医学界新聞

寄稿

2007.09.03

 

【寄稿】

冠動脈疾患診療における
メタボリックシンドロームの意義

古川 裕木村 剛(京都大学医学部附属病院循環器内科)


社会へのインパクトと疾患概念・診断基準をめぐる混乱

 内臓脂肪肥満を基に,高血圧,糖代謝異常,脂質代謝異常といった動脈硬化性疾患の危険因子が重積することによって,たとえ個々の危険因子に関する異常が軽度であっても動脈硬化性疾患の高リスク群となるというのが,メタボリックシンドロームの概念である。現代人にとってきわめて身近な過食という生活習慣がその原因となることに加え,わが国での該当者数が非常に多いということもあって,メタボリックシンドロームは医療従事者のみならずマスメディアや社会全体からも注目されて流行語にもなった。

 危険因子の重複が動脈硬化性疾患のイベント発生リスクを飛躍的に高めることはFramingham研究結果に代表されるように以前から知られているが,それを内臓脂肪肥満という病因に結びつけてメタボリックシンドロームという一つの症候群とし,診断基準が示されたのはごく最近のことである。わが国の診断基準は,日本動脈硬化学会などの8学会で構成されたメタボリックシンドローム診断基準検討委員会により策定され2005年4月に公表された(表)。このように,一つの症候群としてのメタボリックシンドロームの概念と診断基準はまだ新しいものであるため,その疾患概念や診断基準に疑念を呈する意見も聞こえてくる。

 メタボリックシンドロームの診断基準
内臓脂肪蓄積 必須項目
ウエスト周囲径:
男性≧85cm 女性≧90cm
(内臓脂肪面積 男女とも≧100?2に相当)

上記に加え,以下のうち2項目以上
(1)高トリグリセリド血症 ≧150mg/dl
  かつ/または
 低HDLコレストロール血症 <40mg/dl
(2)収縮期血圧 ≧130mmHg
  かつ/または
 拡張期血圧 ≧85mmHg
(3)空腹時高血糖 ≧110mg/dl

 ここでは,私たちが日頃,冠動脈疾患の診療を行っている現場での実感や,自身や他施設による臨床研究の結果から,冠動脈疾患診療においてメタボリックシンドロームをどう扱うべきか,その意義について考えてみたい。

一次予防コホートにおいて肥満は重要な危険因子

 メタボリックシンドロームといえば,その診断の基本条件となる内臓脂肪型肥満がまず頭に浮かぶが,古典的な冠危険因子で,永年にわたり幾多の疫学研究でその意義が検討されてきた肥満の危険因子・予後予測因子としての役割はどのように考えられているのか。肥満の危険因子や予後規定因子としての役割を考える場合,その他の患者背景が重要な意味を持つ。患者が冠動脈疾患を持たない危険因子保因者,すなわち,一次予防コホートに属するのか,すでに冠動脈疾患を有する二次予防コホートに属するのかで,肥満の危険因子/予後規定因子としての意義が違ってくるようだ。

 多くの臨床研究結果からも,肥満が冠動脈疾患の一次予防における有意な危険因子であることは疑いの余地がない。とりわけ若年者では,肥満は重要な危険因子であり,若年発症冠疾患患者では,年齢,性別が揃った健常者や中高齢冠疾患患者に比べて,有意に肥満者が多いとする報告が多い。しかし,高齢者における冠危険因子としての肥満の意義に関しては,若年者の場合ほど明確で一貫性のあるデータが示されているわけではない。

二次予防コホートでは肥満の予後への影響は不明

 二次予防コホートにおける心血管イベント再発や全死亡,心血管死の予後規定因子としての肥満の役割を考えた場合には,その意義にはさらに疑問が生じる。冠血行再建術を施行された患者や心筋梗塞後の患者を対象に,その中・長期予後規定因子を解析してみると,肥満者(多くの場合,BMI高値が基準)のほうが,生命予後が良好であることが繰り返し報告されている。

 実際,私たちが30施設での2000-02年の3年間の初回冠血行再建例9877例を対象に,平均3.5年追跡し予後規定因子を解析したCREDO-Kyoto研究の結果でも,BMI≧25kg/m2の患者はBMI<25kg/m2の患者よりも予後良好であり,この結果は,悪性腫瘍合併例を除外し一般的な冠危険因子を変量に加えて補正した多変量解析を行っても同様であった。

 もちろん,メタボリックシンドロームにおける内臓脂肪型肥満は,BMIを基準とした肥満と同じものではない。冠動脈疾患の二次予防における予後予測因子としての意義について,メタボリックシンドロームの合併は急性冠症候群患者の不良な予後の予測因子であるとする報告が見られるが,糖尿病合併急性冠症候群患者の生命予後が不良であることが知られているように,そこでは耐糖能障害の存在が大きな意味を持つのかもしれない。また,肥満の場合と同様に,死亡,心血管死などのハードエンドポイントに関する予後規定因子としてのメタボリックシンドロームの役割が,高齢者など患者群によって変わってくる可能性も否定できない。

 したがって,二次予防コホートにおける肥満やメタボリックシンドロームの予後への影響に関して不明な点が残された現状では,メタボリックシンドロームを単なる肥満と明確に区別する必要がある一方で,冠動脈疾患の一次予防と二次予防における危険因子・予後規定因子としてのメタボリックシンドロームの意義も必ずしも同じではない可能性を認識しておくべきあろう。

 また,内臓脂肪型肥満に加えてメタボリックシンドロームの診断基準に含まれる高血圧,脂質代謝異常,糖代謝異常は,それら自体が重要な冠危険因子であるため,メタボリックシンドロームを疑う患者では,肥満以外の基準を正しく診断することが重要である。二次予防コホートでメタボリックシンドロームに治療介入を行う場合に,肥満そのものに対しての介入のイベント抑制効果を証明することは難しく,この点からも他の介入可能な危険因子を生活習慣の改善と薬物治療で厳格に管理することが必要とされる。

 ところで,CREDO-Kyotoの対象者では約4割が糖尿病患者で,高血圧患者の比率はさらに高くなる。このように,わが国で冠血行再建術を受けるような患者は,多数の冠危険因子を保有する場合がたしかに多く,それぞれの因子が正常との境界域ではなく薬物治療等による積極的な管理が必要である場合が多いことは,個々の危険因子の管理の重要性をさらにうかがわせる。個々の冠危険因子それぞれに積極的な介入を行うことにより,メタボリックシンドロームのような冠危険因子の重積する患者の管理もおのずと良好となるはずである。

個々の危険因子の積極的管理が今後も重要

 以上,冠危険因子の重積は冠動脈疾患の予防における重大な問題であるが,何か一つの原因を取り除くことにより複数の危険因子を十分に管理することは難しく,心血管イベント予防のためには,個々の危険因子を厳重に管理する姿勢が大切である。メタボリックシンドロームの管理に関しても同様のことが言えるであろう。

 このように,将来まったく新しいメタボリックシンドロームの治療薬が登場し,複数のリスクファクターを一つの治療ターゲットで十分に管理できるようにならないかぎり,冠イベント抑制のための薬物治療は個々の危険因子管理に最適と思える薬剤を併用していくことが基本であると私たちは考えている。

 その際に,メタボリックシンドロームの概念は,特に一次予防コホートにおいて,個々の危険因子のリスクが一見小さく見える早期から薬物治療も考慮した介入を行う機会を与えてくれるという意味で,非常に有益である。もちろん,その前に生活習慣の改善が必須であることは言うまでもない。


古川裕氏
1989年京大医学部卒。和歌山赤十字病院,米国Harvard大Brigham and Women's Hospital研究員などを経て,京大大学院医学研究科助教。

木村剛氏
1981年京大医学部卒。小倉記念病院循環器科部長などを経て,京大病院循環器内科診療科長・同大准教授。日本心血管カテーテル治療学会理事。

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