医学界新聞


具体的な処方例,診断・診察法の基本を学ぶ

2008.02.25



看護職のための漢方セミナー開催
具体的な処方例,診断・診察法の基本を学ぶ

 近年,漢方薬を処方する医師は増加傾向にあり,看護職も病棟や訪問看護の現場で漢方薬を服用する患者に接する機会が増えている。

 このようななか,2007年11月10日,東京都文京区の医学書院本社で「看護職のための漢方セミナー」(主催:日本医学広告社内「看護職のための漢方セミナー」事務局,後援:医学書院,協賛:ツムラ)が開催された。千葉大環境健康フィールド科学センター(柏の葉キャンパス)准教授の喜多敏明氏を講師に迎え,漢方医学の基本的な考え方について,症例やモデルを用いての模擬診察など具体的な診断・診察方法を交えながら,体験型で学ぶ機会となった。

 これまで看護職を対象に実施された漢方セミナーはほとんど例がない。患者を全人的に診る漢方の視点を学んだ参加者からは「モニターの数値ばかりに目を向けている日ごろの看護に危機感を抱いた」「看護と漢方の患者さんに対する考え方はとても近いと感じた」などの声が聞かれた。


漢方医学の基本的な考え方――そのシステム論とは

 この日のプログラムは2部構成(表)。第1部は「漢方医学の基本的な考え方」として,具体的な症例を随所に織り交ぜながら90分にわたって講演が行われた。

 当日のプログラム
■第1部(90分)
・漢方医学の基本的考え方
 -具体的な症例を交えて-
■第2部(50分)
・漢方の診察技法の実際
 四診に関する概説のあと,特に腹診や脈診について体験型で学習。
■質疑応答(25分)

 はじめに漢方医学の基本的な考え方について,解説が行われた。西洋医学では局所的な異常を臓器-細胞-分子レベルと分析的に捉えていくのに対し,漢方医学では患者が感じている全体的な不調として総合的に身体の状態を認識していく。

 喜多氏は「漢方医学では人間を心身一如,つまり心と身体が一体となったシステムとして捉え,システム全体のバランスの歪みを『虚実・寒熱』などの病態によって認識していく」とその土台となる考え方について解説した。

 すなわち漢方医学では,全体としての歪みのタイプ=証(体質・病態)を「虚証」「実証」「寒証」「熱証」と分けて診断していく。また,人間というシステムの機能と構造を支える三要素を「気・血・水」と定義し,疾患発症時には必ず「気・血・水」のバランス異常が伴っていると考える。

 したがって「気・血・水」の働きを正常化すれば,自然治癒力が高まり,システム全体のバランスが回復できる。ここには当然,個人差があるので,診察・診断をして患者の証に応じた漢方薬を選択し,体系的な治療をしていく。これが漢方のシステム論,医学体系である。

 概説の後,漢方医学による総合的・全人的診断の一例として,全身倦怠感,足のしびれ,排尿困難を主訴とする74歳男性の症例が紹介された。漢方外来受診以前には内科・泌尿器科・整形外科から1日あたり12種類約30錠の内服薬とインスリンを処方されていたが,漢方外来で患者が感じる諸症状を総括した病態である「腎虚」(加齢による能力低下状態。西洋医学でいう腎機能の低下とは異なる)と診断された。八味地黄丸エキスを処方したところ主訴が改善し,インスリンは残ったものの,他の内服薬は3種類5錠にまで減薬できた。

漢方の診察技法の実際

 日々,高度化し続ける臨床の医療現場では,看護師もしっかりとしたフィジカルアセスメントスキルを身につけることが求められているが,課題を感じている看護師は多い。

 漢方医学では,五感を駆使して患者を全人的に診ることを重視している。第2部では「漢方の診察技法の実際」として,漢方特有の診察法「四診」について,50分にわたりレクチャーが行われた。

 「四診」とは視覚からの情報収集「望診」,聴覚と嗅覚からの情報収集「聞診」,自覚症状などを聞くことからの情報収集「問診」,触覚からの情報収集「切診」の総称。望診には舌診が,切診には脈診と腹診が含まれる。四診で得られた情報を総合して診断,処方に結び付けていく。

 たとえば舌診では舌の色調や舌苔のつき方をみて,寒証・熱証を診断するための情報を得る。また,虚実の診断については,腹診などから得た情報をもとに同じ便秘でも“腹力が充実し排便がないと苦しい”実証には大柴胡湯や防風通聖散を,“腹力が軟弱で数日排便がなくても平気な”虚証には大建中湯や麻子仁丸を,というように処方も異なってくるという。

 四診の概説の後,脈診と腹診の具体的な方法について,実技を交えながらレクチャーが行われた。

未病を治す-看護師も協働を

 ストレス型社会構造が顕著となり,うつをはじめとする精神疾患が急増。生活習慣病などと並び,予防医学的アプローチが求められている。また,原因不明の慢性的なだるさ,手足の冷え,めまい,不眠,憂うつなどは不定愁訴とされ,西洋医学的には治療の対象にならないケースもある。しかしQOLの低下により,患者自身が困っているケースは多く,納得できる診断・治療を求めてドクターショッピングを繰り返す患者もいる。このような患者に出会い,患者の苦しみを取り除けないことにはがゆさを感じている看護職は決して少なくないのではないだろうか。

 漢方医学では急性・慢性疾患に対する処方・治療に加えて,“検査で異常がなくても,自覚症状がある状態”を「未病」の状態と位置づけ,本人が感じるさまざまな不調(主訴)を重要視し,「気鬱」などの病態と診断して処方に結びつけ,疾患の発症や重症化を予防する医療を古くから実践している。

 喜多氏が所属する千葉大・柏の葉キャンパスは附属農場の広大な敷地に2004年に開設された。環境と健康を中心に据え,医学・看護学・薬学・園芸学・教育学などの専門家が協働し,学際的な研究・実践を行っている。

 喜多氏はキャンパス内に開設されたクリニック「柏の葉診療所」の所長を兼任,400種類もの漢方処方を登録し漢方医学を実践するほか,未病治療・予防医学の一環として地域住民への園芸療法にも取り組む。キャンパス内の広大な畑での栽培・収穫体験を通じ,活力(漢方医学における「気」)が賦活されるという。

 喜多氏は「看護師とお話しすると『患者そのものを診る漢方医学の考え方は看護ととても共鳴する』という声を聞きます。未病状態の地域住民はたくさんおり,対策を行っていく必要があります。また,生活習慣改善のサポートも考えていきたい。これは医師だけでできることではなく,看護師の役割は非常に大きいのです」と,看護師に協働を呼びかけて終演の言葉とした。

継続的な学びの場に期待――参加者アンケートから

 この日は病棟看護師,助産師,訪問看護師など参加者の所属は多岐にわたった。実施したアンケートには,各職場で日々担当している患者層を反映し,小児・周産期・更年期・終末期などさまざまなライフステージに対する漢方からのアプローチや,うつ,生活習慣病,パーキンソンやアルツハイマーなど難治性疾患に加え,抗がん剤治療を受ける患者への副作用緩和など多くの疾患・病期に対する漢方の治療効果について,今後も継続的に学んでみたいとする感想が数多くみられた。

 みずから漢方を服用しているという参加者もおり,医療者として,そしてひとりの患者として,漢方医学に対する関心を深める1日となった。

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