医学界新聞


神経疾患にどう対処するか――第1回全国カンファレンスに参加して

寄稿

2007.03.19

 

【寄稿】

英国緩和ケア協議会の挑戦(後編)
神経疾患にどう対処するか
――第1回全国カンファレンスに参加して

加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)


前編

 筆者は2006年9月の訪英に際し,英国緩和ケア協議会(以下,協議会またはNCPC)主催の神経疾患と緩和ケアに関する第1回全国カンファレンス(Palliative Care and Neurological Conditions: Defining the Way Ahead)にも参加したので,その取り組みの概要を報告する。

緩和ケアの対象を拡大する
──神経疾患への対処に至る道のり

 緩和ケアの対象を広げようとする提案はすでに1992年,Standing Medical Advisory Committee/Standing Nursing and Midwifery Advisory Committee1)により行われていた。1997年には,Irene Higginson氏らが実施したHealth Care Needs Assessment2)により,がん以外の終末期ケアの現実が明らかにされ,対象拡大の重要性が改めて認識された。そして翌98年,協議会から勧告文書3)が発行され,また,対象拡大の重要性に関する調査・研究報告がヨーロッパ緩和ケア学会誌等4)に発表されるなどして,その環境は徐々に整えられていった。

 協議会では,2020年に向けた方針の重要課題として,緩和ケアをがん以外の疾患,とりわけ(1)神経疾患,(2)循環器・呼吸器疾患,(3)高齢者の困難な症状,の3分野への対処を基本方針とし,組織改革も行って取り組みを開始した(本紙2720号にて紹介)。その中の代表的なものが,Neurological Condition Policy Groupの創設である。同組織は,この課題に関わる医療と福祉双方の専門家とサービスの利用者から構成されており,第一段階として,「長期療養の必要な神経疾患」(Long Term Neurological Conditions;以下LTNC)の緩和ケアをめぐる現状のデータを可能な限り収集し明らかにしていくことから活動をスタートした。

 その活動の結果,さまざまな実態が明らかとなり,資料は関連する専門職の代表者に送付され,学際的検討チームが組織されるに至った5)

 これらの働きを受けて,英国保健省は,長期療養を要する疾患患者に対する擁護政策を策定した。新政策では,神経学専門家,リハビリテーション専門家そして緩和ケア専門家によるサービス提供が,疾患の開始から終末期に至るまで継続して必要であることが強調されている6)

 こうした道のりと背景を,協議会の報告書がわかりやすく記しているので,少し長くなるが,以下に一部を引用する5)

 「がんとLTNCの緩和ケアニーズにはいくつかの大きな相違がある。一般的に言って,LTNCは長期で,個人と疾患の状態により経過が大きく異なる。患者によっては,病状がよくなったり悪くなったりし,治療にも反応する時期があり,患者がいつ終末期を迎えるかを予測することは難しい。LTNCの患者の症状は刻々と変化し,認知能力や行動能力,コミュニケーション能力などの障害が相互に絡み合い,複雑な様相を呈することがある。そのような理由から,NICE(National Institute of Clinical Excellence)のガイドラインは,早い病期から緩和ケアへ紹介するよう勧めている。

 一方,LTNCの長期にわたる障害と症状のマネジメントの中では,リハビリテーションサービス,とりわけ地域社会の中で行うリハビリテーションが,患者を自宅で過ごせるようにすることができるかどうかの核心的事項となっている。

 また,多くの神経学専門家は病院に拠点を置いた活動を中心にしているが,そこ(病院の神経内科)には今日では,神経関連疾患に特徴的な症状マネジメントに豊富な経験を有する神経疾患専門ナースがいるのが普通であり,彼らはすでに地域社会の中で長期間にわたる患者の援助をも行っている。

 国家予算が逼迫している現状からして,LTNCの患者に対して良質なサービスを提供するためには,神経学とリハビリテーションと緩和ケアが接点を広め共同作業をしていくことが重要であり,少ない資源をめぐって各専門領域が競い合ったり,結果として重層したケアを提供するようなことは,決してないように銘記すべきである」

初の全国カンファレンス
──各界専門職による現場レベルの立案を開始

 協議会主催の神経疾患と緩和ケアに関する第1回全国カンファレンスは2006年9月15日の1日,ロンドンのPark Crescent Conference Centreで開催され,全国から200名あまりが参加した。神経学,リハビリテーション,緩和ケアのコンサルタントや施設管理者,NHS関係者,看護管理者,Marie Curie Cancer Care,Sue Ryder Care(英国を代表する緩和ケア推進の非営利民間団体)など,参加者のほとんどすべてが医療と福祉の指導的立場にある人たちだった。

 表に第1回カンファレンスの具体的内容を示す。神経学と緩和ケアとリハビリテーション専門家による神経疾患への取り組みの現状分析から始まり,具体例の報告による相互協力の重要性の示唆,総合的問題解決方法としてのケア・パスウェイの紹介と続き,最後に参加者が12班に分かれて問題点を考え,今後のアクションプランを作るRoundtable Discussionsとそのフィードバックで終了した。

 緩和ケアと神経疾患の関連:進むべき道の提示
 2006年9月15日,パーク・クレセント・カンファレンスセンター(ロンドン)
演題 演者 所属
緩和ケア,神経内科,リハビリテーション,-現在の関与のレベル-
第1回全国調査の結果発表
Eli Silber ロンドン・キングス・カレッジ病院,神経内科コンサルタント医
Nigel Sykes セントクリストファーズホスピス,医療部長
神経内科および緩和ケアのための一方針 Christina Mason セントクリストファーズホスピス,調査部長
David Morton ルイス-マニングハウス,緩和サービス部長
Jan Smith タッピングハウスホスピス,マクミラン臨床兼教育部長
緩和ケアおよび神経内科からわれわれは何を学ぶべきか Rachel Taylor ロンドン神経内科・神経外科学全国病院,臨床専門看護師
神経内科と緩和ケアにおける有効な提携-運動ニューロン病センターのプログラムから学ぶべきこと Debra Garside 運動ニューロン病協会,ケアセンタープログラム主任
緩和主導による神経内科(PINC)領域のケア Judy Byrne スーライダーケア,PINCコーディネーター
緩和ケアおよび神経内科の状況への共同手法の開発 David Oliver ウィズダムホスピス,医療部長
運動ニューロン病のための新しい取り組み-スカボロー方式 Sue Smith 運動ニューロン病協会,地区ケアアドバイザー
Rebecca Haughty スカボローホスピス,神経内科専門看護師
多発性硬化症の重症患者のための緩和ケアサービスの開発 Polly Edmonds &
Rachel Burman
キングスカレッジ病院,緩和医療コンサルタント医

 一連のプログラム進行から見えてくるのは,学際的協力関係をいかに作り出すかに腐心する,協議会の戦略と心配りである。

Policy Cycle推進のこれから
──協調の場と実践のためのデータの提供

 協議会にとってはすでに,神経疾患へのケアのあり方をめぐる議論は終了した。これからは,その実践とデータの収集と,それに続く進路の調整である。

 2005年以降の協議会発行の報告書には“Policy Cycle”という言葉がよく目につく。施策とは,その立案者から実践者に対するゴールとそれを達成する方法の示唆である。施策の立案とは本来,発展的なものであり,完結することのない継続的作業という概念に裏打ちされており,(1)施策の形成,(2)施策の実行,(3)施策の評価と点検,の3段階から構成される7)と言われる。神経疾患をめぐり複数の専門家が手を携える施策はすでに立案された。次は,その実行とデータ収集の環境づくりである。そして,そのための組織戦略はPolicy Unitとしてすでに準備されている,ということであろう。

 図に,協議会報告書に示された,LTNCにおける神経学とリハビリテーションと緩和ケアの関係図を示す5)。急速に進行する神経疾患に対しては神経学と緩和ケアの緊密な協力が必須であり,緩徐に進行する疾患に対してはリハビリテーションが患者の自立と主体性確保のためにぜひ必要である。さらに,より進行した症状マネジメントには,病期が終末期に向かうにつれ,「神経学-緩和ケア-リハビリテーションの連携モデル」の強化がより重要となる。しかしながら,それぞれの領域にはかなりのオーバーラップがあり,異なった専門職がそれぞれの専門的領域を尊重しつつ,全人的ケアを提供することを心がける必要がある。

 “ライフサークル”:長期療養の必要な神経疾患における神経内科・リハビリテーション・緩和ケアの関係
出典:Neurological Conditions, National Survey, The National Council for Palliative Care, 2006.

おわりに
──リハビリテーションの思想と終末期ケアの視点の欠如

 以上のように,緩和ケアの展開から見ただけでも,英国の施策の展開は戦略的で論理的である。

 一方,日本に移植され四半世紀を過ぎた緩和ケアは,まだ,がんから離れることができていない。わが国の今後の人口動態から見て,少子高齢化を迎える次世代の緩和ケア計画は,国家的課題といえるのだが。

 また,昨年4月の診療報酬改定は,リハビリテーションを回復可能な疾患に限定したものであり,長い時間の果てに終末期を迎える神経疾患や老いの苦痛の心と身体のリハビリテーションを視野から外している。また同様に,改定された介護保険の思想の中には,「人はいずれ終末期を迎える」というごく当たり前の考えが表明されていない。そして,緩和ケア関係者からその欠陥を指摘する声が聞こえてこないのは,どうしてなのか。

 緩和ケア担当者の視野の広さと力量がいまこそ問われている。

(おわり)

(参考文献)
1)The Principles and Provision of Palliative Care, Standing Medical Advisory Committee/Standing Nursing and Midwifery Advisory Committee, HMSO, 1992
2)Palliative and Terminal care; Health Care Needs Assessment: The Epidemiologically Based Needs Assessment Reviews. Radcliffe Medical Press, 1998
3)Reaching Out: Specialist Palliative Care for Adult with Non-Malignant Diseases, Occasional Paper 14. Addington-Hall J, June 1998
4)Specialist Palliative Care in Nonmalignant Disease, Addington-Hall, et al, Palliative Medicine, 1998
5)Neurological Conditions, National Survey, The National Council for Palliative Care, 2006
6)The UK National Frame Work For Long Term Conditions; Department of Health, 2005
7)The development of palliative care in national policy in England, 1986-2000; Allison, M. et al, Palliative Medicine, 17; 270-282, 2003

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