感染症疫学ハンドブック

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感染症アウトブレイク発生時のデータの集め方、解釈の仕方、伝え方を学んで、効果的な対策につなげるための実践書。国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J)出身者が中心となって執筆。医療機関、自治体、保健所のスタッフが知識と経験を共有して活動していく上で必須の1冊。
監修 谷口 清州
編集 吉田 眞紀子 / 堀 成美
発行 2015年06月判型:A5頁:320
ISBN 978-4-260-02073-2
定価 3,740円 (本体3,400円+税)

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編集の序

 『感染症疫学ハンドブック』を手に取っていただきありがとうございます。本書は感染症に関する日本語の教科書が増えている中でも良書の少なかった地味な分野,「疫学」をテーマにしています。疫学は学問ですが,同時にものの考え方です。感染症の疫学は,データをどのように集め,解釈し,伝えていくのか,つまりデータの「見える化」,対策の「見える化」を実践するためのものです。
 疫学の考え方に基づかないデータ解釈やコミュニケーションによって,時に感染症の状況や数字が誤解され,適切とはいえない対策につながるリスクがあります。しかしながら,2015年4月現在,日本国内にはこれらを訓練する場所や経験を共有する場は限られており,感染症対策の専門職である疫学者(Epidemiologist)も日本では残念ながら職業やポジションとして確立していないのが現状です。
 このような中,日々の報道の中で「病院や施設,自治体の取り組みは適切だったのか?」という視線が医療関係者や政策担当者に向けられています。編者自身も,「このアウトブレイクは回避可能だったのではないか」「防ぐ手立てを講じていたのか」「初動は適切だったか」「誤解や偏見を防ぐ努力をしたのか」「同じようなことが起きないよう社会に伝えているのか」といったことを自らに日々問い続けています。本書のテーマでもある感染症疫学は,それらを学ぶ入口となるのです。
 本書は「身近に相談できる感染症疫学の専門家がいなくても頼りになる1冊」として企画され,日本で感染症疫学の実践を学ぶことができる国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J)の研修生が中心となって執筆しました。医師,看護師,薬剤師,検査技師とさまざまな背景を持つ筆者らは実地疫学の専門家として,職種,地域や国の壁を越えて疫学という共通言語で仕事をしてきました。その経験を生かして現場の目線で知っておきたいことを盛り込んだので,本書は入門書とはいっても十分に実用に足りうる内容となっていると思います。
 本書は2部構成になっています。「基礎編」で疫学の考え方,専門用語,基礎知識を学びます。「ケーススタディ編」では,実際に自分の手を動かして問題を解いていくことにより,データの扱い方,解釈の仕方,レポート作成を習得することができます。自主学習だけでなく,各地で開催される講習会のテキストとして集団学習に活用することもできます。
 本書の編集,執筆にあたっては,多くの皆様からご助言,ご助力をいただきました。国立感染症研究所感染症疫学センターならびに実地疫学専門家養成コースのコーディネーター,研修生の皆様には,その惜しみないご尽力に心より感謝申し上げます。また,本書の企画から出版に至るまで,根気強く,とても丁寧にサポートをして下さった医学書院の関係者皆様に心より感謝いたします。
 何はともあれ,まずは本書を通じて,疫学の楽しさ,醍醐味を感じて下さい。本書によって,「感染症によって健康や生命が失われて悲嘆にくれる人を減らしたい」と願う仲間が1人でも増えることになれば,編者にとって望外の喜びです。

 2015年4月
 吉田 眞紀子
 堀 成美

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編集の序

第1部 基礎編
 第1章 総論-感染症疫学とは
  1 本書のねらい
  2 実地疫学と臨床疫学
  3 米国最大規模の腸管出血性大腸菌O157:H7集団発生事例
  4 疫学情報に基づく公衆衛生的介入
  5 タイムリーで正確な疫学情報
 第2章 記述疫学
  1 記述疫学とは
  2 症例定義
  3 ラインリストの作成
  4 基本は「時」「場所」「人」
  5 「時」の情報
  6 「場所」の情報
  7 「人」の情報
  8 まとめ
 第3章 分析疫学
  はじめに
  1 分析疫学とは
  2 2×2表を書いてみよう
  3 曝露とリスク
  4 分析疫学でできること,わかること
  5 研究デザイン
  6 コホート研究(cohort study)
  7 症例対照研究(case control study)
  8 まとめ
 第4章 サーベイランスに必要な基礎知識
  1 サーベイランスとは
  2 サーベイランスの目的
  3 サーベイランスの分類
  4 サーベイランスの運用プロセス
  5 サーベイランスの構成要素
  6 サーベイランスシステムの評価方法
 第5章 医療施設におけるサーベイランス
  はじめに
  1 サーベイランスの目的
  2 サーベイランスの種類
  3 サーベイランスシステム
  4 サーベイランスで用いられる疾患定義,指標など
  5 医療施設で行われる代表的なサーベイランス
 第6章 わが国の公衆衛生における感染症サーベイランス
  1 感染症発生動向調査の概要
  2 対象となる感染症
  3 感染症サーベイランスの運用
  4 施設での感染症流行の把握
  5 感染症サーベイランス情報の活用
 第7章 疫学調査に必要な検査の基礎知識
  はじめに
  1 検査の基本を考える
  2 疫学調査における検査
  3 問題となる微生物
 第8章 疫学調査に必要な統計学
  1 疫学調査では統計学はツールの1つ
  2 統計学を利用する目的
  3 記述統計
  4 推測統計
  5 バイアス
  6 標本の大きさ
 第9章 情報の収集と活用
  1 感染症に関する情報-何をどれくらい集め,読むかを吟味する
  2 情報の整理法-メールアドレスやタグで分類し,チェック頻度を決める
  3 情報の吟味-リスクアセスメント,行動計画
  4 見ている数字・現象の解釈
  5 コミュニケーション-情報の共有・修正・加工・発信
 第10章 疫学研究に役立つ調査の手法
  はじめに
  1 定量調査と定性調査
  2 疫学調査の手法
  3 セカンダリー・データ分析
  4 まとめ-どの調査手法を選択するか
 第11章 報告書の書き方,プレゼンテーションのまとめ方
  はじめに
  1 作業を始める前に考えること
  2 報告書の書き方
  3 プレゼンテーションのまとめ方
 第12章 感染症疫学に基づくリスクアセスメント
  1 リスクアセスメントとは
  2 健康危機事象の探知,確認,初期評価,トリアージ
  3 リスクアセスメントプロセス
  4 迅速なアセスメントのためのツール
 第13章 リスクコミュニケーションの実際
  1 リスクコミュニケーションとは
  2 平時に行う感染症対策のリスクコミュニケーション
  3 アウトブレイク発生時のコミュニケーションの課題
  4 ステークホルダーとのコミュニケーション
  おわりに
 第14章 アウトブレイク発生時の疫学調査
  1 疫学調査とは
  2 疫学調査のステップ

第2部 ケーススタディ編
 第15章 手術室で起きた緑膿菌感染アウトブレイク
  はじめに-アウトブレイク疫学調査
  STEP 1 アウトブレイクの確認…本当にアウトブレイクか?
  STEP 2 記述疫学…調査範囲を決める「症例定義の作成」
  STEP 3 積極的症例探査…症例定義に当てはまる患者を探す
  STEP 4 記述疫学の「時」「人」「場所」…症例群の特徴を把握する
  STEP 5 環境調査…周辺の調査も並行して行う
  STEP 6 分析疫学…感染源・感染経路について「仮説を立てる」
  STEP 7 分析疫学の実施と解釈
  STEP 8 アウトブレイクの終焉
 第16章 医療施設で発生したアシネトバクター属アウトブレイク事例
  STEP 1 集団発生の確認
  STEP 2 記述疫学…症例定義の設定と症例探査
  STEP 3 記述疫学…症例情報の整理
  STEP 4 記述疫学…病棟の観察
  STEP 5 仮説の設定…感染源(感染経路)やリスクファクターに関する仮説の設定
  STEP 6 分析疫学…仮説の検証
  STEP 7 まとめと提言
 第17章 汚染食品による集団食中毒事例
  STEP 1 集団発生の確認
  STEP 2 症例定義の作成,積極的症例探査
  STEP 3 記述疫学
  STEP 4 仮設の設定
  STEP 5 分析疫学の実施
  STEP 6 実地疫学調査のまとめ・提言
  おわりに
 第18章 高校での麻疹アウトブレイク
  アウトブレイク疫学調査
  STEP 1 アウトブレイク対応の必要性…アウトブレイクの判断
  STEP 2 緊急対応…対応策の迅速な決定と導入
  STEP 3 記述疫学…アウトブレイクの全体像把握
  STEP 4 分析疫学…情報の整理と解析
  STEP 5 仮説の設定…感染経路の推定と再発防止策の検討
  STEP 6 ワクチン効果の評価…アウトブレイクに関わる要因の検証
  STEP 7 最終評価と再発防止策の検討…K高校,生徒・保護者,行政などに対する提言
  まとめ
 第19章 市中でのレプトスピラ症アウトブレイク
  アウトブレイク疫学調査
  STEP 1 アウトブレイクの確認…本当にアウトブレイクか
  STEP 2 症例定義の設定と新たな症例探査
  STEP 3 症例情報の記述疫学(人・時・場所)
  STEP 4 現場および関連施設の観察調査
  STEP 5 仮説設定…感染源・感染経路・リスク因子
  STEP 6 仮説検証…症例対照研究,コホート研究
  STEP 7 結果のまとめと考察・提言
 付録 これだけは押さえておきたい感染症疫学用語
  1 疫学で使われる用語
  2 時間の概念
  3 割合・率・比(proportions, rates, ratios)

索引

コラム
 1 世界中の仲間たち(1)
 2 世界中の仲間たち(2)
 3 グローバルな感染症危機管理時代のWHOのアウトブレイク対応(1)
 4 グローバルな感染症危機管理時代のWHOのアウトブレイク対応(2)
 5 麻疹の排除のための活動(1)
 6 麻疹の排除のための活動(2)
 7 実地疫学に何ができるか(1)
 8 実地疫学に何ができるか(2)
 9 公衆衛生での疫学(1)
 10 公衆衛生での疫学(2)
 11 読んでおきたい参考書

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「明日の日本の実地疫学を育てる」思いから生まれた実践書
書評者: 岡部 信彦 (川崎市健康安全研究所長/元・国立感染症研究所感染症情報センター長)
 感染症疫学とは,文字通り感染症を対象として,その感染症が「1)普通ではない状況にある時」「2)予想外の問題が発生している時」「3)社会的にインパクトがあり公衆衛生的対策が必要な時」「4)迅速な対応が求められる時」などに,担当者が“発生現場で”その原因を追究し(犯人の特定とは異なる),再発防止策を提言するために駆使する疫学です。これはすなわち,実地現場での疫学—FieldでのEpidemiology—である,と言えます。

 近年エボラ出血熱,MERSなどが国内外で大きな話題となりましたが,そのような場面ではもちろん患者の診断と治療がまず重要です。診断と治療は医療の担当ですが,その拡大の防止,そして火を消し,再発防止のための方策を考えることが,実地疫学の担当になります。

 かつて腸管出血性大腸菌感染症O157の大規模な広域集団発生があった時(1996年),わが国には実地疫学を担当する専門家はおらず,当時の調査対策に当たった人々はほぞをかむ思いでした。この出来事を大きなきっかけとして1999年に伝染病予防法に代わって,「感染症の発生を予防し,及びそのまん延の防止を図り,もって公衆衛生の向上及び増進を図る」ことを最大の目的とした感染症法が施行されました。同時に新たに発足した国立感染症研究所感染症情報センターでは,感染症のアウトブレイクに対応するための実地疫学者を育てるFETP-J(Field Epidemiology Training Program, Japan)をスタートさせました。本書・感染症疫学ハンドブックの監修者である谷口清州氏はそのFETPを立ち上げから担当した一人であり,編集の吉田眞紀子氏・堀成美氏および各項目の執筆担当者は,皆FETP-J修了生です。FETP-Jは医師が多数ですが,臨床検査技師,薬剤師,看護師,獣医師など職種はさまざまです。

 それぞれが自分たちの経験を伝え,明日の日本の実地疫学を育てようと思って作り出したのが本書で,その思いがあちこちに詰まっています。総論を書いて下さったJohn Kobayashi氏は実地疫学専門家として国際的によく知られている方で,長くFETP-Jの指導に当たられ,感染症疫学そしてField Epidemiologyはどういうものかを私たちにたたき込んでくれました。本書の帯には『「予見可能だったのではないか」「初動は適切だったか」—感染症アウトブレイク発生時のデータの集め方,解釈の仕方,伝え方を学んで,効果的な対策につなげるための実践書』とあります。職種を問わず「感染症を何とかしたい」という思いを持っている方,ぜひ本書をご一読下さい。
アウトブレイクに対処する人に役立つ,類書のない良書
書評者: 井上 栄 (元・国立感染研感染症情報センター長)
 本書は,突発的な健康被害(アウトブレイク)が発生したとき迅速に現場へ行き実施する疫学調査の実際と,サーベイランスの仕組みなどを扱っている。症例定義から始まる記述疫学,立てた仮説を検証する分析疫学の手法(後ろ向きコホート研究と症例対照研究)がわかりやすく書かれている。調査結果をいかにプレゼンするかのノウハウもある。昔とは異なる発生パターンで感染症が起こる現代,それに対処する人に役立つ,類書のない良書だ。執筆者17人全員が,国立感染症研究所(感染研)の実地疫学専門家養成コース(FETP-J:Field Epidemiology Training Program)の関係者(コース修了者が多数)である。

 上記事業が1998年から始まったのは,1996年の堺市O157事件が契機になっている。当時の予防衛生研究所(現・感染研)には,現場で調査を行う疫学専門家がいなかった。混乱している現場で的確な調査をしてアウトブレイクの全体像を把握し,適切な病原体材料採取の指示をするのは,病原体専門家でなく訓練を受けた疫学専門家である。病原体確定には時間がかかるので,確定前に病原体伝播様式を推定し,流行拡大を防ぐ措置を執らねばならない。十九世紀半ば,細菌学の誕生前,英国人ジョン・スノウ〔疫学(Epidemiology)の創始者〕は,コレラepidemicの際,病気の伝播様式を推定し流行拡大阻止に役立てたのであった。

 このような専門家を養成する事業は,米国CDCであり,1951年にEpidemic Intelligence Service(EIS)の名称で始まった。Intelligence Service(情報機関)とは国家の安全を脅かす敵の情報を集める部署である。当時は冷戦のさなかで敵が細菌戦を仕掛けるかもしれないという心配があり,その調査をするためにEISが発足した,という。座学でなく実学で,2年間on-the-job trainingの方式で研修を行う。研修生には国から給与が出る。既修了者は3,000人以上。日本では2015年秋現在,61人が修了しており,研修中は2年次4人,1年次6人。医師のほか薬剤師,看護師,臨床検査技師,獣医師,歯科医師がいる。

 字句に関して私見。「可能性例(probable case)」「確定例(confirmed case)」となっているが,前者は「ほぼ確実例」「推定例」とするほうが良いかもしれない。「ヒト-ヒト感染(person-to-person infection)」よりは「人-人感染」か。記述疫学の三要素は「時・場所・(Time,Place,Person)」である。「人」と「ヒト=人類」とは異なる。また,米CDCの正式名はCenters for Disease Control and Preventionであるが,Preventionは1992年に米議会の要請で後付けしたもの。これを直訳して「疾病管理予防センター」とするのは違和感がある。本来は「予防」を「制御」の前に置く。後になってできた中国CDCは「疾病預防控制中心」,欧州CDCも「Centre for Disease Prevention and Control」としている。感染研・厚労省結核感染症課が発行する月報『病原微生物検出情報(IASR)』の編集委員会は,従来からの「疾病対策センター」を使うことにした。

 最後に。日本の医療・医学の中で抜け落ちていた領域に志の高い優秀な人材が集まり,実地疫学の経験とノウハウが蓄積され,実地疫学者のネットワークが充実してきたことは,国民と国家の安全にとって誠に喜ばしいことである。唯一残念なことは,日本では研修生に国から給与が出ていない。その是正を強く願う。
「半年 vs. 3日」のギャップを埋める,日本の医療現場で渇望されていた書籍
書評者: 青木 眞 (感染症コンサルタント)
◆はじめに

 筆者の勝手な感覚で言わせてもらえば,日本の医療現場で数十年前から必要とされていた本が,今年(2015年)になってようやく上梓された。本書『感染症疫学ハンドブック』である。

 なぜ,この種の本の出版が数十年遅れたのか。それは,この疫学という領域が感染症に限らず,医療・医学に必須であるという認識が国内のさまざまなレベル・領域で遅れたからである(そして今も遅れ,冷遇されている)。その問題が現れた実例を示す。

 1996年,大阪は堺市で数千人の患者を生み出した腸管出血性大腸菌O157 : H7の集団発生は「半年」近く続いていた。本書の第1章を執筆されたJohn Kobayashi先生(以下,敬意と愛着を込めてJohnと略)に,「あなたが指揮を執れば集団発生を終息させるまで,どのくらいの時間が必要ですか」と聞くと,「3日……長引くと1週間かな……」。「!!」(参考までにJohnとのつきあいは10数年に及ぶが,彼に「はったり」という概念は存在しない)。

 この「半年 vs. 3日」のギャップを埋めるべく,このJohnをはじめ関係の先生がたの支援を受けて設立された実地疫学の拠点が「国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J : Field Epidemiology Training Program)」であり,本書は,このコースの卒業生の共同執筆により完成された。

◆本書の紹介

 疫学というと「10万人当たり……」といった退屈な世界,「数式が並ぶ」難解な世界を想像される向きも多いと思うが,本書は「実地」と名前が付いているように現場が舞台であり,良い意味で現場で「実地」に作業することを意識したノウハウ本となっている。初心者は,第1部の1章から3章を読み具体的な実地疫学の手法を概観し,その手法が実際例ではどのように用いられるかを第2部のケーススタディで学ばれると良い。恐らく,これだけで,この領域の面白さのとりこになる人が出る。実地疫学には「現場が好き,臨床が好き」な医療従事者をとりこにするものが充溢している。

 すでに何らかの形で本書が扱う領域におられる方,具体的には保健行政,マスコミの関係の方は,第7章「疫学に必要な検査の基礎知識」,第9章「情報の収集と活用」,第11章「報告書の書き方,プレゼンテーションのまとめ方」,第13章「リスクコミュニケーションの実際」が特にお勧めである。

 「『検査が陽性』であることと『患者』であることの距離」を理解した役所からの通達がはるかに実用的になり,「『感染症による健康リスクが個人や社会に与える影響を最小限にする』ことを意識し共有する必要」を理解したマスコミはパラボラアンテナ付きの車で患者・家族を追い回すことをやめるだろう(多分やめないけど……)。

◆おわりに

 MERS以前からエボラ,デング,鳥インフルエンザ,HIV……新しい微生物が出るたびに日本の関係機関(行政,マスコミ,医療機関)が示す「右往左往」は「金太郎あめ」のようにまったく同様であり,既得権益を享受する人々の焼け太りを含めて今後も変化の兆しがない。

 日本のFETPがそのモデルとした米国のEIS(Epidemic Intelligence Service)およびそれにならって運営されている各国のFETPは,研修生は有給であり,研修終了後は実地疫学のノウハウを活用し地域を守るポジションに就く人が多いが,日本では必ずしもそのような活かされ方はしていない。

 それでも,この絶望的な状況にわずかではあるが新しい光を投げかける本書が多くの読者を得ること,特に日本の保健行政の要路を決める方の目に留まることを切望します。

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