病理から見た神経心理学

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認知症をはじめとする疾患について、その臨床診断と病理診断を比較検討し、結果をまとめたもの。両者の間には時に違いがあり、それを浮き彫りにしながら神経疾患における臨床診断の難しさや病理学的な検索の重要性を説くとともに、臨床診断のスキル向上のポイントなども紹介する。臨床診断の解説後、“種明かし”をするように病理診断を紹介する構成はさながら「推理小説」。初心者でも楽しみながら読み進められる1冊。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
石原 健司 / 塩田 純一
シリーズ編集 山鳥 重 / 河村 満 / 池田 学
発行 2011年05月判型:A5頁:248
ISBN 978-4-260-01324-6
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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  • 序文
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 本書は高次脳機能障害がみられた症例について,病理学的に検討した結果,どのようなことがわかったかについてまとめたものです。収録した症例の多くは認知症を主体とする神経変性疾患であり,臨床診断の難しさを実感されることと思います。また変性疾患以外にも,神経心理学の立場から問題点がある症例についても収録しました。
 現在のように画像検査の手法が発展すると,精度の高い臨床診断を下すことができるようになり,病理学的な検索を行う機会は減少しているようです。しかし神経学の歴史を紐解けば,つい数十年前に至るまで,神経疾患の診断は病理学的検索に委ねられていたことがわかります。「アルツハイマー病」に名を残すアルツハイマーは,興味深い症状がみられた認知症症例について,年余をかけて神経学的所見を追跡し,病理所見から新たな知見を見出しました。「ブローカ失語」に名を残すブローカは,失語症症例の病変を剖検脳で確認し,症候と病巣の関係について明らかにしました。神経学の領域で最終的な診断方法が病理学的な検索に委ねられていることは,現在でも変わりません。
 本書で取り上げた症例の多くは,以前より筆者らが参加している汐田神経心理カンファレンスで神経心理学的な問題点について討議し,昭和大学神経内科のCPCで臨床と病理の対応について検討したものです。神経心理学,臨床神経学の立場よりご教示を賜った昭和大学神経内科・河村満先生,神経病理学の立場よりご教示を賜った自治医科大学神経内科・中野今治先生のお二方には,改めて感謝申し上げます。また,各症例の掲載にあたっては,多くの先生方からのご教示,ご協力を賜りました。ここにお名前を挙げさせて頂きます。
 東北大学大学院・北本哲之先生,愛知医科大学加齢医科学研究所・橋詰良夫先生,同・吉田眞理先生,東京都医学総合研究所・新井信隆先生,九州大学大学院神経病理・佐々木健介先生,昭和大学神経内科・(故)杉田幸二郎先生,昭和大学横浜市北部病院内科・福井俊哉先生,慶應義塾大学精神神経科・三村將先生,川崎協同病院神経内科・荒木重夫先生,同リハビリテーション科・井堀奈美先生,汐田総合病院神経内科・鈴木義夫先生,同・南雲清美先生,同・宮澤由美先生,同・古谷力也先生,城南ホームケアクリニック・長谷川幸祐先生,ほか昭和大学神経内科スタッフの先生方。
 最後に,本書の企画から刊行まで,遅々として進まない執筆作業を激励頂いた医学書院編集部・樋口覚さん,編集作業に携わって頂いた松本哲さん,表紙と装丁を担当頂いた木村政司さんに,この場を借りてお礼申し上げます。
 本書の校正作業が終了しようかという3月11日に,東北関東大震災が発生しました。被災された方々に謹んでお見舞い申し上げますとともに,一日も早く復興されますことを心よりお祈り申し上げます。

 2011年4月
 石原健司

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序論 「病理学的検索」とは?
 1.病理学的検索の実際
  ブレインカッティング(brain cutting)
  代表的な組織作製部位
  組織標本の観察
  CPCと病理学的診断
  神経心理学と神経病理学
 2.神経病理学の論文を紐解く際の基本的な知識
  染色方法の用語
  解剖の用語
  病理所見の用語

総論 認知症性疾患の臨床神経病理学
 1.古典的ピック病あるいは前頭側頭葉変性症の臨床病理
  A.はじめに:2つのFTD
  B.臨床病理学的検討の変遷
  C.多数例を対象とした臨床病理学的検討
   1.ホッジスHodgesらの検討
   2.カーテスKerteszらの検討
   3.ジョセフスJosephsらの報告
   4.ジョセフスJosephsらの報告,カーンズCairnsらの報告:新しい疾患概念
   5.TDP-43の発見を踏まえたFTDの病理診断基準
   6.スノードンSnowdenらの報告
  D.その後に追加された知見(FTLD-FUS)
  E.現時点でのFTLDの区分と命名法について
 2.アルツハイマー病の臨床病理学的検討
  A.後部皮質萎縮症(PCA):Bensonらの報告
   1.Rennerらの報告
   2.Tang-Waiらの報告
  B.前頭葉型アルツハイマー病
   1.Johnsonらの報告
   2.Grossmanらの報告
  C.非特異的な臨床病理所見を呈するアルツハイマー病

各論 神経心理学的CPC
 【症例1】 進行性の失行がみられた70歳男性例
 【症例2】 パーキンソン症状で発症し,多彩な巣症状がみられた79歳女性例
  レヴィ小体型認知症の診断基準
  自己身体定位失行
 【症例3】 臨床的に単純ヘルペス脳炎と診断された63歳男性例
 【症例4】 臨床的にピック病と診断された54歳男性例
 【症例5】 急性に認知機能障害をきたした48歳男性例
 【症例6】 特徴的なMRI所見がみられた進行性認知症の77歳女性例
 【症例7】 前部弁蓋部症候群で発症した59歳女性例
  進行性前部弁蓋部症候群
  進行性失構音
  好塩基性封入体
 【症例8】 認知症症状とともに幻視が目立った75歳女性例
 【症例9】 非典型的な画像所見がみられた50歳男性例
 【症例10】 当初は脊髄小脳変性症と診断され,左右差のある上肢のジストニー肢位がみられた72歳男性例
  皮質下性認知症
  PSPの臨床病理学的検討について
  PSPと小脳症状
 【症例11】 前頭側頭葉の進行性萎縮がみられた67歳男性例
 【症例12】 人工硬膜使用歴のある67歳男性例
 【症例13】 前方型・後方型の区別が困難な認知症症状がみられた54歳女性例
 【症例14】 発症早期に書字障害がみられた運動ニューロン疾患の75歳女性例
 【症例15】 1年で認知機能が急速に悪化した筋萎縮性側索硬化症の78歳女性例
 【症例16】 進行性失語の臨床像を示した72歳男性例
  CBDの診断
  病理学的にCBDと診断された症例の臨床経過
  CBDの臨床症状

 少し長いあとがきに代えて
  臨床診断と病理診断
  神経病理とのかかわり
  認知症関連疾患の診断
  大脳の症候学
  神経画像など
  神経病理の進歩
  今後の展望

 索引

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神経心理学に興味を持つ多くの人々に
書評者: 岩田 誠 (東京女子医大名誉教授・神経内科学/メディカルクリニック柿の木坂院長)
 書評はなぜ存在するのか。答えは明快である。それは,その書評を読んだ人の,その本に対する購入行動の選択に役立てるためである。したがって,書評では結論が重要である。その本を購入すべきか,購入する必要がないか,それをまずはっきりさせることがなければ,書評の存在意義はない。したがって,書評を依頼された評者は,購入すべきという結論に達しうる本の書評だけを引き受けることになるのが普通である。なぜなら,書評を頼まれながら,その本は買うに値せず,という書評を書くというようなことは,まず仁義にもとるという点からも,あり得べからざることなのである。すなわち,私が本書の書評を書くことを引き受けたということは,この本が,一人でも多くの方によって購入され,読まれ,そしてさまざまな議論を巻き起こす源になってほしいと思うからである。

 近代医学を支えてきた基盤は科学的な思考であり,その中心にあるのは,論理性,客観性,普遍性という三原則である。この三原則が十分に満たされていないものは,偽科学として退けられ,これらを満たすもののみが,科学的真理として受け入れられる。そして,医学の分野においては,18世紀以来,この三原則を保障する原理の基となってきたのが,病理解剖学であった。欧米の病理解剖室には“hic locus est ubi mors gaudet vitae succrrere”という言葉が掲げられているが,その意は“ここは,死者が生者を教える場である”であり,病理解剖学で得られた最終的な所見なしには,生前のいかなる解釈も無意味であるということを教え諭すものである。本書は,病理解剖室でのこの教えを,大脳皮質の変性性疾患において実践したという意味で,極めて貴重なドキュメントであるだけでなく,そのような方法論をいかにして個々の症例に適応していくかを考えるうえでも,大きな意義を持つ書物である。

 これまでの神経心理学研究において研究対象とされてきたのは,脳血管障害,脳外傷,脳炎,脳腫瘍など,脳の一定の部位がすべて破壊されつくしてしまうような病変であった。神経心理学の基礎概念である大脳皮質の機能局在の原則は,これらの局所破壊性病変によって築かれてきたものである。これに対し,本書において研究対象とされたものは,すべて変性性大脳皮質病変を生じる疾患であり,一定の部位の脳組織がごっそりなくなってしまうというような,局所破壊性病変とは全く異なった病態である。そこには,同じ領域に存在しているとはいえ,異なった種類の神経細胞が,あるものは侵され,あるものは侵されずに残る,という選択的変性過程が表現されているはずである。

 本書に記載されているような変性疾患の臨床・病理対応研究において,筆者のようなものが期待するのは,局所破壊性病変によって築かれてきた神経心理学の常識的な考え方に対し,変性性デメンチアの原因疾患の病理学的検査が,機能局在の原則に対してどのような影響を与えたか,ということである。その意味では,本書における臨床症状と病理所見との対比研究には,評者としてはいまだ満たされない大きな疑問が残っている。そのような,いまだ論じられていない数多くの重要なことを示してくれた本書は,神経心理学に興味を持つ多くの人々に,ぜひ読んでいただきたい書物であると思うのである。

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