健康格差対策の進め方
効果をもたらす5つの視点

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健康日本21(第二次)の基本姿勢に加わった「健康格差の縮小」。本書は、その健康格差対策に役立つ理論や重要な5つの視点を押さえ、実践に活かせる事例を紹介・解説した実用書。自治体独自のデータの扱い方や健康に無関心な層への働きかけ方など、健康格差に関わる医療機関や行政機関の方々に、ヘルスプロモーションを効果的に進める知恵と工夫を伝授する。
近藤 尚己
発行 2016年10月判型:B5頁:192
ISBN 978-4-260-02501-0
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

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はじめに

日本にも健康格差が
 公衆衛生の歴史は貧困対策から始まったようなものだ.産業革命が起こった19世紀,工業都市が生まれ,農村からの貧しい出稼ぎ者たちのスラムが形成された.不衛生なスラムではコレラなどの感染症が蔓延した.初期の公衆衛生活動の大部分は,そのような都市の貧困対策であった.日本でも,有名な「女工哀史」1)のような史実からもわかるように,真っ先に病に倒れるのは貧困層であった.
 日本は戦後,まだ「途上国」であったにもかかわらず,いち早く国民皆保険制度をはじめとした手厚い社会保障制度を敷いた.経済成長の恩恵も受けて,日本は瞬く間に世界一の長寿国となった.物乞いはいなくなり,見た目には「一億総中流」とよばれるような平等な国となった.
 ところが,最近では,「格差」という言葉がまるで流行語のように使われるようになっている.きっかけは,80年代のバブル経済の崩壊だろう.時のエリートたちが一夜にして職を失い路頭に迷った.その後も続いた景気低迷で,若者の失業やワーキングプアの問題も顕在化している.高齢化や核家族化,家族観や結婚観の変化も,これまで見られなかった新しい「格差」を生み出してきた.貧困に陥りやすい高齢者世帯やひとり親世帯が増えている.
 貧しいものほど不健康,という傾向は今も昔も変わらない.子どもの貧困対策を進めている東京・足立区が実施した「子どもの健康・生活実態調査」からは,生活困難世帯の子どもたちが,食習慣・運動習慣・予防接種・むし歯など多くの点で一般世帯の子どもたちに比べて危機的状況にあることが示された2)
 私たちは,健康格差対策をしっかりと進めるべき時代を迎えている.

健康格差対策,進めていますか?
 このような背景から,健康格差対策は健康日本21(第2次)の基本姿勢の2本柱のうちの一本に位置づけられるほどに重視されるようになった.しかし実際のところは,現場での健康格差対策は始まったばかりであり,多くの自治体では格差対策の目標値をどう設定したらよいか,といった段階で悩んでいる,という状況のようだ.
 筆者は,健康格差対策について,自分自身も勉強しつつ,少しずつ伝える活動をしてきた.そこで気づいたのは,日本語で読める健康格差対策のガイド本がないことであった.講演のあと「もっと学ぶのによい参考書を紹介してほしい」と聞かれて答えに窮したことが何度もあった.

「わかる」「使える」健康格差対策ガイドブックを
 そこで本書は,そのような現状に対して「日本語で読める健康格差対策の実用的なガイドを」というコンセプトで企画した.主な読者としては,都道府県や市区町村の保健行政にかかわる専門職や事務職員を想定した.保健活動の最前線にいるスタッフ,それを統括したりバックアップする県や保健所などのスタッフ,そして,そういった専門職と協働したいと思っている一般企業やNPO,学術関係者にも読んでいただきたい.近年,医療機関を中心としたヘルスプロモーション活動もさかんになってきている.医療機関や介護サービス事業者,社会福祉協議会,各種NPOや企業,さらにはまちづくりに関する開発業者やコミュニティ・デザインを手掛けるコンサルティング企業など,行政と連携しながら活動している「現場」のスタッフに役立つ知識やノウハウを提供したい.できるだけ具体的な活動をイメージできるよう,事例を数多く提示した.
 保健医療の現場での活用を想定した本ではあるが,霞が関にも届けたいメッセージを山ほど盛り込んだ.ヘルスプロモーションは現場だけでは進まない.“上から”の号令だけでも進まない.優れた号令を,地域の担い手がしっかり受け止め,戦略的に,時には草の根的な活動もしつつ展開することが求められる.トップダウンとボトムアップ,両方の歯車がかみ合わなければならない.本書が,その「歯車合わせ」に必要な共通理解を進めるきっかけとなれば幸いである.

知れば,業務がラクになる!
 公衆衛生の現場はただでさえ忙しい.「健康格差」という新しい課題が現場をさらに疲弊させてしまうようなことは避けなければならない.むしろ,健康格差という視点で地域診断をしてみると,優先すべきグループや課題が整理されて効率が上がり,また連携して取り組むべき相手が見えてくる.「優先順位付け」は健康格差対策における最も重要な要素の1つである.本書はその方法や事例,そして,そのために役立つツールを提示する.うまく活用すれば,「今,やるべきこと」がスッキリと見えてくる.疲弊するどころか,ゆとりが生まれると期待している.楽するために,学んでみよう.

大規模な業務データの活用を
 近年,自治体の独自調査や業務関連の大量のデータ(いわゆるビッグデータ)を保健医療のマネジメントに生かそうとする動きが活発だ.データは「宝の山」だが,むしろ磨かなければ光らない「原石の山」と言ったほうがよい.より美しく輝く可能性のある石をふるい分け,効率よく磨く方法を知らなければ生かせない.本書は,健康格差対策に役立つ業務データや調査データの活用法も提案する.データを収集し,加工し,健康格差を「見える化」し,活用するための具体的な提案である.

本書の構成と使い方
 本書は3章仕立てになっている.
 第Ⅰ章ではまず,健康格差対策の何がどう問題なのか,健康格差というものをどう扱うべきなのかについて紹介する.第Ⅰ章で大切なのは,そもそも,健康格差の何が問題なのか,どのような健康格差が問題なのかを理解することだ.後半では「健康格差対策に取り組むための5つの視点」を概観する.忙しい人は第Ⅰ章だけ読んで本書の概要をつかんでもらえば,ひとまずOKである.第Ⅱ章は,それぞれの「視点」についての詳しい解説である.全部を読み下す必要は必ずしもないだろう.第Ⅰ章や目次を読んで,詳しく知りたい部分を「つまみ読み」するように活用してもよい.第Ⅲ章では,実際に健康格差を評価するための指標の選び方や測定法,健康格差指標の種類や使用法について解説した.統計についての基礎知識がなくても理解できるように心がけて書いたつもりである.最後に,「資料編」として実際に健康格差対策を進めるために役立つ各種資料を紹介する.

さあ始めよう
 本書は社会疫学者である筆者がこれまでに研究し,学んできたさまざまなことを,「健康格差対策」という観点でなんとかまとめあげようと試みた結果である.健康格差対策には,確立した方法論があるわけではない.そのため,本書で紹介する考え方や方法論については,まだ学術的な裏付けが不十分なものもある.筆者の持論にすぎないものも多い.したがって,本書の内容にすべての読者がうなずいてくれるとは思っていない.本書に対するあらゆる意見や批判を歓迎する.本書が公正で健康な社会づくりの一助となれば幸いである.

引用・参考文献
 1) 細井和喜蔵:女工哀史.改造社,1925.
 2) 足立区・足立区教育委員会:平成27年度 足立区「子どもの健康・生活実態調査」報告書.足立区・足立区教育委員会,2016.
 3) WHO Commission on Social Determinants of Health:Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health. Final Report of the Commission on Social Determinants of Health. World Health Organization, 2008.

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はじめに

I 健康格差を知る
 1.健康格差の何が問題か
   健康格差とは
   貧困とは
   日本の健康格差の現状-これまでにわかったこと
   その格差,是正すべき? まず「見て」「考え」よう
   優先順位づけ:対策すべき健康格差か否かを判断する基準
 2.公衆衛生の動向と健康格差対策
   公衆衛生活動の変遷における健康格差対策
   ヘルスプロモーションへの批判と対応
 3.健康格差対策の進め方 5つの視点の概略
   健康格差対策特有の課題とは?
   視点1:健康格差対策のための新しいポピュレーション・アプローチ
   視点2:「見える化」による課題共有とPDCA
   視点3:横断的・縦断的な組織連携
   視点4:健康に無関心な人にも効果的な戦略
   視点5:ライフコースにわたる対策
   まとめ:健康格差対策の課題を克服するために

II 健康格差対策の進め方 5つの視点
 視点1 健康格差対策のための新しいポピュレーション・アプローチ
   ハイリスク・アプローチの限界-「予防のパラドクス」
   ポピュレーション・アプローチが健康格差を拡大させる?
    -「格差のパラドクス」
   健康格差を縮める「改訂版」ポピュレーション・アプローチ
 視点2 「見える化」による課題共有とPDCA
   「見える化」はなぜ必要?
   優先順位づけの方法
   健康格差是正の目標設定法
   健康格差の見える化に使うデータの入手法
   「わかりやすい」データの見せ方
 視点3 横断的・縦断的な組織連携
   健康格差対策のための「連携」
   ソーシャル・キャピタルと健康格差対策
   「連携づくり」「まちづくり」は誰が進める?
   連携に便利なツールを活用しよう
   会話を加速させる会議運営の技術
 視点4 健康に無関心な人にも効果的な戦略
   私たちはいつも“正しい”選択をしているか?
   従来の行動変容モデルの成功と限界
   私たちの行動を深掘りしよう:認知の2つのシステム
   健康に無関心な集団への対策とは?
   認知バイアスを活用して「思わず健康に」
   マーケティング:「モノを売る」理論
   ブランド戦略の応用:「カッコイイ」と売れる
   ゲーミフィケーション:健康づくりを「ゲーム」に
   行動科学・マーケティング手法を応用した新たな戦略:さらなる事例
   ユニークなアイデアで勝負!
 視点5 ライフコースにわたる対策
   健康は胎児期からの環境曝露の蓄積で決まる
   それぞれのライフステージ特有の健康の社会的決定要因
   小さいときに介入するほうが安上がり

III 健康格差の評価法
 1.健康指標の選び方
   健康格差対策は「地域」と「個人」の2段階で評価する
   「数」ではなく「割合」が大事:分母を意識しよう
   よい指標の選び方
 2.健康格差指標の算出
   健康格差の指標とは,集団間のばらつきの指標
   まず集団別に指標を算出
   指標化の際の視点
   実際の格差指標
   実際の使い方
   社会経済状況に関する主な指標
   健康格差の評価のその他の注意点
   健康格差経年変化を観察する際の注意点

資料編 役立つ情報紹介
 WHO健康の社会的決定要因に関する特別委員会最終報告書(2008)の
  「3つの行動原則」(著者訳)
 公益財団法人医療科学研究所「健康格差対策の7原則」
 健康格差の評価・個人や地域の社会関係の評価のための調査項目例
 健康格差指標の計算ソフトウェア:HDCalCについて
 厚労科研「健康の社会的決定要因に関する研究班」ウェブサイト
 相対的剥奪指標の項目一覧の比較
 部署間連携のためのアクションチェックリスト(第1版)

謝辞
索引

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健康日本21(第2次)の柱である健康格差対策に悩んでいる方へお勧めの1冊 (雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者: 尾島 俊之 (浜松医科大学健康社会医学講座)
 「健康格差」という言葉は,健康日本21(第2次)に記載されてから,公衆衛生の現場でも普通に使われるようになりました。しかし,実際に自分のところで健康格差対策をしようと思った場合に,何をすればよいのかを悩んでいる方は多いことと思います。また,特定健診や特定保健指導の案内を出しても来てくれない無関心層に対して,どのようにアプローチすればよいのだろうかと困っている方も多いでしょう。そのような現場のみなさんにぴったりの本が出版されました。

 著者も書いていますように,最初の37頁までの第1章に全体の概要が書かれていますので,忙しい方は,それを読むだけでも大枠が理解できます。要所要所に〈ポイント〉がまとめられ,また図表も多く,斜め読みもしやすくなっています。

 続く第2章では,健康格差対策の「5つの視点」について,理論的にしっかりと整理されています。その中には,「モノを売る」理論,「カッコイイ」ブランド戦略,人々が夢中になるゲームにはどのような要素が含まれているかなど,目から鱗〈うろこ〉の視点が目白押しです。

 さらに素晴らしいのは,実際の事例がたくさん紹介されていることです。「見える化したデータで部署間をつなぐ地域包括ケア会議」などの熊本県御船町,「住んでいれば自然と野菜摂取が増えるまちづくり」などの東京都足立区での取り組みは,著者自身が関わって進められてきた取り組みでもあり,詳しく記載されています。

 私の地元の静岡県からは,掛川市でのワンストップ型の地域健康医療支援センター「ふくしあ」,藤枝市の「バーチャル東海道の旅」,三島市での「健康行動をとりたくなるインセンティブの例」などを紹介しています。海外の事例にも将来の取り組みの参考になるものが多数あります。自分の地域の状況やマンパワーに応じて,取り組めそうなことを選んで検討してみるとよいでしょう。

 この本は,「業務がラクになる!」ことをめざしているのも特徴的です。「見える化」を進めることによって,優先すべきグループや課題が整理されて,ゆとりが生まれることが期待されます。

 第3章は健康格差の評価方法で,長年著者が取り組んできたテーマでもあります。このあたりは,ちょっと難しいところもあり,実際にきちんと評価をしてみようと思った場合には,研究者に相談しながら進めるのもよいのではないかと考えられます。

 全体として,本書は健康格差対策の全体を学ぼうと思ったときの教科書として,また,ある自治体において実践しようと思ったときの手引きとして,とても活用できる本と言えるでしょう。

(『保健師ジャーナル』2017年2月号掲載)

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