージメントを知らずして診療に携わることはできないと断言しても過言ではない。

 日本消化器内視鏡学会でも各種委員会などにおいて,安全な内視鏡診療の在り方に関する討論が繰り返され,必然的にさまざまなガイドラインが提案されてきた。本書の執筆者である小越和栄先生は,常にこの方面の議論の中心にいる存在であり,さまざまな提案を行ってきた最大の功労者の1人である。小越先生は海外における内視鏡診療の現況と問題点に熟知し,わが国の医療水準と社会的ニーズなどの事情を考慮しながら,リスクマネージメントの概念の普及に尽力してきた先駆者である。私も学会リスクマネージメント委員会における報告書作成の場で,小越先生の博学と篤い情熱を知り,教えられることが少なくなかった。

消化器内視鏡リスクマネージメントの聖書
 その小越先生が永年のテーマである消化器内視鏡診療におけるリスクマネージメントの基本を一冊の書籍としてまとめたことは意義深い。小越先生の主導する消毒法や循環動態に関する報告書は過去に学会誌に記載されてきたし,総会の特別講演の場で先生の持論を拝聴する機会は幾度もあった。これらの内容を一冊の書籍にまとめていただいたことは,学会会員やコメディカルにとっても理解しやすく,ありがたいことである。

 本書はガイドラインの目的と意義,内視鏡診療に従事する者の基本的な心構え,実際の安全な内視鏡診療の基本,そしてガイドラインに沿うことができないケースでの対応の仕方など,内視鏡医療に必要なリスクマネージメントの精神と実践のすべてが記載されている。書籍のタイトルは堅苦しいが,誰が読んでも理解できる平易な文章であり,その精神は十分に理解できる。今日のわが国の内視鏡医療水準における重要な事項がすべて記述されているから,本書は参考書ではなく教科書,否,聖書と断言できる位置づけの書籍である。それだけに第一線の現場にいる内視鏡医はもとより,これから内視鏡を学ぶ研修医,内視鏡医療に従事するコメディカルに至るまで,すべての人に読んでほしい貴重な書籍である。本書の内容を理解せずして,内視鏡医療を安全に行うことはできないことを痛感する。

 「医療崩壊」が取りざたされている昨今,医療の本質と構造を根幹から見直す機運が高まっている。それだけに内視鏡医療の在り方を考えるためにも,本書に記載されたリスクマネージメントの精神は重要である。

B5・頁144 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00604-0


生きるための緩和医療
有床診療所からのメッセージ

伊藤 真美,土本 亜理子 編

《評 者》内藤 いづみ(ふじ内科クリニック)

地域でいのちを紡ぐユニークな有床診療所活動

 ◆医療崩壊の時代に一筋の希望
 本書を手に取ってお読みいただければ,医療崩壊が騒がれる現代の日本に,これほどの勇気と覚悟と矜持を持って,己の世界観を表現する医師たちが存在することに驚かれることだろう。同時に,未来に希望の光を感じてくださるのではないかと思う。

 千葉県南房総で,「花の谷クリニック」という有床診療所を運営する伊藤真美医師が,兵庫・鳥取・鹿児島・山梨を旅して,日本には数少ない末期患者への緩和医療を含めた総合的な医療提供を行うユニークな有床診療所の4人の医師とそのパートナーにインタビューしたものをまとめている。

 ご自分へのインタビューは,山梨で働く若き女医に委ねて,心境を丁寧に答えている。本書は,主取材者の伊藤医師の誠実で,まじめで,一途な性格が反映され,似た悩みを共有するがゆえに,どの診療所の医師たちも,正確な数字を隠すことなく挙げてわかりやすく答えている。小さな開業活動をしている私も,各医師たちのその厳しい経営運営を具体的に知り,それを乗り越えるバイタリティに頭が下がる。

 有床診療所とは何か? 私は52歳になるが,思い出してみると小さいころ,町には馴染みのお医者さんがいて外来や往診をしてくださり,10床ほどの入院棟に必要な時には入院させてくれた。祖母はその先生の往診を受けて,家で平和に静かに亡くなった。そんな診療所が各町や村にあったが,大病院ができるに従って少なくなっていった。住民たちは大病院のほうが高度で最新鋭で頼りがいがあり,町の診療所は時代遅れと思ったのかもしれない。1950年には在宅死が8割であったのに,2000年には病院死が8割になったことが,そのプロセスを証明している。いのちの誕生も死も私たちの目の前から消え,隔離された医療施設へ移っていった。

希望の芽を育てるために
 有床診療所は19床以内の病床を持つ小規模医療施設である。病院ではないから入院費はとても低く抑えられていて,除々に減額されて,平均で1日5000円~6000円。厚生労働省認可の病院の緩和ケア病棟では,包括で1日約3万8000円。緩和ケアに必要なのは,特に人の手とスペシャリストナースたち。それは,すぐ人件費に直結する。“同じ医療内容を提供しているのにこの値段の違いは何なのか?”という,この5人の医師たちの憤まんやるかたない悩みが語られる。

 自分の考えるいのちのケア,地域でいのちを紡いでいくための医療活動に邁進する5人の医師たち。死もいのちの一部であり,死は文化である。そうした,それぞれの宇宙観を実現するためのユニークな有床診療所活動。しかしながら,本書のかなりの部分が,経営をどうしていくか,ということに割かれているのは,このような深く貴い活動が,イギリスのように助成金も与えられず,個人の経営手腕に掛かっているからだ。介護保険収入,外来収入,入院収入を上げ,赤字になりがちな有床診療所の経営を安定させるために,各医師がおそらく寝る間も惜しんで獅子奮迅の働きをなさっていることがよくわかる。幸いなことに,皆さんよきパートナーに恵まれている。

 このような活動が診療報酬にもっと評価され,過酷な仕事ではあるが,経営者が少し安心した気持ちで働けるようになってほしいと心から願う。それと同時に,日本中の地域の住民が,自分のいのちの最期の過ごし方,家族との向かい合い方,支えられ方について,その選択肢を広げるためにもっと真剣に考え始めてほしい。厚生労働省を動かすのは国民の声だと思う。そのためにひとりでも多くの市民の皆さんが本書を読んで,5人の医師たちの試みを知っていただきたい。

A5・頁304 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00653-8


はじめての放射線物理学

新津 守 監訳

《評 者》江原 茂(岩手医科大学教授・放射線医学)

忙しい研修医に適切な放射線診断物理学の教科書

 本書はEdward Nickloffの『Radiology Review: Radiologic Physics』の翻訳で,この題名が示すようにアメリカの放射線科専門医試験対策の教科書である。日本の医師国家試験対策本に類似しているが,本書は経験と実力ある一流の研究者・教育者・物理士によってまじめに書かれている。

 本書の構成は,すでに学習を終えた読者のための箇条書きの基本事項の要約と20~30の演習問題,そしてそれに対する解説から成っている。基本事項の要約は簡単であるが,理解しやすいスキームが添付されている。また演習問題は難し過ぎず,内容の理解度を高める目的のものが多く,十分な解説が施されている。なかには簡単な計算問題も含まれている。24章の1章分は60から90分の授業にちょうど適した量である。そして,巻末にはこの種の書籍としては珍しく10ページに及ぶ索引が付されている。

 本書の扱う内容は,放射線診断物理の基礎にほぼ半分が割かれており,残りがMRIや超音波といった電離放射線を用いない画像検査,核医学,防護,生物学を含めている。核医学や生物学を1章ずつで済ませているところはアメリカの放射線診断の研修水準に合わせたものである。アナログ時代の伝統的なアメリカの放射線医学教育を反映して,フィルムや増感紙にもそれぞれ1章ずつ割いている。訳書の特徴として,日本での現状に合わせた訳注が多く加えられており,用語・法的規制の日米の相違が補足されている。

 放射線物理は放射線医学教育の重要な基礎である。私は放射線科研修医向けの放射線物理の教科書を15年以上にわたって捜し続けてきた。私がアメリカで研修を行った1980年代前半はChristensenの教科書が標準的で(注1),今でも手元に置いている。例えばCTの画像再構成の説明は数式を使わないこの教科書の図がもっとも直感的で分かりやすい。最近のアメリカの研修医向けの診断物理の教科書は厚くなり,Bushbergの標準的教科書(注2)は900ページ近い量である。

 本書は,もとより放射線診断物理の仕上げ用の演習書である。理解を深めるための手ごろな教科書は依然として必要ではあるが,現状で今日の画像診断の物理的基礎をこれだけ簡潔にまとめたものはない。独習で本書の内容が初学者にどの程度消化できるかは興味あるところであるが,少なくとも忙しい放射線科研修医に半年くらいで放射線診断物理を教える教科書として最も適切な書籍である。

注1:Curry TS III, Dowdey JE, Murry RC: Christensen's physics of diagnostic radiology(4th ed). Lea & Febiger, Philadelphia, 1990.
注2:Bushberg JT, Seibert JA, Leidholdt EM Jr, Boone JM: The essential physics of medical imaging(2nd ed). Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2002.

B5変・頁304 定価5,985円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp

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