医学界新聞

寄稿

2008.05.19



【寄稿】

米国のMD-PhDシステムに学ぶ
ペンシルバニア大学を視察して

塚本 和久(東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科講師)


 東京大学医学部国際交流室からの依頼があり,2008年2月にペンシルバニア大学(以下,ペン大)におけるMD-PhDコースの視察を行う機会を得た。その具体的なカリキュラムや学生への経済的サポート,卒業生の進路などの情報を得ることができたので報告する。

MD-PhDコースプログラムの歴史・概要

 MD-PhDコースは,1950年代半ばにphysician scientistを育成することを目的として設立され,1970年頃からはNational Institute of Health(NIH)がグラントの支給を開始したプログラムである。現在,アメリカ全土で120の大学においてMD-PhDコースプログラムが存在し,そのうち42プログラムに対してNIHのグラントが支給されている。現在,在籍学生数が最も多いのがWashington University(184名)であり,ペン大(146名),ハーバード大(144名)がそれに続いている。

 MD-PhDコースは8年間のプログラムであり,4年間のMDコース(医学部での医学教育)のちょうど中間に4年間のPhDコース(大学院での研究・教育)が入る形をとっている。最初および最後の医学教育カリキュラムは各大学で異なるが,ペン大では最初の1年半に講義,研究生活に入る前の半年および後期の2年間を臨床実習(Clerkship)としている。臨床実習は,最初の1年間にコアカリキュラムである内科・外科・産婦人科/小児科・精神科/神経内科での実習を各3か月ずつ行い,残りの1年半はERや泌尿器科などの科を選択することになる。

 大学院を修了した段階でPhDの学位が,medical schoolを卒業した段階でMDの学位が授与されるわけである。

整備された教育システム

 MD-PhDコースに入ると,1年目から医学部の講義を受けつつ,抄読会や研究生活の見習いが開始される。

 抄読会は秋学期(9-12月)に週に1回行われる。入学時に論文集が配布され,その中から1回あたり2論文が読まれる。どの学生もあらかじめ読んでくるわけだが,1論文につき1名の学生が担当となりfaculty advisor(以下,指導教官)および学生全員の前で発表し,討論する。読まれる論文は基礎研究(basic research)および臨床への橋渡し研究(translational research)の2論文である。指導教官は週ごとに交替するので,さまざまな分野の知識が入るうえ,将来の研究室選択のよい機会となっている。

 1年目の春学期(1-6月)には,医学部での講義と並行して,1名の指導教官のもとでその指導教官の専門分野を深く学ぶことになっている。学生はその分野に関するレビューを作成して大学に提出する。これも,テーマをまとめる能力のトレーニングとなるわけである。

 1年目の夏(6-8月)は,1人目の指導教官のもとで研究生活を送る。後述するとおり,合計3名の指導教官のもとでの研究実習の機会があるわけだが,抄読会の際の印象や先輩からの情報などを参考にして指導教官を選択するそうである。

 2年目の秋学期にも1年目と同様に抄読会があるが,春学期は病院実習のため研究は行わない。そして夏休み以降(6月から)12月までの期間(9月を過ぎると大学院である)に2人目の指導教官のもとでの研究実習,引き続き1-5月に3人目の指導教官のもとでの研究実習が行われる。このように,計3名の指導教官のもとでの実習が予定されているが,2人目の教官の研究室を最終的な研究室として選択する学生が多く,その場合は大学の許可のもと,3人目の指導教官のもとでの実習は免除される。

 さて,大学院1年目修了時には研究計画書を大学に提出し,研究内容の妥当性が大学スタッフにより審査される。提出文書内容は,実験結果がついてくればすぐに論文になるほどの内容であり,将来独立した研究者となった際に必要な文筆能力を養成するよいトレーニングとなっている。

 大学院の講義としては,1年目の秋学期(4か月間)に行われる生化学/細胞生物学(週3回,1回あたり1時間半)が全学生の必須講義である。また,所属する研究室によっては,例えば遺伝子治療を専門とする研究室の学生であれば,遺伝子治療の講義が必須となる。その他,免疫学や統計学,遺伝子発現の基礎,などの選択講義が用意されており,1年目あるいは2年目の学期に受講できる。講義以外の時間は,研究三昧の生活である。

ペン大における学生への経済的支援

 ペン大の場合,医学部在学中は,生活費・学費・保険料など,すべての経済的サポートはNIHのグラントでまかなわれる。大学院在学中は,学費・保険料(保険料は年間1万ドル程度)は大学が負担する。生活費は1人当たり2万5千ドルと計算されており,そのうち2万ドルはNIHグラントから,残りの5千ドルは指導教官の研究費から支給される。指導教官は,自身のグラント申請の際に学生を共同研究者として含めることにより,学生への資金を調達している。

 このような経済的サポートがペン大で設定されたのは,1995年頃である。学生自身も,大学院2年次以降はその専門分野の学会などが提供するグラントにアプライし,そのグラントを得ることができれば指導教官が学生に支払う生活費が軽減されることになる。

 このように,大学や指導教官からのサポートがあるものの,見返りとしての義務は発生しない。社会医学系の研究室の一部ではteaching assistantとして学生が何らかの役割を担うこともあるそうだが,ほとんどの研究室ではそのような業務はない。指導教官は,「学生が十分に研究に打ち込んで,数多くのデータ,ひいては学術論文を出してくれればよい」わけである。また,卒業後は大学院生活を送った研究室に戻ってくる,という義務はまったくない。

アメリカ全土におけるMD-PhDコース卒業生の進路

 MDコースの学生は当然ながら卒後はレジデントとなり臨床研修に入るが,MD-PhDコースの学生もほとんどの者が臨床研修を行う。卒後すぐに研究生活に入る者は4%に過ぎない。最終的な進路は,内科が3割,外科・病理・小児科・神経内科がそれぞれ約1割であり,基礎医学系に進む者も1割となっている。

 専攻する科によっても異なるが,だいたい6-7年かけて一人前の臨床医となるため,本格的に研究を再開するのは35歳以降,またPI(Principle Investigator)になるのは40歳頃である。最終的に活躍している施設の比率は,大学が67%,NIHのような研究機関が6%,製薬会社をはじめとした企業が9%,そしてクリニックなどの個人開業が15%となっている。

 さて,MD-PhDコース卒業生1474名に対しての研究活動に関するアンケート(未回答者は4割弱)では,回答のあった者の8割(未回答者も含めると5割)が研究に従事していると回答しており,「physician scientist」育成を目指したMD-PhDコースの設立意義が十分に達成されている。研究内容としては,基礎研究,臨床への橋渡し研究,臨床研究(patient oriented research)がそれぞれ同程度行われている状況である。各卒業生のおかれたポジションにもよるが,実際の研究時間としては,36%の人が勤務時間のうち75%以上の時間を,25%の人が50-74%の時間を,15%の人が25-49%,25%の人が25%未満の時間を研究に割いている,という状況である。

日本の制度を鑑みて

 日本では大学院大学としてのシステムが1990年代に確立されたわけであるが,現在の大学院学生の状況はアメリカとはかけ離れた状況にある。日本とアメリカの医療事情の相違やMD-PhDに対する意識や社会背景の相違など,さまざまなファクターが関与する問題であるが,将来physician scientistを本当に目指す日本の大学院生がアメリカのMD-PhDコースの学生と同様な環境を得る制度が確立されれば,と期待する。


塚本和久氏
1986年東大卒。東大病院内科研修医,関東労災病院内科研修医,国立病院医療センターレジデント,東大第一内科助手,ペンシルバニア大研究員,東大糖尿病・代謝内科助手を経て2007年より現職。日本糖尿病学会専門医。

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