糖尿病医療学入門
こころと行動のガイドブック

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治らない病気と言われてきた糖尿病も、糖尿病学の着実な進歩により、良好なコントロールが得られるようになった。しかし一方で、病気であることを受け入れられず、適切な治療を拒否・中断してしまう患者が多いのも現状である。糖尿病の患者心理の第一人者である著者が、この問題を解決するために臨床現場に行動科学などを採り入れ実践。本書は、糖尿病患者と医療を繋げることに成功した著者の集大成。
石井 均
発行 2011年05月判型:B5頁:268
ISBN 978-4-260-01332-1
定価 4,950円 (本体4,500円+税)

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はじめに

 おかげさまで,おおよそ20年をかけた本が出来上がった.
 それ以前,日々の糖尿病臨床の中で,他者の気持ちを“動かす”ことの難しさが私の中に蓄積していき,患者の認識,糖尿病への治療意欲を高めていくために医師として何ができるのかを考え続けていた.
 そのアプローチ法の糸口をみつけたくて1993年,ジョスリン糖尿病センターメンタルヘルスユニットに留学した.そこには糖尿病を持つ人のこころの問題や,それに対する医療者の考え方と対応について,学ぶべきことがたくさんあった.何よりもそこでは知識が実際の臨床に生かされていた.
 私はそこで多くの“種”を集めることができた.“種”の種類もさまざまであった.精神分析,認知行動療法,変化ステージ,動機づけインタビュー,チーム医療,グループ治療,QOL,PAID….
 それらの種のうちどれが日本で発芽するのか,生育するのか,まして実や花をつけられるのか全くわからなかった.そもそもこの領域が存在できるのかどうかですら確かではなかった.しかし,私にとってはそれらが糖尿病診療の大きな力になるという確信があった.
 幸いなことに,帰国後この分野を評価していただける医療者の方々にお会いすることができた.糖尿病臨床に悩んでおられる方ほど評価の度合いが大きかった.それが励みとなって診療の中でそれらの“種”を植え,育てていくことに邁進できた.もちろんその時代時代のスタッフの理解と協力が大きな力となった.スタッフ自身の態度の変化もすばらしかった.
 一方で批評や批判もいただいた.それらのご意見によって,どの種をどのように育てるかについての私の態度が涵養されていった.おかげでものごとをより慎重に考えられるようになった.
 その後の多くの出会いと,この領域の広がりについては当初の私の想像をはるかに超えるものであったとだけ述べておく.お一人お一人の名前をあげることはできないが,今それらの方々を思い浮かべながら心から感謝している.
 特筆しておかねばならないことは,この種の育て方を鍛え,伸ばす方向に重大な示唆を与えてくださったのは,なんといっても糖尿病を持つ方々およびその家族だということである.困難に感じた出会いほど学ぶことが多かった.その思いが,本書タイトルである“糖尿病医療学”という領域を創りたいという気持ちにつながった.
 20年の一番大きい変化は,他者の気持ちは“動かす”ものではなく,身体とこころの診療を通じて,それが“動き出す”のを見守り続け,付き合い続けることであると信じられるようになったことではないかと思う.
 最後に,本書の刊行について早い時期から支援し続けていただいた医学書院の歴代編集者の皆様に感謝する.そして私事ではあるが長い年月にわたり私と私の仕事を見守り続けてくれている家族に感謝したい.
 この本が新しい学問領域の未来を創り出す礎となることを願って.

 2011年3月
 石井 均

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第1章 プロローグ
 糖尿病医療学よ,興れ!

第2章 基礎編
Part 1 血糖コントロールとは
 1.効果の証明とその指標
 2.血糖コントロールは時間経過とともに変動する
 3.血糖コントロールに影響する要因-医学的要因と行動学的要因
Part 2 患者がどう考えているかが糖尿病治療行動を決める
 4.糖尿病療養行動(自己管理行動)に影響する心理社会的要因
 5.医師(医療者)-患者関係と糖尿病治療アウトカム
 6.「家族のあり方と関わり方」が糖尿病療養に与える影響
 7.〈行動の心理的要因〉健康信念モデル
 8.〈行動の心理的要因〉自己効力感(セルフエフィカシー)とローカス・オブ・コントロール
 9.〈行動の心理的要因〉感情に焦点を当てる
 10.〈行動の心理的要因〉ストレスとその評価,そして対応
 11.糖尿病薬物治療とQOL-特にインスリン療法

第3章 実践編
Part 1 糖尿病療養行動を促進する
 1.「多理論統合モデル(変化ステージモデル)」の本質と方法論
 2.〈多理論統合モデルを応用する〉前熟考期
 3.〈多理論統合モデルを応用する〉熟考期
 4.〈多理論統合モデルを応用する〉準備期
 5.〈多理論統合モデルを応用する〉行動期
 6.〈多理論統合モデルを応用する〉維持期と再発
 7.再発を予防するために
 8.再発に至る過程を詳細に分析する-高危険度状況
 9.再発予防プログラム
Part 2 糖尿病療養行動を援助する
 10.動機づけ面接法
 11.医療者のための新しい健康行動援助法
 12.糖尿病診療におけるエンパワーメント
 13.エンパワーメントの実践(1)-行動変化への5つのステップ
 14.エンパワーメントの実践(2)-振り返りのためのツール

第4章 糖尿病者のこころを支える
 糖尿病医療学を興そう

第5章 エピローグ
 治療同盟-ともによく生きる道を

おわりに
索引

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歩む道の先に光があることを感じさせてくれる良書
書評者: 田嶼 尚子 (慈恵医大名誉教授/糖尿病・代謝・内分泌内科学)
 糖尿病診療においては,患者の考え方や生活背景など,個人個人が置かれた状況を尊重することや,医療者と患者の双方向における意思の疎通が欠かせない。しかし,このような側面はサイエンスとしては取り扱いづらく,近代医学ではともすると後回しにされてきた。この点についても知りたいと思っている諸兄姉にとって,このたび上梓された『糖尿病医療学入門――こころと行動のガイドブック』はまたとない良書である。

 糖尿病と心理に関する第一人者である石井均先生が,長い間にわたって,感じ,考え,そして実践してこられた経験のすべてが盛り込まれているからである。加えて,人と人との信頼関係や心の問題を取り込んだ新たな糖尿病医療体系を「糖尿病医療学」と名付け,これを興したいという著者の強い信念が流れている。

 とはいえ,糖尿病の診療において大切な基礎知識を持たずに,医療学を論ずるわけにはいかない。そこで基礎編のPart 1では,血糖コントロールについて患者が知っているべきことが簡潔にまとめられている。この章を読むと,医学的な要因のみならず,行動学的な要因が血糖コントロールに影響することがわかる。例えば,SMBGをすることができると確信し,それを実践して,血糖コントロールが改善すればSMBGを継続するという行動につながる,などがその一例である。

 Part 2では,糖尿病の治療に対する行動を決定する上で重要なのは,患者自身の管理行動であり,患者がどう考えているかが重大な要因であることが説明されている。ここのキーワーズは,エンパワーメント,セルフエフィカシー,ストレス,QOLなどの外来語であるが,著者はその一つ一つについて,医師,看護師,患者の三者間に誤解が生じることがないように,丁寧に解説している。

 第3章の実践編は,著者の“本領発揮”といえよう。糖尿病療養行動の促進,援助をいかに行っていくのかが,かゆいところに手が届くように記されている。このようなことが大切だったのだと,今更ながら思い知らされること満載である。第4章は,“糖尿病者のこころを支える”と題し,医療学を興そうと考えるに至った筆者の心の経緯が示されている。その文章の一つ一つの言葉に,著者の心の叫びが込められており,心を打たれる。

 本書の対象は,糖尿病患者にとどまらない。根底に流れている石井哲学はもっと普遍的だからである。誰しも,「理不尽だと感じる状況」から抜け出したいのに,具体的な方法がわからないという状況に置かれたことがあるだろう。そのような場合に本書をひもとけば,解決のヒントが見つかるかもしれない。また,歩む道の先に光があることを感じさせてくれるだろう。糖尿病を持つ人が勇気付けられ,彼らを取り巻く人たちを温かな気持ちにさせてくれる本書が,多くの方々にとって座右の書となることを願ってやまない。
従来の科学を超えた新しい学問体系「糖尿病医療学」
書評者: 門脇 孝 (東大大学院教授・糖尿病・代謝内科学/東大病院院長)
 糖尿病の治療は,異なる作用機序を有する多くの新薬が開発され,治療のエビデンスも集積されてきたにもかかわらず,依然として患者の主体的参加がその成否をにぎっている。そこで糖尿病の治療では,患者が病気と向き合い,闘う意欲と能力を持っている,という考え方に立脚して,それを引き出すための患者支援の技法,すなわちエンパワーメントが重要となってくる。著者の石井均氏は,このエンパワーメントを糖尿病治療における標準的治療法に具体化する努力を営々として続けられてきた。それが,心理分析,認知行動療法,変化ステージモデル,等々である。石井氏は,これらのモデルや技法を駆使しながら,本書では,その上位の学問体系として,「糖尿病医療学」という概念に行き着いたことを述べている。

 糖尿病の科学の進歩は著しい。しかし糖尿病治療は従来の科学では扱いきれない部分をたくさん持っている。それを,石井氏は,科学を超える「糖尿病医療」というパラダイムとして提案している。そこでは,医療者からの情報提供と患者の自発的選択に支えられた医療者-患者関係,相互参加が必要不可欠であり,石井氏はそれを「治療同盟」と呼んでいる。そして「治療同盟」では,医療者-患者関係における強固な人間的な信頼的関係を築くことが,治療をうまく進める鍵となる。私なりに解釈すれば,糖尿病学・糖尿病研究は,糖尿病の科学,真理を追究するサイエンスを担保するものであり,「治療同盟」はいかによく生きるか,自己実現を追究するヒューマニズムを担保するものである。そして前者の科学知と後者の人間知の相互作用こそ,本書で石井氏が提唱する「糖尿病医療学」の本質ではないか,と考えた。

 本書は,糖尿病患者と医療を結び付けることに成功した著者の集大成である。本書で提唱された「糖尿病医療学」という概念により,糖尿病治療が従来の科学(自然科学)を超えた新しい学問体系として整理され,充実し,より良い糖尿病の治療同盟につながることを期待したい。

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