感染症のコントラバーシー
臨床上のリアルな問題の多くは即答できない

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わが国の感染症関係の教科書のほとんどが「答え」を提供するものだが、実は感染症の世界には多くの問題、謎、未解決領域が存在する。本書はこれらcontroversialな問題をテーマに、それぞれの読者に対して「自分はこれから何を考えなくてはならないのか」と問いかける一歩進んだ書籍。答えを教えてくれるだけの教科書がもの足りなくなったら、最初に手に取りたい1冊。
Fong, I. W.
監訳 岩田 健太郎
発行 2011年03月判型:A5頁:504
ISBN 978-4-260-01182-2
定価 6,050円 (本体5,500円+税)
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監訳者の序(岩田健太郎)/(Fong, I. W.)

監訳者の序
 どんな問いにでも即答できる博覧強記の臨床医,というのが一つの夢だった.英国の作家で詩人のトーマス・ハーディは「すべてについて何かを,何かについてすべてを学ぼうとせよ」と言ったという.僕の座右の銘でもある.
 けれど,所詮そんなことは凡人たる自分には不可能な所行である,と悟るのにそんなに長い年月は必要なかった.
 PubMedで閲覧できるMEDLINE.1950年以降,1,500万件以上の論文が集積されているという(その中には,日本語の論文など英語以外のも含まれる).1日10の論文を読んでも全て読むのに4000年以上かかる(名郷直樹『臨床研究のABC』メディカルサイエンス社より).世界で一番の論文読みであっても,われわれは広がっている知識のほんのひとかけらしか把握していないのである.メフィストフェレスに魂を売ったとしても,「知ること」の蓄積には限界がある.
 医学についてはわからないことのほうがずっとずっと多いのである.例えば,コモンな感染症の診断.例えば,コモンな感染症の治療.こんな日常的なことすら,僕らにはよく理解できていない.これは驚くべきことである.
 知っていることばかりを語ってはいけない.むしろ,知らないこと,わからないこと,議論の余地のあること,論争になっていること,決着のついていないこと,そういうことを僕らはもっと語るべきである.わかっていることとわかっていないことの地平を知るべきである.こういうことはソクラテス・プラトンの時代からずっと知られていたことなのに,何千年経っても僕らは「知っていること」(あるいは知っているつもりになっていること)ばかりに注目し,失敗する.
 感染症に関係した書物はここ数年で激増した.現在の研修医がもつ知識は,僕らが研修医の頃もっていた知識とは比べものにならないくらいに巨大である.僕が研修医になった頃は,まだ青木眞先生の「マニュアル」がなかった.UpToDateもなかった(UpToDateの黎明は1992年だが,その存在が人口に膾炙するのはずっと後のことである).いや,EBMというコンセプトすらまだ飲み込めず,僕らは些末な計算や数字に翻弄されていた.EBMを使いこなすというより論文に振り回されていた.そもそも,インターネットがまだ「使える」存在ではなく,僕は沖縄県立中部病院の緑の公衆電話に回線をつないで電子メールをやっていた.知らないことはあまりに多く,知りたいことはあまりに多く,知識を欲望していた.
 今や,知識などはちょっとした工夫とわずかな投資でいくらでも手に入る時代である.しかし,現在僕が熱心に読んでいるのは昔からある,昔の人の哲学書だったりする.そこには知識の獲得法は書いていない.あなたが知っていると信じているものとは何か,とかいうところがくどくどと書かれている.知識の地平を知る,知ることを知ることが,今くらい重要な時代はないのである.
 本書は,そのために訳されたものである.

 2011年1月
 フルトヴェングラーを聴きながら
 岩田健太郎



 過去10年間は医科学の知識,医学テクノロジー,診断テクニックにおける多大な進歩があったことで記憶されるが,疾患のマネジメントにおいては目立った進歩が見られなかった.21世紀の新興感染症シリーズにおける本書は,感染症にまつわる新たな問題や論争を取り上げたい.
 著者は,まとめたいトピックを研修医,内科医,救急医,臨床感染症専門家,家庭医たちが呈した疑問,論争をもとに選択した.感染症についてしばしばこの領域の一般医,専門家,研修医たちが問われる疑問に本書が回答への道しるべになってくれることを願う.その結果,患者ケアが向上し,分別があり,コストに見合ったマネジメントや研究が行われることを願う.
 本書は臨床医,家庭医が日々直面するコモンな感染症の診断や治療についてまとめたものである.副鼻腔炎,中耳炎,百日咳などがそうである.最新の研究・調査によると,これらはしばしば過剰に診断され,不要な抗菌薬で治療されている.診断やマネジメントに関するアプローチやガイドラインが本書に示されている.より複雑な,しかしあまりお目にかからない問題も内科医,臨床感染症コンサルタント,その他の専門家を苦しめる.こうした問題もまとめておいた.つまり,髄膜炎,人工呼吸器関連肺炎,敗血症,B型およびC型肝炎などである.本書は各医学界が提供する様々な感染症に対する現行のガイドラインを検証した.そしてこれらのガイドラインの内容を支持するエビデンスや論点を分析した.

 Fong, I. W.

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第I部 細菌感染症と真菌感染症
 第1章 中枢神経感染症で出てきた新たな問題
  1.1 細菌性髄膜炎における問題
  1.2 結核性髄膜炎における補助療法
  1.3 真菌性髄膜炎における補助療法
  1.4 将来の展望

第II部 呼吸器感染症における新たな動向
 第2章 頭頸部感染症で出てきた新たな問題
  2.1 副鼻腔炎における問題
 第3章 呼吸器関連肺炎における現在の問題
  3.1 背景
  3.2 VAPの診断における問題
  3.3 VAPの微生物学的病因
  3.4 VAPの治療における問題
  3.5 VAPの予防
  3.6 将来の展望
 第4章  嚢胞性線維症由来の肺感染症で注目の高まっている問題
  4.1 はじめに
  4.2 嚢胞性線維症の病態生理
  4.3 微生物学
  4.4 嚢胞性線維症における感染症の管理
  4.5 嚢胞性線維症における感染症の予防
  4.6 肺の悪化の補助療法
  4.7 将来の展望
 第5章 成人における小児呼吸器感染症の再興(RSVおよび百日咳)
 A.成人におけるRSウイルス感染症
  5.1 はじめに
  5.2 微生物学と病因
 B.成人における百日咳
  5.3 はじめに

第III部 新たな考え方と動向
 第6章 敗血症の新たな考え方と課題
  6.1 はじめに
  6.2 定義
  6.3 免疫応答
  6.4 病態
  6.5 敗血症のマネジメント
  6.6 Early goal-directed therapy
  6.7 重症敗血症における抗菌薬療法
  6.8 活性化プロテインC
  6.9 重症敗血症におけるコルチコステロイド
  6.10 強化インスリン療法
  6.11 バソプレシンと昇圧剤
  6.12 敗血症における血液製剤
  6.13 人工呼吸と他の補助療法
  6.14 敗血症における免疫療法
  6.15 遺伝学と敗血症
  6.16 将来の展望
  6.17 結論
 第7章 発熱性好中球減少症:マネジメントの問題
  7.1 はじめに
  7.2 病因
  7.3 発熱性好中球減少症の定義
  7.4 微生物学と病因
  7.5 治療期間
  7.6 エンピリカルな抗真菌薬投与
  7.7 予防
  7.8 将来の展望
 第8章 近年の偽膜性大腸炎の問題と動向
  8.1 はじめに
  8.2 微生物学
  8.3 病態
  8.4 臨床
  8.5 診断
  8.6 マネジメント
 第9章 感染症におけるプロバイオティクス
  9.1 はじめに
  9.2 背景
  9.3 プロバイオティクスのメカニズム
  9.4 プロバイオティクスの臨床での適応
  9.5 食品添加物としてのプロバイオティクス
  9.6 プロバイオティクスの有害作用
  9.7 結論と将来の展望
 第10章 デバイス関連感染症
  10.1 はじめに
  10.2 デバイス関連感染の発症機序
  10.3 特別なデバイス関連感染
  10.4 心臓血管デバイス感染
  10.5 血管グラフト
  10.6 将来の展望
 第11章 整形外科用インプラントや人工関節感染の最新の概念
  11.1 はじめに
  11.2 微生物学的側面
  11.3 診断
  11.4 臨床症状
  11.5 マネジメント
  11.6 整形外科デバイス感染の予防
  11.7 将来の展望
  11.8 結論
 第12章 抗菌薬併用療法
  12.1 はじめに
  12.2 細菌感染症
  12.3 真菌感染症と併用療法
  12.4 ウイルス感染症
  12.5 寄生虫感染
  12.6 結論
  12.7 将来の展望

 索引

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感染症のコントラバーシー。マニュアル病からの解放
書評者: 青木 眞 (感染症コンサルタント/サクラ精機学術顧問)
 『感染症のコントラバーシー』をようやく読了した。数日で終えるつもりであったが,毎日のように読み続け,何週間も経過していた。

 本としてはA5判で500ページ弱のボリュームであるが,気づけば最小フォントでつづった推薦文用のメモがA4で42ページになり,その内容の大きさと深さに改めて思いをめぐらせた。いったい臨床感染症の広がりはどこまで行くのだろうか…。コントラバーシーを語る以上,「議論のあるなし」「何がわかっていて,何がわかっていないか」を知っているのが前提であるが,実は感染症専門医歴20年に近い自分はこれが不十分であったことを正直に告白しなければならない。

 コントラバーシーが示す風景の反対側に,研修医が陥りやすい病気である「マニュアル病」がある。「マニュアル病」とはマニュアルどおりの診療が最良の医療であると信じる病気である。すなわち,この臓器の,この微生物による感染症には,この抗菌薬を,この量で,この期間投与する,ペリオド。自信満々。

 これは明らかに「マニュアル病」の臨床像であるが,実は「マニュアル病」にはさらに奥深い病態が存在している。それは,この感染症の起炎菌は本当にこの微生物なのか? なぜ,これがベストの抗菌薬で,この量・投与期間なのか…,という健康な疑問を持たなくなる病態である。臨床現場はコントラバーシーで満ちている。監訳者の岩田健太郎先生曰く「わかっていることとわかっていないことの地平を知るべきである」。

 先日更新を終えたばかりの米国感染症専門医試験には,絶対に出題されない事柄が二つある。一つは過去二年間の論文に記載された知見(新しすぎるので変更の可能性があり出題されない)。

 もう一つは専門家の間でコントラバーシー,すなわち議論のある事柄である。議論がある事柄と議論が落ち着いた事柄を分ける作業は専門医試験の受験・更新の準備の最も有意義な部分であり,それがわれわれの日常臨床の内実である。

 今,こうして膨大な量になったメモと参考文献を振り返りながら,C. difficile による偽膜性腸炎に25年間新しい治療法が生まれていないこと,その再発が時には2,3年続くこと,感染を起こした大動脈のグラフトを必ずしも除去せずに済ませられること,ほかの抗菌薬と併用されることの多いリファンピシンが,どのようなメカニズムで効果を挙げているのか,必ずしも明らかではないこと,今までまゆつばとしか考えていなかった整形外科領域における抗菌薬入りセメントが思いのほか,期待が持てることなどに静かな感動を覚えている。

 少し本書を具体的に紹介しよう。扱う概念の多様な感染症領域であるから,章立てもそれなりのバラエティとなっている。いくつかの章を紹介するだけで,感染症に興味を持つ方は書店に向かわれるだろう。「中枢神経感染症で出てきた新たな問題」「人工呼吸器関連肺炎における現在の問題」「成人における小児呼吸器感染症の再興:RSVと百日咳」「敗血症の新たな考え方と課題」「発熱性好中球減少症のマネジメントの問題」「近年の偽膜性大腸炎の問題と動向」「感染症におけるプロバイオティクス」「デバイス関連感染症」「抗菌薬併用療法(実際は抗ウイルス薬,抗原虫薬などを含む)」などなど…。

 「一読をお薦めする」と言えるほど簡単に読了できる内容ではないが,それでも一読をお薦めする次第である。
即答はできないけれど,本当はそれなりに答えられる問題
書評者: 名郷 直樹 (武蔵国分寺公園クリニック院長)
 岩田健太郎氏が監訳を担当された『Emerging Issues and Controversies in Infectious Disease』の翻訳である。それだけ紹介しておけば,もうこれは読むしかないという人も多いだろう。そこで私が追加できることはなにか,と自問しながら,この本について書く。

 中耳炎や副鼻腔炎,呼吸器関連感染症,敗血症,偽膜性腸炎など,ありふれた問題に対する問題が,わかりやすくというか,わかりにくくというか,まとめられている。忙しい外来中や病棟でこの本を参照したりすると,ポイントだけを明確に書いてほしいと,文句を言いたくなるような本である。しかし,本書は臨床現場でどうすればいいのか参照するために書かれた本ではない。時間がある時にじっくり読む本である。

 本書の特徴は以下のような記述にあると思う。重症敗血症に対するステロイドの効果について述べた部分である。

 「死亡の相対危険度をベースラインの35%から15~20%低くするにはサンプル数が小さすぎ,それには少なくとも2,600人の試験を必要とする。そのような圧倒的な数の試験が必要か否かは議論の余地がありそうである」

 通常の記述では「明確なエビデンスはない」と書かれる部分である。エビデンスがないからといって何もしないというわけにはいかないだろう,というような意見は,単にエビデンスがあるとかないとかいう大ざっぱな記述に対する正当な反応である。上記の記述は,「明確なエビデンスはない」という明確であるが決して正確でない表現に対し,臨床医のためのエビデンスの見方の一つを明示している。しかし,多くの臨床医はこの記述についていけないかもしれない。ついていけないとしたら,まず本書を通読することをお勧めする。今まで自分自身がエビデンスと呼んでいたものが,まったく違った様相で見えてくるに違いない。

 本書をすべての臨床医に勧めたい。臨床医が判断の材料にしている研究結果というものが一体どんなものなのか,単に明確とかあいまいというだけでなく,もう一度じっくり考えるために。

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