医学界新聞

寄稿

2008.04.28



【寄稿】

がん対策の均てん化に向けて
米国CCCPの国際ワークショップから

今井 博久(国立保健医療科学院疫学部長)


 2007年4月にがん対策基本法が施行された。その内容は,がん医療の均てん化の促進や予防および早期発見の促進などが主なものである。また,がん対策基本法の第11条は「都道府県は〈中略〉当該都道府県におけるがん対策の推進に関する計画(「都道府県がん対策推進計画」)を策定しなければならない」とあり,均てん化の促進には都道府県が重要な役割を担うことになっている。

 がん診療連携拠点病院の指定数の増加や機能の充実を試みても,その基礎となる都道府県がん対策推進基本計画が適切に策定されなければ,実効性を伴ったがん対策を進めることはできない。また都道府県がん対策推進計画は,医療計画,健康増進計画,介護保険事業支援計画などと整合性を図らなければならない。しかしながら,そうしたことを認識している関係者は多くない。

都道府県がん対策推進のサポート体制――日米比較から

 都道府県は2007年度中にがん対策推進計画を作成することになっており,昨年度末時点で45都道府県が策定あるいは策定見込みである。しかしながら,各都道府県内の医療事情を踏まえた包括的な計画を策定することは容易な作業ではない。

 実際のところ,計画策定では財政から疫学データ解析に至るまでの専門的な知識や技術が必要とされる場合が多く,困難な仕事である。私たちが全国調査を実施した結果では,都道府県ががん罹患率を把握していたのは6割に満たず,がん診療の実態データの把握も1-3割程度であった。したがって,都道府県ががん対策の計画を策定する際にそれを支援するシステムがあれば,非常に有益であろう。

 米国では,地方政府を支援する体制が構築され,順調に成果を上げてきている。それは疾病管理予防センター(CDC)が中心となり進めているComprehensive Cancer Control Program(CCCP;包括的がん対策プログラム)である。CCCPにおいては,州レベルでの効果的ながん対策の立案・実施・評価が可能となるように,人材育成や技術支援などのさまざまな支援が行われている。その結果,がん検診の高い受診率やがん登録率の向上,死亡率の漸減などの成果が上がっている。

 そこで,CDCがん予防対策局包括的がん対策部部長キャロル・フリードマン氏と,専門官リサ・リチャードソン氏を招聘し,「がん対策の立案・実施・評価に関する国際ワークショップ:パートナーシップによる包括的アプローチ」というタイトルでワークショップを開催した(2008年1月18日,国立がんセンター国際会議場)。日米のがん対策,特に自治体のがん対策推進施策の比較検証を行い,わが国でも同様なサポート体制ができないか,方法論を導入できないか等について検討することがこのワークショップの目的である。

 当日はCCCPの詳細な紹介が行われ,後半にはわが国の研究者や自治体担当者が都道府県におけるがん対策を報告した。また,結びのパネルディスカッションでは,わが国へのCCCP導入が検討されたほか,CDCと米国国立がん研究所(NCI)の役割と比較しながら,国立保健医療科学院と国立がんセンターの役割についても活発に議論された。

NCCCPによる自治体支援

 ここでは米国のがん対策の概要について述べたい。現在,米国のがん対策はNCCCP(National Comprehensive Cancer Control Program)が大きな柱になっている。このNCCCPとは,州などが行う包括的ながん対策(予防・早期発見・治療・リハビリ・終末期医療)に対して技術的・財源的支援を行う国家プロジェクトである。

 NCCCPは,その源流をたどるとDepartment of Health and Human ServicesおよびPublic Health ServiceのHealthy PeopleとNational Institutes of Health(NIH)のNational Cancer Programに端を発する。1986年にNCIは「Cancer Control Objectives for the Nation: 1985-2000」を発表した。このなかで,2000年までに全がんの年齢調整死亡率を50%減少させるという意欲的な目標を掲げた。1980年代半ばから90年代初期にかけて,CDC,NCI,ACSはそれぞれ独自に新しい研究および先駆的なプログラムを始めていた。

 しかしながら,1986年にNCIが掲げた「がん死亡率減少に関する目標」への到達はかなり困難と判断され,罹患率と死亡率を有意に減少させるためには,多様ながん関連部門間の連携を密にした包括的なアプローチが必要であることが認識され出した。そこで,1994年にCDCのDivision of Cancer Prevention and Control(DCPC)内のProgram Services Branchは,ACSや州・国の公衆衛生分野の専門家と協力して,プロジェクトの枠組み,必須要素,計画モデルについて合意を得た。

 1998年にCDCは,CCCPに関連する計画をすでに有していた5州と1部族の保健委員会へ資金提供を行い,その後CDCのNCCCPに関係するプログラム数は6から63へと増加していった。2006年度には政府予算から1500万ドルを得て,すべての州・コロンビア区・6の部族と部族組織・6の米領環太平洋の島々において,がん対策プログラムの支援を行うまでになった。

地方計画を支援するための資金と人材育成

 NCCCPの予算は,開始以来一貫して増えており,2000年の92万ドルから2007年には1584万ドルまで増加している。州は,規定された募集要項に準じて,予算の申請を行い,認定された場合に助成を受けることができる。20-25万ドルをベースに他の事業実施(例えば,大腸がんスクリーニング等)の補助が加わる。予算は直接州政府に入り,計画策定やキャンペーンのためのマテリアル作成などのためにだけ用い,検診実費の補助や設備費などには使用できない。

 州政府は報告書を提出し,進捗状況が確認される。計画どおりに進んでいない州はCDCからの指導を受けることができるが,進捗状況の悪い場合は予算削減される可能性もある。地域のがん対策従事者にとっては,がん対策の予算をとることが評価にもつながる。また,がん対策に関して,一般からの要望も高く,これらが州のがん対策を進める原動力となっている。

 人材育成の点では,NCCCPは地域におけるがん対策従事者のための研修会を開催している。2000年8月の中部地区を皮切りに,2002年6月までに全米各地区で3日間の第1段階(基本レベル)研修会を実施した。その後,2004年に3日間の第2段階(計画立案・実施・評価)研修会をテキサス州オースティン,ワシントンDC,南カリフォルニア,イリノイ州シカゴの4か所にて実施した。

がん対策の「不均衡」を回避するために

 ワークショップの会場には国立がんセンターの総長,前総長をはじめとして,都道府県担当者や拠点病院の医師,研究者などが参加し,パネルディスカッションでは活発な意見交換がなされた。

 都道府県におけるがん対策はかなり温度差があり,計画立案・人材・資金などで大きな開きがあることが,私たちが行った実態調査で明らかになった。がん対策推進に向けて専門的に担当できる部門・人材や十分な資金をすべての都道府県が有しているわけでない。担当者は数年間で交代になり,がんの疫学データ収集・解析の技術も不十分なこともある。

 がん対策策定計画の実施や評価においては,もともと歴史があり財政的にも恵まれている都道府県と,逆に成果を上げることが困難な都道府県があり,がん対策基本法はかえって「不均衡」を進めてしまう可能性もある。したがって,後者のような場合は,がん対策の推進に向けた支援が不可欠である。

 米国と同様のサポート体制が都道府県に対して提供されれば,わが国のがん対策の均てん化がより一層推進できるだろう。


今井博久氏
1993年旭川医大卒。国立東京第二病院内科研修,北大大学院修了(医学博士),カールホワイト研究所(エモリー大)フェロー,慶大助手,宮崎医大講師,旭川医大助教授を経て2005年より現職。専門は応用疫学,研究テーマは生活習慣病対策,感染症対策,医療政策。

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