医学界新聞

寄稿

2007.04.30

 

【Medical Frontline】

内視鏡診療の最先端――大腸内視鏡を中心に

田中信治(広島大学光学診療部長)


 近年の内視鏡医学の進歩は著しく,ダブルバルーン小腸内視鏡・カプセル内視鏡などの新しい診療機器の開発による小腸診療の新展開,拡大観察や特殊光の臨床応用による消化管病変の微細診断学の発展,新しい内視鏡的切除手技の導入による内視鏡的一括切除能の拡大など数多くの話題があるが,今回は,特に大腸腫瘍の診療を中心に,内視鏡診断学と治療学の進歩について解説する。

拡大内視鏡観察

 工藤進英らによって確立された大腸腫瘍性病変に対するpit pattern()診断学は,多くの臨床的有用性が明らかになっており,内視鏡機器の進歩によって,現在,生体内でのきわめて簡単な手技としてルーチン大腸内視鏡検査の一部となり徐々に全国的に普及しつつある(図1)。現在,細胞や核まで観察できる超拡大観察機器も開発中であり,近い将来臨床導入が計画されている。

図1 拡大電子大腸内視鏡と拡大観察の実際
通常観察では画面中央に淡い発赤を認める。色素(インジゴカルミン)散布にて病変の形態が明瞭になる。拡大観察では,表面のpit構造(密在する小型管状pit)が詳細に観察できる。

 大腸腫瘍のpit pattern分類は,2001年7月の工藤・鶴田修による合意,2004年4月の箱根合意,工藤班班会議などでの検討を経て,その命名や定義が統一され普遍的なものになりつつあり,今や欧米でも臨床導入が始まっている。大腸病変を拡大観察し微細構造を診断する臨床的意義は表1に示すように多岐にわたる。これらの有用性が,大腸内視鏡ルーチン検査中に瞬時に組織生検なしで得られることが最大のメリットである。

表1 大腸拡大内視鏡観察の有用性
1)通常内視鏡表面微細構造所見の客観化
2)腫瘍・非腫瘍の鑑別
3)腫瘍の異型度診断
4)早期癌の浸潤度診断
5)EMR後の局所微小遺残病変の診断
6)治療手技,EPMR,施行医の選択指標
7)潰瘍性大腸炎の組織学的炎症の診断
8)colitis-associated neoplasiaの診断

 大腸は,食道や胃と異なり多くの腺腫性病変が存在し,癌との鑑別が問題になるが,このような鑑別診断が「拡大観察」という「optical biopsy」のみで可能である。この拡大観察によって治療方針の決定までできるわけであるが,まだまだ普及過程であり,今後は全国の大腸内視鏡医の教育とともに標準化することが急務であろう。

Narrow Band Imaging(NBI)

 一般に光の生体組織への深達度は強い波長依存性を持ち,短波長の光は生体への深達度が浅く表面付近で散乱吸収を受け反射光として観察され,長波長の光は生体深く伝播する。このような深達度の波長依存性は主にヘモグロビンの特異な吸収特性と,生体組織の散乱特性の波長依存性による。この原理を応用して,粘膜表層の微細構造の変化に感度を合わせるために,内視鏡の感度特性を短波長側に限局したのがNBIであるが,これにより表層微小血管構築の強調ならびに表面微細構造のコントラストの向上が可能になった。

 上部消化管領域でもNBIの臨床研究は盛んだが,大腸腫瘍に対するNBIの有用性も徐々に検討されている(表2)。特に,腫瘍・非腫瘍の鑑別診断に対しては絶対的有用性が証明されており(図2),NBI拡大観察では色素を用いることなくregularなpit patternの診断が可能である。また,pitが破壊・荒廃した早期大腸癌の質的(異型度・浸潤度)診断も病変表層部微小血管の「不整像・太さ・分布の乱れなど」を捉えることで可能である。現在その精度を検討中であるが,NBIは通常・拡大内視鏡観察を補う有用なmodalityとして期待されている。

表2 大腸腫瘍に対するNBIの有用性
1)早期癌および前癌病変の拾い上げ
2)腫瘍・非腫瘍の鑑別診断
3)色素拡大内視鏡観察の代用
4)早期大腸癌の質的(異型度・浸潤度)診断

図2 NBI観察の実際
a:通常観察で大小のポリープを認める。b:色素(インジゴカルミン)散布にて病変が明瞭になるが質的診断はやや難しい。c:NBI観察に切り替えると,腫瘍は茶褐色(→)を,非腫瘍(過形成)は白色を呈し鑑別が容易である。

内視鏡的粘膜下層剥離術

 従来の内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection: EMR)は,スネアの大きさの限界から一括切除可能な病変が径2-3cmに限られていたが,内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection: ESD,図3)の臨床導入によって大きさにこだわることなく病変の一括切除が可能となった。これによって,正確な病理組織診断のみならず内視鏡治療後の臓器温存も可能で,上部消化管領域,特に胃において急速に普及し,すでに早期胃癌の治療手技として保険収載され全国的にも標準化しつつある。

図3 大腸ESDの実際
最大径25mm大の側方発育型腫瘍(LST-NG)に対し,まず周辺粘膜を切開し,その後粘膜下層の剥離を進めて内視鏡的完全一括切除を行った。切除径は30×35mm。

 一方,大腸でも現在一部の施設で臨床研究的に行われているが,胃と比べて手技的難易度がより高く穿孔が生じやすいことなどまだまだ発展途上であり一般的ではない。また,大腸腫瘍は,食道・胃腫瘍とは異なった特性を持っており,スネアによる一括切除が困難な大きさの大腸腫瘍のほとんどは良性の腺腫のため,スネアによる分割EMRでも十分根治可能である。癌の場合も,ごく一部に局在する腺腫内癌であり,前述の拡大観察やNBIでその部分が容易に同定できるため,その部分の切断を避けた計画的(意図的)分割切除が可能になる。このように,進歩した診断学は難易度の高い治療手技を不必要に選択しないためにも必須の術前診断手技となっている。

 内視鏡的一括切除が必須で大腸ESDの適応となりうる病変としては,
1)スネアによる一括切除が困難な,LST-NG,特にpseudodepressed type,VI型pit patternを呈する病変,SM軽度浸潤癌,癌が疑われる大きな隆起性病変
2)生検や病変の蠕動によるprolapseに起因する線維化を伴う粘膜内病変
3)内視鏡的切除後の局所遺残早期癌
4)潰瘍性大腸炎などの慢性炎症を背景としたsporadicな局在腫瘍
などが挙げられる。

 現在,大腸ESD標準化検討部会(消化器内視鏡推進連絡会議),内視鏡摘除手技の標準化プロジェクト研究班(大腸癌研究会)など,大腸ESDの標準化をめざして機器改良やガイドライン作成などの試みが始まっているが,現時点では,拡大観察やNBIを駆使して腫瘍の正確な質的診断を行い,内視鏡医の技量に応じて適切・安全な治療法で根治を得ることが重要である。

 最後に,拡大観察やNBIなどの微細診断学が進歩し,内視鏡診断によって病理形態診断まで可能になりつつある。内視鏡治療手技も,ESDの導入により外科的手技の領域まで侵食しつつある。21世紀はさらに分子生物学が内視鏡診断学や治療の根治度判定に導入されていくであろう。

 内視鏡治療で根治できる癌の条件は確実に拡大されつつあり,内視鏡医学の今後のさらなる発展が期待される。

註)pitとは腺管開口部のこと。その構造(pattern)によって腫瘍の構造異型を評価できる。

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