MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2007.03.05
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
神経救急・集中治療ハンドブック
Critical Care Neurology
篠原 幸人 監修
永山 正雄,濱田 潤一 編
《評 者》日野原 重明(聖路加国際病院理事長)
神経疾患を正しく理解し適切な治療を行うために
『神経救急・集中治療ハンドブック』が医学書院から出版された。本書の監修は,多年にわたり神経学の基礎的研究に従事され,幅広い臨床能力を有し,数多くの神経学の教科書を書かれてきた元東海大学医学部の神経学教授で,現在,国家公務員共済総合連合会立川病院長の篠原幸人先生である。米国やドイツには救急・集中治療室の患者の中で,頻度が高く,予後不良な神経疾患患者に絞って診断と治療上の指針を書いたテキストはあるが,日本には,神経学の臨床能力に必ずしも通じない救命救急センターの医師やコメディカルのために,また救急医療を扱う脳外科医や一般内科医または開業医のために,特に神経学の専門知識の下にケアが行えるテキストは残念ながら今日まで出版されなかった。
そこで神経学の臨床を米国で学ばれ,また日本でその方面の指導をされている神経学専門医の永山正雄博士と濱田潤一博士が篠原幸人院長を助けて,ここに神経救急・集中治療ハンドブックを出版されることになったのである。
米国のメイヨー・クリニックには既に1958年にneuro-ICUの原型が開設され,その後,神経救急の立派なテキストも出版されているが,日本は臨床神経学の導入が欧米に比べて遅れ,日本語でこの方面のハンドブックが出版されないままであったのである。
今般出版された本書は,真の神経専門医の65名が協力して書き上げたものだけに,今までの救命・救急療法のテキストに比べるとまさに日本のメイヨー・クリニック版ともいえるものといえよう。
第1章では「なぜ,今Critical Care Neurologyか」が篠原,永山両専門医によって書かれ,本書の特長が何かがはっきり示されている。
次いで第2章では「重症神経症候とその管理」について急性意識障害や頭痛,めまい,筋力低下,全身けいれん,精神症候,脳圧亢進等が取り上げられ,第3章では,「重症神経疾患とその管理」と称して,脳梗塞,脳出血,くも膜下出血,代謝・栄養障害に伴う脳症,脳炎,髄膜炎ほかギランバレー症候群,重症筋無力症,その他のニューロパチーやミオパチー,パーキンソン病,脱髄疾患,急性中毒性神経疾患,医原性神経系合併症などが取り扱われている。また薬剤や放射線神経系障害などが取り上げられている。
第4章には「全身合併症とその管理」の下に1章が組まれている。
これらは医療の知識の欠如やものを見抜く力が不足している者に,色々な神経疾患とその管理の方向が述べられている。
第5章は重症神経症候として症候のモニターの役割や髄液,画像検査のアプローチの仕方,リハビリテーション,SCUの運営,その他集中治療に必要な設備やソフトウェア,脳死の判定などが述べられている。
重要な神経疾患の救急・集中治療の実際がそれぞれの専門家によりこのように具体的に取り扱われているテキストは他にないと思う。
その意味で本書は日本の各種の疾患や症候群の症例を正しく理解し,適切な治療を行ううえで,他に例のない実践医学の書ということができよう。各方面の医師や看護師また医療に従事する職員,学生に活用されることを望んで止まない。
浜田 晋 著
《評 者》兼本 浩祐(愛知医大教授・精神科学)
窓の外に広がる辺境の記録と思い
終わりを全うするということはどういうことだろうか。勲章をもらうことか,それとも教授や大病院の院長などの役職を歴任することか。最終章と副題を打たれた本書の終わりにはチェーホフの『桜の園』が引用されている。「上野も半ば崩壊した。私もこの地を去っていく。どこかへ」という最後の言葉は,三十年の苦闘の歴史をこれといって誇るでもなく,冷徹に現状を眺めながら,しかしそこで本当に根をおろして生きてきた人だけが語ることができる感慨に満ちている。本書には,すべてがもう変わってしまい自らも年老いながら,生きることはそれでもよいことだったと『桜の園』で思うチェーホフの終章が確かによく似合っている。
「おもしろうてやがて悲しき……」という言葉があったような気がする。本書はその大部分において,ひたすらに著者が長年付き合い続けた人たちの記録であると言ってもよい。精神医学的に操作的な診断をして統計をとるならば,その多くは平凡でありふれた一症例に過ぎなくなるであろう。しかし,本書では一つ一つの症例の統計上の数字の一に還元できない一期一会性,あるいは非凡さが見事に描出され,一度読み出すとやめられないおもしろさがある。そして,この著者の著作が常にそうであるように,この膨大な量の事実の記録の集積は,読み進むにつれて何よりも私自身の立ち位置を無言のうちに問いただし,私自身のさまざまの悔恨を思い出させ,私をたじろがせる。よく生きたからこそ,『桜の園』の桜はあんなにも美しかったに違いない。本書で登場するすべての人たちは千差万別でありながら,死んだ人も生きている人もよく生きたという一点において共通しているのである。
本書を読んで思うのは,精神科医療というのはやはり基本的には辺境の医療だということである。本書で登場する多くの人たちは,物理的には市民社会の中に住んでいながら,時にその人たちの住んでいるところは奇妙な無医村でさえあって,だから街角に生きる医者は無医村の医者のように何でもしなければならない。精神科の診察室を訪れる人たちは,症状とともにその背景にある人生を引きずってやって来る。精神科医が他の身体科医と際立って違うのは,症状とともにいつでもその背後にある家族や職場や生い立ちといった人生をみる二重の目線を持たねばならないことであって,診察室を治療の主要な舞台と捉えるのか,それともそこをその奥に広がる症状の背景を見渡すための窓と見るのかによって,見えてくる風景は大きく違ってくるに違いない。診察室を訪れる人たちと同じ目線で窓から外を眺めれば,そこは生き抜くことがそもそもとても大変な辺境が広がっている。訪れて来た人たちとともにこの辺境に三十年以上暮らしたからこそ,よくお互い生き抜いたという実感は生まれるのだろう。桜の美しさはよく生きた人たちだけに贈られる餞なのだと思う。
A5・頁336 定価3,780円(税5%込)医学書院
訂正とお詫び
弊紙第2718号(2月5日発行)の書評『体外受精ガイダンス 第2版』におきまして,評者の森明子氏の肩書きが間違っておりました。正しくは聖路加看護大学教授・助産学となります。森先生をはじめ関係者各位にご迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。
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