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介助にいかすバイオメカニクス

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重心、床反力、床反力作用点、関節モーメント、エネルギーなど、バイオメカニクスの基本事項をまず学び、立位/歩き始め、立ち上がり/座り、歩行、階段昇降動作、持ち上げ/移乗動作、車いすについて、正常と異常の違い、福祉用具を使用した際の変化を知る。その上で、臨床的に遭遇する介助の注意点についてポイントを絞って解説。本書で触れているバイオメカニクスの原則を理解すれば、あなたの介助は驚くほどうまくいく。
勝平 純司 / 山本 澄子 / 江原 義弘 / 櫻井 愛子 / 関川 伸哉
発行 2011年05月判型:B5頁:216
ISBN 978-4-260-01223-2
定価 4,290円 (本体3,900円+税)

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推薦の序(丸山 仁司)/(勝平 純司)

推薦の序
 動作を理解するには基本が大切である.疾患者の動作を理解するヒントは健常者の動作に隠されている.健常者の動作を理解することができれば,それが動作を測る「ものさし」となり,疾患者の動作を分析する際の大きな助けとなる.動作の基本を客観的に理解するための方法の1つとして,バイオメカニクスによる分析方法がある.バイオメカニクスによる動作分析の強みは,実際に計測機器を用いて計測したデータにより蓄積された知識に基づいて動作を分析することができる点にある.例えば,ドイツ人理学療法士であるKirsten Gotz - Neumann氏が執筆した「観察による歩行分析」は,バイオメカニクスの観点に基づいた歩行分析の方法を示したすばらしい書籍である.
 一方で,歩行以外の日常生活動作をバイオメカニクスによって分析し,体系化した書籍は少ない.本書の筆者である勝平純司氏は理学療法士ではないが,バイオメカニクスの研究者として我が理学療法学科に属し,これまでに数多くの卒業研究生と大学院生の研究指導を担ってきた.彼がこれまでに担当した研究テーマは,立位,歩き始め,立ち上がり,階段昇降,移乗介助動作など多岐にわたり,歩行以外のバイオメカニクス的な動作の分析にも精通している.彼がこれまでに蓄積してきた基本動作のバイオメカニクスの知識をまとめた本書は,日常生活動作の分析をする際に最良の「ものさし」となるはずである.また本学の附属三田病院で勤務する櫻井愛子氏は,臨床経験とバイオメカニクスの知識にあふれる理学療法士である.櫻井氏が担当したバイオメカニクスの知識に基づいた介助方法の解説は,基本動作の理解という「ものさし」を臨床応用するための大きな助けとなるだろう.
 また,本書の筆者には,これまで我が国のバイオメカニクスの教育をリードしてきた,山本澄子先生と江原義弘先生が名を連ねている.両氏のこれまでの経験と知識は,若い二人が中心となって執筆した本書のクオリティを高めるのに大きく寄与している.関川伸哉氏がバイオメカニクスの視点からまとめた車いすの章も大変ユニークで興味深い.
 本書はバイオメカニクスの研究者,エンジニア,理学療法士,義肢装具士という多職種の筆者によって執筆されている.本書は理学療法士だけでなく,多くの動作分析に興味を持つ方々に歓迎されるものになると私は確信している.

 2011年5月
 国際医療福祉大学
  保健医療学部長
  理学療法学科長
 丸山 仁司



 “バイオメカニクスは難しい”というイメージを持たれる方も多いと思う.実際,バイオメカニクスのテキストの多くを理解するには,計算式の理解やグラフを読みとる力が必要になる.私自身,理学療法士でもエンジニアでもなく社会福祉学部卒の文系であるため,院生時代にバイオメカニクスのテキストを理解するのに相当の苦労を要した.本書では私がこれまでに苦労した経験を活かし,複雑な計算式やグラフなどは一切排除し,イラストのみを用いて人間の姿勢,重心,床反力ベクトルなどを視覚化し,理系の知識がなくてもバイオメカニクス的に動作の理解ができるように努めた.本書のイラストと解説は,これまでに筆者らが行った三次元動作分析装置を用いた研究や計測した結果を中心に,客観的に説明することが可能なもののみを採用している.また,本書では基本動作の解説だけに留まらず,基本動作のバイオメカニクス的理解がどのように実際の介助にいかせるのかということにも主眼を置き,介助動作の解説も行っている.すべて平易な表現で書くことを心がけたので,セラピストに限らず,多職種の方に手にとっていただけたらと思う.
 大学院に進学した後,バイオメカニクスの知識が皆無であった私は,本書の筆者である本学の山本澄子教授と東北福祉大学の関川伸哉准教授より基礎から指導を受けた.このときに受けた指導が,私のバイオメカニクスの研究者としての礎になっている.その後,新潟医療福祉大学の江原義弘教授に弟子入りをし,その知識が固まっていったように思う.本学附属三田病院に勤務する櫻井愛子理学療法士は,私がバイオメカニクスの学習,研究を行う上での10年来のパートナーである.バイオメカニクスを介助にどのように活かすかを解説する上で,櫻井氏の存在は欠くことができなかった.私のバイオメカニクスの研究歴の中でも大きな影響を受けた恩師の先生や仲間と本書を執筆できることを嬉しく思う.また私事ではあるが,私の処女作ともいえる本書の出版と同年に第一子の誕生を迎えられることもその喜びを倍増させている.
 私がバイオメカニクスの研究を始めてから12年が経過した.筆者の1人である江原義弘教授は,バイオメカニクスの知識が身体に染み込むほど身につくと,実際に活用できるようになると話をされることがある.12年という長い年月をかけて,最近私の身体にもそれなりにバイオメカニクスの知識が染み込んできたように思う.私の身体に染み込んだバイオメカニクスの知識を少しでも多くの方に提供したいと考えたのが,本書を執筆した動機である.親愛なる読者の皆さまが,私の渾身の一冊ともいえる本書から得たバイオメカニクスの知識を様々な動作の介助に活かしていただくことができれば幸いである.

 2011年5月
 著者を代表して
 国際医療福祉大学保健医療学部
 勝平 純司

 このたびの東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます.
 本書の著者印税の一部を東日本大震災の義捐金とさせていただきます.亡くなられた方のご冥福と被災地の一日も早き復興をお祈りしています.

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 序

I バイオメカニクスの基本事項
  1 重心の考え方
  2 身体重心の考え方
  3 重心の変位,速度,加速度
  4 加速度と力の関係
  5 床反力とは?
  6 床反力作用点とは?
  7 床反力鉛直方向成分(1)
  8 床反力鉛直方向成分(2)
  9 床反力前後,左右方向成分
  10 力のモーメント
  11 関節モーメント
  12 下肢関節モーメント(1)
  13 下肢関節モーメント(2)
  14 腰部モーメント
  15 エネルギー
  16 パワー
II 立位と歩き始め
 1 一般的な立位と歩き始め
  1.1 一般的な立位
  1.2 立位の支持基底面
  1.3 立位に必要な関節モーメント(1) 矢状面
  1.4 立位に必要な関節モーメント(2) 前額面
  1.5 立位姿勢が不良なときの関節モーメント
  1.6 歩行開始のバイオメカニクス(1) 矢状面
  1.7 歩行開始のバイオメカニクス(2) 前額面
 2 福祉用具を用いた立位と歩き始め
  2.1 杖を使用した立位
  2.2 歩行器や平行棒を使用した立位
  2.3 福祉用具を使用した歩行開始
 3 立位姿勢の評価と歩行開始の介助
  3.1 立位姿勢の評価
  3.2 高齢者の姿勢と評価
  3.3 立位におけるCOP移動量の評価
  3.4 パーキンソニズムの歩行開始の訓練
  3.5 片麻痺者の歩行開始の訓練
III 立ち上がり/座り
 1 一般的な立ち上がり/座り
  1.1  立ち上がり/座り動作と支持基底面の関係
  1.2  立ち上がりのバイオメカニクス
  1.3  座り動作のバイオメカニクス
  1.4  体幹を大きく前傾した立ち上がり/座り
  1.5  足を後方へ引いた立ち上がり/座り
  1.6  動作速度の速い立ち上がり/座り
  1.7  座面の高さが違う椅子からの立ち上がり/座り
  1.8  腿に手をついた立ち上がり/座り
  1.9  ずっこけ姿勢のまま立ち上がる
  1.10 床からの立ち上がり,浴槽内からの立ち上がり
 2 福祉用具を用いた立ち上がり/座り
  2.1 手すりの効果
  2.2 横手すり,肘掛を使った立ち上がり/座り
  2.3 昇降機能付き椅子
 3 立ち上がり/座りの介助
  3.1 体幹前傾が少ない者の立ち上がり動作の介助
  3.2 体幹が不安定で両下肢の筋力が不足している者の立ち上がり動作の介助(1)
  3.3 体幹が不安定で両下肢の筋力が不足している者の立ち上がり動作の介助(2)
  3.4 体幹が不安定で両下肢の筋力が不足している者の立ち上がり動作の介助(3)
  3.5 片麻痺者の立ち上がり動作の介助(1)
  3.6 片麻痺者の立ち上がり動作の介助(2)
  3.7 尻もちをつくように座ってしまう者の座り動作の介助
IV 歩行
 1 一般的な歩行
  1.1 歩行中の重心の動きと基底面
  1.2 歩行中の床反力
  1.3 速度が遅い歩行
  1.4 歩行中のロッカー機能
  1.5 歩行中の関節モーメント(1) 足関節
  1.6 歩行中の関節モーメント(2) 膝関節
  1.7 歩行中の関節モーメント(3) 股関節
  1.8 前額面内の筋の働き
  1.9 歩行時の衝撃吸収
 2 福祉用具を用いた歩行
  2.1 スロープ歩行
  2.2 平行棒・手すりを使用した歩行
  2.3 杖を使用した歩行の矢状面と前額面の動き
  2.4 杖使用時の上肢の負担
  2.5 歩行器・シルバーカーを使用した歩行
 3 歩行の介助と訓練
  3.1 安全で安定した歩行
  3.2 歩行の評価と介助
  3.3 歩行立脚初期から中期の訓練
  3.4 立脚中期から後期の訓練
  3.5 左右方向への訓練
V 階段昇降動作
 1 一般的な昇降動作
  1.1 昇降動作における重心移動
  1.2 階段の昇りと降りの違い(下肢の筋活動の収縮様式)
  1.3 階段の昇りと降りの違い(下肢にかかる負担)
  1.4 急な階段と緩やかな階段の昇降の違い(1) 昇り
  1.5 急な階段と緩やかな階段の昇降の違い(2) 降り
  1.6 階段二足一段と一足一段の違い
  1.7 降り動作で膝を曲げやすくする方法
 2 福祉用具を用いた昇降動作
  2.1 杖を使用した昇降動作
  2.2 手すりを使用した昇降動作
  2.3 手すりの使用による関節モーメントの軽減
  2.4 階段昇降機の役割
 3 昇降動作の介助
  3.1 階段昇りの介助
  3.2 階段降りの介助(1) 階段降り両脚支持期における補助,恐怖心の軽減
  3.3 階段降りの介助(2) 二足一段の降段動作における先に下ろした下肢の補助
  3.4 階段降りの介助(3) 二足一段の降段動作における後に下ろす下肢の補助
VI 持ち上げ・移乗動作
 1 一般的な持ち上げ動作
  1.1 物の持ち上げ動作と腰部負担(1)
  1.2 物の持ち上げ動作と腰部負担(2)
  1.3 重い荷物の持ち上げ動作
  1.4 姿勢の異なる持ち上げ動作
  1.5 持ち上げる速さの違いと腰部負担
 2 補助器具を使用した移乗介助動作と腰部負担
 3 持ち上げと移乗介助動作
  3.1 物の持ち上げ動作と移乗介助動作の違い
  3.2 イチ,ニノ,サンで移乗する
  3.3 様々な移乗介助動作
  3.4 臨床場面での移乗(1) 両下肢の支持性が低い場合
  3.5 臨床場面での移乗(2) 片側の支持性が低い場合
VII 車いす
 1 車いすと座位
  1.1 立位と座位の違い
  1.2 フットレストの役割(1)
  1.3 フットレストの役割(2)
  1.4 車いすクッションの役割
  1.5 リクライニングおよびティルティング機構
  1.6 片足こぎ車いす
  1.7 車いすと身体の合成重心
  1.8 ホイルベースと操作性
  1.9 後方転倒の危険因子
  1.10 車いすの介助
 2 車いすの調整
  2.1 フットレストの調整
  2.2 クッションの選定と調整
  2.3 多機能型車いすの使い方
  2.4 バックレストの調整

参考文献
索引

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エキスパートの英知を結集し生み出された,比類なき洗練された書籍
書評者: 石井 慎一郎 (神奈川県立保健福祉大准教授・リハビリテーション学)
 介助の方法論を力学的にそれらしく解説している書籍は,これまでにも多く出版されている。しかし,必ずしも力学が正しく理解されていなかったり,紹介されている介助動作が実際的でなかったりと,いま一つ納得のいく本がなかった。とかくバイオメカニクスの書籍は解説が難解であり,内容を理解するために専門的な知識が必要になる。一方,介助技術の書籍は,経験則だけで解説されていて,理論的な裏付けが乏しかったりするものだ。

 経験則を理論的に説明したり,ヒトの身体運動を力学的に説明したりするには,豊富な臨床経験とバイオメカニクスの知識が必要になる。この両者を兼ね備えた著者と言えば,国内をくまなく探しても,そう多くは居ないだろう。本書の著者に居並ぶ面々は,介護,バイオメカニズム,理学療法,義肢装具の各分野におけるエキスパート達だ。表紙を見ただけで,おのずと期待感が高まってくる。

 本書を読み進めていくうちに,「こりゃー期待以上の本だ!」と驚かされた。介助技術のHOW TOを,バイオメカニクスを使って説明している内容と思いきや,バイオメカニクスの基礎から応用までが系統立てて解説されており,身体運動のメカニズムや各種症例の異常動作の力学的解釈が的確に解説されているのだ。その上で,介助の方法を提示している。まぁーその道のエキスパートが集まって書いているのだから,当然と言えば,当然のことなのだが,その洗練された内容は類似書を凌駕する充実度合いであると言っても過言ではない。「すごい本が世に出たものだ……」とついつい溜息が出てしまう(実は,私もこんな本が書きたかったのだ……)。

 本書『介助にいかすバイオメカニクス』は,介助の技術論を記した書籍というよりも,バイオメカニクスの臨床応用を基礎から解説したバイブルと言っても良いだろう。バイオメカニクスを基礎から学び,それを臨床に応用したいと考えている専門職にはお薦めの書籍だ。

 「その道のエキスパートの英知が結集して生み出された比類なき洗練された書籍」

 それが私の本書に対する認識である。
書評 (雑誌『訪問看護と介護』より)
書評者: 諸橋 由美子 (東京都立荏原看護専門学校専任教員)
 走ればドタバタびりっけつ……跳ねれば着地に失敗し……投げたボールはどこへやら……と、運動オンチ・運動嫌いの私ですけれど、歩くことは大好きです。休みの日には、あちらの公園こちらの街かど、デジカメ片手にウォーキング……。通退勤時は、背筋伸ばして早足で遠くの駅まで歩きます。そんな私ですから、本書を手にしたとき、いの一番に「一般的な歩行」という頁を読みました。そこには、エネルギー消費・重心の動き・支持基底面など、まさに活動と運動を物語る言葉が並んでいました。

 ハッとしたのは「歩行中の重心の動きは、上下にも、左右にも2~3cmと非常に小さい」「重心の動きが小さいほうが効率は良い」という説明。私の歩き方は「ガシガシ」「ずんずん」という修飾語がピッタリ……と周囲から評価されています。きっと、私が歩いているとき、その重心は上下にも左右にも無駄に大きく動いているのでしょう。これからは、「すいすい」という音が聞こえるような滑らかな歩き方を心がけよう、と決心した次第です。

 本書のタイトルである“バイオメカニクス”は、生物学的構造における力とその効果に関する学問と定義され、“生物力学”“生体力学”と訳されることもあるようです。重心・力・速度などの数値を複雑な計算式に当てはめて算出し、その効果をスポーツ選手のトレーニングや身体活動に障がいのある患者さんのリハビリテーションに活用するなどして成果をあげています。

 「複雑な計算式」と聞くと怯んでしまいますよね…。しかし、本書には、複雑な計算式は見当たりません。難解な文言もありません。計算式が無い代わりに、「立ち上がり/座り」「歩行」「階段昇降」「移乗」など、すべてのページに、骨格や人体のイラストが描かれています。そして、それらのイラストにはすべて「重心を表す●」や「力の方向を示す→」や「基底面積の色塗り」が施されています。だから、座る・歩く・階段を昇る・降りるなど、日常生活動作時の重心・力のかかり方などが一目瞭然なのです。

 5名の著者は、日常生活や移乗時の動作分析、片麻痺者の動作分析などにおける第一人者です。きっと複雑な計算をサラリとこなしているのでしょう。そして、その分析結果をより良い介助方法に活かしたり、装具の開発に活用したりしている方々です。算数が苦手な私としては、複雑な計算式を削除して、介助動作をやさしい言葉で解説して下さった著者たちに、心からの敬意と感謝を述べたいところです。

 “バイオメカニクス”は、スポーツ選手の身体能力をいっそう向上させることに役立ちます。さらにすごいのは、身体機能を何らかの理由でうしなった患者さんの機能回復の一助になることです。

 患者さんや高齢者に関わる理学療法士、介護福祉士、義肢装具士、看護師、医師らが、本書によって「基本動作」を確認し、より良い「介助動作」を獲得したら、それは、介助する側・介助を受ける側の双方にとって、歓迎すべきステキなことだと思いませんか……。

(『訪問看護と介護』2011年9月号掲載)
リハビリテーションの基礎と臨床の間に橋をかける本
書評者: 谷 浩明 (国際医療福祉大教授・理学療法学)
 昔から基礎と臨床の間にはお互いが越えられないと思い込んでいる川がある。それは,研究者は臨床で蓄積されたものの科学的根拠に,臨床家は研究結果の実効性に,それぞれ疑問を投げかけるといったステレオタイプだが,その間にうまく橋をかけるのは意外と難しい。

 勝平純司氏は,こうした軸のちょうど真ん中あたりの座標に身を置くユニークな研究者である.氏はリハビリテーション分野における臨床の専門家ではないが,バイオメカニクスの世界にいながら,これまで多くの学生や臨床家と,医療・福祉にかかわるさまざまな動作の解析を行ってきている。その勝平氏が,山本澄子・江原義弘・櫻井愛子・関川伸哉の4先生と共同で執筆,上梓した本が,この『介助にいかすバイオメカニクス』である。

 バイオメカニクスは人間の運動メカニズムを解明するための一つの道具だが,物理学になじみの薄い人間にとっては敷居が高いという印象がある。この本では,そうした初学者の理解の助けとなるよう「バイオメカニクスの基本事項」という章を最初に設けて,重心,床反力,モーメントといった概念の説明を行っている。この基本事項を基に,さまざまな動作を読み解く試みが2章以降に展開されている。こうした構成は,自らが文系の出身でバイオメカニクスを理解するのに苦労した氏ならではの配慮だと思われる。

 具体的には,立位と歩き始め,立ち上がり/座り,歩行,階段昇降動作,持ち上げ・移乗動作,車いすといったものが取り上げられている。既に豊富な経験を持つ臨床家でも,自らの持つ介助技術の意味を改めて納得するような内容である。また,それだけでなく,経験の浅い介助者に対して,その方法を教える際の助けにもなるだろう。

 階段昇降動作におけるモーメントによる説明などは,現場の人間が今の技術をさらに進歩させるための材料が散りばめられているとも言える。歩行に関しても,一般的な歩行の読み解きに次いで,福祉用具やさまざまな道具を用いた歩行の特徴,最終的には患者の歩行練習の介助といった流れがある。

 ここには,バイオメカニクスをメカニズム解明の道具として用いながらも,そこで満足することなく,その道具を実践の場面にどこまで広げていけるか挑戦しようとする意図が感じとれる。このことが本書を,単なるバイオメカニクスの解説本以上のものにしている。まるでミステリーを読むようなこの面白さに強い説得力が伴うのは何故なのか。それは,勝平氏自身が測定してきた膨大なデータとその解釈の能力に基づいたものであるからだということは論を待たない。

 ジョゼ・モウリーニョを,現代サッカーにおける名監督の一人と数えることに異を唱える人はいないだろうが,彼はプロ選手としての経歴がない。基礎と臨床の川にいとも簡単に橋をかけるこの本は,臨床家としての経験を持たない勝平氏が,リハビリテーションのモウリーニョであることを知らしめるに十分なものだと言える。
人の動きを力学的に把握することにより,合理的な介助方法を考える
書評者: 市川 洌 (福祉技術研究所代表)
 人の動きを介助するということはとても難しい。介助の原則は,「自分でできることは自分でする」である。ところが,実際に介助支援の現場などで見ていると,本人がある動作を「できない」と見ると,介助者は直ちにすべてを介助してしまう。

 「何かができない」という事象に遭遇したとき,介助の原則で考えるなら,なぜできないかを考え,できない部分を福祉用具あるいは人手で補完することによってできるようにする,というのが原則である。ベッドからの立ち上がりなら,足を引き,体幹を前傾させ,ベッドを高くし,ベッド柵を利用して立ち上がる。これでも困難な場合には介助者が重心を前方に誘導したり,場合によって手を引いたり,という介助をする。一人一人の動きをアセスメントした結果に基づいて,必要な支援を行い,不要な支援は行わない。

 このような支援を行うためには,人の動作を科学的に把握することが必須である。障害のある人の動きを運動学的に,力学的に(すなわち,バイオメカニクス的に)把握することによって,客観性を伴った介助の方法が確立される。

 本書は,人の動きをバイオメカニクス的に把握することによって,合理的な介助の方法を考えようとするものである。介助にかかわるものであれば,必須のバックグラウンドであると考えられるが,力学的な考え方が苦手な人は多い。本書はこの力学的な考え方をわかりやすく記述して,理解を促している。力学的な説明が丁寧なことと,実際の人の動きに即して説明しているので,福祉系・医療系の方々にとって,わかりやすいものになっている。

 このバイオメカニクス的に把握した人の動きに基づいて,具体的に介助の方法はどのようにすべきかに関しても丁寧に記述されている。立ち上がりから,歩行,階段昇降など日常的に実行される具体的な動作に関して解説している。もとより,介助の方法は単数ではなく,人の状態に応じて,多数の介助方法が必要であり,単純に方法を覚えようとすると大変な作業になる。しかし,人の動きの原理(バイオメカニクス)が理解できていれば,一人一人の状況に応じて適切な方法を考えることはたやすいことである。ともすれば方法だけを考え,教えがちな介助の現場に対して,原理を考えることによって,合理的・科学的で適切な介助が可能となることを本書は教えてくれる。これまでこのような成書がなかったということが,わが国の介助技術の現状を示しているともいえよう。

 同様に,車いすなどの福祉用具の適合においても,人の動きを理解し,人と福祉用具のバイオメカニクス的な把握なくして適切な適合はあり得ないといえよう。これまでとかく感覚的に議論されてきた福祉用具の適合に関して,客観的な根拠を考えることの必要性を本書は示している。

 なお,本書の著者たちは今更言うまでもなく,歩行を中心とした動作解析に関しては国内だけではなく,国際的にも第一人者であり,パイオニアでもある。これらの知見が具体的な介助の領域に応用されてきたということは,すばらしい展開であるといえよう。

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