医学界新聞

 

《新シリーズ》
腫瘍内科
-がんをトータルに診る時代
監修 勝俣範之
(国立がんセンター中央病院第二通院治療センター医長)

第1回
〈インタビュー〉

がん診療における腫瘍内科医の役割

勝俣範之 (監修者)


 日本のがん医療はこれまで外科医が中心となって担ってきたが,米国では抗がん剤の専門家であり,すべてのがんを横断的に診てがん治療をコーディネートする「medical oncologist」(腫瘍内科医)が,がん医療の中心を担い,その質の向上に貢献しているという。

 そこで本紙では,『がん診療レジデントマニュアル第3版』(医学書院刊)の編集責任者の1人であり,日本では未だ数少ない腫瘍内科学の実践者でもある国立がんセンター中央病院の勝俣範之氏監修のもと,「腫瘍内科医とはどのような存在なのか」を考えるシリーズを企画した。シリーズの初回は,勝俣氏に腫瘍内科医の担うべき役割について概説していただいた。

■腫瘍内科とは

――がん治療のあり方について,社会的な関心が高まっています。

勝俣 がん治療というと,日本ではどうしても外科医中心,つまり手術が中心というところがまだまだあります。これは医学界にも一般社会にも浸透した考え方なのですが,実は手術の役割はこの十数年,どんどん少なくなっていて,それを放射線や薬物療法が補っています。今は,手術よりも放射線療法や化学療法がスタンダードになっているがんも多く出てきているというのが現状です。

 最近,社会的に問題になったのは化学療法の「過剰投与事件」です。医療ミスとしてとりあげられたことですが,そのミスが起こった原因として,化学療法に精通した専門医がいなかったことが大きな問題となりました。こうした事件を発端として,ようやく「抗がん剤専門医が必要」という話が持ちあがってきたように思います。

がんを横断的に診る

――先生は,がんを専門に診る「腫瘍内科医」の普及を訴えていらっしゃいますが,その特徴とはどのようなものなのでしょうか?

勝俣 今までのがん治療ですと,臓器別に縦割りになっていたところがありますが,腫瘍内科という科の特徴として,がんを横断的に診るということがあります。どんな臓器にもがんはありますので,抗がん剤に精通した専門家がいろいろな臓器のがんを治療することは不思議ではありません。ただ,横断的であるがゆえにセクショナリズムの強いわが国ではなかなか導入されにくい現実があると思います。

 抗がん剤による治療は従来の化学療法だけでなく,ホルモン療法,分子標的薬と多様化,進歩し,種類が増えてきました。それぞれ適用も副作用も違います。例えば「呼吸器内科医」や「呼吸器外科医」の先生が肺がんの化学療法を行うという場面が日本では多いのですが,肺がんの化学療法に適用になっている薬剤は十何種類とあります。それらをどのように使うのか,その副作用はどうか,副作用が起こった時にはどうすればよいのかというような問題に遭遇するわけです。各臓器の専門医が抗がん剤を扱うよりも,抗がん剤を使い慣れた「腫瘍内科医」が抗がん剤を扱う方がずっと安全で,かつ,より専門性が発揮できると思います。

チームでの取り組みが必要

勝俣 腫瘍内科医の仕事の内容というのは,抗がん剤を使った治療をしていくだけではありません。とかく腫瘍内科医というと,抗がん剤治療だけをする専門家であると誤解されることがありますが,腫瘍内科の理想とするところは,がん治療チームの中心となるということであり,すでに腫瘍内科が確立している海外では,がん治療の船頭的役割を担っています。

 がん治療は,1つの科,1人の主治医で診るものではなく,チーム医療が必要です。がんの三大治療法である手術・放射線・化学療法のそれぞれの専門家である外科医,放射線治療医,腫瘍内科医がチームを形成します。手術だけで100パーセント治るということも,放射線だけで治るというのも,化学療法だけで治るというのも,ごく一部のがんにすぎません。ほとんどのがんは,この3つの治療法がオーバーラップします。患者さんに正しい情報を提示し,治療のオプションを示して,適切な治療方法を患者さんと一緒に考えていくということが,望ましいがん治療,がん診療のあり方だろうと思います。

 がん診療にはその他にも,精神腫瘍医(psycho-oncologist)や,緩和治療医といった職種も絡んでくるでしょう。もちろん,医師だけではなくて,専門薬剤師や,専門看護師(オンコロジーナース),ソーシャルワーカーなどのコメディカルと言われる職種の協力も必要です。このような専門家集団によってチーム医療が行われます。その中で,診断から終末期医療までかかわる内科医がチーム医療の中心となり,患者の診療の責任者となることが理想的な姿だと思います。

患者が治療についての正しい情報を得るために

――腫瘍内科医の存在によって,患者にとってはどういったメリットがもたらされるのでしょう。

勝俣 抗がん剤の専門家という点以外にも,患者さんが正しい情報を得ることができるという点があげられると思います。患者さんにとっては,よりよい治療は何かということをうまく選択できて,それを達成できることが大切です。一例としてよくありがちな話をあげますと,早期の食道がん患者がいたとして,放射線治療と手術の成績はあまり変わりがないわけですが,その患者さんが外科にかかったら「手術しましょう」ということになり,放射線科にかかったら「放射線治療をしましょう」と言われるようなことが多く見受けられ,治療のオプションについてきちんと説明されないことがけっこうあるんですね。

 乳がんに関してもそうです。乳がんでは今,化学療法がメインになってきて,術前化学療法も進んできています。術前化学療法をすることによって,通常温存療法が困難とされる,大きさが3-5センチを超えるような乳がんの場合でも,温存療法の施行率を増やすことができることがわかっています。ところが,化学療法をあまり積極的にやっていない,または腫瘍内科医のいない病院では,「すぐに手術しましょう。乳房を全部切りましょう」と言われてしまう場合が多くあります。本当は,術前化学療法をやって,腫瘍を小さくしてから手術すると温存療法が可能になりますよ,という話ができるはずなのです。これもやはり,チーム医療を確立して,すべてのがんに精通する腫瘍内科医がその中心的,リーダー的な存在になっていけば,より患者さんが求める治療が受けられるようになる例だと思います。例えば米国では,一度「がん」の診断がついたら,必ず腫瘍内科医を受診し,その後,必要に応じて,放射線科にコンサルトしたり,外科医に手術についてコンサルトしたりというシステムがうまくできあがっています。

■腫瘍内科医育成の現状

育ちにくい背景

――日本における腫瘍内科医の養成では何が困難になっているのでしょうか。

勝俣 おそらく一番大きなネックになっているのは,大学病院に腫瘍内科学講座が確立されていないことだと思います。すなわち学部教育に腫瘍内科という分野がないので,学生は腫瘍内科というものがあることすら知りません。医師の中でも,腫瘍内科を知らない方がたくさんいらっしゃいます。

 国立がんセンターにはレジデント制度があり,腫瘍内科医を育成するためのプログラムがあります。ところが,外科のレジデントの応募はいつも倍率が高く,狭き門である一方,内科として応募する人が非常に少ないんですね。この理由としては,がんセンターでせっかく腫瘍内科を学んでも,大学には帰る場所がなく,レジデント終了後の就職口が確保されていないことが大きな原因になっていると思います。おそらく,専門分化が進んでいる大学病院よりも,一般病院の方が腫瘍内科の導入が容易であると思います。すでに一部の一般総合病院で腫瘍内科医として頑張っておられる先生方が何人かいらっしゃいます。そういうところから広まっていけば,いずれ大学でも教育されるようになると思います。

国立がんセンターでも腫瘍内科は人手不足

――国立がんセンターでの腫瘍内科学教育はどのようになされているのでしょうか。

勝俣 当センターの内科部門のレジデントプログラムは,最初の1年半は内科の臓器別グループである「呼吸器グループ」「消化器グループ」「肝・胆・膵グループ」「乳腺・腫瘍グループ」「血液グループ」の5部門のローテーションが必須になります。後期の1年半は,病理,診断系部門や緩和医療などを選択でき,その後は腫瘍内科の中でもサブ・スペシャリティを持つという意味で,これらのグループのうちのどこかを選択し,専門性を高めます。しかし,実は腫瘍内科というのは,全部のがんを診れるのがいちばん理想的なんですね。米国臨床腫瘍学会(ASCO)では,腫瘍内科医が学ばなければいけないがん種が定められていますが(表),当センターではこのうち3分の2ほどしかカバーできません。その理由として,皮膚科領域,泌尿器科領域と整形外科領域のがんは,まだ腫瘍内科医が化学療法を担当していません。センターの方針としても腫瘍内科医が全がん種の診療にたずさわるようにしたいと考えていますが,腫瘍内科医の人的リソースが限られており,なかなか実現できていないという現実にあります。

 腫瘍内科医が診断とマネジメントを求められるがん種
 (米国臨床腫瘍学会;1997年)
・乳がん
・原発不明がん
・中枢神経腫瘍
・食道がん
・胃がん
・大腸がん
・肛門がん
・肝・胆道がん
・膵臓がん
・腎細胞がん
・尿路上皮がん
・陰茎がん
・前立腺がん
・胚細胞腫瘍
・卵巣がん
・子宮がん
・子宮頸部がん
・外陰・腟がん
・頭頸部がん
・急性白血病
・骨髄異形成症候群
・慢性白血病
・小細胞肺がん
・非小細胞肺がん
・ホジキン病
・非ホジキンリンパ腫
・形質細胞腫瘍
・骨肉腫
・軟部組織肉腫
・皮膚がん
・AIDS関連悪性腫瘍

――腫瘍内科医の数が増えていくことによって,だんだんにシステムも整備されてくるということでしょうか。日本における腫瘍内科医教育は黎明期にあるといえますね。

勝俣 そうですね。米国では,内科のサブ・スペシャリティのうち,腫瘍内科専門医の数は循環器,消化器,呼吸器の各専門医に次いで4番目に多いのです。考えてみれば,現在,日本人の死因の第1位はがんです。最も多くの人が亡くなる疾患に対応する専門性を持つ医師が,これからさらに多く求められるのは,自然な話だと思います。

――ありがとうございました。

この項つづく


勝俣範之氏
1988年富山医薬大卒。大隅鹿屋病院,茅ヶ崎徳州会病院での研修を経て,1992年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後,同専門修練医,第一領域外来部乳腺科を経て,2003年同薬物療法部薬物療法室医長。2004年同第二通院治療センター医長。