五十嵐正男氏に聞く
インタビュー
2008.07.14
自分が心を開かなければ,患者さんは心を開いてくれません。
治療はそこから始まるんです。
五十嵐 正男氏(五十嵐クリニック院長)に聞く
幅広い外来診療を学ぶ場は少ない。卒前・卒後教育では系統だったトレーニングがなく,勤務医の間は自分の専門外来に偏りがちだ。しかし開業すればさまざまな患者が訪れるため,間口を広げた診療が求められる。また,地域で信頼される医師となるには,幅広い分野の知識を持ち,それらをアップデートし続ける必要がある。
そんな外来診療に悩む医師のために,聖路加国際病院の外来エキスパートらの“知の集大成”『エキスパート外来診療――一般外来で診るcommon diseases & symptoms』が発刊された。本紙では編者のお一人である五十嵐正男氏(五十嵐クリニック)に,「外来診療のエキスパート」になるための心構えについてお話をうかがった。
病院と診療所それぞれの役割とよさ
五十嵐 開業医になって今年で21年ですが,開業して1,2年は軽い虚脱状態に陥りました。病院というのは,非常に刺激的でエキサイティングな場です。特に私は,聖路加国際病院循環器科の集中治療というハードな現場で,トップランナーの一人として30年間走り続けてきたわけです。一方,開業医にはそういったアカデミックな刺激はほとんどありません。患者さんはお年寄りが大多数で,そのうえ身体疾患よりも心の病による不定愁訴などが多い。そういう医療を毎日行っていると,「本当に,ここでこれからの一生を過ごしていいのか」と不安になりました。
しかし,今では病院の医療と診療所の医療は,どちらが上とか下ではない,まったく異なった医療であり,そしてその両方を経験できてよかったと確信しています。患者さんにとっては,体の病気も,心の病気も一緒です。むしろ身体的な症状が軽い人ほど,心の病を治してあげないと元気にはならない,ということに気がついたのです。
自分が76歳にもなって人に頼られ,人を元気にすることで,社会の片隅のともしびとなることができる。このことが,今の私の元気のもとなのです。
――そもそも,どうして病院を辞めて開業しようと思われたのでしょうか。
五十嵐 1つには自分のエネルギーがなくなったことでしょうか。忙しい診療や研究の傍ら,内科部長や副院長など病院管理の仕事にも携わることになり,勉強する時間が取れなくなってきたのです。次第に,最先端の医学から後れてきている,私自身がブラッシュアップされていない,と感じるようになりました。このままでは,自分の率いるdepartmentが発展しない。そのうえ,教え子たちは立派に成長してくれた。そこで後続に道を譲ろうと思ったのです。教え子は非常に優秀だったので,安心して辞めることができました。
■外来診療の心得とは何か
五十嵐 ひとり診療所では,専門医への適切な紹介も含めて,自分ひとりでその患者さんを幸せにしなくてはいけない。そのためには,自分自身が健康で,幸せで,心に余裕がないと,人に幸せをあげることはできません。ですから,朝,つまらないことで家内と言い合いなどして出てくると,1日中いい仕事ができないのです(笑)。
同様に,いい診療をするには,医師自身が「いい生活者」でなければならない。たとえば食事指導ですが,野菜が足りない患者さんには,近くの農協が運営する市場を紹介しています。朝採れの新鮮な野菜がたくさん集まるので,「そこでこれを買って,こう調理するといいよ」と調理法まで細かくアドバイスをしているんです。おかげで,私自身も病院時代とは大きく生活が変わりましたね。
――外来診療の難しさにはどういう点があるでしょうか。
五十嵐 一人で診療していると,自分の知識の浅さ,狭さに悩むことがしばしばあります。また,気づかないうちに医学の進歩から置き去りにされていることもある。勤務医のように同僚から新しい知識を得ることができない開業医にとって,新しい情報をどうやって得るかは大きな課題です。
本書のコラムにも書きましたが,医学書院の『今日の診療プレミアム』のDVD-ROMや,Up To Dateはとても便利です。こういうツールを用いて常に自分の中の知識をアップデートすることは,開業医にとってとても重要なことです。ただ,年輩の開業医はコンピュータアレルギーがありますから難しいかもしれません。
P-drugリストのススメ
五十嵐 開業医は薬剤の選択も自ら行わなければなりません。ですから,むやみに新薬に飛びつくのではなく,採用には慎重な判断が必要です。また,新薬には高価なものも多いため,患者さんの支払う額をいつも考えて薬の選択を行ってほしいですね。
一般的に,「新しい薬はいい薬」という誤解があります。しかし実際は,10年くらい使って,その薬のいい点も悪い点もすべて分かっていなくてはならない。ですから私は,自分が普段使用しているPersonal drug(P-drug)のリストを作成しています。副作用など気づいたことは,そのつど書きこんでいくんです。年をとると,薬の名前がなかなか思い出せないし,新薬もどんどん出てきますからね。これは開業医の方にはぜひやっていただきたいです。
――ひとり診療所では,専門医へのコンサルトも自分で相談先を探さなければなりません。他の医療機関との連携はどのようになさっていますか。
五十嵐 確かに,一人で診療していると,分からない病気や,自分では治療できない病気によく出合います。そういうときに頼れるところを,日ごろからつくっておくことが必要です。
私の場合,病院勤務が長かったので信頼できる病院がたくさんありますし,長年ここに住んでいるので,頼れる開業医の友人も大勢います。ですから,あらゆる疾患に対して,「この病院に頼もう」「あの先生にお願いしよう」と決めてあります。これから開業する人にお勧めしたいのは,そういった「自分の診療の輪」をつくっておくことです。そうでないと,とても安心できる診療は行えません。
例えば,私は夜に具合が悪くなりそうな患者さんには,あらかじめ紹介状を書いて持たせています。「夜中に何かあったら,これを持ってこの病院の救急へ行きなさい」と。ですから,夜に救急で呼び出されることはほとんどありません。重篤な症状の救急患者ですと,往診してもできることは限られています。ですから,一刻も早く病院で専門医に見てもらう方がいいのです。そのためにも,開業医は周りの医療機関との連携を普段から密にしておくことが必要です。
患者さんの顔をみる
五十嵐 近頃は電子カルテが普及していますが,これには弊害もあります。
外来診療では,患者さんが診察室に入ってくるときから診察は始まっています。患者さんの歩く姿を見て,座る様子を見て,顔を見て,話をする。この一連の観察で,診断の手がかりがたくさんあるのです。
でも,電子カルテを導入しているところでは,医師は画面に釘付けで,患者さんのほうはチラッと見るだけというところも多く,患者さんからも,「先生が自分の方を見てくれない」という不満があるようです。
開業医にとっていちばん大事なのは,患者さんとのコミュニケーションです。一人ひとりの患者さんと長い時間話すことは難しいですが,実際はほんの二言か,三言で済む人がほとんどです。顔を見て,「お元気ですか」「変わりありません」。これだけの会話でも患者さんは安心できるんです。
患者さんは不安のかたまりです。ですから,私の顔を見て,喋るだけで元気になる方もいる。これは,私自身の歓びでもあります。
――心の病気からくる不定愁訴など,難しいケースも多いと思うのですが,どのように対処されるのでしょうか。
五十嵐 回数を重ねて話を聞くしかないですね。その点では開業医の方が適していると思います。病院では,そういったきめ細かいフォローはなかなか難しいのです。われわれ地域に根ざした開業医は,その患者さんの家族も知っていますし,どこに住んでいるかも知っています。ご家族で受診される方も多いので,家族背景を念頭に置いた診療ができますし,ご家族に治療に協力していただくことも効果的です。
外来診療には,特別なスキルは要りません。唯一必要なのは,医師が患者さんに心を開いて,患者さんに心を開かせるというスキルです。しかし実はそれがいちばん足りない。自分が心を開かなければ,患者さんは心を開いてくれません。治療は,そこから始まるんです。
私も,開業したばかりの頃は信頼関係を築くのに苦労しました。患者さんは,私がどこの馬の骨かわかりませんからね。「誰だろう,この人?」と思ったでしょう。その頃は私も,今より難しい顔をしてましたしね(笑)。
私は,開業医になって本当によかったです。勤務医のままだったら,ずっとおエライ時代の「お医者さん」で終わっていたと思います。
医療の2つの面を見て,2つの人生を歩むことができた。これはなかなか経験できないことでしょうね。
――後期高齢者医療制度に伴い,厚労省は75歳以上の高齢者に対してかかりつけ医構想を打ち出しています。
五十嵐 高齢者は複数の疾患を持っている方も多く,「一人の医師がまずすべて診る」というのは現実的ではないと思います。ただ,いまの開業医も,もっともっと幅広い知識をもつ必要があります。そういった意味でのかかりつけ医は必要です。
日本においては,家庭医はまだまだ根付いていません。そもそも大学でジェネラリストを育てる教育体制が整っていないのです。きちんとした総合診療の教育を受けた人が開業医になってくれたら,それに越したことはありませんが,教育者にそれだけ幅のある人があまりいないのです。
――開業を経験された先生が,大学に教えに行かれるといいですね。
五十嵐 そうなんです。私なんか,今から教育の場に行ったら,非常にいい教育ができると思います(笑)。
自分を磨き続けるために
――本書『エキスパート外来診療――一般外来で診るcommon diseases & symptoms』をつくられたのはなぜですか。
五十嵐 私自身が欲しかったからです。外来診療の経験が長く,自分の診療スタイルを確立した医師は,勉強量が不足しがちです。ぜひ開業医の先生に読んで勉強していただきたいですね。
――表面的なマニュアルに偏らない点がポイントだと書かれていました。
五十嵐 外来診療で必要な最低限のことだけを書きました。疾患も各領域のcommon diseaseに限り,難しい理論に手を広げていることもないと思います。
車で道路を走っているとき,カーナビがあると,自分が今どこにいて,どこをめざしているかが分かりますよね。外来診療も同じで,自分の知識や,診断・治療の技術がどの位置にあるか,スタンダードと照らしてどうかということを,正確に知らなければいけない。それを知らないまま走り続けていたら,間違った方向に向かっているかもしれないのです。そんな中で自分の位置を知るためのナビが,本書のような本であったり,インターネットの情報だったりします。ただ,インターネットの情報は玉石混交ですから,そこからいかに的確な情報を取捨選択するかという問題もあります。開業医は自分でナビを探さなければいけませんから,常に自分の診療を客観的に見る癖をつける必要があると思います。
(了)
五十嵐 正男氏 |
いま話題の記事
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
-
忙しい研修医のためのAIツールを活用したタイパ・コスパ重視の文献検索・管理法
寄稿 2023.09.11
-
連載 2010.09.06
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第3回]人工骨頭術後ステム周囲骨折
『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より連載 2024.04.19
-
医学界新聞プラス
[第2回]心理社会的プログラムを分類してみましょう
『心理社会的プログラムガイドブック』より連載 2024.04.19
-
医学界新聞プラス
[第1回]心理社会的プログラムと精神障害リハビリテーションはどこが違うのでしょうか
『心理社会的プログラムガイドブック』より連載 2024.04.12
-
医学界新聞プラス
[第2回]小児Monteggia骨折
『クリニカル・クエスチョンで考える外傷整形外科ケーススタディ』より連載 2024.04.12
-
医学界新聞プラス
[第5回]事例とエコー画像から病態を考えてみよう「腹部」
『フィジカルアセスメントに活かす 看護のためのはじめてのエコー』より連載 2024.04.12
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。