医学生へのアドバイス(15)
連載
2008.08.04
連載 臨床医学航海術 第31回 医学生へのアドバイス(15) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回は「作文」の目的について考えた。「作文」の目的は,「問題提起・問題発見」→「原因分析」→「問題解決」→「思考過程の整理」→「文章化」という過程をたどることによって,知識を固定することであると述べた。今回は,科学的文章と文学的文章について考えてみたい。
人間としての基礎的技能 | |
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記述力-書く(5)
科学的文章と文学的文章
文章には大きく分類して2種類の文体がある。それは,科学的文章と文学的文章である。科学的文章とはできるだけ客観的に表現した文章で,文学的文章とは主観的な表現形態である。この科学的文章と文学的文章の相違を最も明確に示しているのが,日米の新聞記事の記載方法である。
日本の新聞記事は,ニュースの事実を簡潔に5W1Hで記載している。それぞれの記事は短く要点をまとめてあって,時にはそのニュースを理解するのに必要な図や表まで添えられていてわかりやすい。しかし,日本の新聞記事の欠点は,ニュースの臨場感がいまひとつ伝わらないことである。ニュースの臨場感を感じたいのであれば,日本では新聞よりもワイド・ショーなどのテレビ番組の方が適している。
一方,アメリカの新聞を読んだことがあるだろうか? まず初めに毎日分厚い。毎日の新聞が日本の元日の新聞くらい厚いのだ! そして,毎日の新聞が,政治・経済や生活などのいくつかの特集ごとの分冊となっている。そして,実際に1つひとつの記事を見てみると,これがまた長い。ずらっと活字が並んでいる。一体全体何が書いてあるのかと思っていざ読んでみると,ニュースなのになんと小説のように記事が書いてあるのだ! 日本の新聞ならば,何月何日に誰がどうしたなどの記載があるが,アメリカの新聞ではそうではない。
「ルーシーが医療保険に疑問を抱き始めたのは,ある冷たい雨の日だった……」などといきなり始まる。なんじゃー,こりゃ!
日本の新聞記事は,事実が簡潔に理解できるが,味気ない。一方,アメリカの新聞記事は読んでいて小説のようでおもしろく理解できるが,どこまでが事実でどこまでが虚構なのかがわからない。実際に欧米の有名な新聞でも,事実とは異なる報道がなされたり,また,事実を超えて著者個人の感情的な意見が前面に掲載されていることがある。日本の新聞記事は客観的な事実の伝達を主とする科学的文章であるのに対して,アメリカの新聞記事は主観的な事実の伝達を主とする文学的文章であると言える。お国柄の違いなのかもしれないが,両極端である。また,科学的文章で記載されている日本の新聞は信頼度が高いので受け手がそのまま情報を信じてまず間違いないが,文学的文章で記載されているアメリカの新聞では事実と虚構の区別が不明確なので,受け手である読者に批判的に新聞を読む能力が必要とされる。
この科学的文章と文学的文章は,表現方法の相違であってどちらが優れているというものではない。大切なのは,目的に応じてこの2つの文章形態を使い分けることである。そして,医療文書はほとんどが科学的文章で書かれていることを考えると,医療者となる医学生がまず最初に書けなければならないのは科学的文章であると言える。したがって,文章を書く記述力では科学的文章の記述力が問題となるのである。
科学的文章の大前提
この科学的文章は,事実を単に記載すればよいと思ったら大間違いである。そう簡単ではないのである。科学的文章の記載でよく見かけるのが,書き言葉ではなく話し言葉で記載している例である。
あるとき研修医がカルテに「イタメシを食べている間に気分不良になり来院。」と記載していた。
「イタメシって話し言葉だから,イタリア料理って書いた方がいいんじゃない?」
と聴くと,
「イタメシってそういう意味なんですか?」
「イタリアの料理(メシ)を略して,イタメシって言うんじゃないの?」
「そうなんですか?」
「そうじゃないの……?」
「イタメシ」というとチャーハンのような「炒めた飯」を想像する人もいるかもしれないが,実際には「イタメシ(イタ飯)」は「イタリア料理」の意味である。ここでも単語の意味か!
また,あるとき救急隊の実習記録を読んで,監督者としてサインする機会があった。その救急隊の実習記録の中にこう記載してあった。
「点滴ができなくて,へこんだ。(「落胆した」という意味)」
読んだ瞬間「勝手にへこめ」とも思いたくなったが,研修医ではなく直接管轄下にない救急隊であったので何も言わずにサインした。しかし,後から考えると,自分の管轄にあるなしは別として,「公的な実習記録には話し言葉ではなく書き言葉で記録するように」とその人のために「指摘」してあげた方がよかったのかもしれない。
このように,公的な記録までついつい話し言葉で記載してしまうのは,話し言葉が書き言葉よりも表現力が豊かだからではないであろうか? 話し言葉で平気で公的な記録を記載している人がいるのだから,そのうち究極的には今流行の携帯電話の「顔文字」で公的記録を記載する人が出てくるかもしれない……( ̄ー ̄;)。
科学的文章の書き方の大前提に,この話し言葉ではなく書き言葉で記載するという大前提のほかに,もうひとつ一般用語ではなく専門用語で記載するということがある。患者さんに「盲腸の手術はしましたか?」と聴くのは許されるが,カルテには「虫垂炎手術」と記載すべきである。「盲腸手術なし」というカルテの記載を見つけると,「盲腸がない(モウショウガナイ)!」と叫びたくなる!
(次回につづく)
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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