医学界新聞

2007.11.05

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


検証「健康格差社会」
介護予防に向けた社会疫学的大規模調査

近藤 克則 編

《評 者》大谷 藤郎(国際医療福祉大総長)

日本が健康格差社会であると膨大な調査データを元に断定

 本書タイトルは『検証「健康格差社会」』。例えば,所得が最低群の男性においては,最高群に比べ「うつ状態」が6.9倍も多い。所得が低ければ,うつ状態が増える。観念でわかっても,実際の数字を示されると,違いの大きさに驚かされる。日本の現状が「健康格差社会」であるのか。それに及ぼす社会経済因子の格差はどうか。これら因子間の相互関係はどうか。膨大な調査結果のデータに問いかけ,検証して,健康格差社会と断定した。

 本書は,高齢者対象の大規模な(対象者3万2891人)調査報告書。日本の高齢者の実態を,介護予防で注目される,うつ,口腔ケア・低栄養・転倒歴や生活習慣,閉じこもり,それらの背景にある不眠,趣味,虐待,世帯構成,地域組織への参加や社会的サポート,就労,さらに多くの領域で関心を集めるソーシャル・キャピタルまで,各項目を多面的に描き出し,さらにこれらの因子と,所得・教育年数という社会経済的因子との関連,地域差に着目して分析結果をまとめたもの。

 本書の編者近藤克則氏は,既に『健康格差社会-何が心と健康を蝕むのか』(医学書院,2005)で海外や日本での健康格差の研究・政策動向を理論的に紹介している。理論と日本の調査実態,両書の内容は違うがねらいは共通で,ペアで併せて読まれるべきと思う。現代社会は複雑多面的である。その中に細かいさまざまな因子がある。それらを統計的に積み上げ,分析され,健康格差社会と結論されたのはすばらしい。評者は,それは社会と健康との相互作用と同義ではないかと考える。

 私は医学も公衆衛生も広義の社会医学の立場に立つべきと考える者,戦後日本の社会医学の原点は,戦前1923年の関東大震災の頃に創設された東大社医研。創設者の一人,医学部学生の曽田長宗(1902-1984,後の医務局長,公衆衛生院長)は,『医療の社会化1926』で,「発病を促す社会的要因を明らかにするとともに,国民の健康状態が社会生活に及ぼす影響を明らかにする」と社会医学の原理を説いた。矛盾をあかして社会をよくし,人間の幸せを願う。80年経つ間に,時代は激動したが,その原理は変わらない。「健康格差社会」を訴える2書はこの原理継承と私には映る。

 WHOのプライマリヘルスケアの原典,アルマアタ宣言1978は,健康は基本的人権であり,各国各地域の社会目標である(第I章)。健康の格差は政治的,社会的,経済的に容認できない(第II章)と明言している。WHOだけが突出しているのでなく,政治的に成熟した欧米各国においては,基本的人権に関わる項目について格差の見直しを行っている。

 わが国では1970年代後半以降現在まで,バブル経済,バブル崩壊の中で,「総中流社会で平等」との幻想に浮かれて,一部の指導者は日本では格差はなくなったと言い放った。資本主義社会は競争原理が働き活性化はするが,一方格差は必ず宿弊として残る。政治的,社会的,経済的に格差解消の努力を続けなければ,勝者と敗者の差は一層極端になり,いずれ社会は大混乱する。それを予防する施策を講じるのは民主主義政治の常識と思うが。

B5・頁200 定価4,410円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00432-9


解剖学用語 改訂13版

日本解剖学会 監修
解剖学用語委員会 編

《評 者》柴田 洋三郎(九大副学長/日本解剖学会理事長)

英語併記によって進化した解剖学用語集

 『解剖学用語改訂13版』が,医学書院の全面的なご協力により出版された。この13版は,これまで『解剖学用語』として,過去12版を重ねた日本解剖学会用語集とは内容と性格を異にする。その意味では,改訂版と呼ぶのは不適切で,新版とみなすにふさわしい。まず大きな相違点として,従来はラテン語のNomina Anatomicaに準拠して,日本語の解剖学名を定めていたのに対し,今回13版からは,国際解剖学会連合(IFAA)の用語委員会(FCAT)において編纂された英語学名とラテン語によるTerminologia Anatomica(1998,Thieme)を尊重し,日本解剖学会の解剖学用語委員会においてあらたに編集された点が挙げられる。すなわち,これまでの正式な解剖学名はラテン語という不文律にとらわれず,英語の解剖学名も同等に扱い併記した点で,画期的なものとなっている。従来,特に臨床の先生方から,英語の解剖学名が教科書によってもまちまちで困る,何とか統一できないものかという苦情を承り,苦慮していた。これからは自信を持って,本書記載の英文解剖学名をお薦めできる。

 これは,単にラテン語から英語と日本語に翻訳するという機械的な単純作業では決してない。解体新書の発刊にまつわる苦辛譚「蘭学事始」に比すべくもないが,「日本語による解剖学用語」(2002年)の編纂作業を含めると,足掛け7年本書の編纂にあたった解剖学用語委員会は,「思いの外難事業であった」由,それは「用語の配列が構造を持っており,その構造に依存して語彙が定められているという解剖学用語の特性を考えれば当然のことであり,またこの用語集がこれまでのものとは次元を異にするまったく新しい企画であった証左である」と坂井建雄委員長が序文に披瀝しておられる。すなわち従来の12版までは,先述の如くラテン語のみのNomina Anatomicaに準拠し,その基本構造に基づいて日本語解剖学名を定めていた。ところが,今回国際的に新たに採択されたTerminologia Anatomicaの用語体系に則り,自ずと配列の構造も大きく変化した。一見してもっとも変化の大きいのは,中枢神経の領域である。これは学問の発展により,これまでの用語集の基本構造および語彙が時代にあわなくなったことを意味している。したがって,従来の解剖学用語との継続性と整合をとりつつも,最近の研究成果に基づきあらたな用語構造を構築する作業となった。解剖学用語も進化するのである。

 本の体裁も,英語の解剖学名が加わった分,大振りとなったが,それ以上に楽しいことに,総計259頁に及ぶ日本語,ラテン語-日本語,英語-日本語と3種類の索引欄が巻末に新設され,本文の総頁数を凌駕している。特にこの3言語は品詞の語配列などそれぞれに特徴があるので,思いがけないことに気付かされたりする。一例を挙げれば,英語索引ではanteriorとposteriorの項目数はほぼ同じだが,日本語では,前が最初に来る項目は450程なのに対して,後が最初の項目は350程とずっと少ない。なぜでしょう。世に辞書マニアという趣味の人々がいるそうだ。解剖学用語集というと,とかく無味乾燥,人によっては学生時代の悪夢がよみがえるかもしれない。しかし解剖学名集という言葉の海を漂いつつ,改めて索引など眺め回していると,誠に楽しく人体用語マニアとなってしまいそうだ。

A5・頁536 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00073-4


病院ファイナンス

福永 肇 著

《評 者》坪井 清((株)日本格付研究所・取締役)

病院の役職員と病院ファイナンスに携わる金融マンに必携の書

 本書は,月刊誌『病院』に連載された「病院ファイナンスの現状」を,大幅に加筆修正し内容を一新したものである。

 本書は,「病院の資金調達」に関するわが国初の体系的な実務書といえ,そのパイオニア的存在意義は高く評価される。これまで類書が見られなかったのは,「病院(医療)」と「ファイナンス(資金調達)」という高度に専門的な両分野にわたり,その理論と実務に真に通暁する者が存しなかったからであろう。

 この点,著者は経済学者であるうえに銀行で病院融資を担当し,さらに医療・福祉系の大学で長く医療現場に密着しつつ医療経営の教育・研究に携ってきた。その集大成が本書にほかならない。著者の大学での熱血指導には定評があるが,本書で変化の著しい医療とファイナンスについてこれほど広く深く追究しているのは,まさにその熱血漢の面目躍如たるところである。

 本書は,第I部「病院ファイナンスの現状」,第II部「間接金融」,第III部「新しい資金調達と直接金融」の3部から成る。

 第I部では,平成時代に入っての医療制度の変革と資金調達への影響を綿密にかつ的確に分析しているのが圧巻である。この中で,病院ファイナンスの体系や「病院と銀行は永いパートナー」であるべきといった基礎的な点もわかりやすく解説している。第II部では,病院ファイナンスの大宗をなす間接金融について,福祉医療機構と民間銀行からの借入を中心にその借入の注意点に至るまで懇切丁寧に記述している。第III部では,最もトレンディなテーマである「新しい資金調達」として「直接金融」についてチャレンジングな解説をしている。診療報酬債権等の流動化や来年度以降発行が見込まれる社会医療法人債は難解な分野であるが,著者なりの整理とともに資産の流動化についてはいくつかの率直な疑問も提起しているのは興味を引く。

 本書がより深く理解されるよう,著者が随所にふれている部分ではあるが,評者からも改めて以下の2点を指摘しておきたい。

 第一は,資金調達コストを考察する場合,表面上の金利のみならず各種手数料等の調達に付随する費用も含めた「オール・イン・コスト」で分析すること。第二は,具体的な調達手段を選ぶ場合,調達コストだけで決めないこと。即ち,コスト論のほか,調達可能額の多寡,担保提供ないし保証の要否,償還方法(期間,満期一括か分割か),経営の裁量への制約度,調達の機動性等の諸点を総合評価することにご留意願いたい。

 本書は,「銀行と病院との間にある情報の非対称性」を埋めるには最良の書であり,病院の役職員のみならず金融マンにとっても必携の書として推薦したい。

A5・頁416 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00448-0


経験とエビデンスに基づく循環器治療
複雑な患者をどうするか?

西山 信一郎,近森 大志郎,西 裕太郎,大村 寛敏,山本 貴信 編

《評 者》木村 剛(京大大学院准教授・循環器内科学)

第一線で得た経験が生きている循環器治療のEBMを学ぶ

 EBM全盛の時代である。循環器領域は特にcommon diseaseを扱うことが多く,大規模試験からのエビデンスが得られやすい領域である。しかしながら,実地臨床において遭遇する患者さんの背景はさまざまであり,大規模試験からのエビデンスをベースにしつつも,個別の対応を要求されることも多い。また,複雑な背景を持つ患者は大規模試験の対象から除外されることも多く,実際にはエビデンスが存在しない状況に直面することもしばしばである。このような状況下での治療方針決定において最も重要なもの,それは経験である。

 本書の編者代表の西山信一郎先生は,循環器領域でEBMを推進すると同時に,循環器臨床の第一線で多くの経験を蓄積されてこられた先生である。本書の企画には西山先生の経験が存分に生かされている。テーマとしては,実地臨床で遭遇することが多く,かつ判断に迷うような状況が設定されている。対象領域も虚血,不整脈,心不全,弁膜症,血管疾患,高血圧,肺循環と多彩である。またKey Questionとして適切な問題提起が行われ,それに対して経験豊富な先生方がエビデンスを踏まえて回答されている。

 同様の症例に遭遇した時にマニュアルとして使用されるのもよいが,複雑な患者を治療する際の考え方を学ぶのに最適である。考え方を学ぶことによって,ここに設定されていない状況に適切に対応することも可能となろう。さらに,若い先生方には,本書を一読されて,存在するエビデンスを学ぶと同時に,どこにエビデンスが存在しないかを知っていただきたい。エビデンスフリーゾーンを知ることは,自らエビデンスを切り開く第一歩である。

A5変・269頁 定価5,250円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp

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