HOME書籍・電子メディア > ケアってなんだろう


≪シリーズ ケアをひらく≫
ケアってなんだろう

小澤 勲 編著


少し長いまえがき――この本のなりたち

● 基本課題の提示

 どうすればよいケアができるかを考えていて、いつも行き着く課題がある。それは〈論理と感性〉〈技術とやさしさ〉の対立と統合とでも名づければよいのだろうか。

  私はこの数年、認知症ケアの論理的基礎を確立しようと努力してきた。しかし、ある偉い先生に、講演会場で「あなたのように理屈をこねなくても、やさしいスタッフが認知症の人にすっと近づいてきて、何気なく手を取り、歩き出すだけで、それまで不安げに徘徊していた人の表情がふっとなごむ。それでいいではないか」と叱られたことがある。なかば賛同しながら、一方で「すべてのスタッフが、すべての場面でやさしくなれるわけではない。そこをどうするかが問題なのだ」と反論したい気持ちもあった。

 また、ケアスタッフの中核にいる人から「感性の貧困なスタッフには何を言ってもだめですね。そういう人にはどう対応すればいいのでしょう」とか、「いつも〈背中〉を見せて育てているつもりなのですが、なかなかやさしいスタッフが育ってくれません。スタッフ教育はどうあればいいのでしょう」と訊ねられることがよくある。

 そのようなときには、感性を求めるのではなく〈技術としてのやさしさ〉を求めたほうがよい、と答えてきた。むろん、これは愛想笑いして商売する人をイメージしているのではない。認知症の人がかかえている不自由を一人ひとりについて熟知し、それらに対する的確な援助を考えよ、さらには、単に認知症の症状、「異常行動」ととらえるのではなく、その背景に広がる物語を読み解き、いわば彼らの訴え、表現として考えよ、という意味合いで言ってきたのである。

 しかし、たしかに<感性>としか表現のしようがないものはある。自著でも、こんなエピソードを紹介した。

 ある太めのスタッフがみんなの見ている前でドタッという雰囲気でつまずいて倒れた。そのまま身動きしない。認知症のAさんが横に座り込んで、「どうしよう、死んじゃった」と彼女のからだを揺すっている。私もちょっと心配になって駆け寄ろうとしたとき、そのスタッフが突然上半身を起こして「おはよう」とAさんの手を取った。「わっ」とAさんは驚いて声をあげたが、すぐに「よかった! 死んだんじゃなかったんだ」と涙声になった。それを見て、そのスタッフは「ごめん、ごめん」とAさんに抱きついてボロボロ涙を流して泣き出してしまった。泣きながら抱き合っている二人をみてみんな大笑いしていたが、なかにはもらい泣きしている人もいた。私は「冗談が過ぎるぞ」と叱ったが、目は笑っていたと思う。介護・被介護という固い関係が一時でも解けて、直接的で暖かな人と人との関係が現出したように感じたからである。

 このようなスタッフは、必ずしも勉強家というわけではなく、言語化、論理化に優れた能力を発揮するとは言いがたいのだが、ある種のユーモアのセンスがあって、私はこのようなスタッフを大切にしていた。

 その一方で、一生懸命にかかわってはいるのだが、どこかズレていて、一生懸命になればなるほど、相手をいらつかせ、不機嫌にしてしまうスタッフもいる。この異なりをどう考えたらよいのだろう。

● 「やさしくあれ」という規範

 ケア現場では「やさしくあれ」という規範あるいは倫理が幅を利かせている。スタッフがケアに困り果てて中枢のスタッフに相談にいき、「受容しなさい」と言われ、なにか釈然としない表情で現場に戻ってくる。たしかに「受容」という言葉は、ケアのすべてを言い表している。しかし、すべてを言い表す言葉は、何も言っていないのと同じである。「受容せよ」と言われて解決するくらいなら、とっくのむかしに解決していたに違いない。そうはいかないから相談にきたのだろう。「私たちだって人間なのだから、受容できないことだってある」とつぶやき、口に出さないまでもこころの中で考えているのが、手に取るようにわかる。

 多くの現場では、厳しい労働の対価としてはひどく安い給料で働いていて(なかには、学生時代のバイトのほうが収入は多かったという人もいる!)、それでも、決して安楽とはいえないケア現場で仕事をするのだから、人のために何かしたいという強い思いがないとケアの仕事は続けられまい。

 私は医学部を卒業して以来、精神科医として仕事をし、まったく偶然なのだが、自閉症(広汎性発達障害)、不登校、ひきこもり、統合失調症(青年期の病いである)、感情病(かつては躁うつ病とよばれた中年期の病い)、そして認知症と、臨床の中心的対象を、人生の段階を順に踏んで変えてきたのだが、その間、自分がやさしい人間ではないといつも感じてきた。このような仕事には向かないのではないかと真剣に悩み、精神科医をやめようと考えたことも一度や二度ではない。しかし、なかなか決心できないまま現在に至っている。やさしくない自分が、やさしさが求められる現場で、どうすればやさしくできるか。それが、精神科医としての私の基本課題だった。

 そのため妙にやさしくして、こころを病む人を依存的にさせ、自立できない患者をつくってしまっていたのではないかと、いまにして深く反省している。対の関係でしか見ていない自分があったということでもある。看護師さんたちから「先生の患者は看護しにくい。先生の言うことは聞くけれど、私たちの言うことはまったく聞いてくれない」とよく文句を言われたものだ。

 若いころ、統合失調症者は身近に感じ、その気持ちもなんとなくわかったが、感情病に対しては、有り体にいって「現世の規範に縛られて、しょうもない!」と感じていて、うまく治療が進められなかった。だが、外来にうつ病者が増え、そうも言っていられなくなって、うつ病の精神病理をかなり勉強した。むろん、薬物療法は力強い「武器」になったが、それだけにとどまらず、病前性格、発症要因、経過、そして精神療法というか、どのように接すればよいのかを工夫した。そして、「あなたはうつ病という病気です」と告げ、「あなたは深夜、ライトをつけ、クーラーをきかせて、カーステレオを聞きながら、全速力で高速道を走ってきた(そのような無理をしたことが発症の要因になっている人が多いので、そのことを具体的に指摘する)。そしてバッテリーがあがってしまった。まだ走りつづけていると、バッテリーがだめになります。車のバッテリーは交換できますが、人間の場合はそうはいきません。ですから、いまは十分休んで、充電することです」と言い、診断書を書いた。

 うつ病の人はなかなか休んでくれない。そういう病前性格の人が多い。だから、「肺炎と同じように、あなたはうつ病という病気なのだから、医者の言うことを聞きなさい」とやや命令的に伝えると、うつ病者は自分がさぼっているのではない、医師の指示に従って休養しているのだと考えることができて、ほっとするのだ。うまく伝わると、診察室に入ってきたときとはまったく違う安心した表情で帰っていかれる。そうならない人は、まだ聞き出せていない何か(休むに休めない状況をかかえているのが通常)があるのだ。

 うつ病の精神病理を踏まえた接し方で、うつ病者にも少しやさしくなれた。ああ、そうなのか。〈やさしさに至る知〉が求められているのだと気づき、そう考えることで、やさしくないと自責しつづけていた私は、精神科医を続けることができたのだった。

(p.6-10「少し長いまえがき」より抜粋)