組織で生きる
管理と倫理のはざまで

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大学や病院など、組織に身をおくすべての管理職の方に。「組織で起きる倫理的ジレンマにどう向き合っているか」について4つのアイデンティティ(個人・看護師・組織人・管理者)と、17の道徳的要求(法を守る、個人の誇りを守る、看護の質を保証する、患者の権利を尊重する、組織のルールに従う、組織の利益に貢献する、労働者の権利を守る、他)で読み解く組織倫理の初の解説本!

勝原 裕美子
発行 2016年12月判型:四六頁:328
ISBN 978-4-260-03013-7
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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プロローグ

 もう20年近くも前のことになる。1998年の夏から秋にかけて、私は当時勤務していた大学の在外研究制度を利用してサンフランシスコに滞在した。当時、米国の医療機関には、マネジドケア(医療費抑制を目的とする管理医療)によるコスト削減の波が急速に押し寄せていた。太平洋を隔てた日本では、まだよそ事のように捉えられていた頃である。マネジドケアの波が、医療や看護にどのような影響を与えているのかを調べるのが、在外研究の目的だった。
 ベイエリアと呼ばれるサンフランシスコの湾岸沿いの看護管理者たちに、私はマネジドケアという医療政策のなかでの看護の役割変化についてインタビューをして回った。米国の看護管理者たちが、悲痛な顔でコスト削減とケアの質の維持との間に生じた倫理課題について語ってくれたことは、今でも私の胸に響いて離れない。「日本は米国の二の舞いになるな」という彼女たちが私に残したメッセージを受け止め、私は、看護職トップマネジャーの倫理課題について研究しようと心に決めた。
 研究環境を整えた後、国内の数十人の看護部長たちに、次のような質問をさせてもらった。「これまでに看護部長をしてきたなかで、いちばん意思決定に苦しんだ倫理課題について聞かせてください」「そのときに、どのような意思決定をしたのかを教えてください」。
 最初は、このような倫理の問題を一介の研究者に話してくれるのだろうかという不安もあった。しかし、それはすぐ杞憂に終わった。どの人も「大事なテーマだから」と、丁寧に自分が経験した事の顛末について語ってくれたのだ。こうして、2003年に「看護部長の倫理的意思決定プロセスに関する研究」と題した博士論文が完成した。それをもとに、いくつかの論文も書いた。
 その後の十数年間で最も博士論文が役立ったと実感できたのは、各地で行なってきた看護管理者向けの研修で話をさせてもらうときだった。主には、看護部長という病院内の看護職としては最高位にある人たちが対象だ。しかし、現場の看護師長や看護部長を補佐する副看護部長、次長などからも、研修の効果は確認できた。
 もち寄った事例をめぐるやりとりは、研修生たちを癒し、力づけるものになっているようだった。そのプロセスをすべて表現することは難しい。しかし、何度もこの研修をするうちに、管理者たちが共通して抱える課題やつまずく現象などが見えてくるようになった。そして、博士論文で得た知見を現場の管理者たちに吸い取ってもらい、新たに見えてきたものを形にして残すことに意味があるという思いが強まっていった。その間、自身が病院の総看護部長として看護管理のトップを務めることになったのも、何かのご縁かもしれない。

 本書は、研究に協力してくださったすべての看護部長たち、そして、その後の研修などで出会った看護管理者たちが、“管理と倫理のはざまで生きる”ことの覚悟について語ったことを、私が読み解き、そして代弁する場だと思っている。
 “管理上の倫理”、すなわち、管理者だからこそ向き合うことが求められる倫理は、理論や教科書などの拠り所となるものがきわめて少ないテーマである。そのため、本書の刊行前には、雑誌 『看護管理』 (医学書院)で、「看護管理者としてよりよく生きるために 倫理課題とどう向き合うか」というタイトルにて 連載 し(2015年5月号より2016年9月号まで)、このテーマを体系的に扱うために必要だと思われる要素を散りばめた。毎月試行錯誤しながら、考えをまとめてきたそれらの連載を1つにし、大幅に加筆修正したものが本書である。
 本書に出てくる事例は、これまでの広範な研究や研修を通して聞き取った話を加工したものであり、特定の医療機関に起きた事実そのものではない。読者の皆さんは、本書のなかで、これまで自分が遭遇したり、見聞きしたりしてきた内容に酷似する事例に出合うかもしれない。たとえそういうことがあったとしても、それは同じような事例が至るところで生じていることの証に過ぎない。その一方で、こんなバカげた話があるだろうかと一笑に付すような内容を目にするかもしれない。しかし、それらは完全なつくり話ではない。この国の某所で実際に起きた現実である。日本の医療機関も1つひとつが社会であり、組織であり、そこにはさまざまな人がいて、さまざまな行動様式や考え方があるということを受け止めてほしい。もしかしたら、あなたがそのような医療機関で働くことや、患者、家族として、そこにかかることもありうるのだから。

 さて、本書のタイトルには「管理」という言葉がついており、事例は医療や看護の現場でのことばかりなので、本書を手にされた人は特別な領域の特別な職位の人向けの本だと思われるかもしれない。たしかに、看護管理者(看護師で、かつ管理者)がいちばんの大切な読者層ではある。しかし、ベッドサイドで仕事をする第一線の看護師たちも組織人であり、限られた資源のなかで倫理的に意思決定しなければならないこともある。管理職でなくてもチームのリーダーを務めることは日常的にある。そう考えると、本書には目を通してほしい内容がたくさんある。
 さらに、一般企業や公的機関など、医療機関以外にお勤めの方々にも、本書を是非手にとってほしい。本書に出てくる事例や登場人物は、一見すると自分たちの仕事には関係ないと思われるかもしれない。たしかに、医療の現場では、人の生死が絡むために、他の業界や現場とは異なる倫理課題があるのは事実だ。しかし、組織における倫理課題や管理者の倫理課題は、医療機関だからといって特別なわけではない。むしろ、医療現場特有だと思える事例のなかに潜む組織上の課題や管理上のより普遍的な課題を浮き彫りにすることで、他の組織に所属されている方々がそこに共通項を見出し、自分に引き寄せて考えていただけるのではないかと思っている。

 本論に入る前に、「道徳」と「倫理」の用い方について説明しておきたい。両者はしばしば同様の意味で使われることがあるし、明確に使い分けることを本書の重要課題としているわけではない。しかし、読者の混乱を避けるために、本書における一定の見解を示しておくほうがよいと思われる。
 本書においては、「道徳」は、文化のなかで培われてきた善悪に関する確立された規則と捉えている。そして、「倫理」は、倫理原則や諸説を含んだ道徳的推論を使いながら、道徳的になすべきことが何なのかを分析し、決定し、評価していく体系的な内省のプロセスとしている。この区別は、Silva(1) を参考にしたものである。
 私は、本書を書くにあたり、文化相対主義に近い立場に立つことになる。それは、これまで組織文化の違いが組織成員の価値観の違いに色濃く出ることを体感してきたからだ。文化相対主義というのは、ものごとの善悪は人々が所属する社会や文化の慣習などに依るとする考え方である。例えば、日本では盆暮れの贈答は慣習であるが、米国では賄賂になることもあるらしい。また、米国のなかでも、同性同士の婚姻を認めている州と認めていない州がある。それぞれの文化のなかで社会生活を送るにあたり、何をよしと認め、何をよしとは認めないのかが異なっている。
 実は、文化相対主義に対する鋭い批判も見られる。本書で詳しく論じることは控えておくが、典型的な批判の一つは、文化相対主義に従えば、異質だと思われるすべての現象を慣習、慣例、法令に帰結させることができるというものである。つまり、文化が違う(慣習や慣例が違う、異なる法令のもとに生きている)のだから価値観が異なるのは仕方がないとか、「他人は他人、私は私」と一蹴してしまうことを許容してしまうということだ。このような何でも許容されるような状態が、本当に困難な倫理的課題を目の前にしたときに役立つかと問われれば、何の望みももてないという指摘(2) がある。
 その指摘は全うなことだと思う。それでも、私が文化相対主義を擁護するのは、すべての価値観の違いを無批判に受け入れればいいからではない。むしろ、文化による価値観の違いを認めつつ、その違いを突きつけられたときにどう考えるのか、どう行動するのか、どう生きるかを吟味することに倫理性を見出すからである。異なる価値観に出会ったときにこそ、いっそう批判的に自分自身の価値観を考え直すことができるだろうし、価値観が相違するからこそ倫理が必要とされる(3)。文化が違えば、何でも許されるということではない。

 博士論文の最後に認めた謝辞は、このような文章から始まる。「博士論文の最終章を書き上げた今、この研究に協力者として参加くださったすべての方の名前を横に置き、これを書いています……」。
 それから13年を越える月日が流れた。研究に協力してくださった方々の名簿は研究上の倫理的配慮から処分してしまい、手元にはもうない。しかし、論文にはその方々の管理者としての生きざまが宿り、年月を経てもなお、今の世代に受け継ぐべき倫理の歴史が残されている。本書を刊行するにあたり、あらためて当時の管理者の皆さんに心からのお礼を申し上げたい。同時に、多くの人に読まれる形で世に出すという研究者としての使命を今日まで怠ってきたことのお詫びを申し上げたい。
 13年の間には、博士論文をもとに数多くの看護倫理の研修をさせていただいた。特に、日本看護協会や都道府県看護協会による認定看護管理者教育課程サードレベル研修において、看護経営者論という教科目のなかの「管理者の倫理的意思決定」という単元を担当することが多い。この単元は、6時間から12時間の間で設定されている。そこでの研修生との議論や、提出されたレポートなどからの学びは大きく、今なお本書の内容を探求する大切な場である。
 実は、1998年に始まったサードレベル研修であるが、その後のカリキュラムの見直しの際、当時、博士後期課程の学生だった私もその検討委員を務めていた。そして、これからのトップマネジャーには、管理者としての倫理的意思決定に関する体系的な学びが必要だと主張し、単元に加えてもらった経緯がある。そのため、実際のサードレベル研修の運用にそっぽを向くわけにもいかず、講師を積極的に務めることになったのである。

 博士後期課程を修了後、指導教官だった金井壽宏先生(神戸大学経営学研究科教授)には、この論文は出版するに値するから早く世に出すようにと、今までずっとエンパワーしていただいていた。多忙を理由に、なかなかその期待に応えられないことを心苦しく思っていたが、連載開始のご報告をしたときには、本当に喜んでいただき、ほっとした。本書の初校の段階では、よりよい本になるようにとたくさんのコメントをくださった。13年間温めたからこそ、博士論文以上に読み応えのある書物になったと思っていただければ幸甚である。
 また、本書の企画に際しては、医学書院の七尾清氏には当初よりご支援をいただいた。そして、編集者として何度も足を運び、出版までの道をつくり辛抱強く支えてくださった早田智宏氏の助けがなければ、仕上げることは難しかったと思う。お二人にも心より感謝申し上げたい。

 平成二十八年十二月
 勝原裕美子
文献
(1)Silva M (Ed.): Ethical Decision-Making in Nursing Administration: Norwalk, Connecticut, Appleton & Lange. 4, 1990.
(2)フリーマン RE、ギルバート Jr DR著、笠原清志監訳:企業戦略と倫理の探求、文眞堂、1999.
(3)ウエストン A著、野矢茂樹、高村夏輝、法野谷俊哉訳:ここからはじまる倫理、春秋社、16-20、2004.

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 プロローグ

第1章 よりよく生きたい
 よりよく生きるとは
 よい仕事とは
 倫理とともに生きる
 価値観を大切にして生きる

第2章 病院という社会で
 一般社会と異なる道徳システム
 医療における倫理の3つの視座

第3章 気づく人、気づかない人
 気づく力は、経験年数に比例するか
 気づく人が、気づかない人になっていく
 管理者も気づきを封印してしまうことがある

第4章 倫理的問題はどこにあるのか?
 誰にとっての倫理的問題なのか
 看護師長の倫理的問題を俯瞰してわかったこと

第5章 管理者の“役割”を生きる
 優秀な管理職とは
 役割とアイデンティティ
 4つのアイデンティティと17の道徳的要求
 4つのアイデンティティを同時に生きるために

第6章 ジレンマと苦悩
 “道徳的要求”に優先順位をつける
 倫理的問題の3つのタイプ
 道徳的苦悩を引き起こす制度上・組織上の制約
 個人の問題を越えて

第7章 「意思決定する」ということ
 「意思決定」とは選択すること
 満足化原理に基づく意思決定
 定型的意思決定と非定型的意思決定
 ルールやマニュアルは、倫理的意思決定に役立つか
 誰が意思決定するのか
 二重権限構造に潜む倫理課題

第8章 意思決定したことは成果を上げているのか
 倫理性が限定される
 倫理が後退する
 問題が解決しない

第9章 倫理的なリーダーシップとは
 「リーダーシップ」と「倫理」を結びつける試み
 倫理的リーダーシップとは
 倫理的リーダーシップの影響

第10章 「静かなリーダーシップ」という型
 「静かなリーダーシップ」という考え方
 「ヒーロー型リーダーシップ」と「静かなリーダーシップ」の違い
 看護管理者にみられる「静かなリーダーシップ」
 「静かなリーダーシップ」に必要な能力

第11章 倫理的問題をくぐって形成されるキャリア
 「キャリア」と「倫理」の接合の試み
 看護部長の倫理的問題のくぐり方
 よりよく生きるために

第12章 管理者の倫理的意思決定プロセスモデル
 倫理的意思決定を示すモデル
 「経験」や「環境」による「倫理的感受性」の育み
 倫理課題の「認識」を経て、「価値判断」へ
 「価値判断」を経て、「意思決定」へ
 意思決定後の「内省」を経て、経験へ
 「管理者の倫理的意思決定プロセスモデル」を用いた事例検討
 管理者の倫理的意思決定プロセスモデルの特徴と使い方

 エピローグ
 文献
 事例一覧/図表一覧

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一人の人間として,いかに倫理的に振る舞うか
書評者: 松村 啓史 (テルモ株式会社取締役顧問)
 本書は,社会に生きる人間として守るべき「倫理」という秩序を,組織の「管理」の中でいかに貫くかを看護師,医療者,そして人間と,立場を変えた視点から深く掘り下げています。また,従前,あまり光が当たってこなかった現場での倫理的問題を現実に即して追究しています。取り上げられた数々の事例が頭と心に突き刺さり,的確な課題対応について考えさせてくれます。

 実際に倫理的問題に遭遇しても,安易に判断したり,周囲の空気や過去の事例にとらわれてしまったりして,もともと自分が持っている人間としての倫理観で考えられることが損なわれてしまうことが少なくありません。本書では,看護管理者たちへのインタビューを通して,さまざまな事例を引き出し,医療従事者のそれぞれの立場における倫理的価値観について考察を加えたかたちで構成されており,提示された「Question」などに答えながら読み進むうちに,自然と引き込まれている自分に気が付きます。図表も多く,内容が整理されて読みやすく,読者は読みながら考え,悩み,自己の倫理観を見直す機会とすることができます。

 著者は,看護管理者向けに「管理者の倫理的意思決定」という講義を長く続けてこられた研究者であり,実践者です。本書によって,病院という生死を扱う現場では,いかに適正な倫理を貫く姿勢を保つか,それを個人と組織双方の観点から学ぶことができます。また,職場風土によっては,個人の正義や良心,倫理観といったものに蓋をされていく可能性があることを懸念し,“感受性の封印”があってはならないとして警告を発しています。

 さらに,看護管理者のアイデンティティを“個人”“看護師”“組織人”“管理者”の4つに分け,法律や権利,経営,患者ニーズなどの17項目の道徳的要求を持つ局面を解説しつつ,「管理と倫理のはざま」で起こる倫理的問題をどう整理していくかを読者とともに考えます。

 今日,倫理的問題は,病院組織だけでなく,一般企業でも大きな問題となっていますが,なかなか明るみに出ないことのほうが多いのが実情です。発生した小さな事例に蓋をしてしまうことで,後々大問題に発展することは少なくありません。著者はインタビューで得た「隠してしまったことのほうが,してしまったことよりも罪が重い」(p.54)という言葉に光を与えています。これは至言であり,命にかかわる仕事に限ったことではありません。

 また,「職業的な専門知識や技術をもつことと,その人の倫理的判断が妥当であるかどうかは関係ない」(p.195)というクーゼの言葉を示し,組織図上の権限と,職種による権限の,二重権限構造という病院ならではの指示命令系統が生まれている実情を浮き彫りにしています。このような医師と他の職種の間で,しばしば起こる医療現場独特の意思決定による倫理的問題が生じないよう注意喚起をしています。

 リーダーが,管理者である前に一人の人間として倫理的に振る舞い,自らがロールモデルとなることを促す名著だと思います。組織に身を置く人なら,必ずと言っていいほど経験する“同じような”事例で,頭の整理をしてみてはどうでしょうか。
組織の倫理的問題を考える道しるべに
書評者: 浅井 文和 (医学文筆家/元朝日新聞編集委員)
 広告代理店大手,電通で起きた新入社員の過労自殺が昨年,大きな社会問題になった。会社と上司は労働基準法違反の疑いで書類送検され,社長は引責辞任した。この会社の中には,異常な長時間労働を「なんか変だ」と感じていた社員はいたことだろう。それでも,「やっぱり変だ」と問題提起して組織を変えようとした社員はいなかったのだろうか。
 本書は,組織の倫理に関する研究書であり手引き書だ。組織で起きる倫理的ジレンマについて,具体的な事例を基に検討し,倫理的な意思決定をするためのプロセスを論じている。著者は大学教員を経て,聖隷浜松病院で副院長兼総看護部長を務めてきた。昨年退職され,長年温めてきた研究成果をまとめて本書が完成した。

 検討されている事例は,例えば,看護部長が外科手術での医療事故が隠蔽されている事実を知ったときにどうするか。事例にかかわる医師,看護師ら多くのメンバーの倫理的課題を分解し,整理し,構造を明らかにしていく。読者は提示された問いに答えていくうちに,倫理的な意思決定が身についていくという仕組みだ。

 このような具体例は看護の現場で起きたことなのだが,倫理的ジレンマは看護の世界だけで起きているわけではない。会社や官公庁,学校,病院など,あらゆる組織が倫理的ジレンマを抱えて苦しんでいる。

 現実には,倫理的問題の当事者であってもなかなか直視して取り組めない。どうしていいかわからない。倫理的リーダーシップを発揮できない。意思決定をするのが難しい。「個人的には長時間労働は健康に良くないと思うけど,管理職としては無理をしてでも仕事を期限内に完成させなければならない」などと,異なった役割の間で葛藤する。

 本書で展開される倫理的検討のプロセスは,長く会社組織の中にいた私の目には非常に貴重なものに見える。このような組織倫理の問題を系統立てて論議する機会が日本の会社組織では得難いからだ。組織の倫理的問題をどう捉えたらいいのか,学ぶ機会もほとんどない。経営倫理学について本書が「米国のビジネススクールでは当たり前のように教授されている科目であるが,残念ながら,日本ではいまだに一般的とはいえない」(p.220)と指摘している通りだと思う。

 そういう意味で,本書の読者を病院の看護部長,看護師長だけに限るのはもったいない。ビジネス書として,会社の管理職が読んでも,目の前に直面した複雑に入り組んだ倫理的ジレンマをどう考え,どう意思決定したらよいかのヒントがある。管理者の役割とは何かを見つめ直すことができる。

 倫理的な意思決定のプロセスは,すっきり爽やかに割り切れるものではない。道徳的苦悩に満ちている。時として苦悩の大きさに圧倒されそうになる。だからこそ,道しるべになる本書の価値はかけがえのないものに思える。
倫理的意思決定プロセスをふに落ちるようにナビゲート(雑誌『看護管理』より)
書評者: 福井 トシ子 (日本看護協会 会長)
 本書は,看護管理者がそれぞれの立場で,例えば看護部長でも看護師長でもその役割について,あらためて熟考することが求められる書です。看護管理者が組織内で担うべき役割について,そしてリーダーとしてどのような行動指針を持つべきか,行動するために選択する,つまり決めるという意思決定プロセスについて,その構造も含めて,読者に問いかけ,ふに落ちるようにナビゲートしてくれます。

◆看護管理行動1つひとつに関与している倫理への気づき

 本書ではまた,多数の看護管理者の管理場面事例を用いて,看護管理行動と倫理について解説されています。役割や行動,行為の選択の1つひとつに,倫理が関与していることの気づきを与えてくれます。著者は,「いくら卓越した技能や知識をもっていたとしても,そこに倫理性が伴わなければ,よい仕事とはいえない」(p.9)と先達の研究を紹介しながら,“よい仕事と倫理の関係”,また“よりよく生きること”“よりよく生きたいということ”について問いかけます。そして,よりよく生きるとはどういうことを指すのか,よい仕事とはどのような状況下にあるのか,看護管理者に投げかけてくるのです。
 “組織のはざまにいる看護管理者”へ,組織で生きるということと,看護管理を担うということを,よりよく生きていますか? よい仕事をしていますか? と問いかけています。この問いに私たちは,どのように答えたらよいでしょうか。その解は,第11章「倫理的問題をくぐって形成されるキャリア」から,よりよく生きるためのヒントとして得ることができるように思います。

◆選択し決定したことは,内省を通して経験に

 事例として登場する多数の看護管理者の語りは,選択すること,決めること,つまり意思決定することの困難さと責任について,振り返ることの意味を教えてくれます。意思決定した後に,つまり「選択した」「決めた」後にどうするか,そのままではよりよく仕事をしたことにはならない,内省を経て経験にしなければならないと説きます。次の倫理課題への向き合い方を説きつつ,内省することの必要性に著者は気付かせてくれます。自分自身の行動や行為,言語に対する覚悟を持たせられると言ってもよいのかもしれません。
 第12章「管理者の倫理的意思決定プロセスモデル」を用いた事例検討は,内省して経験に昇華するための“道しるべ”になることは間違いないでしょう。ここで示された枠組みによって,看護管理者として意思決定したプロセスが整理しやすくなります。漠然としていたことも明確になってくることが実感できると思います。プロセス重視という考え方も,論理を整理して筋道を立てるという点から大いに役立つのではないでしょうか。
 今後も著者が,この組織と倫理の研究を続けてくださるのならば,二重権限構造に潜む倫理課題に取り組んでほしいと思いました。看護管理者のみならず,病院という組織に潜む権限構造のはざまで,ジレンマとともによりよく仕事をしようとがんばっている第一線の看護職が多数にのぼるからです。
 本書でも,“やらまい勝ちゃん”(著者が前職で綴っていた大人気ブログのタイトル)が,看護管理者にたくさんの勇気をくれます。

(『看護管理』2017年12月号掲載)

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