異端の看護教育
中西睦子が語る

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きれいごとで塗り固めたものには嘘がある。しかし、ナースたちはイノセント(無知)であるように教育されていて、現実が見えない、現実に気づかない。事実に目を向けられるナースを育てることはできないのだろうか。本書では、著者中西睦子氏がこれまでの看護教育で隠されていた部分を明確にするため、鍵となる視点を提示する。
中西 睦子
聞き手・構成 松澤 和正
発行 2015年07月判型:四六頁:240
ISBN 978-4-260-02210-1
定価 2,420円 (本体2,200円+税)

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  • 序文
  • 目次
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まえがき

 一つの職種教育から複数の異なる制度的役割をつくり出すことは矛盾することであるし、また適当でもない。すなわち、現在では看護管理者はアドミニストレーション(主に現象の構造を想定した管理)とマネジメント(当面の問題把握や処理を求められる役割)の両者に対する知識や、場合によっては理論をも求められるようになってきている。しかし、ほとんどの看護管理者は狭いマネジメントのみ教育されてきており、アドミニストレーションの視点をもっていない。筆者は、研修会やその他の外部講師などとして看護を学ぶ大勢の人たちに接していくうちに、制度的役割を一本に集約した教育が成り立たないことに薄々気づきはじめた。それが一九八〇年代に入ってからのことである。
 筆者はある意味で、そのような多面性をもつ看護集団の教育をどう合理的に整理したらよいかについて悩んだ時期もあった。そこで、辿りついた結論は、看護の現場や教育における事実や真理を学習者にきちんと伝えることにほかならないということであった。それゆえ、制度的にはどうあれ、現実にはまかり通っている事実はできるだけ隠ぺいしないで明らかにしていくことが最善の教育である、ということにどうやら辿りついた。
 であるから、看護基礎教育は従来のようにきっちり箱詰めにしないで、もう少し自由度をもたせたゆるやかな方針にすべきであると考えた。その際の方策は、たとえば先般亡くなられた黒田裕子氏がすばらしい看護実践活動を長年続けたことが一つの例であるように、あくまでも個人の使命を追究し実践されていく方向と、もう一つは看護制度・政策の検討を主体とする従来になかった広域的な看護現象を追究する方向の二つである。
 それゆえ、本書に語る内容は常にこの二つの方向をもっていると考えていただけるとありがたい。それは、たとえば本書の聞き手の松澤和正氏が時おり言うように、筆者のシニカルで独我的ともいえる鋭利な表現、リアリズムショックなどに端的に表われている。したがって本書は、いわば筆者が長年抱いてきたジレンマの表出である。そのように読みとる読者の方々の柔軟なご理解を期待してやまない。

 二〇一五年四月
 中西 睦子

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まえがき

第1章 教養とはバランス感覚である
第2章 看護はいまだ自画像を描けていない
第3章 ナースをダメにしたのは看護教育である
第4章 生意気なナースを育てなさい
第5章 臨床の現実に合わせるような実習ではいけない
第6章 看護の大理論はやがていらなくなる
第7章 研究の結果そのものには期待していない
第8章 目覚めた人がものを言う態勢をどうつくるか
第9章 「敵は誰か」を見失ってはいけない
第10章 看護部長にスニーカーとボクシングのグローブを
第11章 看護に自由と遊びを

あとがき

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全てのナースに向けられた壮大な遺言
書評者: 林 千冬 (神戸市看護大学教授・看護管理学)
 書名には「異端」とある。しかし,語られているのはいまだ達成し得ない「先端」かもしれない。あるいはこれを「主流」にと実は願っている,著者一流の逆説だろう。ことほど左様に“中西節”の読解は,なかなか一筋縄にはいかない。これを本書では,最良の聞き手である松澤和正氏の,発問と注釈が大いに助けてくれる。

 表紙を開けば,いきなり挑発的な目次の数々。看護教育と題した本書で,いきなり「ナースをダメにしたのは看護教育である」と来る。教育において,さらに外側の仕組みの中で,「看護は目覚めないように統制されてきた」と言う。教育も実践も状況に適応することを優先し,「チョイ借りのノウハウ教育」からも「パタン認識」からも抜け出せていない。だから大学教授も大学院生も,「ナースはあたかも問題がないかのように振る舞う」ように仕込まれ,例えば研究指導で「現場から問題を見つけなさい」といくら言っても出てこない。現場ではもともと問題が見つからないように先取りして動くから,そんなことはどだい無理だと言うのである。

 こうした痛烈なパンチの後に来る,本書に通底する第一の主題は,「生意気なナースを育てなさい」である。生意気なナースとは,わがままなナース。「自分の権利に自覚的で,言葉だけの『厚化粧』を振り払って,患者の側に身を置きながら,成熟した『怒り』とともに,現実の看護とその実践の姿をリアリスティックに捉えて,課題を見出し,自ら変えていこうとするナースたちのこと」なのだと,この部分は丁寧に語られる。

 規制の枠にはまらずに考えるということ自体がリアリズム。だから実習も,臨床の現実に合わせるようではいけない。教師は学生に権利を自覚させ,学生のアドボケイトでなければならない。教育の話題はさらに管理者教育に移る。管理者教育こそ全人教育。生意気で,新たに発信し,リーダーシップを担える層をどう作り出していくか。そこで必要なのはマネジメントだけでなく,大所高所から組織全体を俯瞰できるアドミニストレーションの力である。それはなぜか。「『敵は誰か』を見失ってはいけない」からである。このことが本書に通底する第二の主題である。

 著者は言う。ナースは制度の産物である。しかしその制度を,ナースがこれまで主体的に変えてきたことなど一度もないと。「私が敵と言っているのは,そういうどうしようもない『構造』のことよ」

 これを生意気なナースが変革できるよう,つまり「目覚めた人がものを言う態勢をどうつくるか」が重要だ。これまで私たちナースは,川下で溺れかけた人を救うために汲々としてきた。けれど今や,川上で溺れないよう,川上にある社会を,産業を,あるいは政治・政策を見据え変革していく「社会看護」にこそ,私たちの力は向けられるべきだと著者は構想する。

 書名には「看護教育」とある。しかしこの書は教育者のためだけに編まれてなどいない。本書は,教育する側,学ぶ側,すなわち全てのナースに向けられた,著者の壮大な遺言なのである。
著者想定の枠組みさえ超越する者に向けた“遺言書” (雑誌『看護教育』より)
書評者: 西村 ユミ (首都大学東京健康福祉学部看護学科教授)
 書名が示している通り,本書は「看護教育」を担う者,人を育てる立場にある者に向けて編まれている。だからこそ,随所で「問題意識をもつ人をどう育てるか」が問われる。本書においては,その育て方,それを語った著者が「異端」とされる。たとえば,「生意気な」「わがままなナースを育てなさい」「ナースをダメにしたのは看護教育である」等々。本書で著者の聞き手であった─著者の言葉を生み出す媒体の役割を担った─松澤和正氏が形容した「鋭利」かつ「シニカルで独我的」という表現が,見事にこれを言い当てている。

 しかし,こうした類の表現に幾度も出会ううちに,それは「異端」というよりも,ある種の心地よさを感じさせる表現に変わってしまう。読み手である自身も知らぬ間に,異端とも言える態度でもって世界にかかわろうとしているためだ。本書が「感染」と言っている事態に読者がまんまと陥り,「これでまた一人中西流に感染した」と言って,著者が含み笑いをしているのが目に浮かぶ。この感染者として「学生」を挙げていることから,本書は,著者流の態度に感染させられる可能性を孕んだ読み手に,育ちつつある者をも想定して編まれている。著者においては,教育する者とされる者とは,二項対立していないのであろう。

 「中西流」の教育が重視するのは,箱詰め教育に比して「もう少し自由度をもたせたゆるやかな方針」である。教養への言及から始まる本書は,それを「バランス感覚」「おもしろがること」「好奇心」「ねばり強さ」「知的なたくましさ」と言って,「ノウハウ」「義務感」に対置する。しかし読み手が,著者が期待するような人になることを必ずしも望んではいない。「患者の側がナース(看護)に適応するんですよ」と,ナースが患者の側に合わせるというコモンセンスをいとも簡単にひっくり返して「既成の枠にはまらずに自由に考える」ことを求める態度からは,著者の価値観に迎合することをも求められていないことが透かし見える。著者に従ったら,著者を裏切ることになる。むしろ,著者の枠組みさえも超越して,「孤高を保ち」つつ「自由に」「学問的に遊ぶ」こと,そこから,例えば著者が構想しつつあった「社会看護学」という,これまでの看護の枠組みをはるかに越えたスケールの発想が生まれてくることが待たれるのである。

 対話相手の松澤氏によって,本書は著者の遺言だとも記されていた。看護職が陥っている制度の構造を「敵」と見なし,社会から批判を受けることに価値を置き,なによりも事実をしっかり見極めること。本書を通して,この態度をこそ深く心に刻みつけたいと思った。そして,中西流の感染者の1人として,ラディカルに生きたい,そんな気持ちにさせられた。

(『看護教育』2015年11月号掲載)

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