医学界新聞

連載

2007.10.15

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第114回

白衣着るべからず

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2750号よりつづく

 9月17日,大西洋を渡ってきた知らせが,米医療界を賑わせた。病院医療者のユニフォーム・作業衣についての指針を作成していた英保健省作業部会が,「医師は白衣を着るべからず」とする結論を下したとのいうのである。

 この指針が作成された理由は,医療者が着るユニフォーム・作業衣が感染の伝搬に関与している可能性があることに対して,「ではどうしたらよいのか」と,NHS(National Health Service:国営医療サービス)としての立場を明確にする必要があったからに他ならない。EBMの発祥国,英国で作られた指針とあって,今回の指針もエビデンスに基づいたものとなっているのは例外ではない。

患者・社会のイメージを重視

 作業部会が根拠としたエビデンスは2種類,一つは,テームズ・バレイ大学が行った広範な文献の検討,もう一つは,ロンドン大学病院NHSトラストが実施した「実験」であった。また,エビデンスの検討に際しては,感染伝搬との関連だけでなく,「患者・社会が医療者・医療施設に対して抱くイメージ」という側面も評価対象とした。

 指針は,ユニフォームや作業衣が感染を伝搬するという明瞭な証拠はないと結論づける一方で,「社会・患者は感染を伝搬するリスクがあると信じている」以上,医療側は配慮する必要があると,以下に示すような「すべきこと・すべきでないこと」のリストを作成したのだった。

1)エビデンスに基づくリスト

<すべきこと>
*社会の信頼を高めるような衣服の着方を心がける。
*患者のケアに当たる際には,半袖の衣服を着用し,長袖あるいは(旧来のコート型の)白衣の着用は避ける:袖口は細菌の温床となりやすいうえ,患者と接触する可能性が高いため。
*病院に出入りする際の着替え:ユニフォームで外出したからといって感染の危険が高まる証拠はないが,患者の信頼感に影響を与える証拠があるため。
*病院外を移動する際は,ユニフォームが見えないように覆う:患者の信頼感を損ねないため。
*ユニフォーム・作業衣が汚れたら速やかに着替える。
*長い髪は,襟にかからないようにする:患者は髪の長い看護師よりも,髪が短い看護師や髪を「まとめた」看護師に看られることを好むため。
*ユニフォームの洗濯に際しては,材質が許す限りの高温を使用する:通常の細菌は,摂氏60度・10分の洗浄で除去しうる。
*洗濯機・乾燥機を定期的に清掃する。
*爪は短く清潔に。
<すべきでないこと>
*ユニフォームや作業衣を着たまま病院外で買い物などをする:感染のリスクを高める証拠があるわけではないが,患者の信頼感を損なう証拠があるため。
*患者のケアに当たる際に「つけ爪」をつける。
*手や手首に宝石,腕時計をつける(簡素な結婚指輪は許容されうる)。

2)常識に基づくリスト

<すべきこと>
*固底の靴,つま先が開いた靴は避ける:つま先が閉じた靴は医療者の安全のため,また,靴底が固い靴は患者からすれば「うるさい」から。
*洗濯に回せるよう十分な数のユニフォームを職員に供給する。
*勤務に入る度に清潔なユニフォーム・作業衣に着替える。
<すべきでないこと>
*ネクタイの着用:ネクタイは毎日着用されるにもかかわらず,洗濯される頻度が少ない。患者の診療に際し何の「ベネフィット(ご利益)」もないだけでなく,細菌の温床となることが示されている。
*胸ポケットに,ペンやはさみを入れる:患者を移動させる際に,傷つける危険がある。ペンなどは,ズボンのポケットや胸の内ポケットに入れるべきである。
*ユニフォームの上にカーディガンを羽織るなど,「だらしない」着方。
*ネックレス,ピアス,イアリングなどの宝飾品を「過度」に身につける。
(なお,リストの一部は紹介を省略した)

 と,以上が英国保健省の推奨する医療者の「服装指針」であるが,「旧来の白衣・長袖・ネクタイ・腕時計・胸ポケットのペンはだめ」などと言われることに対し,「中学校の生徒手帳でもあるまいし,何をどう着るかまでこまごまと指図されたくない」と,むっとされた医療者もおられるのではないだろうか。「お前たち,患者に害を与えているのかも知れないのだぞ」と言われて,素直に聞くことができないとすれば,私たちは,ゼンメルワイスの時代からちっとも進歩していないことになるのだが……。

この項おわり

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