医学界新聞

 

インタビュー

ジョージ・アナス氏(ボストン大学公衆衛生大学院教授兼部長・医療法)に聞く

これからの患者-医師関係

-カルテ開示とマネジドケア-

<後編> <聞き手>田中まゆみ氏(ボストン大学公衆衛生大学院)


マネジドケアは患者-医師関係を破壊した

2383号よりつづく)
―――日本でも一部で,医療費削減のために米国をお手本にマネジドケア(註1)を導入しようという動きがあるのですが……。
アナス それはまた,アメリカ医療の最悪の部分を(笑)。日本の医療費は比較的安くすんでいるのではありませんでしたか。
―――そうなのですが,人口の高齢化が急速に進んでいるために,このままでは医療保険が破綻してしまう,という非常な危機感があるのです。マネジドケアが導入されると,医師の裁量権が制限されることがまず問題ですが,患者の権利も保険者(=Managed Care Organization,MCO)に牛耳られてしまう可能性があり,患者側も注意しなければなりませんね。
アナス 米国では,MCOに立ち向かうため,患者と医師が共同戦線を張っています。何しろマネジドケアは,医師をただのテクニシャン(技術者)扱いして,利用度審査(註2)などああしろこうしろと治療に口出しして,患者-医師関係をすっかり破壊してしまったのですからね。
―――MCOは財政的リスクを医療者側に転嫁しておきながら,法的責任はまったく免れているのですから(註3)。
アナス まさにその通りです。マネジドケアの隆盛期には,そうやってMCOは巨大な利潤をあげました。でも,もうそのようなことはできなくなります。これまでは,まったく別の目的のために制定された連邦法が障害となって,MCOを訴えるのは難しかったのですが,今年中に連邦議会はこの法律を改正しようとしています。そうなれば患者はMCOを訴えることができるようになりますから,訴訟を避けるためにMCOはもう医師に口出ししなくなるでしょう。すでに,利用度審査は事前でなく事後だけに行なうように変えるMCOが増えてきています。
―――利用度審査は大したコスト削減にならなかった割に,患者や医師からの大きな反発を買いました。
アナス 共同してマネジドケアと闘うためには,患者と医師が信頼しあってオープンに話し合うことがいかに重要かということですね。

医療の不確実性を患者と共有すること

―――米国では,「マネジドケアから患者を守れ」ということで,患者の権利法も実現の方向に向かっていますしね。
 さて,最後に,日本の医師へのメッセージをお願いします。
アナス 医師は,まず患者と心を開いて話し合うことです。患者とオープンに話し合うのには大変な勇気が必要です。でも,これほど大切なことはありません。そのためには,まず医療の不確実性をともに認め合い,共有しなければならないのです。ここが最も難しい点です。医療にいかに不確定要素が多いか,医師は患者に率直に説明しなければなりません。また,患者もそれを受け入れなければならないのです。魔法など,どこにも存在しないのだということをですね。
 医師と患者は,共通の利益を分かち合う友になるべきなのです。そうなることを切に望みますし,またそうなりますよ。だって,医師だって味方は必要ですからね。誰だって友達がほしい。医師と患者は味方同士なのです。死を免れることは誰にもできないのですから。
―――本日は,お忙しいところをどうもありがとうございました。
 アナス氏のオフィスには,医療1コマ漫画(手術室の外科医たちが「おっとっと」「シーッ」と言い合っているもの)の額が大きく飾ってあり,骨格標本が部屋の一角に立ち,ドアには医師の人形がぶら下がっているという具合で,訪れる人を楽しませてくれる。大変なジョーク好き漫画好きで,講義テキストの表紙にも試験問題用紙にも漫画をあしらい,授業中も弁護士ジョークをちりばめて学生を笑わせてばかりいるアナス氏の,医師も弁護士も笑いのめそうという心意気が伺われた。ヒューマニストとして,世界中に患者の人権と医療倫理を鋭く真摯に説き続けてきたアナス氏が,これからも次々と現れるであろう先端医療問題・医療政策問題にますます健筆を奮われんことを願いつつ,インタビューを終えた。

(註1)Managed care(管理医療):広義には,支払い側(保険者)が医療内容を管理する医療のこと。狭義には,アメリカで1980年代から発展してきた,(1)人頭割り制(2)総額規制のもとでの出来高払い制等さまざまな経済的動機を医療者に与えて医療サービスを制限し,医療費を抑制しようという保険機構の総称。単純化して言えば,医療者が保険者から受け取る支払いは,被保険者である患者に対する医療サービスが少ないほど増える仕組みになっている。マネジドケアの保険料は格安なため,高額な健康保険料負担に苦しんでいた企業や患者から歓迎され急成長したが,医師が患者に必要な医療をしようとしても支払いが拒否されるケースが続出し,また,医師自身が自分の収入確保のために患者への医療を自己規制している疑いを抱かれるようになり,アメリカの医療に大変革をもたらした。ひと言で言えば,過剰診療から過少診療への180度の転換を促したのである。
(註2)Utilization review:医師が患者に高額な検査・治療をしたり入院させたりする前に,保険者の支払い許可を申請して審査を受ける制度。管理医療の根幹をなす。一次審査を行なうのは保険会社に雇われた事務員または看護婦で,コードに従って機械的に決定を下すので悪評を買っている。
(註3)アメリカの現行法では,保険会社が支払いを拒否するかどうかは医療行為ではないため規制できない。医療者には,保険側が支払うかどうかとは関係なく最善の医療をする義務がある。患者は,もし保険側が支払いを拒否した場合は私費で払うことを覚悟したうえで治療を受けることを強いられる。アメリカの医療費は非常に高額なので破産に至ることもめずらしくない。医療者は,良心的なら保険会社の決定を待たずに治療を開始せざるを得ないが,患者が支払えない場合は損金となる。つまり,そもそもリスク分散のために保険を購入したはずが,肝心の時に保険会社は逃げてしまう可能性があるのである。どんな医療行為を保険がカバーするかは保険の種類によって事細かに決まっているので,被保険者は,保険を購入する前に自分がどんな病気にかかりそうか知っていなければならないという,笑えない事態になっている。