Disease 人類を襲った30の病魔

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人類の歴史とはすなわち、病魔との相克の歴史。結核、マラリア、インフルエンザなど30の病を取り上げ、病気の発見、猛威を振るった時代の世情、克服に向け努力する人間ドラマなどを、美しい絵と多くの逸話、そして箴言をちりばめて詳述。時空を自在に越境する「メディカル・ヒストリー・ツアー」へようこそ!
Mary Dobson
小林 力
発行 2010年01月判型:B5頁:264
ISBN 978-4-260-00946-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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はじめに
「グレイ閣下とあなたが健康でありますように。もっとも,病気が1,500もあることを考えれば容易ではないと思いますが」
    (シドニー・スミスからグレイ夫人への手紙。1836年2月)
本書にとりあげた病気は,いずれも過去数千年,人類の歴史に影響を及ぼしてきたものである。イギリスの牧師シドニー・スミス(1771~1845)の数字を使えば,「1,500」もあるという多くの病気から30を選ぶことは,わくわくすることでもあったが,難しくもあった。最終的に決めた基準は,重要な病気を偏りなく入れたいということと,世界の多くの地域で過去大きな影響を及ぼし,また今も続いている病気をカバーしたいということだった。本書は基本的には歴史的視点から書かれているが,現在貧困地域で深刻な影響を及ぼしている病気も選んだ(21世紀,先進国の平均寿命は80歳を超えているが,これらの国は50歳に満たない)。また,異常で謎に包まれた病気も選んでいる。

こうして選んだ病気のうち,マラリアや住血吸虫症などは,古代から知られている。おそらく,人間が家畜と一緒に生活を始めた約7,000年前に病気として最初に現われたものだろう。また,天然痘やはしかなど簡単に人から人へうつる感染症は,紀元前3000年頃,最初に都市ができ始めた頃に現れたと思われる。そしてその後,国家間あるいは海を越えての交易,特に15世紀後半から始まる大航海では,多くの病気が国から国,大陸から大陸へと広がった。さらに,人間社会にとって新しい病気も出てきて,とくにエイズなどは,過去わずか50年やそこらで現れ一気に広まったものだ。また,現れて消えてしまったものもある。例えばSARSは21世紀に入って初めて現れた恐ろしい伝染病であり,2003年に瞬く間に全世界へ広まったが,突然消え,今のところ復活はしていない。

パプアニューギニアのクールー病など,本書の病気のいくつかは,深刻ではあるが地域限定的なものだ。しかし,多くは,特に虫が媒介するマラリアやアフリカトリパノソーマ症(眠り病)は,熱帯,亜熱帯に広く,甚大な影響を及ぼしており,また14世紀の黒死病,16世紀初頭からの天然痘,はしか,19世紀に世界流行したコレラ,1918~1919年世界中に猛威をふるったスペイン風邪(インフルエンザ),そして現在のエイズに至っては,社会や個人の関係する範囲をはるかに超えた,地球規模の災厄である。最近の鳥インフルエンザ(H5N1型)の発生は,決して起きてほしくない地球規模の脅威をわれわれに思い知らせた。一方,人類の英知で撲滅された病気もある。すなわち1979年,世界保健機関(WHO)は,人類にとって最も恐ろしい病気の1つであった天然痘が地球上から消滅したことを宣言した。200年前に開発されたワクチンのおかげである。われわれはこのような成功物語を再び期待したい。そして将来,全世界から病がなくなることを希望する。

最終的に選んだ30の病気は,4つに分類し,各グループの中では大体,それぞれ最初に重大な影響を世界に与えたと思われる年代の順番に並べた。はじめの3つのグループは感染症である。細菌によるもの(ペストから嗜眠性脳炎まで),寄生虫によるもの(マラリアからオンコセルカ症まで),そしてウイルスによるもの(天然痘からSARSまで)だ。4つ目のグループ(壊血病から心臓病まで)は細菌性でも,寄生虫起源でも,ウイルス疾患でもない。そこで,とりあえず「生活習慣病」と名づけておく。食事,喫煙,運動,職業などが(これらだけが原因ではないが)病気の発生に関係するからだ。実際のところ,病気の発症には,感染症であるかどうかにかかわらず,生物学的なもの,遺伝,環境,社会要因など複雑な原因がある。このことは,ある人は発病するが,ある人は感染しなかったり重篤な体調不良にならなかったりすることを意味する。

各章で目指すところは,それぞれの病気の概略と歴史,社会に与えた衝撃,そして過去,現在の,死んだり苦しんだりしている人の数を理解してもらうことである。また,鍵となる科学的,医学的発見を述べ,病気の診断,予防,治療にあたって発揮された人類の努力と見事な業績にも光を当てることに努めた。引用文や挿絵は,何世紀にもわたって人々が体験した苦悩,痛み,悲劇,混乱をいくらかでも伝えることを狙っている。もちろん,解決策を求めて努力した人々の責任感や決断なども伝えたい。いくつかの章では,多くの謎のうち2,3に触れた。これらの謎は病気の起源,性質,また社会,個人に及ぼす影響について理解しようと努めた賢者,科学者,医師,患者らをも困惑させたものである。

医学の歴史は内容が豊富で,興味の世界を広げてくれる。また新しい文献学的,科学的研究は,さらなる事実,つまり出来事と数字を明らかにしてくれるだろう。将来,DNAプローブのような新しい技術を使えば,昔の謎であった病原体を特定し,多くの歴史的論争を解決することができるかもしれない。21世紀になり,ヒトと微生物のゲノム配列が決定され,分子生物学的医療の進歩があり,われわれは過去と比べてより有利な立場になった。人間の病気のかかりやすさを理解したり,微生物,動物,昆虫などの謎めいた媒介ルートを発見したり,次の世代に新しい診断法,ワクチン,治療法を伝えたりするのに有利な立場にいる。また,飢えと貧困をなくすこと,下水道整備,衛生状態の改善,教育などは,地球上あらゆる地域の人々に健康と幸福をもたらす基本的な要因であることを忘れてはならない。

本書の出版を可能にしてくれたすべての人々に深く感謝する。参考文献と謝辞は248~251ページに記した。

2007年10月
メアリー・ドブソン
セント・ジョンズ大学,ケンブリッジ

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 はじめに

I.細菌感染症
 1.ペスト
 2.ハンセン病
 3.梅毒
 4.発疹チフス
 5.コレラ
 6.腸チフス
 7.結核
 8.産褥熱
 9.嗜眠性脳炎

II.寄生虫病
 10.マラリア
 11.アフリカトリパノソーマ症
 12.シャーガス病
 13.リンパ系フィラリア症
 14.住血吸虫症
 15.鉤虫症
 16.オンコセルカ症

III.ウイルス疾患
 17.天然痘
 18.はしか(麻疹)
 19.黄熱病
 20.デング熱
 21.狂犬病
 22.ポリオ
 23.インフルエンザ
 24.エボラ出血熱
 25.エイズ
 26.SARS

IV.生活習慣病
 27.壊血病
 28.クールー病とクロイツフェルト・ヤコブ病
 29.がん
 30.心臓病

 参考文献
 謝辞
 写真,絵図の出典
 訳者あとがき
 索引

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医学の進歩につきまとう「闇」を見つめ直して
書評者: 茨木 保 (いばらきレディースクリニック院長/漫画家)
 本書は病気を切り口にした医学史書です。ペスト,コレラ,天然痘などのパンデミックはこれまで,戦争以上に多くの人命を奪ってきました。異文化の接触のたびに病原体の交流が行われ,それはしばしば一つの文明を滅ぼすほどでした。人類の歴史とは感染症との闘いであったと言っても過言ではありません。本書ではそうした歴史が,疾患ごとに見開き8ページ前後で解説されています。各章の長さは,診療の合間に読むのにもちょうどよいボリューム。そして何より一番の特徴は,誌面のビジュアル的な美しさでしょう。B5判全ページカラー,いずれのページにも医学の歴史を伝える貴重な絵画や生き生きとした写真が満載。医薬史研究家の小林力氏の流麗な邦訳と相まって,圧倒的な迫力で読者を時間旅行にいざなってくれます。まさに目で見る医学史の決定版と言えるでしょう。

 医学の進歩には「闇」がつきまといます。学者たちはしばしば,疾患の原因を突き止めるためにぞっとするような実験を行ってきました。感染症説を否定しようと,コレラ菌入りのフラスコを飲み干したペッテンコファー,ペラグラの感染を否定するため,患者の汚物を飲んだゴールドバーガー,患者を用いてハンセン病の感染実験をしたために,医学界を追われたハンセン,梅毒の経過を調べるために,患者を無治療のまま追跡調査したアメリカのタスキギー研究……本書はそうした医学の闇についても容赦なく切り込みます。それらには倫理に反する試みも多いのですが,安全で衛生的な社会に生きる現代人は,先人たちの闇の果実の恩恵にあずかっているのだという事実もまた,認めなければなりません。

 近年「アニマルフリー」製品というものがちまたに出回っています。これは化粧品などの製造品で商品開発に安全性の確認のための動物実験をしていないという意味です。もちろん,無用な動物実験はしないに越したことはないのですが,一昔前ならそうした製品は医学的に危険な代物と敬遠されていたでしょう。

 ボクの友人の一人は,国際協力でアジアやアフリカ諸国を飛び回っています。イスラム圏の国に彼が赴任中,彼に「テロは大丈夫?」とメールを打ったところ,彼の返信は「テロより蚊が怖い」でした。現地では熱帯感染症の恐怖が爆弾以上に深刻な問題とのこと。日本人が知らず知らずに持っている「安全や衛生が当たり前」という感覚が,いかに多くの犠牲の上に築かれてきたのかを考え直すためにも,本書はお薦めの一冊です。

ちなみに、黄熱病の章では・・・ ©茨木 保

※編集部注:茨木保 『まんが 医学の歴史』(医学書院)では,第41話と第42話(p248~259)で「あの人」を取り上げている。特に黄熱病については同書p258を参照。
読むに快楽,病気を歴史で切った本
書評者: 岩田 健太郎 (神戸大大学院教授・感染治療学)
 「将来の人々は,かつて忌まわしい天然痘が存在し貴殿によってそれが撲滅されたことを歴史によって知るだけであろう」
     トーマス・ジェファーソン「エドワード・ジェンナーへの1806年の手紙」
     (本書134頁より。以下,頁数は本書)
 われわれは,ジェファーソンの予言が1979年に実現したことを知っている。個人の疾患は時間を込みにした疾患である。社会の疾患は歴史を込みにせずには語れない。目の前の患者に埋没する毎日からふと離れ,俯瞰的に長いスパンの疾患を考えるひとときは貴重である。

 本書は病気を歴史で切った本である。非常に読みやすい。美しい絵と多くの逸話,そして箴言がちりばめられている。

 むろん,職業上,学問上の必要からも本書は有用である。かつて麻疹は死亡率の高い疾患だったこと。シャーガス病のような現在でも猛威をふるう疾患でもしばしばわれわれは無視(ネグレクト)してしまうこと。壊血病のような疾患の原因を突き止めるのに先人は多くの努力と困難とときに失敗を経てきたこと。

 しかし,そのような「お勉強」を離れても本書は単純にページ・ターナー(先が読みたくなる本)としても秀逸である。もともと僕は古い映像や写真を眺めるのが大好きな性分で,本書にちりばめられた美しい挿絵や写真はかの時代への想像力をかき立てるのに十分であった。フランクリン・ルーズベルトとポリオの逸話(166頁),ヤウレッグがいかに梅毒とマラリア(のナイスなコンビネーション)でノーベル賞を受賞したか(32頁)。こうした逸話も純粋にただただ読むに快楽である。インフルエンザと同意の言葉がアラブの言葉ではアンファル・アンザとそっくりだ(177頁),なんて何の役にも立たないウンチクを知るのも楽しいではないか。本とは詰まるところ,面白くてなんぼ,である。

 30の逸話のうち27までが感染症であるのは示唆的である。別に著者が感染症オタクだったから,というわけではなかろう。歴史から医学・医療を語ろうと思えば,こうせざるを得なかったのだろう。そのくらい,かつて病と言えば感染症であったのである。人々は,ペストにおびえ,コレラに恐怖し,梅毒におののき,インフルエンザに戦慄した。これが歴史である。そのような世界を克服したと思ったとたん,エボラ出血熱が見つかり,エイズが見つかり,SARSが見つかる。これも歴史である。2009年は,21世紀になってもわれわれが感染症に引っかき回される存在であることをあらためて認識させた。別に,脂質異常や骨折やうつ病が無視されてよい疾患だと言っているのではない。歴史という観点から切ると,「うつる」感染症がより切りやすい,というただそれだけの話だ。

 ダニエル・エルマー・サーモンという魚のような名前の男が医学の歴史に何を残したか,本書はこういうほとんどくだらないことに拘泥し,にやにやしながら,豊かな気持ちで読んでほしいと思う。

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