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神経科学-形態学的基礎 間脳[1]
視床下部

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神経研究の揺籃期から今日に至るまでの歩みを書きとめた歴史的大著。歴史的基盤に立脚し,形態学的事実を生理学,生化学,分子生物学,分子遺伝学などの知見と融合させて詳細に解説。神経科学研究の鳥瞰図的大作。
佐野 豊
発行 2003年09月判型:B5頁:576
ISBN 978-4-260-11884-2
定価 19,800円 (本体18,000円+税)

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[間脳の構成と発生]
 1. 境界と表面観察
 2. 個体発生
[視床下部]
 1. 視床下部の区分と核
 2. 神経分泌
 3. ペプチド産生ニューロン
 4. ヒスタミンニューロン系
 5. アミノ酸伝達物質
 6. 交叉上核と概日リズム
 7. 弓状核および食欲調節
 8. ステロイド
 9. 視床下部下垂体系
 10. 室周囲器官と髄液接触ニューロン系
文献
索引

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長い研究の流れを整理し,今日の脳研究の知見と問題点を明らかに
書評者: 藤田 恒夫 (新潟大名誉教授・解剖学)
◆研究者の道しるべとなる重厚な1冊

 二十世紀のドイツでは,医学のあらゆる分野においてHandbuchといわれる叢書が出版された。これは1冊を担当すべく編者から指名された将来有望な若手著者がその領域の世界の文献を捗猟し,その時点で得られている知見を詳細に記述したもので,ドイツ語文化圏の研究者の羅針盤のような役割を果たしてきた。

 組織学もご多分にもれず,神経系から内分泌腺,骨や軟骨に至るまで,あらゆる器官をカバーするMollendorffのHandbuchとよばれる重厚な数十冊があった。私たち解剖学者は,顕微鏡で未知の事象に遭遇するたびに図書館に駆けこんで,それがすでに誰かによって記載されているかどうかを,MollendorffのHandbuchで確かめたものである。Handbuchはドイツ人の性格とドイツ学界の風土に根ざした特異な所産で,他の国には存在しない。

 ところが,わが国の神経科学の泰斗,佐野豊先生が畢生の大作として著しておられるシリーズは,まさにHandbuchの規模と格調をもつ叢書であり,研究者の道しるべとして頼りがいのある参照源といえる。第I巻「ニューロンとグリア」(1995,金芳堂),第II巻「脊髄・脳幹」(1999,金芳堂)に続いて今回の第III巻(2003)は医学書院から出版され,間脳の第一部:視床下部に当てられている。各1000ページを超えた前2巻よりは薄いが,560頁の重厚な1冊で,200ページにわたる膨大な文献表だけでもその価値(研究者の利用度)は計りしれない。

◆「読みもの」として楽しめる本文

 本文を読んでみよう。この巻の冒頭で説かれるのは,間脳の構成である。間脳がどのような形態単位から成立し,機能に対応しているか。著者は,19世紀末のHisやKupffer以来,多くの形態学者が「個体発生」と「系統発生」を鍵に積み重ねた研究を整理する。その中で,(1)Herrick(1910)は縦走性細胞柱による縦の区分を詳細にし,(2)Baer(1928)以後は横の区分(分節性)の研究が進み,Bergquist(1952―55)は分節性の研究をさらに発展させ,これが神経上皮の局所ごとに存在する細胞増殖域に対応すると提唱した。そして近年(3)Akam(1982),Wilkinsonら(1989)以後,胎児脳における遺伝子発現(hoxとKrox20に相同の遺伝子など)が検索されるようになると,これら縦割り・横割りで生じる脳の格子状の区分に,遺伝子発現パターンが対応することが明らかになる。こうして遺伝子発現を鍵にすることで,古典的な形態学の知見が生き返り,間脳の格子構成のパターンが確実で詳細になったばかりでなく,従来未解決だった前脳までもが,6分節に分割されることになった経緯が語られる。たくさんの適切な図が理解を助けてくれる。

 著者の流儀はこのように,複雑な今日の知見と問題点を,長い研究の流れを整理することで解き明かそうとする。それによって読者は,重要な業績の生まれた経緯とその意味を鮮明に理解できるばかりでなく,問題解明に取り組んだ研究者たちの労苦と栄光を知って,深い感銘を覚えるであろう。冒頭でやや礼賛調で紹介したドイツのHandbuchとこの本とは,そのような点で大きく趣きを異にする。Handbuchは詳細な記述の集積で,研究者が折にふれて開いてみる参照源であることが一般だが,本書は拾い読みしても通読しても興味の尽きない「読みもの」になっている。学問というものは面白い,奥が深いと感動を与えてくれ,さらに読み進みたくなる。

 「神経分泌」や「視床下部下垂体系」などの章は,著者自身がその研究の歴史の中心にいたことから,ストーリーが(おそらく現在世界の誰が書くより)豊富で鮮明で,読む者は血湧き肉踊る心地を覚える。

 本書の内容は形態学の枠を越えて,関連領域にひろがり,まさに形態学を「基盤」にした「神経科学」の書となっている。事実,ペプチドおよびアミン性伝達物質やそのレセプターについては生化学的な解説に,概日リズムでは生理学や動物学に,多くのページを用いている。「ステロイドと脳」についても,大きな章を設けて新しい研究の流れを解説している。

 本書は本文が「読みもの」になっていることはすでに強調したが,さらに随所に設けられた囲み記事が読者をくつろがせてくれる。「余滴」のコーナーでは,本文に関連するさまざまな問題について,著者自身の長い研究体験からにじむ蘊蓄を傾けたり,研究者たちへの貴重な示唆を与えたりする。また人物コーナーでは大きな功績をあげた解剖学者や生理学者のミニ伝記を,貴重な肖像写真とともに楽しむことができる。ここにも学問の先達たちへの著者の敬愛の念が溢れている。

◆日本の脳研究の「Handbuch」

 著者佐野豊先生は,青年のような情熱と気力をもって,この叢書の執筆に励まれ,今後引き続き脳幹から小脳や大脳に攻め昇ろうとしておられる。世界の学界にも稀な快挙というべきであろう。

 ところが仄聞するところによれば,このシリーズの売れ行きは期待ほどでなく,前2巻を出版した書店が手を引いたので,医学書院がこの第3巻からの出版を引継ぐことになったという。採算を無視して学問に貢献しようとする医学書院に満腔の敬意を表したい。

 しかし本来,佐野先生の意気に感じその偉業を支援すべきは,出版社よりも,その本の恩恵を受ける研究者であるべきであろう。自国の学者が成しとげた価値ある仕事を正当に評価し,その営為に共感し,その本を購うことで支援の気持ちを表す,という気風というか習慣が,日本の学界には足りないのではないだろうか。そういうアカデミックな土壌がなければ,舶来尊重主義から脱した独創的な日本の学問は育たないであろう。

 そこまで大上段に振りかざさなくとも,ともかくこの1万8000円という破格の安さの本は,脳の研究者が個人で購入して座右に置いて楽しめる1冊である。まして,医学生物学系の図書館には,そして研究室の書架にも,日本の脳研究の「Handbuch」として必ず備えてほしいと希うものである。

神経科学研究の歩みを記した渾身の大著
書評者: 河田 光博 (京都府立医大教授・解剖学)
 本書は渾身の書である。視床下部研究の歴史からはじまり,最新の研究成果までが網羅された肉厚の大著である。神経解剖学者50年の歩みの集大成として,佐野豊先生の生きざまの書でもある。解説の美しい日本文が小気味よく読む者の脳を刺激し,整理された知識がドイツ古典派の音楽のように私たちの脳細胞の間にしみこんでくる。

◆神経科学研究を俯瞰

 『神経科学 形態学的基礎 間脳[1]視床下部』は,同シリーズ「I.ニューロンとグリア」,「II.脊髄と脳幹」に続く第3巻にあたる。いずれも佐野豊先生の単著であり,前2冊はともに,1,000ページを超える大作であり,第3巻は視床下部に限定しているが561ページにおよぶ。本書は視床下部の発生も含めた神経核の詳細な解剖学からはじまり,下垂体後葉ホルモンの古典的神経分泌,視床下部前葉調節ホルモン,ペプチドニューロン,ヒスタミン,アミノ酸伝達物質,交叉上核と概日リズム,レプチンをはじめとする食欲調節,さらにステロイドと脳の性差,下垂体と続き,最後に室周囲器官と髄液接触ニューロンまで詳述されている。

 本書の特記すべき点は,神経核の定義や神経回路,ホルモンやアミン類の化学組成や分布,さらに機能にまで踏み込んだ,まさに旧来の学問分野を横断的に俯瞰したところにある。網羅的であるが,これらが驚くほど整理されており,痒いところに手が届く感を与える。本書での分類や用語法は,どのような経緯で神経核の名称や区分がなされたのか,歴史的な業績に遡りながら今日的意義に基づいて結論が導かれているため,最も信頼がおけるものである。

 次に,文献の充実が素晴らしく,総ページ数の1/3以上にあたる200ページが引用文献に費やされていることである。多くの書にありがちな文献の孫引きではなく,著者自らが原著論文を集め,読み下し検証したものであるため,統一されたフォーマットで見事に整理されている。2003年までに至る重要な文献検索は,本書をひも解くことで完結されると断言できよう。それが著者の本書にかける大きな意気込みでもある。

◆日本語で書かれた世界に比肩できる名著

 本書の底に流れる思想は,MollendorffのHandbuch der mikroskopischen Anatomie des Menschenというバイブル的なドイツ語で書かれた形態学の全集に通じるものがあるが,それを超える豊富な内容に満ちている。本書で扱われる脳の領域は著者が永年研究対象としてきたこともあり,発見に携わった人たちとの個人的な交流からでしか知り得ない秘話などが,「余滴」として随所に紹介されている。室周囲器官など脚光をあびてこなかった分野も十二分に記載されているなど,佐野豊先生以外にはこの種の本の著作はあり得ないと言っても過言ではない。日本の著書の多くは欧米から出版される書物に対して見劣りが否めなかったが,本書は日本語で書かれた世界に比肩できる名著である。

 本書の刊行は,神経内分泌学はいうにおよばず,内分泌学,比較内分泌学,生殖科学など,医学,生物学,農学,水産学の生命科学の第一線の研究者にとって福音となるべきものであり,体系化された知識と研究思想の流れが1冊の本に凝集されている。最後に,本書の出版に深い理解を示された医学書院の見識にも敬意を表したい。

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