医療経営学 第2版
病院倒産時代を生き抜く知恵と戦略

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医療経営者・医療従事者にとって有用な知識のエッセンスのみを抽出、わかりやすく解説し好評を博した本書の改訂版。実務に即した5つの構成要素(基本戦略、財務・会計、運営、マーケティング、組織・人事)ごとに解説。変化のスピードが著しい病院経営をめぐる環境に対応すべく、DPC、医療安全管理、医師の偏在と不足など、最新の状況をふまえ、実践的な内容をさらに充実させた。
今村 知明 / 康永 秀生 / 井出 博生
発行 2011年02月判型:A5頁:272
ISBN 978-4-260-01200-3
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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第2版 序

 21世紀を迎えて以降,わが国の医療にかかわる状況は目まぐるしく変化しつづけている。DPC(diagnosis procedure combination)の導入,新臨床研修制度の導入,国公立大学病院・国公立病院の法人化など,病院経営の根幹にかかわるシステム改革が相次いでいる。一方,過去30年以上にわたる医療費抑制政策を最大の原因として,急性期医療現場の疲弊はすでに臨界点を超えている。医師の地域偏在・診療科偏在が顕在化し,医療サービスの需要と供給のミスマッチもすでに限界閾値を超えている。2000年以降の医療事故報道の急増も相俟って,医療と社会のコンフリクトは先鋭化している。政治の場では,医療システムに市場原理を導入しようとする動きがみられ,「混合診療導入」や「株式会社による病院経営」といった議論がなされたが,成果はほとんど生み出されなかった。
 2006年に本書の初版を上梓してから早4年以上が過ぎた。筆者らは初版の序文において,「医療経営とは何か」という問いに対して,「営利を目的としないという前提を堅持することと,十分な設備投資によって医療の質と安全を維持・向上させられるだけの財政的基盤を確立すること,これら2つの背反するテーゼを,同時に実現すること」と記した。今,筆者らはわが国の医療がおかれている状況を鑑み,「医療経営とは何か」という問いかけに対し,再び明確な回答を提示しなければならない。
 医師は,商売人ではない。『赤ひげ診療譚』の時代からこの方,日本の医療は少なからず慈善的であり,医師は半ば公的な奉仕の主体でありつづけている。医療の非営利性という概念は,医療というサービス市場に一定のモラルを植え付けてきた。多くの医師は,金儲けのために医業を営んでいるわけではない。目の前にいる患者の病を癒し,心を癒すことに余念がない。また,それで十分だ。
 我々は,何のために医療をやっているのか。人々の健康をサポートする,それこそが医の原点ではないか。今こそ「医療経営」は,医の原点に立ち返るべきである。医療従事者は,すべての人々の健康を支え,病の苦しみを緩和し,社会復帰をサポートするために努力する。医療は,人々が豊かな社会生活を営み,優れた文化を展開し,人間的に魅力のある社会を目指すために不可欠な社会的装置である。
 「医療経営」には,ミクロとマクロが存在する。ミクロの医療経営とは,各医療機関の経営である。個々の医療機関の経営が最適化されれば,マクロの医療経営,すなわち医療システム全体の経営も健全化されうる。競合する相手との生存競争に打ち勝って己だけが生き残ることを目指すべきではない。これからの医療経営のキーワードは,機能分化と地域連携である。地域住民の健康をサポートするために,大小病院と診療所も交えた地域の医療機関群が,互いに手を取り合い役割分担し,有限の医療資源を最適活用する。それが実現されれば,医療システム全体の経営も安定する。ミクロレベルの取り組みの集積が,マクロのシステムを頑健にする。
 もう一つのキーワードは,患者・市民とのコミュニケーションである。とりわけリスク・コミュニケーションが重要である。患者・市民の医療に対する期待は大きい。しかし医療は不確実であり,危険である。医療と社会のコンフリクトを回避するには,ミクロの医療機関レベルでのコミュニケーションが重要である。ミクロの取り組みの集積が,やがては医療と社会の信頼関係の回復をもたらしうる。
 本書の構成は,以下のとおりである。第I部「現代の医療経済・政策と医療経営」を新設し,医療従事者・医療経営者に役立つ医療経済学・医療政策学のエッセンスを精選し解説した。第II部「病院管理」は内容を更新し,医療従事者・医療経営者に有用な経営学理論のエッセンスを紹介した。第III部「医療安全管理と医療経営」も内容を更新し,「リスク・マネジメントとリスク・コミュニケーション」の章を新設した。第IV部「日本の医療の論点」は内容を一新し,多くの新しいトピックについて最新研究のデータを交えて解説した。
 本書は,わが国の医療従事者・医療経営者に対して,医療システムに関する現状分析とあるべき将来像を指し示している。また本書では,ミクロの医療機関経営のみならず,医療システム経営の理想形をも追求した。「医療経営とは何か」という問いに対する答えが,本書の随所にちりばめられている。読者諸兄には,改めて本書の試みをご高批いただければ幸いである。
 最後に,本書の編集にご尽力をいただいた医学書院・医学書籍編集部の大橋尚彦氏に心から御礼申し上げる次第である。

 2010年12月
 今村知明
 康永秀生
 井出博生

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I 現代の医療経済・政策と医療経営
 1 医療経営に役立つ医療経済学のエッセンス
  1 医療経済学とは
  2 医療サービス市場の特性
  3 医療における規制
  4 「社会的共通資本」としての医療
 2 わが国の医療システム
  1 わが国の医療システムと国民医療費
  2 諸外国の医療システムとの比較
 3 DPC時代の病院経営
  1 DPCの意義と病院管理への応用
  2 DPCに基づく包括支払制度

II 病院管理
 1 病院経営の基本戦略
  1 病院経営における“戦略”のエッセンス
  2 病院経営戦略と戦術の具体的展開
  3 7:1看護導入で考える,診療報酬改定による損益への影響
 2 病院の財務・会計
  1 共通言語としての財務・会計
  2 財務・会計の重要ポイント
 3 病院運営
  1 病院におけるオペレーションとは
  2 病院運営上の個別要素と課題
 4 マーケティング
  1 医療におけるマーケティングと患者の意識
  2 医療におけるマーケティングの推進
 5 組織・人事
  1 組織と人的資源の基礎
  2 病院組織をどう運営するか
  3 看護師が病院を選ぶ理由,去る理由

III 医療安全管理と医療経営
 1 リスク・マネジメントとリスク・コミュニケーション
  1 医療安全管理
  2 医療リスク・コミュニケーション
 2 医療事故訴訟対策
  1 裁判についての基礎知識と医療裁判の概要
  2 医療事故にかかる経費

IV 日本の医療の論点
 1 医療と社会のコンフリクト
  1 医師-患者関係
  2 社会とのコンフリクト
 2 医師不足と医師のキャリアパス
  1 医師の偏在と不足
  2 医師補助職
  3 医師の処遇
  4 医局と医師
 3 手術件数と手術成績の関連
 4 医療の規制緩和
  1 医療機器の内外価格差
  2 混合診療
  3 株式会社による病院経営

索引

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健全な野心が生んだ経営学の書
書評者: 信友 浩一 (福岡市医師会成人病センター病院長)
 わが国に医療経営学を持ち込み,研修を始めたのはGHQであり,日本人自らが時代の要請から医療経営学を学び教育・研修を始めたのではない。それは昭和24年(厚生省病院管理研修所発足)のことであった。

 その点でわが国の病院経営管理は米国の病院管理の導入から始まったといえるが,わが国特有の医療風土を踏まえた病院管理の展開は石原信吾先生(研修所はその後国立医療・病院管理研究所に,退職時には同研究所経営管理部長)に負うところ大であり,その実績は『石原信吾論文選集;夢なきところ,民は亡ぶ』(1990年)に詳しい。

 そして半世紀である。若い日本人が誰から頼まれたわけでもなく,日本の医療風土を直視した上で学術的な裏付けをもった医療経営の理論体系化に挑戦したのである。従来の医療提供体制・保険制度を大前提にした収支改善対策の指南書(ミクロ経営)としてのテキストではなく,マクロ経営の基本方針とその変革をも前提にした全体最適の医療経営を図る経営書となっている。理想形を追求するという健全な野心がはぐくんだ,健全で健康な経営学の書といえる。

 このような経営学の書であるからであろう。本書は5年後の今年,第2版が出版された。健全で健康な,という形容詞を冠した医学書の紹介があったかどうか承知しない。だが,健全な野心が生んだ経営学の書として,多数の医療経営学テキストが出版される中で本書に注目していた。第2版の新機軸は,医の原点に立ち返り,豊かさを実感できる社会装置としての医療経営をあらためて体系化する,ということであった。その中から抽出できた二大方針は,(1)競合する相手との生存競争に打ち勝って己だけが生き残ることをめざすべきではないことと,(2)医療に必然のリスクを医療提供者と患者・市民とで共有すること,と明記された。これが健全な野心と私がいうゆえんである。ところが,誰が本書の副題として「病院倒産時代を生き抜く知恵と戦略」としたのだろうか!? まるで施設完結型医療の時代の方針を表してはいないだろうか。著者らの方針が地域完結型医療であるにもかかわらず,である。

 もう一つの本書の魅力は,新たな論点を設定し独自に解説を加えている第四部「日本の医療の論点」である。第一章「医療と社会のコンフリクト」では医師と患者のコミュニケーション・ギャップやメディアによる医療関連報道と不確実性に対する無理解などを取り上げている。ただ,対話に至る新たな挑戦までは言及されていない。第二章では「医師不足と医師のキャリア・パス」が取り上げられており,当然のように(1)医師の偏在と不足,(2)医師補助職,(3)医師の処遇,(4)医局と医師,に問題を設定し,論点を網羅できている。第三章「手術件数と手術成績の関連」では系統的な文献レビューが不足し物足りない論議になっているのが惜しまれる。情報公開により患者の受療行動や病院経営にどのような影響が見られたか,などが知りたいところである。最後の第四章は「医療の規制緩和」,医療機器の内外価格差,混合診療,株式会社による病院経営が取り上げられている。医療経営のステーク・ホルダー別に各論点をどのようにみているかの対照表があれば,対話のある医療界へと踏み出せる第一歩になるのではないかと期待しながら読了したところである。

 最後になるが,本書は寝転んで読める経営学の書である。著者たちは想定していないだろうが。

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