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トラブルに巻き込まれないための医事法の知識

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すべての医療人に向けた、医療紛争に巻き込まれないために知っておくべき法律知識の解説書。臨床医の目線で日常診療上注意すべき法律50項目を選び、具体的な判例を交え、1項目につき3ページ程度で分かりやすく噛み砕いて解説。『medicina』 『脳神経外科』 誌の好評連載コラム「医事法の扉」の単行本化。
福永 篤志
法律監修 稲葉 一人
発行 2014年10月判型:B6頁:344
ISBN 978-4-260-02011-4
定価 2,420円 (本体2,200円+税)

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推薦の序(河瀬 斌)/はじめに

推薦の序
 医療訴訟は近年驚くほど増加しており、臨床に多忙な医師は誰でもある日突然にとんでもない医事紛争に巻き込まれる恐れがあります。そこで急遽法律の成書を紐解いても、その難解な用語と抽象的な表現を理解し役立てることは困難でしょう。その理由は多くの書が医師の立場を理解して書かれたものではないからです。また私たちが求めるようなケースの紛争の経緯を平易に書いてあることはほとんどありません。その結果多くの人は途方に暮れて知人の弁護士を捜すことになるでしょう。無理もありません。何しろ私たちは医学校で法律の授業を受けたことも、裁判を受けたこともあまりないのですから。
 この本は法律の学校で長年医事法を勉強してこられた現役の脳神経外科医が書いた、前例のない、貴重なものです。その特徴は、
  1.法律知識の全くない一般医師の目線を想定して記述してある
  2.難しい法律用語を使わずに解説してある
  3.要所に実際に訴訟に至った医事紛争の実例が豊富に記載されている
  4.その事例にあたる民法や医師法の条文が添付資料として記載されている
  5.日常どのような注意をすれば紛争を回避できるのかを書き留めてある
 などの点です。特に実際の訴訟の経過と結果が記述されている点は非常に価値があることでしょう。著者は勉強しながら医療訴訟の実例を調べ、書き留めておいたため、多くの例をここに紹介することができたのです。
 医療訴訟の体験のない一般医師は訴訟がどのような過程で行われるかわからず、不安をかき立てられます。そこで本書の構成は第I章:医療訴訟はどのように行われていくのか?、第II章、第III章:どのようなポイントが訴訟では問題になるのか?、第IV章:日常診療で生じる法律問題にどう対処すればよいのか?、第V章:どのような場合に恐ろしい刑事裁判に発展するのか、という流れになっています。その内容は「医事法の扉」という短編コラムで、医学雑誌 『脳神経外科』 に約五年間、内科総合誌 『medicina』 に二年間好評連載されました。この本はその断片的に書かれていたコラムを一冊にまとめたものですから、全体を把握することが容易にできます。コラムにかつて目を通していた私でさえもこれをあらためて本として読み返しますと、短編では見えなかった全体の流れを理解することができ、数多くの新しい重要な知見を再発見できました。
 医事紛争は治療に専念する医師にとって最も避けたいことの一つですが予見できないことも多く、医事紛争を完全に防止することは難しいでしょう。しかし一番大切なことは紛争の処理ではなく、できるだけ紛争を予防する努力にあります。この書はいかにして医事紛争をなくすることができるかという、最も大切な紛争予防法についても解説されております。この点は医療訴訟を起こさない優秀な心がけを持った医師を養成するためにも重要です。したがってこの本は医事紛争に直面している方だけでなく、これから医療の業務にあたろうとする若い医師への卒後安全対策教育においても大変役に立つ教育資料となることでしょう。

 慶應義塾大学医学部名誉教授  河瀬 斌


はじめに
 医事関係訴訟(医療訴訟)は、今から40年以上前の昭和45(1970)年には、年間100件程度でした。その後、ゆるやかに増加し、平成12(2000)年から急激に増え始め、平成16(2004)年には、年間約1100件へと、11倍に増加しました。これは、平成11(1999)年の患者取り違え事件や、ヒビテン静注事件などのショッキングな医療事故の報道が影響しているのではないかといわれています。
 もちろん、医療事故の件数そのものが11倍も増えたとは考えられません。
 患者側の権利意識が時代の変遷とともに高まり、以前のような「お医者様にすべてをお任せします」といった時代ではなくなってきたということでしょう。
 われわれ医療側は、インフォームド・コンセントを常に心がけるようになり、リスクマネジメント、医療安全に対する取り組みが全国的に活発化してきました。その効果もあってか、平成17(2005)年から医療訴訟件数は減少し、平成21(2009)年以降平成25(2013)年までの間、年間700~800件で推移しています(次図参照)。

図

図 医事関係訴訟事件の統計
新規訴訟受件数は、平成7(1995)年から増え続け平成16(2004)年をピークに減少していたが、平成21(2009)年以降、ほぼ横ばいの状態である。一方、認容率(裁判所が原告の主張を認めた割合)は、平成12(2000)年に46.9%となったが、以後減少傾向にあり、近年は20数%で落ち着いている。

 病院・患者間の紛争のうち、約10%が医療訴訟に発展するといわれています。もちろん、円満解決がベストなのですが、こじれると訴訟になってしまいます。
 訴訟になると、大変です。
 時間はもちろん、精神的負担も大きいと聞きます。医療訴訟が医療従事者にとって大きな関心事の一つであることは間違いないでしょう。
 そこで、本書は、主に医療従事者の方々、すなわち、病院管理者、医師、研修医、看護師、保健師、薬剤師、放射線技師、医療事務員、その他病院職員などに向けて、医療訴訟全体のしくみを、医事法(医療に関する法律の総称)をベースに、やさしく解説する書物となっています。法律用語も出てきますが、その都度、解説を加えていますので、ご安心ください。医学生や、医療訴訟に関心のある一般の方々にも、お読みいただけると思います。
 本書の内容は、平成18(2006)年5月から平成22(2010)年12月までの4年8か月間、月刊 『脳神経外科』 に連載させていただいた「医事法の扉」と、平成23(2011)年1月から平成24(2012)年12月までの2年間、月刊 『medicina』 に連載させていただいた「医事法の扉内科編」から成り立っています。本書の特徴としては、脳神経外科や内科に限らず、すべての診療科に関係する医療従事者のために、「医事法の扉」と「医事法の扉内科編」をひとまとめにして項目を並び替え、文章を修正・加筆し、さらに、最新の判例情報も付け加えるなどして、内容を体系的に理解しやすくなるように配慮したことです。したがいまして、「医事法の扉」や「医事法の扉内科編」の読者の方々も、新鮮な気分でお読みいただけることと思います。

 それでは、本書をぜひとも携帯され、隙間時間に少しずつお読みください。医療訴訟のしくみを、しっかりと理解できること請け合いです。

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推薦の序(河瀬 斌)
はじめに
本書の利用法

I 医療訴訟のしくみ
 1 訴訟の流れを教えてください ►► 医療訴訟のしくみ(概要)
 2 賠償請求の根拠は何ですか? ►► 債務不履行と不法行為
 3 病院ごとに差はありますか? ►► 医療水準
 4 これまでどおりのやり方で大丈夫ですか? ►► 医療慣行
 5 病院は責任を負いますか? ►► 使用者責任
 6 他人と一緒に訴えられることがありますか? ►► 共同不法行為
 7 結果が悪ければ必ず訴えられますか? ►► 因果関係
 8 どこまで、いくら請求されますか? ►► 損害賠償
 9 訴えられるのはいつまでですか? ►► 時効・除斥期間
 10 訴訟の最初の手続きは何ですか? ►► 証拠保全
 11 証人として呼び出されました。どうしたらよいですか? ►► 証人尋問
 12 どこまで提出しなければならないのですか? ►► 文書提出命令
 13 鑑定人に選ばれました。どうすればよいでしょう? ►► 民事鑑定
 14 鑑定の代わりはありますか? ►► 専門委員
 15 裁判以外の解決法はありますか? ►► ADR

II 医師の義務と権利
 1 法律上どこまで求められていますか? ►► 善管注意義務
 2 診療拒否は法律違反でしょうか? ►► 応招義務
 3 診察しないで治療してもよいですか? ►► 無診察治療等の禁止
 4 どこまで聞けばいいのでしょうか? ►► 問診義務
 5 カルテは何のために書くのでしょうか? ►► 診療録記載義務
 6 どこまで説明が必要ですか? ►► 説明義務
  (1)家族にも説明が必要ですか?  家族への説明義務
  (2)チーム医療では誰が説明したらよいですか?  チーム医療における説明義務
  (3)死因も説明すべきですか?  死因説明義務
 7 「何かあったら来てください」ではダメですか? ►► 療養指導義務
 8 どのタイミングで送ればいいのでしょうか? ►► 転送(転医紹介)義務
 9 診断書は求められたら必ず書かなくてはならないのでしょうか?
    ►► 診断書交付義務
 10 異状死の判断はどうしたらよいですか? ►► 届出義務
 11 患者管理はどこまで必要ですか? ►► 管理義務
 12 診療以外の義務はあるのですか? ►► 安全配慮義務
 13 具体的法律以外にルールはありますか? ►► 一般条項
 14 裁量はどこまで許されますか? ►► 医師の裁量権

III 患者の権利と義務
 1 患者の主張はすべて承諾しなければならないのですか? ►► 患者の自己決定権
 2 期待に反する結果だと訴えられてしまうのでしょうか? ►► 期待権
 3 終末期医療はどう考えたらよいですか? ►► 安楽死・尊厳死
 4 患者にも義務はあるのですか? ►► 患者の義務

IV 日常診療における法律問題
 1 ドクターコールに応えても大丈夫でしょうか? ►► 事務管理
 2 チーム医療ではお互いに頼り合っても大丈夫ですか? ►► 信頼の原則
 3 他科依頼はどのような法律関係になりますか? ►► 他科診療依頼
 4 公立病院と一般病院の医師の処遇に違いはありますか? ►► 公務員の特殊性
 5 医療器具のトラブルは誰の責任ですか? ►► 製造物責任
 6 患者が転んだら病院が責任を負うのでしょうか? ►► 転倒・転落事故
 7 褥瘡ができたら訴えられますか? ►► 褥瘡裁判
 8 読影・診断ミスは訴えられますか? ►► 誤診・見落とし
 9 自由に開業できるのでしょうか? ►► 開業に関する法律問題
 10 患者から開示請求を受けました。開示すべきですか?
    ►► 個人情報保護法と情報公開法
 11 医療行為を特許にできますか? ►► 医療行為と特許
 12 医業類似行為とは何を指しますか? ►► 医業類似行為
 13 予防接種で副作用が起こったら訴えられますか? ►► 予防接種
 14 脳神経外科の裁判
  (1)どのような説明がよいですか?  未破裂脳動脈瘤
  (2)未破裂との違いは何ですか?  破裂脳動脈瘤
  (3)動脈瘤との争点の違いは何ですか?  脳腫瘍
  (4)外傷患者への法律上の注意点は何ですか?  頭部外傷
  (5)MVD後にどのような法的トラブルがありますか?  顔面痙攣・三叉神経痛
  (6)頸動脈疾患の争点は何ですか?  内頸動脈狭窄・閉塞

V 刑法上の問題
 1 なぜ医療行為が罰せられるのですか? ►► 業務上過失致死傷罪
 2 証拠を隠したら罪に問われますか? ►► 証拠隠滅罪
 3 名誉毀損と侮辱の違いは何ですか? ►► 名誉毀損・侮辱

付録 医師の法的義務・権利とその内容
あとがき

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臨床家に読んでほしい難解な法的議論を平易にまとめた学術書
書評者: 古川 俊治 (参議院議員/慶大法科大学院教授/慶大教授・外科学)
 全国の第一審裁判所に提起される医療過誤訴訟の数をみると,1990年代から2004年にかけて急増し,その後は,同程度の数にとどまっている。しかし,訴訟には至らないかなりの割合の医事紛争が,当事者間の示談や各地の医師会などの機構を通じて,裁判外で解決処理されているため,実際に医事紛争数が減少しているのかどうかは明らかではない。1990年代からの医事紛争増加の理由として,医師数が増加して医療供給が量的に確保されたことによる患者数の増加,新薬・新技術の開発に伴う副作用や合併症の増加なども挙げられるが,第一の理由は医療に関する一般的知識が国民に普及し,患者の人権意識が高揚したことにある。このような患者の権利意識の伸張を背景に,近年の裁判所の考え方には大きな変化がみられ,近年の裁判例では,医療機関に要求される診療上の注意義務は厳しいものとなっている。

 それ以上に,仮に勝訴するにしても,患者からクレームを受けたり訴訟を提起されたりして,その対応に追われることは,病院・医療従事者にとって大きな時間的・精神的負担となる。何よりも,医事紛争を未然に防ぐ対策が,極めて重要である。医療事故や医事紛争は,それぞれの医療機関において,同じような原因で発生することが多い。したがって,過去の事例に学び,その原因を分析し,自院の医療事故や医事紛争の予防に役立てる取り組みが重要である。また,医事紛争は,医療従事者に法的意味での過失があり,その結果,悪しき結果が実際に患者に発生した場合にだけ起こるわけではない。医療従事者が法律知識を欠いているために,対応や説明を誤り,患者側の不信感を強めているという場合も多い。したがって,医療従事者は,広く病院・臨床業務に関する基本的な法律知識を学び,医療事故や医事紛争に対する適切な対応を習熟しておくことが必要である。このことは,医療機関の管理者だけではなく,実際に患者に接することになる,第一線で活躍する医療従事者にこそ望まれる。

 本書の著者である福永篤志先生は,外科領域の臨床医を続けながら法学を学んだ点で,数少ない同志である。近年は,法曹養成制度の変化もあり,医師免許を持つ法律家は大幅に増えたが,その多くは臨床経験が浅く,病院業務や臨床実践に関する細かな知識や経験が十分ではない。そのため,医療事故が発生した際の事後の法律上の問題については議論ができても,今日の高度で複雑な病院業務の過程で発生する複雑な紛争をいかに防止していくかについての視点が欠けている。本書は,長い経験を有する現役の臨床医であり,こうした病院業務の実態を熟知する福永先生ならではの,臨床家にとって,極めて有用な情報を提供してくれる学術書である。医療従事者にとっては難解な法的議論が極めて平易にまとめられており,医療従事者にとっての理解のしやすさでは類書をみない。一人でも多くの医療従事者が本書に学び,医事紛争に煩わされることなく,円滑な臨床業務に活躍していただきたいと思う。
医療従事者の目から見た,他に類を見ない解説書
書評者: 篠原 幸人 (前・国家公務員連合会立川病院院長/東海大名誉教授/前・日本脳卒中学会理事長)
 交通事故大国というイメージが強い米国でも,実際には年間の交通事故死者数よりも医療事故死者数のほうが多いだろうと言われている。今から8年ほど前のNew England Journal of MedicineにHillary ClintonとBarack Obamaが連名で,医療における患者の安全性の関して異例の寄稿をしたほどである。

 日本における医療過誤死者数ははっきりとは示されていないが,医事関係訴訟は年間700~800件はあるという。患者ないしその家族の権利意識の高まりの影響が大きいが,マスコミの医療事故報道や弁護士側の動きも無視できない。

 しかしわが国の多くの医療関係者や病院自体が従来この医事訴訟ということに関し,あまりに無知かつ無防備であった気がする。

 著者の福永篤志氏は慶大医学部卒業後,脳神経外科医として働き始めたころ,最善の医療を尽くしても結果が伴わなかった症例で訴訟に巻き込まれることがあるという現実を知り,脳神経外科医を続けながら大東文化大学法科大学院に入学し,苦労して医学博士のみならず法務博士号を取得された大変な努力家でもある。

 本書はそのような著者の立場から,他に類を見ない医療従事者の目から見た医事法の見方や医療訴訟のしくみ,医師の権利と義務,患者の権利と義務,日常診療に関連する法律の解釈などを,法律用語に疎い私などにもわかりやすく,判例や関連する条文などを付記して解説されている。

 本書の特徴の一つは冒頭にこの本の利用法が親切にも述べられており,また各項目がQuestion and Answer形式になっていて誠に読みやすい。医師として根本的な「なぜカルテを書かなければならないか」,「チーム医療における説明責任」,「終末期医療の考え方」,「読影の見落としは訴訟の対象になるか」,「専門外あるいは満床を理由に診療を拒否し,訴訟された場合の過去の判例」,「正当な診療拒否の事由とは何か」,その他,著者の専門の脳神経外科領域のみならず,内科・外科その他の事例を含めて広範囲な内容がコンパクトに解説してある。

 医学生時代に授業を受けた医事法の解釈を忘れかけている医師のみならず,看護師・薬剤師・各種医療技師・医療事務職の方々にも必読の書であり,また訴訟の場合個人のみならず所属する病院も訴訟の対象になるので,病院管理者の方々もぜひ一度読んでいただきたい書であることを強調したい。

 褥瘡ができただけで訴えられる時代である。医療従事者ないし管理者も,身にかかる火の粉は自分で消さなければならない。開業医のみならず病院勤務医も,諸外国では看護師も個人的にmedical malpractice insuranceに入られていると聞く。

 訴訟に直面して慌てるよりも,ぜひこのような書からわれわれは事前に何をなすべきかを学ぶべきである。医療関係者は医療関連法律だけでも熟知し万一の場合に備える必要があるのではないか。
医師の視点から,実例に沿って法律を解説した稀有な一冊
書評者: 宝金 清博 (北大大学院教授・脳神経外科学/北大病院病院長)
 メディアを見ると,医療と法の絡んだ問題が目に入らない日はないと言っても過言ではない。当然である。私たちの行う医療は,「法」によって規定されている。本来,私たち医師は必須学習事項として「法」を学ぶべきである。しかし,医学部での系統的な教育を全く受けないまま,real worldに放り出されるのが現実である。多くの医師が,実際に医療現場に出て,突然,深刻な問題に遭遇し,ぼうぜんとするのが現状である。その意味で,全ての医師の方に,本書を推薦したい。このような本は,日本にはこの一冊しかないと確信する。

 先日,若い裁判官の勉強会で講演と情報交換をさせてもらった。その際,医療と裁判の世界の違いをあらためて痛感させられた。教育課程における履修科目も全く異なる。生物学,数学は言うまでもなく,統計学や文学も若い法律家には必須科目ではないのである。統計学の知識は,今日の裁判で必須ではないかという確信があった私には少々ショックであった。その席で,いわゆるエビデンスとかビッグデータを用いた,コンピューターによる診断精度が医師の診断を上回る時代になりつつあることが話題になった。同様に,スーパーコンピューターなどの力を借りて,数理学的,統計学的手法を導入し,自然科学的な判断論理を,法の裁きの場に持ち込むことはできないかと若い法律家に聞いたが,ほぼ全員が無理だと答えた。法律は「文言主義」ではあるが,一例一例が複雑系のようなもので,判例を数理的に処理されたデータベースはおそらく何の役にも立たないというのが彼らの一致した意見であった。法律の世界での論理性と医療の世界での論理性は,どちらが正しいという以前に,出自の異なる論理体系を持っているのではないかと思うときがある。医師と法律家の間には,細部の違いではなく,乗り越えられない深い次元の違う溝が存在するのではというある種の絶望感が残った。

 この若い裁判官たちとのコンタクトの後,偶然,幸運なことに本書に接する機会を得た。医師の論理の視点から,法律の論理を学ぶものとして,本書は,極めて価値が高く,稀有なものである。筆者の福永氏は,医師であり,法学を専攻された専門家であり,両方のロジックに精通するまれな専門家である。本書は,医師が,法律家の論理を理解するために,実にわかりやすく,丁寧に,しかも,実例に沿って書かれた力作である。本書に匹敵する成書を私は知らない。

 その一方で,こうした優れた本が「稀有」なものであり,医学教育において「法学」が極端に欠如していることは,私たち,医師に警鐘を鳴らすものである。本書は「法」に興味のある医師に読まれるだけでなく,医学教育における法学の重要性を指摘するものとして,医学教育に関わる関係者にも読まれるべきものである。そして,できることであれば,先日,語り合った若い裁判官の方々にも読んでもらいたいと願う。

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