網膜変性疾患診療のすべて
「これだけは」知っておきたい、網膜変性疾患診療の最新スタンダード
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眼科診療のエキスパートを目指すための好評シリーズの1冊。日々の診療アプローチが難しい網膜変性疾患について、最新の基礎研究のエッセンスから、診療の実際、代表的な各病型の解説まで、明日から使える実践的な情報を網羅。生活指導、遺伝カウンセリング、ロービジョンケアの実際など、患者説明に必要な最新知識も余さず掲載。一般眼科医が知っておきたい網膜変性疾患診療の最新情報をまとめた、頼りになる決定版テキスト。
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序文
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序
『網膜変性疾患診療のすべて』をお届けします.
網膜変性疾患には,網膜色素変性,黄斑ジストロフィなど国の難病医療とも深いかかわりをもつ疾患が多く含まれていますが,難病の名の通り,ほとんどは有効な治療が確立されていません.しかも,どれもまれな疾患でありながら,光干渉断層撮影(OCT)や広角眼底カメラの普及もあり,日常の診療のなかで予期しないかたちで出会う頻度は増しているように思われます.一方で,患者さんの遺伝子治療や再生医療への関心も高くなっていて,最新の研究動向を尋ねられることも多くなっています.こうした状況のなかで,網膜変性疾患についてわかりやすい解説を得られる一冊でありたいと思い企画しました.診断のための検査や治療の基本のみならず,疾患を理解するために必要な最新の解剖学,発生学,生理学,生化学,遺伝学などの知見について無理なく吸収できることも意識した内容構成としました.できるだけ,activeに網膜研究を行っている現役の先生方に,ご自身のオリジナルな見解を盛り込んで,執筆をお願いしました.各論でとりあげた疾患の多くはシリーズ既刊の『黄斑疾患診療AtoZ』のなかでも素晴らしい解説や症例提示がされていますが,あえて重複を恐れず,大切なポイントをまとめたかたちで新たに執筆をお願いしました.また患者さんにとっても,われわれ医療者にとっても近未来の医療として意識されている遺伝子治療,再生・細胞治療,人工網膜などについても,個別に項目を設けそれぞれの領域の第一人者に執筆をお願いすることができました.
さて,網膜は層構造をもつユニークな神経組織ととらえることもできます.光を認識するセンサーだけではなく,情報処理を行う演算機能をもったコンピュータのようなものでもあります.同じように透明な層構造をもつ角膜の病変が,眼科医ならば細隙灯顕微鏡を用いていとも簡単に病理を層別にとらえることができるのに,少し前までは,網膜病変の把握は,はるかに大雑把なものでしかありませんでした.しかし,今はin vivo imagingの進歩のおかげもあり,眼科医はいつのまにか網膜を層別にみて考える技術を短期間に身につけています.視細胞外節の長さを当たり前のように議論できるようになり,近い将来には角膜内皮細胞数を測定するような気軽さで視細胞数を数え始めるかもしれません.「診療のすべて」と銘打っている通り,本書は表向きは臨床医に向けた一冊ではありますが,網膜に関心をもつ日本の研究者が,網膜疾患研究の領域に参入したくなるものでもあればと密かながら願ってもおります.
最後に,本書の刊行にあたり大変な尽力をいただいた医学書院の関係者の皆様に感謝申し上げます.
2016年9月
編集 村上 晶,吉村長久
『網膜変性疾患診療のすべて』をお届けします.
網膜変性疾患には,網膜色素変性,黄斑ジストロフィなど国の難病医療とも深いかかわりをもつ疾患が多く含まれていますが,難病の名の通り,ほとんどは有効な治療が確立されていません.しかも,どれもまれな疾患でありながら,光干渉断層撮影(OCT)や広角眼底カメラの普及もあり,日常の診療のなかで予期しないかたちで出会う頻度は増しているように思われます.一方で,患者さんの遺伝子治療や再生医療への関心も高くなっていて,最新の研究動向を尋ねられることも多くなっています.こうした状況のなかで,網膜変性疾患についてわかりやすい解説を得られる一冊でありたいと思い企画しました.診断のための検査や治療の基本のみならず,疾患を理解するために必要な最新の解剖学,発生学,生理学,生化学,遺伝学などの知見について無理なく吸収できることも意識した内容構成としました.できるだけ,activeに網膜研究を行っている現役の先生方に,ご自身のオリジナルな見解を盛り込んで,執筆をお願いしました.各論でとりあげた疾患の多くはシリーズ既刊の『黄斑疾患診療AtoZ』のなかでも素晴らしい解説や症例提示がされていますが,あえて重複を恐れず,大切なポイントをまとめたかたちで新たに執筆をお願いしました.また患者さんにとっても,われわれ医療者にとっても近未来の医療として意識されている遺伝子治療,再生・細胞治療,人工網膜などについても,個別に項目を設けそれぞれの領域の第一人者に執筆をお願いすることができました.
さて,網膜は層構造をもつユニークな神経組織ととらえることもできます.光を認識するセンサーだけではなく,情報処理を行う演算機能をもったコンピュータのようなものでもあります.同じように透明な層構造をもつ角膜の病変が,眼科医ならば細隙灯顕微鏡を用いていとも簡単に病理を層別にとらえることができるのに,少し前までは,網膜病変の把握は,はるかに大雑把なものでしかありませんでした.しかし,今はin vivo imagingの進歩のおかげもあり,眼科医はいつのまにか網膜を層別にみて考える技術を短期間に身につけています.視細胞外節の長さを当たり前のように議論できるようになり,近い将来には角膜内皮細胞数を測定するような気軽さで視細胞数を数え始めるかもしれません.「診療のすべて」と銘打っている通り,本書は表向きは臨床医に向けた一冊ではありますが,網膜に関心をもつ日本の研究者が,網膜疾患研究の領域に参入したくなるものでもあればと密かながら願ってもおります.
最後に,本書の刊行にあたり大変な尽力をいただいた医学書院の関係者の皆様に感謝申し上げます.
2016年9月
編集 村上 晶,吉村長久
目次
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第1章 総説
網膜変性疾患の診療総論
第2章 総論
I 網膜変性疾患を理解するための基礎
A 網膜の構造と生理
B visual cycleとphototransduction
C 遺伝学
II 網膜変性のメカニズム-遺伝子異常で視細胞死に至る経路
A 酸化ストレス
B 小胞体ストレス
C ciliopathy
D 慢性炎症
E 細胞内カルシウム濃度
F 光障害
III 診断検査
A 一般検査(視力・視野・眼底検査)
B 電気生理学的検査
C 光干渉断層計(OCT)
D 眼底自発蛍光,補償光学走査レーザー検眼鏡
E 遺伝学的検査
IV 網膜変性疾患の診療の実際
A 一般診療
B 専門外来での診療
C 小児の診療
D ロービジョンケア
E 遺伝カウンセリング
F リハビリテーション
G 鑑別診断
1 AZOOR
2 ビタミンA欠乏
3 心因性視覚障害
4 薬剤性網膜障害
5 癌関連網膜症とその他の炎症性疾患・感染症
V 治療
A 薬物療法,日常生活の注意点
B 遺伝子治療
C 神経保護治療
D 人工網膜
E 細胞治療と再生医療
F 合併症の治療
G 手術治療の総論
第3章 各論
I 非進行性疾患
A 白点状眼底
B 小口病
C 先天停在性夜盲
D 全色盲
II 進行性疾患
A 網膜色素変性
III 錐体優位の変性
A 錐体杆体ジストロフィ
B Best病
C Stargardt病
D 中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ
E オカルト黄斑ジストロフィ(三宅病)
F Leber先天黒内障
IV その他の網膜脈絡膜変性疾患
A コロイデレミア
B 脳回状脈絡網膜萎縮
C S錐体強調症候群
D 若年性網膜分離
V 網膜硝子体変性
A Stickler症候群,Wagner症候群
B 家族性滲出性硝子体網膜症
C 常染色体優性の硝子体網脈絡膜症
VI 症候性網膜色素変性
A Usher症候群
B 神経変性疾患と合併する網膜変性疾患
C Bardet-Biedl症候群
和文索引
欧文・数字索引
網膜変性疾患の診療総論
第2章 総論
I 網膜変性疾患を理解するための基礎
A 網膜の構造と生理
B visual cycleとphototransduction
C 遺伝学
II 網膜変性のメカニズム-遺伝子異常で視細胞死に至る経路
A 酸化ストレス
B 小胞体ストレス
C ciliopathy
D 慢性炎症
E 細胞内カルシウム濃度
F 光障害
III 診断検査
A 一般検査(視力・視野・眼底検査)
B 電気生理学的検査
C 光干渉断層計(OCT)
D 眼底自発蛍光,補償光学走査レーザー検眼鏡
E 遺伝学的検査
IV 網膜変性疾患の診療の実際
A 一般診療
B 専門外来での診療
C 小児の診療
D ロービジョンケア
E 遺伝カウンセリング
F リハビリテーション
G 鑑別診断
1 AZOOR
2 ビタミンA欠乏
3 心因性視覚障害
4 薬剤性網膜障害
5 癌関連網膜症とその他の炎症性疾患・感染症
V 治療
A 薬物療法,日常生活の注意点
B 遺伝子治療
C 神経保護治療
D 人工網膜
E 細胞治療と再生医療
F 合併症の治療
G 手術治療の総論
第3章 各論
I 非進行性疾患
A 白点状眼底
B 小口病
C 先天停在性夜盲
D 全色盲
II 進行性疾患
A 網膜色素変性
III 錐体優位の変性
A 錐体杆体ジストロフィ
B Best病
C Stargardt病
D 中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ
E オカルト黄斑ジストロフィ(三宅病)
F Leber先天黒内障
IV その他の網膜脈絡膜変性疾患
A コロイデレミア
B 脳回状脈絡網膜萎縮
C S錐体強調症候群
D 若年性網膜分離
V 網膜硝子体変性
A Stickler症候群,Wagner症候群
B 家族性滲出性硝子体網膜症
C 常染色体優性の硝子体網脈絡膜症
VI 症候性網膜色素変性
A Usher症候群
B 神経変性疾患と合併する網膜変性疾患
C Bardet-Biedl症候群
和文索引
欧文・数字索引
書評
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事典としても有用,網膜変性診療に必須の一冊
書評者: 大路 正人 (滋賀医大教授・眼科学)
“眼科臨床エキスパート”シリーズの最新刊として『網膜変性疾患診療のすべて』が刊行された。本シリーズは,眼科診療の現場で知識・情報の更新が必要とされているテーマについて,その道のエキスパートが自らの経験・哲学とエビデンスに基づいた「新しいスタンダード」をわかりやすく解説し,明日からすぐに臨床に役立てるという編集方針であるが,この編集方針に沿った素晴らしい本が出版された。
まず驚かされることは,著者のリストである。本当に研究の第一線で活躍されている研究者が執筆されている。第一人者による執筆により難しい内容をたくさんの図を用いて比較的平易に解説されているので,一般の眼科医にも理解しやすい記述となっている。一方で,「Topics」をはじめとした項目では,網膜硝子体が専門の自身にとっても初めて目にする内容も少なくなく,広い範囲の読者を対象とする一方,最近の知見を深く知りたい読者にも大変有用な本となっている。
網膜変性疾患というと,類似した臨床所見を呈する多数の疾患が含まれ,診断が難しく,さらには治療がほとんどないという現状において,何となく取っつきにくく,できれば避けたいという方も少なくないと思われる。本書のテーマに含まれる疾患が多岐にわたり,かつ最近の診断の進歩が著しいことより,本書は400ページ近い大著となっているが,第1章「網膜変性疾患の診療総論」は網膜変性の概要がわかる素晴らしい総説であり,この総説を読むためだけでも本書の意義はある。もちろんそれに続く総論では,網膜の解剖と生理,網膜変性発症のメカニズム,診断検査(ERG,OCT,自発蛍光,遺伝学的検査)と最新の情報が満載されている。治療においては一部の疾患で成功しつつある遺伝子治療,再生医療,人工網膜と最新の知見を惜しみなく紹介するだけではなく,現状での診療において必須の項目であるロービジョンケアや遺伝カウンセリングまで非常に丁寧に,かつ具体的に書かれている。
先に記したように総説は20ページ足らずの少ないボリュームではあるが,これを読むだけでも網膜変性の概要が理解でき,十分な意義がある。さらに,詳しく知りたい時には事典としても役立つ構成であり,網膜変性の診療において必須の本であり,日常診療を大きく助けてくれる。網膜変性疾患の診療に少しでも不安のある先生には必読の書であり,外来に常備しておくことを強く薦めたい。
基本的な知見と最新の知識が解説された内容豊かな1冊
書評者: 飯島 裕幸 (山梨大教授・眼科学)
網膜ジストロフィの多くは遺伝性,進行性の視機能障害を生じる。網膜色素変性を除けば比較的まれな疾患が多く,ほとんどが治療法のない疾患ということもあって,多くの眼科臨床医にとっては興味の対象になりにくい分野かもしれない。
しかし近年の分子生物学の進歩や,OCTをはじめとする眼底イメージングの発達により,個々の疾患の病態の理解が,以前に比べると格段に深まってきた。近い将来,正確な診断に基づいた特異的な治療法が開発されるようになるのではないかとの期待も抱かせる。さらなる発展を支える研究者には細胞レベル,分子レベルで捉えた,網膜に関連する基礎医学的知識が必要になる。
本書の総論には解剖学,生理学,生化学,遺伝学など,網膜ジストロフィを理解するための基本的な知見が,比較的わかりやすく解説されている。特に視物質代謝の生化学機構であるvisual cycleと視覚の分子メカニズムであるphototransductionは網膜色素変性の病態理解のためには必須の内容で,これがわかりやすい図を使って説明されている。評者のように近年のこれらの進歩を聞きかじりで不正確に理解してきた眼科医にとっては,体系的に勉強し直すことができてためになる。
網膜に関する基礎医学的解説に引き続いて,網膜変性の病態に関するさまざまな最近の分子病理学的仮説が,網膜色素変性を主な対象として解説されている。最新の論文のイントロダクションやディスカッションを精読して得られるような知識がまとまっていて助かる。網膜色素変性眼の進行例では,杆体消失後,脈絡膜由来の酸素濃度が上昇し,活性酸素による細胞傷害メカニズムで錐体細胞死を誘発するという酸化ストレス説が,まず紹介されている。次いで欧米に多いロドプシンのP23H点突然変異の網膜色素変性では,蛋白の三次元構造の異常を示す異常なロドプシン分子が蓄積し,その修復機序である小胞体ストレス機構が破綻することで視細胞死を生じる仮説が解説されている。その他,内節/外節を連絡するconnecting ciliumに関するciliopathyや慢性炎症,カルシウムイオン濃度の上昇,網膜光障害などが網膜色素変性の治療法候補との関連で解説されている。
総論では,引き続いて視力/視野/眼底検査,電気生理学的検査,OCT,眼底自発蛍光,補償光学SLOなど,この分野では必須の診断機器による検査法が解説されている。また小児の診療のこつやロービジョンケア,遺伝カウンセリング,リハビリテーション,告知,就学就職相談など,実際の診療で知っておいたほうがよい知識が解説されている。
AZOOR,ビタミンA欠乏症,心因性視覚障害,薬剤性網膜障害,癌関連網膜症,悪性黒色腫関連網膜症(MAR)など,網膜ジストロフィと間違えやすい疾患についても解説されている。総論の最後に現行の治療と今後に期待される薬物,遺伝子治療,再生医療,人口網膜などの治療法の解説がされている。
全体を通すと総論と各論の間の連絡が必ずしも十分ではなく,やや冗長な印象もあるが,内容豊かな1冊となっている。
書評者: 大路 正人 (滋賀医大教授・眼科学)
“眼科臨床エキスパート”シリーズの最新刊として『網膜変性疾患診療のすべて』が刊行された。本シリーズは,眼科診療の現場で知識・情報の更新が必要とされているテーマについて,その道のエキスパートが自らの経験・哲学とエビデンスに基づいた「新しいスタンダード」をわかりやすく解説し,明日からすぐに臨床に役立てるという編集方針であるが,この編集方針に沿った素晴らしい本が出版された。
まず驚かされることは,著者のリストである。本当に研究の第一線で活躍されている研究者が執筆されている。第一人者による執筆により難しい内容をたくさんの図を用いて比較的平易に解説されているので,一般の眼科医にも理解しやすい記述となっている。一方で,「Topics」をはじめとした項目では,網膜硝子体が専門の自身にとっても初めて目にする内容も少なくなく,広い範囲の読者を対象とする一方,最近の知見を深く知りたい読者にも大変有用な本となっている。
網膜変性疾患というと,類似した臨床所見を呈する多数の疾患が含まれ,診断が難しく,さらには治療がほとんどないという現状において,何となく取っつきにくく,できれば避けたいという方も少なくないと思われる。本書のテーマに含まれる疾患が多岐にわたり,かつ最近の診断の進歩が著しいことより,本書は400ページ近い大著となっているが,第1章「網膜変性疾患の診療総論」は網膜変性の概要がわかる素晴らしい総説であり,この総説を読むためだけでも本書の意義はある。もちろんそれに続く総論では,網膜の解剖と生理,網膜変性発症のメカニズム,診断検査(ERG,OCT,自発蛍光,遺伝学的検査)と最新の情報が満載されている。治療においては一部の疾患で成功しつつある遺伝子治療,再生医療,人工網膜と最新の知見を惜しみなく紹介するだけではなく,現状での診療において必須の項目であるロービジョンケアや遺伝カウンセリングまで非常に丁寧に,かつ具体的に書かれている。
先に記したように総説は20ページ足らずの少ないボリュームではあるが,これを読むだけでも網膜変性の概要が理解でき,十分な意義がある。さらに,詳しく知りたい時には事典としても役立つ構成であり,網膜変性の診療において必須の本であり,日常診療を大きく助けてくれる。網膜変性疾患の診療に少しでも不安のある先生には必読の書であり,外来に常備しておくことを強く薦めたい。
基本的な知見と最新の知識が解説された内容豊かな1冊
書評者: 飯島 裕幸 (山梨大教授・眼科学)
網膜ジストロフィの多くは遺伝性,進行性の視機能障害を生じる。網膜色素変性を除けば比較的まれな疾患が多く,ほとんどが治療法のない疾患ということもあって,多くの眼科臨床医にとっては興味の対象になりにくい分野かもしれない。
しかし近年の分子生物学の進歩や,OCTをはじめとする眼底イメージングの発達により,個々の疾患の病態の理解が,以前に比べると格段に深まってきた。近い将来,正確な診断に基づいた特異的な治療法が開発されるようになるのではないかとの期待も抱かせる。さらなる発展を支える研究者には細胞レベル,分子レベルで捉えた,網膜に関連する基礎医学的知識が必要になる。
本書の総論には解剖学,生理学,生化学,遺伝学など,網膜ジストロフィを理解するための基本的な知見が,比較的わかりやすく解説されている。特に視物質代謝の生化学機構であるvisual cycleと視覚の分子メカニズムであるphototransductionは網膜色素変性の病態理解のためには必須の内容で,これがわかりやすい図を使って説明されている。評者のように近年のこれらの進歩を聞きかじりで不正確に理解してきた眼科医にとっては,体系的に勉強し直すことができてためになる。
網膜に関する基礎医学的解説に引き続いて,網膜変性の病態に関するさまざまな最近の分子病理学的仮説が,網膜色素変性を主な対象として解説されている。最新の論文のイントロダクションやディスカッションを精読して得られるような知識がまとまっていて助かる。網膜色素変性眼の進行例では,杆体消失後,脈絡膜由来の酸素濃度が上昇し,活性酸素による細胞傷害メカニズムで錐体細胞死を誘発するという酸化ストレス説が,まず紹介されている。次いで欧米に多いロドプシンのP23H点突然変異の網膜色素変性では,蛋白の三次元構造の異常を示す異常なロドプシン分子が蓄積し,その修復機序である小胞体ストレス機構が破綻することで視細胞死を生じる仮説が解説されている。その他,内節/外節を連絡するconnecting ciliumに関するciliopathyや慢性炎症,カルシウムイオン濃度の上昇,網膜光障害などが網膜色素変性の治療法候補との関連で解説されている。
総論では,引き続いて視力/視野/眼底検査,電気生理学的検査,OCT,眼底自発蛍光,補償光学SLOなど,この分野では必須の診断機器による検査法が解説されている。また小児の診療のこつやロービジョンケア,遺伝カウンセリング,リハビリテーション,告知,就学就職相談など,実際の診療で知っておいたほうがよい知識が解説されている。
AZOOR,ビタミンA欠乏症,心因性視覚障害,薬剤性網膜障害,癌関連網膜症,悪性黒色腫関連網膜症(MAR)など,網膜ジストロフィと間違えやすい疾患についても解説されている。総論の最後に現行の治療と今後に期待される薬物,遺伝子治療,再生医療,人口網膜などの治療法の解説がされている。
全体を通すと総論と各論の間の連絡が必ずしも十分ではなく,やや冗長な印象もあるが,内容豊かな1冊となっている。