医学界新聞


裏づけされた研究意義がカギに

インタビュー

2007.11.26

 

【Interview】

はじめの一歩が研究成果を左右する
裏づけされた研究意義がカギに

萱間真美(聖路加看護大学教授・精神看護学)


 質的研究を進めていくと,「この分析で大丈夫?」と不安になりませんか?数値が出てくる統計処理とは異なり,分析の途上でその適否がはっきりわかりにくいため,名の通った方法論の引用に頼ってしまうこともあるのではないでしょうか。このたび,研究テーマの絞り込みから論文・プレゼンテーションまでの一連のプロセスをまとめた『質的研究実践ノート――研究プロセスを進めるclueとポイント』を上梓した萱間真美氏に,自信を持って質的研究に取り組むためのヒントを聞きました。


――看護領域では質的研究が盛んに行われていますが,何か理由があるのでしょうか。

萱間 看護では患者さんの多様な訴えに,「この人がなぜ,今,私にそういう訴えをしているのか」と,訴えの背後にあるものまで見て対応することが求められます。そのため,現象の一部だけを取り出して量的研究で扱うことに対して抵抗があるのだと思います。ただ,それは看護に限りません。患者さんの語りを重視して,医療に携わる中で質的研究に取り組もうとしている方は,患者さんの主観的な体験など,全体が具体的に記述できることを期待していると思います。

 しかし研究活動には,質であっても量であっても,現象を記述するためにある程度の心理的な距離が必要です。例えば思いが強すぎると,インタビューに失敗しやすい。患者さんの抱えている悩みで頭がいっぱいになり,その場でケアをしなければいけないと思ってしまう。私は看護師なので,反射的に相手をケアしてしまう臨床家の特性は,とても大切だと思っています。ですが,研究を行うときには,その場で何かをするのではなくて,「書くことを通じてその人たちに貢献する」というスタンスが大切だと考えています。

――論文などにまとめる際,データ収集時の感情が尾をひいてしまうこともあるのですか。

萱間 質的研究の研究成果を提示するときには,データとして収集した“生の声”のリアルさと,すでにある学問的知識をつなぐための抽象的思考,その双方のバランスがとれていることが重要です。データのリアルさだけにこだわると,この抽象的思考が欠落します。

 質的研究は,患者さんの主観的な体験――数値では捉えきれない事象――をより具体的に表現することが得意な研究手法です。しかし,研究成果として独立して理解可能であることが求められる論文に,データ収集の場にいなければとてもわからないような独善的なカテゴリー名や,確かに現象を反映しているものの抽象的すぎて「このことの意味は何なのか」と考えこんでしまうカテゴリーが並んだ研究を見ると,せっかく患者さんや医療スタッフから貴重な体験を聞かせていただいたのだから,現在ある知識と結びつけてほしいなと思うこともあります。

テーマの絞り込みが研究の成否につながる

――研究領域の現状をよく見定めて,研究を始める。そのために必要なことは何でしょうか。

萱間 まず先行研究の文献検索をしっかりすることだと思います。初期のGrounded Theory Approachの理論家の中に,「先入観を持たないためにも文献検索をしてはいけない」と述べた人がいました。しかし,これから行おうとする研究は,現在ある知識といかに結びつけて活かすことができるものなのか,その周辺領域の文献検討をまったくしていなければ科学としてその成立は難しいと思います。また,研究領域の文献検索をしていれば,質的方法を用いて丹念に調査すべき領域なのか,すでにケーススタディが積み重ねられていて,研究プロジェクトを立てて多面的に取り組まなくてはならない領域なのかが見えてきます。テーマを決める時には,「この領域にはこのような研究成果が存在し,質的研究でこの部分を明らかにする必要性があって,こういう研究にしました」と,きちんと説明できるようにしてほしいと思います。

 また,質的研究を行う場合でも,必要であれば量的データを取り入れることももちろんあります。量的データの特徴と質的データの特徴とを組み合わせて,補完し合う方法をトライアンギュレーション,またはミックス・メソッドといいます。これらは,欧米で多く用いられています。

 2007年12月7-8日に東京国際フォーラムで開催される日本看護科学学会にて,医学書院共催のランチョンセミナーでこのミックス・メソッドの実例をとりあげます。これは,『質的研究実践ノート』(医学書院)の第4章「質的データの分析」でデータ分析の実例を詳細に説明し,第5章「質的データを用いた論文のまとめ方」で米国の雑誌への投稿論文作成プロセスの実例を示した,虐待を主訴としてピアグループに参加している母親たちのインタビューデータと,一般人口の母親たちの実態調査を組み合わせた研究です。当日は量的研究と質的研究の相違とともに,共通の特性についてもディスカッションを予定しています。テーマを描き出すうえで必要であれば,質的研究であっても量的データの裏づけが有効に働きます。逆もまた然りです。研究方法として,質的研究は決して特殊なものではなく,自在に応用が可能であると思っています。

研究を行う意義を明確にし迷った時に戻れる場所をつくる

――これから研究をはじめる方へのアドバイスをお願いします。

萱間 初めて研究に取り組む時には,臨床経験や文献から,自分が取り組みたいテーマについて,いま,どういうことが起こっているかを把握してください。そして,「この研究をすると,その現象がどんなふうによくなるか」と考えることで,研究の目的が導かれます。例えば,すでにある海外での研究結果を,日本でそのまま使うことができるのかどうか,患者さんや医療者も含めた当事者たちはどういう状況なのかが明らかになっていないなどの状況に,質的な研究を通じて現象を詳細に記述したり,説明できる概念を提供することがどういう貢献を果たすことになるのか,その社会的な意味を明確にしていただきたいと思います。

 自分が取り組もうとしている研究課題の位置づけを見定めていないと,インタビュー時に対象者から「なぜ,そんなことを聞くんですか」と聞き返された時に,答えられません。また,インタビューを十分掘り下げて進めることができなくなるのも,多くは研究者自身が,研究の意義や目的を自分でもよくわからなくなっているからです。そうなると研究者は,中途半端なケア提供者にしかなれません。研究者としての貢献をめざして患者さんと出会う時には,中途半端なケア提供者になろうとしたのではないはずです。

 「私のこの研究は,あなたが体験していらっしゃるこういうことに貢献するから,ぜひ教えてください」という“押し”のようなものは,最初に自分の研究をどう考えるかをきちんと固めていれば得られます。また,研究指導者がスーパーバイズをする時には,このような“押し”を持てるまでに,研究者のテーマへの関心と研究への意欲が成熟しているかどうかを,フィールドに出る前に確かめます。

――この研究を通して何をしたいか,それを裏づける思いを含めて,テーマを決めていくことですね。

萱間 最初は個人の思いのレベルであってもまったく構いません。それを社会的な位置づけにきちんと結び付ける作業が必須です。「この研究をやるんだ!」という思いだけでは最後まで走り続けられませんから。このことを本の中では第2章「研究テーマの絞り込み」に書きました。第3章「質的データの集め方」の中では,そのようにして明確化した研究の目的を見失わないでインタビューをするにはどうしたらよいか,という具体的なテクニックも示しました。このテクニックを支えるバックボーンが,“研究を行うことの意義”に戻ることなのです。

 分析を行っていて方向性がわからなくなった時,むやみに分析の正しさを人に保証してもらいたいと思ってしまう時も,研究の目的を見失っていることがあります。最初に自分が何をしたかったのか,何ができると思ったのかを,具体的な形で明確にしておけば,研究で迷った時に戻る足場が得られます。研究の必然性が,自分の強い,切実な体験に基づいているほど,説得力と迫力のある研究ができると思います。

(了)


萱間真美氏
1986年聖路加看護大卒。91年同大大学院修士課程修了。97年英国ニューカッスル大客員フェロー,98年東大大学院医学系研究科博士課程修了。東京都精神医学総合研究所研究員,東大大学院助教授を経て2004年4月より現職。質的研究方法を用いて,ケア技術やさまざまな状況にあるケア対象者の主観的体験に関する多くの研究に参与。著書に『グラウンデッドセオリーアプローチを用いた看護研究のプロセス』(共著,文光堂)など。

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