作業で語る事例報告
作業療法レジメの書きかた・考えかた

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一人前の作業療法士になる成長過程において、作業に焦点を当てた実践の型を身につけることは非常に大切である。その実践における型が凝縮されているのが「事例報告」といえる。本書では、作業に焦点を当てた実践を行うために必要な基礎知識、また代表的理論や評価法、治療手技を紹介した後に、クライエントとの協働から生まれた良質な31の事例報告を掲載している。作業療法の楽しさがわかる全項目見開き完結型の事例報告指南書。
編集 齋藤 佑樹
編集協力 友利 幸之介 / 上江洲 聖 / 澤田 辰徳
発行 2014年03月判型:B5頁:176
ISBN 978-4-260-01951-4
定価 3,850円 (本体3,500円+税)
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  • 目次
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 2000年の5月,私は作業療法士になった.新しい世紀を目前に,世の中が期待に胸を膨らませていた時期である.リハビリテーション(以下リハ)に関連する医療・保健・福祉分野もまた,介護保険制度や回復期リハ病棟のスタートによって大きな変革の時を迎えていた.振り返れば臨床に出てからすでに14年が経とうとしている.
 この14年間でリハを取り巻く環境は大きく変化した.WHO(世界保健機関)がICF(国際生活機能分類)を発表し,還元主義中心の医学モデルから生活モデルへと,大きなパラダイムシフトが起こった.診療点数は複雑・簡単制が廃止され,個別支援を重視した単位制へと変わった.疾患別に算定期限が設定されたことも記憶に新しい.他にも数えきれないほどの変化があった.
 就職してからの数年間,私の関心は,とにかく治療技術を磨くことにあった.自分の治療で患者の身体機能や動作能力を改善したかった.自助具や治療器具の作製にも夢中になった.就職してすぐに配属された回復期リハ病棟では,病棟ADL訓練に没頭した.介護老人保健施設に勤務した時期は,認知症者への作業療法に魅せられた.神経難病,運動器疾患,通所リハ,訪問リハと,配属が変わるたびに,対象疾患の理解や,疾患を考慮した生活手段の獲得,予防戦略などを自分なりに追求してきたつもりであった.しかしいつも心のどこかで,自分はいったい何者なのか,自分は何をしているのか,そして作業療法とは何か,明確な説明ができない自分がいることに歯がゆさを感じていた.
 どんなに研鑽を重ねても答えにたどり着けない.いつもそんな思いにさいなまれていた.当時の私は作業療法を体系的にとらえることができていなかったのである.
 中堅時代のある日,私の作業療法士人生の転機が訪れた.直属の上司である千葉亜希子氏が,「もう一度しっかりと作業の勉強をしよう」と提案してきたのであった.しかし当時の私は,その言葉の真意をしっかりと理解していなかったように思う.自分は患者の治療を献身的に行っていると自負していたし,機能の回復や能力の改善に限界が生じたときに提供する代償手段にもそれなりに自信があった.改めて作業の勉強をしようと言われても,はじめはその必要性をあまり感じていなかったのである.しかし作業科学や各種理論の勉強会を始めたとき,私は大きな衝撃を受けた.
 そこには作業という名の,人の営みの奥深さが広がっていたのである.そして,過去に悩み,思考し,自分で言語化してきたあらゆる言葉が,明確な定義をもった専門用語としてそこには並んでいた.まるで霧が晴れるかのように,自分の過去の経験がどんどん組織化されていく.あのときの感覚を思い出すと,今でも心が震える.
 作業療法で扱う作業とは対象者の作業である.作業をするのは対象者であり,作業ができることの満足度は対象者しか測ることができない.よって人がより良い作業的存在になることを支援する作業療法は,作業療法士が一方的に提供するものではなく,クライエントと作業療法士の協働的関係のもとに初めて成立する仕事だということに改めて気がついた.
 目の前のクライエントの,心に,価値観に,人生に,自分という存在すべてをかけて寄り添い,新しい人生を共創するパートナーとしてクライエントに向き合おう.答えは一緒に創っていこう.そう思えるようになった日から,私は自分が作業療法士であることを心から誇りに思えるようになった.
 あの頃から私の作業療法は大きく変化した.特に作業療法の説明と面接評価を大切にするようになった.そして「患者」を「クライエント」と呼ぶようになった.「患者」と呼ぶことに強い違和感を感じるようになったためである.

 そろそろ話題を本書に移そう.今回,私たちがなぜこの本をまとめようと思ったのか.それは,多くの若い作業療法士が,自分の仕事に自信をもち,作業に焦点を当てた実践を楽しんで行えるようになってほしいという願いからである.またそれが,多くのクライエントの利益に還元されると思うからである.
 この思いを実現するために,本書は作業に焦点を当てた事例報告の指南書という位置づけで書くことにした.なぜ事例報告なのかは1章で詳細に述べるが,一言でいうならば,成長過程において「型」を学ぶことこそ非常に大切と思うからである.ボトムアップ全盛期に臨床家になった私は,作業に焦点を当てた実践の型を身につけるまでに遠回りをしたからなおさらその思いが強い.
 武芸には,その道を極める過程を表した「守破離〈しゅはり〉」という言葉がある.まずはじめに,徹底的に基本の「型」を身につけることを何よりも重んじる.基本の型をしっかりと身につけることで,その後,少しずつ自分がより良いと思うアレンジを加えて型を「破り」,自分だけの型を作ることができるようになっていく.この過程を経ることによって,最終的には,最初に学んだ型や自分が作り出した型からも「離れ」,自在の境地に達することができるという.つまり,最初にしっかりと型を身につけることで,はじめて高度な応用や豊かな個性の発揮が可能になるということである.
 では作業療法における「型」とは何だろうか.評価や訓練など様々な階層において型と呼ぶものがあるかもしれない.しかし実践における型は,事例報告に凝縮されていると私は思う.
 自分の経験を振り返ってみても,学生時代や臨床初期の頃は,自分の集めた情報や評価結果をどのようにまとめればよいかわからずに,先輩が実習で作成した事例報告に自分のクライエントを当てはめた記憶がよみがえる.おそらく誰にでも同じような経験があると思う.
 この経験は,単に事例のまとめかたを学習する機会にとどまらず,次のクライエントと向き合うときの,評価プロセスや思考パターンに大きな影響を与えた.つまり臨床家としての「型」の形成に影響を及ぼしたのである.したがって,若い頃に良質な事例報告に出会えるかどうかは,その後の臨床家としての成長に大きな影響を与えると考える.
 本書には,作業に焦点を当てた事例報告を31例用意した.最前線で活躍する実践家とクライエントとの協働から,作業に焦点を当てた実践の型を学んでほしい.また本書は事例報告だけでなく,作業に焦点を当てた実践を行うために役立つ理論や評価法,治療手技についても多数掲載している.読者のみなさんが,本書から作業に焦点を当てた実践の型を学び,身につけた型を道標にしながら自分の型を作り,自在の境地へと成長してくれることを心から願う.
 本書の刊行にあたり,沢山の方々にお世話になった.素晴らしい事例報告を執筆してくれた筆者の方々,作業に焦点を当てた実践を行うために役立つ様々な知識を提供してくれた筆者の方々,そしていつも私のそばで多大なる助言をしてくれた編集協力者の友利幸之介,上江洲聖,澤田辰徳の諸氏,そして医学書院の北條立人氏にこの場を借りて心からお礼を申し上げたい.

 2014年1月 梅の便り近々
 齋藤佑樹

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1章 作業に焦点を当てた実践とは?
 作業とは何か~作業療法の中核概念である作業について確認する~
 作業ができるとは
  ~「作業ができる」を理解できれば作業療法の目的と手段が見えてくる~
 作業療法士はなぜ患者をクライエントと呼ぶのか
  ~対象者の動機や主体性を大切にする~
 機能訓練は作業療法か
  ~本当に効果のある機能訓練は作業に焦点を当てている~
 作業に焦点を当てた実践に関するエビデンス
 作業に焦点を当てた実践とは
  ~作業に焦点を当てた実践は作業療法の「あたりまえ」の形~

2章 作業療法の対象とプロセス
 作業療法の対象は作業遂行
 作業療法の基本プロセス~トップダウンとボトムアップ~
 同じ事例をトップダウンとボトムアップで表現してみると違いがわかる
 トップダウンは「作業」に,ボトムアップは「能力」に焦点を当てている
 トップダウンを実践するポイントは,評価の順番と観察にある

3章 作業に焦点を当てた実践のポイント
 作業療法は「説明」と「面接」から始まる
  ~作業療法を知らないクライエントとクライエントを知らない作業療法士の出会い~
 面接評価はいつ実施するべきか
  ~面接は情報収集ではなくお互いを知り合う時間~
 クライエントが作業を語ってくれない面接は失敗なのか
  ~「失敗」ではなく「評価結果」ととらえれば支援内容が見えてくる~
 作業遂行の質を観察する~変化を作業の視点でとらえる重要性~
 作業療法士が行う検査・測定の目的とは
  ~作業の可能化を妨げる原因を多面的に考える~
 目標はクライエントと一緒に決める
  ~shared decision-makingという意思決定の概念~
 作業療法の効果測定~「何を」,「どうやって」測るのか~

4章 代表的な学問,理論,評価法,治療手技
 作業科学(OS)
 CMOP-E(作業遂行と結びつきのカナダモデル)
 人間作業モデル(MOHO)
 OTIPM(作業療法介入プロセスモデル)
 生活行為向上マネジメントTM
 COPM(カナダ作業遂行測定)
 OSA II(作業に関する自己評価・改訂版)
 ADOC(作業選択意思決定支援ソフト)
 AMPS(運動とプロセス技能の評価)
 VQ(意志質問紙)
 Motor Activity Log(MAL)
 活動分析アプローチ
 感覚統合(SI)
 課題指向型訓練
 transfer package
 認知神経リハビリテーション
 ボバース概念
 PNF

5章 作業に焦点を当てた事例報告の書きかた
 事例報告の目的と重要性~事例報告は臨床家の「型」を作る~
 トップダウン式ケースレポートの指導方法

[病院]
 脳梗塞発症直後から実動作を中心とした介入により退院後生活に対する
  不安が軽減した事例
 急性期から課題指向型訓練により病棟生活において麻痺手の使用を促した事例
 非麻痺側のプッシングによりトイレ重介助を要する事例への
  ボバース概念に基づくアプローチ
 主体性を重視した目標設定と実動作練習によって復職を実現した事例
 「料理を振る舞う」という役割を再獲得した慢性疼痛を有する事例
 作業を通して意志の発動に変化がみられた失語症事例
 寝返り・起き上がりの質的改善によりADL拡大につながった事例
 「夫とともに俳句の会に参加する」という大切な作業を再獲得した事例
 長期療養病棟における作業の意義~よりよい作業体験の提供~
 「図書館の利用」という目標を通して作業に広がりがみられた失語症事例
 「TVゲームで遊ぶ」ことで急性期の起立性低血圧を克服した頚髄損傷者の事例
 生活の変化に向けて必要な作業を確認し目標設定を行った手外科事例
 長・短母指伸筋腱断裂に対し認知神経リハビリテーションを試み
  早期に職場復帰が果たせた事例
 当初は機能面にアプローチしたが,食べたいものを食べたいというニーズに
  焦点を変更した事例
 紙芝居という作業を通して「みんなを元気にしたい」という思いを
  実現した終末期の事例
 退院後の生活を見据えた実動作練習を通して自己効力感が高められ
  退院につながった事例
 作業を楽しむことを通して,作業ストーリーを創造していく協働の過程
 外来OTの場を利用して「奇妙な世界を脱出したい」統合失調症患者に
  対する活動支援
 家族と協働で読み書きの困難さを支援した事例

[施設]
 日常を大切な作業で彩る
  ~老健入所者に作業選択意思決定支援ソフト(ADOC)を用いた事例~
 洗濯を通して施設生活に適応できた事例
 集団での主体的な地域貢献活動によって役割を再獲得した事例
  ~介護老人保健施設での取り組み~
 脳血管障害の発症から15年が経過した通所介護利用者の
  意味ある役割再獲得に向けた支援

[地域]
 5年間というブランクを乗り越え教職に戻るという夢を叶えた事例
 認知症デイケアで生きがいを模索した事例
 余命わずかな事例が最期に望んだ「家族と温泉に行きたい」という
  思いに対して介入した事例
 作業に焦点を当てた多機関協働による地域ケア
 再び作業と結びつくための訪問作業療法
 訪問作業療法でAMPSを用いてかかわり料理の遂行の質が改善した事例
 カラオケを通して作業参加に広がりが生まれた事例
 「クラスでの制作活動」という教員の届けたい教育に取り組んだ事例

 Column
  カンファレンスの見直し
  作業に焦点を当てた実践を経験して(臨床実習の感想)
  作業に焦点を当てた連携を促す訓練計画書

あとがき
索引

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情熱あふれる「作業に焦点を当てた実践」への導入書
書評者: 宮前 珠子 (聖隷クリストファー大教授・作業療法学)
 本書は,近年メキメキと頭角を現しつつある作業療法士,齋藤佑樹氏を中心に,友利幸之介氏,上江洲聖氏,澤田辰徳氏という4名の少壮気鋭の作業療法士の並々ならぬ情熱から生まれた。理論的には説明できても,臨床実践ではまだまだ十分に実施されていない「クライエントにとって重要で意味ある作業」を可能にする「作業に焦点を当てた実践」をどのように推進すればよいか,31例のケーススタディを通して紹介し,これから取り組もうとしていたり,現在悩みつつ取り組んでいたりする作業療法士に具体的道筋を示すものである。

 前半の約80ページに「作業に焦点を当てた実践とは?」「作業療法の対象とプロセス」「作業に焦点を当てた実践のポイント」「代表的な学問,理論,評価法,治療手技」の4章を設けてこの実践に必要な基本的事項をかいつまんで説明し,後半の約80ページに29名の著者による31編のケーススタディが,それぞれ見開き2ページに克明に記されている。

 何といっても本書の圧巻は,このケーススタディである。病院から施設,地域まで,身体障害者から小児,精神,終末期までの多様なクライエントの個別的な難しい問題,希望,ニーズに対し,複雑に絡まってしまった糸を1本ずつ丁寧にほどくように対応し,「作業に焦点を当てた実践」のツールとして近年広まりつつある最新の理論や評価法を駆使しつつ的確に対処してゆくさまは感動的でさえある。これらのケーススタディを執筆した作業療法士の多くは20~30代ではないかと思われるが,クライエントの立場に立った真摯な取り組みと,新しい理論や評価法を身につけて着実に実践が行われているさまに力強さを感じ,作業療法の未来に明るい希望を感じさせられた。

 「作業に焦点を当てた実践」にこれまであまり接触する機会のなかった方々は,ケーススタディをある程度読んでから前半の基礎編に進むほうがわかりやすいかもしれない。

 また,本の装丁や本文の間に挿入されている写真も,とても力強く魅力的である。
事例報告の型の使い分けが可能になる「超」入門書
書評者: 京極 真 (吉備国際大大学院准教授・作業療法学)
 本書最大の意義と独創は,二つある。

 一つは,国内外でたびたび困難さが指摘される「作業に焦点を当てた実践」のハードルを可能な限り下げることに力点を置いたところにある。序に「多くの若い作業療法士が,自分の仕事に自信をもち,作業に焦点を当てた実践を楽しんで行えるようになってほしい」(p. vi)と書いてあるが,その意図は十分達成していると思う。編者の先生方は,ADOCというハイセンスな評価ツールの開発メンバーでもある。本書はだからこそ実現できた,作業療法の入門書を越えた「超」入門書に位置付けられるだろう。

 もう一つは,本書の根本モチーフである作業に焦点を当てた実践の事例報告の型をモデル提示したところにある。型の本質は「事例報告には,目の前のクライエントが,より良い作業的存在になることができるように,セラピストとクライエントが取り組んだ協働の過程が表現されている」(p. 85)という記述に濃縮されていると思う。つまり本書で提示した事例報告の型は,作業に焦点を当てた実践の表現型でもあるのだ。型は31も例示されているので,作業に焦点を当てた実践の表現のハードルを格段に下げることだろう。

 また本書で示された事例報告の型は,作業的存在になるための支援過程を示すという共通特徴があるものの,その「書き出し」には二つのパターンがあると思う。事例報告に限らず,出だしの文章は,読み手に報告者の着眼点を伝える役割がある。

 第一のパターンには,事例の病名や障害から書き始めるという特徴がある。例えば,p. 88の事例報告は「今回,脳梗塞による軽度右片麻痺を呈した事例を担当した」,p. 90の事例報告は「脳梗塞により右上肢に重度運動障害を呈した症例を急性期において担当した」から始まっている。このパターンは本書で紹介されている事例報告の多くを占め,作業療法士が事例報告する相手の主な関心が,クライエントの医学的問題や障害像にある場合に,相手の関心を引き寄せる役割を果たすと期待できることから,そうした関心を持つ相手にもクライエントと作業療法士の作業に焦点を当てた協働過程の意味を伝えやすくするだろう。

 第二のパターンには,事例の作業から書き始めるという特徴がある。例えば,p. 122の事例報告は「今回,したいと思える作業を失い,自身の人生は楽しみを感じられないものだと考えている40代の女性A氏の作業療法を担当した」,p. 132の事例報告は「今回,ケアハウスから介護老人保健施設に転所となり,生活環境の変化から受けるストレスや日課の作業が行えなくなったことなどから生活に変調をきたした事例を担当した」から始まっている。このパターンは,作業療法士が事例報告する相手の主な関心が,クライエントの作業や作業機能障害にある場合,相手の関心を刺激する役割を果たすと期待できるため,そうした関心を持つ相手とともに,クライエントに対する作業に焦点を当てた実践の意味を深く検討する呼び水になることだろう。

 以上のように,読者は本書で示された事例報告の型の差異を理解し,目的に応じて使い分けるようにすると,本書のより良い活用につながっていくと考えられる。ぜひ多くの作業療法士,作業療法学生に読んでほしいと願う。

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