プライマリ
地域へむかう医師のために

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「家庭医」「プライマリケア」「総合医」「地域診療」「かかりつけ医」、新しい言葉は数あれど、日本にはいつだって“赤ひげ”がいた。総合医時代の到来を控え、日本のジェネラリスト黎明期を模索してきた俊英も不惑を過ぎ、その積もる思いを遂に吐露するときが来た。若手じゃなくなってゆく世代に“普通であり続ける”ことを語る畢生の1冊。
松村 真司
発行 2008年06月判型:A5頁:208
ISBN 978-4-260-00679-8
定価 2,420円 (本体2,200円+税)

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序―ふたたび,路上へ

 私は,現在は地域をその活動の中心としている医師である。一般には“開業医”というカテゴリーで括られることが多い。今の私の仕事の多くは,地域の人々に起こるさまざまな健康問題に対して,臓器別などの「専門」という枠組みを超えて診療を行い,私が対応できる問題に関しては対応し,対応できない問題についてはそれぞれ適切と思われる専門家と協力し,少しでもその解決を助けることである。

 私が医師になったときには,このような医師になろうという明確な考えはそれほど強くなく,ただ単に「普通の医師」になれればいいと思っていた。漠然と頭にあったのは,自分の生まれ育った地域のそこここにある診療所であった。
 しかし,現実には「普通の医師」の心象を厳密に追求すればするほど,特別な努力を当時は必要とした。あんまり無理をしたせいか,途中からはなんだか単なる意地を張っていただけのような気もする。もっと自然に,もっと「普通」の研修をしていれば楽だったかもしれないし,到達点もさほど変わらなかったのかもしれない,なんて今では考えることもある。そしておそらくその考えはそう間違ってはいない,と思っている。
 何年か前に,私は父が開設した医院を継承した。そして今,日々行っている診療は,大雑把に言えば――大雑把すぎるとお叱りを受けるかもしれないが――古くから日本の津々浦々に存在していた,そして今でも存在している多くの医師のそれと同じである。地域の多くの医師がしているように,かぜや腹痛といったありふれた症状の患者さんを診療し,時に後方病院に紹介し,往診や訪問診療をし,時にはその自宅で最期を看取っている。患者さんも,それを特別視していることはないようである。

 ただ,私はこのような診療を「続ける」ことは,このような診療を目指して「研修」をすることと同じくらい難しいことだということだと思っている。なぜなら研修中とは異なり,ある一定のコースがあるわけでもなく,到達すべき目標が必要なわけでもないからだ。
 自分の頭の中にだけある抽象的な概念と格闘しつつ,現実を直視しながら日々の生活を維持するためには,熟知すべき知識,獲得すべき技術,そして,自分を維持するための態度について常に意識しておく必要がある。
 幸い,私は同じような考えを持っている人々と言葉を交わす機会に恵まれてきた。彼らとの議論から多くの活力と,多くの智恵をもらい,そしてなんとか続けることができている。

 本書は,私のような思いで医師を目指し,そして近い将来,診療所なり中小病院なり,とにかく小さな医療機関で,あなたの選んだ地域で,長く,できれば一生涯医師として活動しようとする医師に向け,きわめて個人的な思いで書いた本である。特に臨床トレーニングをひと通り終了した,すなわち基本的な医学知識や技術をマスターしている医師が,地域での診療を目指す中でその医師がとまどったり,行き先に迷ったりしたときのためのメッセージを多く込めたつもりである。

 私も地域に出てからそれほど年月を重ねているわけではないが,これまで私がかかわってきた分野を土台として,地域で診療に携わりながら学んできたことを中心に,私が「続ける」ために大事であると考えたことをまとめてみた。本書に書かれていることは,地域で長く活動し,患者さんやその家族からすでに信頼を得ている医師にとっては決して新奇な内容ではないことであろう。しかし,それを学ぶには,長い時間と数多くの失敗を重ねていく必要がある。
 本書があなたにとって,私のしてきた多くの間違いや遠回りをしないですむための一助となり,そしてあなたが少しでも長く診療を続けることができるようになることを期待する。

 本書が真っ暗な夜の海の上で,どの方向に進んでいるかもわからなくなったとき,夜空に瞬く星のような存在になれば幸いである。

 松村真司

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プライマリでいこう
新着メールあり
序-ふたたび,路上へ

Part1 午前中は往診へ “ようこそここへ”
第1章 人間を診る-患者の後ろにある情報・テーマを踏まえて診療する
 “患者の社会背景をよく理解して,人間として診療する”
 「社会歴」をひらいてみれば
 「家族」中心のファミリー・メディシン
 わたしはこういう者ですが,あなたはどんな人ですか
 あなたはどこから来たのですか。なぜここに来たのですか
  [A.患者の受療目的をつかむ]
 あなたにとって,今回の来院のきっかけになったことは,なぜ問題なのですか
  [B.患者の受療行動を探る]
 あなたはどんな生活をして,どんな家族がいるのですか
  [C.患者の潜在ニーズを探る]
 あなたの家族やあなたの周辺の人たちは,どのような背景・文化を
  持っている人たちなのですか
  [D.患者のバックグラウンドを探る]
 患者を知ること,自分を知られること

Part2 訪問診療-前篇 “いつまでも若く”
第2章 地域を基盤とした診療を行う
 地域の医療・介護・福祉の資源について
  [知識を持ち,ネットワークを築く]
 集団を対象とした医学
  [ポピュレーション・ストラテジーを学ぶ]
 地域に関する地理・歴史・文化を学ぶ
 地域の医療情報について
  [情報提供・供給の窓口を持つ]

Part3 訪問診療-後篇 “ミスター・タンブリング・マン”
第3章 コミュニケーション―ことばは難しい,だけど大事(こころはもっと大事)―
 地域での診療においてコミュニケーション・スキルが重要な理由
 地域医療コミュニケーションの3つの方向性
 より困難な状況に挑む
 スタッフ間,医師や他の医療職,地域の人々とのコミュニケーション

Part4 午後は休憩 “コーヒーをもう一杯”
[幕間のクロストーク] ジェネラリストであり続けるために

Part5 トーク傍聴後 “本当にほしいものは何?”

Part6 夜は外来-前篇 “ふたたび,路上へ”
第4章 的確な診療情報を入手する
 Evidence-based Medicine(EBM)
 情報管理
 批判的吟味(critical appraisal)

Part7 夜は外来-後篇 “ブルーにこんがらがって”
第5章 みずからの診療を維持・向上させる-生涯学習と評価
 振り返りと問題意識
 学習方法
 評価
 教育

Part8 学会場にて “わが道を行く”
第6章 自分を保ち続けるために
 地域に出るその前に
 あいまいさに耐え,バランスを保つこととは
 患者がそこにいる限り,そこに問題がある限り
 最後にたどりつくのは

Part9 学会参加の後で “見張り塔からずっと”
年賀状

Bonus Track
あとがき

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医師も悩みながら,周囲に支えられながら成長していく (雑誌『訪問看護と介護』より)
書評者: 白浜 雅司 (佐賀市立国民健康保険三瀬診療所)
 若手のプライマリケア教育,研究,実践のホープである松村先生の新刊である。

 教科書でもない,かといって単なるエッセイでもない,表紙の遠くの船を導く灯台が内容を暗示するような,“プライマリ”“地域へむかう”とはどういうことなのか。その混沌とした意味を少しでも明確にしようと葛藤した非常にユニークな内容の本であり,地域で医師と一緒に働くさまざまなスタッフの皆さんにも紹介したい一冊である。

 訪問看護や訪問介護など,地域で医師と連携して働いておられる医療福祉関係の皆さんは,地域で一緒に働く医師にいろいろな思いをもっておられるだろう。患者さんの問題にすばやく対応してほしい。わかりやすい的確な指示をしてほしい。他の保健医療福祉のスタッフと同じ目線で(上からでなく)患者さんをみてほしい。患者さんの心理社会的な背景をもっと知ってほしいなどなど。

 しかしそれらは,医学部の学生教育や,卒後の臨床研修を受けるような研修病院ではなかなか学べない事柄である。

 実際は地域医療に熱心な医師が,自分でも何かもやもやとしたものを心に抱きながら,学生や後輩の医師に伝えているのが現状であり,まさにこの本もそのような著者と若手医師(キヨシロー先生,29 歳)とのやり取りを軸にして構成されている。なかなか言語化しづらい,プライマリケア,地域医療で働くためのコアがうまくこの本の中に言語化されているのに感心した。企画から本になるまで相当な編集者とのやり取り,概念の練り上げがあったのだと思う。

 目次を追ってみよう。「人間を診る 患者の後ろにある情報・テーマを踏まえて診療する」「地域を基盤とした診療を行う」「コミュニケーション―ことばは難しい,だけど大事(こころはもっと大事)」「的確な診療情報を入手する」「みずからの診療を維持・向上させる―生涯学習と評価」「自分を保ち続けるために」と続いている。

 日々われわれ地域医療に携わる医師が解決をもとめて悩んでいることについて,決して飾らず,松村先生の立場で,地に足がついた対応をされていることがよくわかった。

 ところどころに隠し味のように書き込まれている(脚注に解説もされている)映画や音楽などの解説が,硬くなりがちな内容を読みやすくしている。と同時に,松村先生が多趣味であることも伝わってくる。医師も普通にその時代を生き,生活し,悩み,地域の保健医療福祉職の皆さんに支えられ,患者さんとその家族に育てられているのである。

 地域で働く医師は他のスタッフにとって,声をかけづらい相手かもしれない。しかしいろいろ悩みながらも,成長していこうとしている松村先生のような医師は多い。地域で一緒に働く大切な仲間として,訪問看護・介護職の皆さんにも「医師を育てていってほしい」と願っている。

(『訪問看護と介護』2008年9月号掲載)
「総合診療」「家庭医療」「プライマリ・ケア」をめざす,すべての医師へ
書評者: 森 敬良 (兵庫民医連家庭医療学センター代表)
 「ここに答えがあった!」――これがこの本を手に取ってみての率直な感想であった。

 家庭医療学会若手家庭医部会の仕事をしていると研修医からさまざまな相談を受ける。「いい家庭医・総合医になるには?」「どこまでを診療範囲とするのか?」「専門医などの資格は取らなくていいのか?」「家庭医は都会には向かないのでは?」などなど,回答に窮することも多い。しかし,この本をひもとくことで,これらに対する答えが明確になっていった。

 著者の松村医師は,東京都世田谷区にある松村医院の若き院長である。本書は見学に来た研修医との対話が狂言回しとなっている。松村医院,松村家の日常風景も交えながら,その対話に前述の疑問に対する回答や,著者の実体験などが語られていく。

 著者が一人でプライマリを実践するなかで,どのように人・地域をみているか,いかにEBMや振り返りを行って生涯学習を進めているか,「自分を保ち続けるために」必要なことは何か,などテーマが進んでいく。それらの言葉は,著者の血であり肉であり,いずれも実践に基づき説得力がある。本書に出会ったことで自分の課題も見つかり,非常に勇気づけられた。

 最後に悩める研修医に著者がエールを送っている。「自分自身の足で立ち,自分の頭で考える」のだと。この台詞は読み進めていて,実に温かみを感じた。

 「総合診療」「家庭医療」「プライマリ・ケア」をめざすすべての若手医師,研修医にぜひお薦めしたい。大いなる共感をもって読破し,同時に希望と安心感を得ることができるであろう。また,読みやすい文章であるので,これらをもっとよく知りたい医学生やコメディカルの方々にもお薦めの一冊である。私はこの本を研修指導,職場での学習会に活用していくつもりである。また,本書の大きなメッセージのひとつでもある「続けること。そして,続けるためには熱意をどこかに持っておくこと」を心にとめて,毎日の診療を行っていきたい。
アイデンティティを培う格好の手引書
書評者: 山田 隆司 (地域医療振興協会地域医療研究所所長)
 プライマリ・ケア,家庭医療,総合診療の分野を担うものは常に患者の視点に立った医療の担い手である。医師であることは常に患者の健康問題や病状を的確に把握し,医学的に正しい介入に努めなくてはならない。一方で患者の視点に立つということは患者を家族,地域丸ごと理解することで,さらに何時でも患者の身近にいて,何でも相談に乗る誠意が求められる。プライマリ・ケア医,家庭医は人体,病気を知る科学者であり,一方で患者というクライアントにとっての便利屋でなければならない。真のプライマリ・ケア医,家庭医は両者の立場の狭間で医師としてのアイデンティティを保つことに苦悩することになる。しかしそんな中でもあえて患者中心という姿勢を保ち続けてこそ,何ものにも代えがたい患者との信頼が得られるし,必ずしも医師として万能でないことも赦される関係が育まれるのである。

 本来プライマリ・ケア医,家庭医は自分の興味や限られた専門分野に偏らず,いつも目の前の患者から求められる医療ニーズのすべてに責任をもって対応することが求められる。専門分野を設けることで,専門以外の分野の診療の質が問われにくい環境を設定している現在の開業医医療の中にあって,真のプライマリ・ケア医,家庭医であろうとすることは勇気とそれを支える自身の理念がなくてはならない。

 プライマリ・ケア医,家庭医の評価が決して高くない日本のこの時代に,将来を見据え,後進のために「プライマリ」の医療を担う医師が持つべき理念を分かりやすく本書では説いている。著者は自院に見学に来た研修医との問答や,友人医師との対談を交えながら,肩肘を張らずに平易に自身のプライマリ・ケア医,家庭医としての思いを語っている。

 本物のプライマリ・ケア医,家庭医を目指している若い医学生,研修医にとって,自らのアイデンティティを培うための格好の手引書であることは間違いない。
プライマリ・ケア医をめざす医師が抱える不安を吹き飛ばす
書評者: 木戸 友幸 (木戸医院・院長)
 ここ数年,プライマリ・ケアや家庭医療学についての関心が高まりをみせ,医学生や若手の医師たちのかなりの部分の共感を呼ぶようになり,この分野に進む人たちも徐々にではあるが増えてきている。しかし,この分野はまだまだマイナーで,この分野に進もうとしている者,あるいはもう進みつつある者にいろいろな意味での不安を感じさせているようだ。

 松村真司氏の「プライマリ」は,彼(彼女)らが感じている不安にどう対処するかの対策を,自らの体験に基づき書いたものである。

 当書は構成が非常に凝っていて,200ページ弱の中にさまざまな情報が立体的に配置されている。松村医院の研修を希望するキヨシローくんの依頼メールが松村氏に届くところからストーリーは始まる。キヨシローくんの医院研修が始まり,二人のかけ合い漫才のようなトークが続き,この会話から松村氏の日常がヴィヴィッドに描き出される。この二人のトークはいわゆる狂言回しである。プライマリ・ケアの各要素の理論的な解説も,6章にわたり真面目に書かれている。プライマリ・ケアの理論については,東大とUCLAの大学院で学んだ松村氏であるから,もちろん正しい理論が展開されているのだが,彼自身開業家庭医であるので,理論のみに溺れない現場の人間の視点が入っているところが非常にいい。

 硬い(といっても硬過ぎない)話にちょっと飽きたところで,「幕間のクロストーク」が入る。ここでのトークの相手は松村氏の後輩医師であるが,このトークはキヨシローくんとのものより,もう少し真面目な雰囲気のものである。このトークも現在進行形の悩みや希望がいっぱい詰まっていて,ちょっとほろっとさせられた。このほか,コラムやエッセイも適所にちりばめてあるが,その中の音楽談義や映画談議は,われわれ団塊後期の世代にも楽しめる内容である。

 松村氏があとがきに書いているが,父上の病気をきっかけに医院を継いでから間もなくの超多忙な日々にあるきっかけがあり,当書を書き始めることになったそうである。私が想像するに,自らのさまざまな不安と迷いを解決するために書くことを決断されたのだろう。最近の松村氏は機嫌よく颯爽としているので,おそらくその試みは成功したのだと思う。したがって,プライマリ・ケアを目指す人たちも,これを読めば恐らく不安と迷いを吹き飛ばすことができるであろうことは間違いない。

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