医学界新聞


へき地医療研修愛知モデルの試み

寄稿

2007.10.29

 

【寄稿】

研修医教育をへき地医療の現場でも
へき地医療研修愛知モデルの試み

橋本 淳(愛知県がんセンター愛知病院総合内科)


「お疲れさま,へき地診療所の研修はどうだった?」
「楽しかったです。病院とは違った,地域医療をしている医師のやりがいがわかった気がします」

 1か月のへき地医療研修の最終日,研修を終える研修医と印象に残った出来事の振り返りをしている。在宅医療,生活習慣指導,救急対応,介護する家族の問題などテーマは様々だが,臨床研修病院にいる時とは違った視点で患者の問題を考えるようになっている。

 愛知県では5年前からへき地医療研修のシステム化に取り組んできた。今年度は94名の研修医が県内のへき地医療の現場で地域保健・医療研修を受けることになっている。

臨床研修病院とへき地医療機関双方にメリット

 愛知県の医師数は全都道府県中5位,研修医数も4位と医師不足とは無縁のようだが,人口10万人当たりの医師数は全国37位で,特に都市部に集中する傾向がある。臨床研修病院も名古屋を中心とする県の西半分に集中しており,東の三河部は医師不足が特に深刻である。

 私の勤務する愛知県がんセンター愛知病院は三河部にある唯一の県立病院として,県のへき地医療対策を行う「へき地医療支援機構」が設置されている。またへき地医療拠点病院の一つとして代診などのへき地支援事業のほか,へき地医療研修を希望する研修医の受け入れなども行っている。

 現在の臨床研修制度になって,地域保健・医療が初期臨床研修プログラムに含まれることになった。へき地・離島診療所はこの研修の研修施設の一つとなっているが,都市部の臨床研修病院にとって研修協力施設となるへき地の医療機関を探すことは容易ではない。一方で,へき地の医療機関では医師確保が重要な課題となっており,このような機会に研修医がへき地の医療を経験することは,将来の医師確保のために役立つものと期待される。

 愛知県ではへき地の医療機関と協力し,県内の臨床研修病院の研修医がへき地で地域保健・医療研修を受けられるよう支援・調整する「愛知県へき地医療臨床研修システム」(以下,システム)を構築し,以下の手順で運用している(図)。

1)へき地の病院,診療所が包括的な地域保健・医療研修プログラムを作成し,へき地医療支援機構に届け出る。
2)へき地医療支援機構が県内の臨床研修病院に上記の情報を周知し,研修申請を受け付ける。
3)へき地医療機関と臨床研修病院の希望調整を行い研修先,期間を決定する。
4)臨床研修病院は研修施設を協力型臨床研修病院,あるいは研修協力施設として研修プログラムに登録する。
5)研修にあたっては全地区で統一した評価表を用いて評価を行い,へき地医療支援機構で結果のとりまとめを行う。
6)臨床研修病院とへき地医療機関が参加するプログラム評価会議を開催し,今後の研修について検討する。

研修医の意識に肯定的変化が

 現在,2009年度までのシステム参加申請手続きが終了している。参加申請病院・研修医数は,初年度となる2006年度は6病院74名であったが,2009年度には13病院154名まで増加しており,すべての申請を受け入れることができない状況となっている。

 2006年度にへき地医療研修を受けた研修医のアンケート結果からは,研修前後でへき地医療に対する意識も肯定的に変化していることがわかった(100mmVisual Analog Scaleによる評価「へき地医療の研修は有用か?(平均+8.1mm)」,「へき地医療はやりがいがあるか?(平均+8.0mm)」,「将来へき地で働きたいか?(平均+14.6mm)」)。アンケート結果を見て,苦労してシステムを運営してきたことは無駄ではなかったとちょっと安堵した。

へき地医療の活力維持に県の果たすべき役割

 このシステムには,大学病院を含む臨床研修病院,へき地医療機関(病院・診療所)とその開設者である自治体(市町村)が関わっている。これまで研修医教育に県が関与することはあまりなかったと思うが,上記の各関係機関と連携をとりながら中立的な立場で調整する役割を担うのは県が適任だと思われる。その他にも国(愛知県の場合は東海北陸厚生局)との連携や事務手続きの決定,必要な経費の予算措置など県が行うことで円滑にすすめられる業務もある(とはいっても,このシステムは年間約120万円と,驚くほど少ない予算で運営しているのだが)。

 このシステムにとって最も重要なものは,活力のあるへき地医療の現場である。地域や住民から信頼され,医師やスタッフがやりがいを持って働いている。その中で研修医も何らかの役割を果たすことができれば有意義な研修になる。逆に現場が疲弊していては,よい研修が提供できないだけでなく,研修医はへき地医療に対してネガティブな印象を持つことになるだろう。

 最近の医師不足問題により,指導体制の維持が困難となる病院もでてきた。しかし,一方ではへき地医療を希望する医師が新たにへき地で働き始めたケースもある。へき地医療の現場でがんばっている医師,スタッフを支えつつ,新しい風を現場に吹き込むことも,へき地医療現場の活力を維持するために県が果たすべき役割と考えている。

 地域住民の生活を支えるために,様々な地域の保健・医療・福祉の関係機関があり,それぞれが担っている役割がある。地域保健・医療の研修では,そういった大きな枠組みの中で自分自身の役割を考える機会になればと考えている。そういった意味では,むしろ専門医をめざす人たちにへき地医療の研修をぜひ経験してもらいたい。

 地域医療を担う医師のやりがいがわかったと話していた研修医,へき地医療現場での経験が将来どのように生かされるのか楽しみである。


橋本淳氏
1992年自治医大卒。初期研修終了後に赴任したへき地診療所で地域医療のやりがいを実感した。自治医大地域医療学教室,愛知県衛生部医務課勤務を経て,2000年より現職。病院で総合診療をしながら,へき地医療支援機構の運営やへき地診療所の支援活動を行っている。診療所から行政まで幅広い経験ができたことは非常に幸運であったと感じている。

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