アメリカ医療の光と影
医療過誤防止からマネジドケアまで

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なぜ医療過誤は起こるのか? どうしてマネジドケアは失敗したのか? 医療を市場原理に委ねた時、何が起こるのか? 前作『市場原理に揺れるアメリカの医療』で話題をさらった著者が、苦闘する米国医療の現況から現代医療の根本問題に迫り、21世紀医療の原則を示す、待望の米国医療に関する読み物第2弾。医療は変わらなければならない!
李 啓充
発行 2000年10月判型:四六頁:272
ISBN 978-4-260-13870-3
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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I 医療過誤防止事始メ
II DRG/PPS導入が米国医療に与えたインパクト
III マネジドケアの失敗
IV マネジドケアと米国薬剤マーケット
V 米国医療周辺事情

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この本だけは眉唾モノではない!
書評者: 向井 万起男 (慶大助教授・病理診断部)
 私は,この本を貪るように読んだ。
 李啓充氏の著作なので読み始める前から予想はついていたことだが,読み終えて,つくづく凄い本だと思う。
 氏の稀有な才能については,前作『市場原理に揺れるアメリカ医療』(医学書院刊)を読んだ方は先刻承知のことだろう。膨大な資料を収集・整理する才能,そうした資料から本質を掴み取る才能,そしてなんといっても,読者を引きずり込んで離さない驚くべき筆力。(ついでに言っておくと,大リーグ野球に詳しい氏の本には,アメリカ医療に関連させて大リーグ野球の挿話が登場するが,これが泣けてくるほどイイ。“大リーグ野球に一番詳しい医師”という自負を持っている私としては,強力なライバル出現に脅威を感じてもいるが)

◆ビンビン伝わる凄まじい迫力

さて,前作と同様に,この本にも氏の才能はいかんなく発揮されている。しかし,この本はある点で前作を凌いでいると私は思う。アメリカの医療について論じていながら,日本の医療が抱える問題点を読者に鋭く問いかけてくる迫力という点でだ。ビンビンと伝わってくる凄まじい迫力! アメリカ医療のさまざまな問題が論じられているが,こうした迫力の点からいうと,なんといっても「医療過誤」を論じた前半が圧巻だ。
 最近,日本では「医療過誤」のニュースが相次いでいる。かつてないほどに医療関係者に向けられる目は厳しい。しかし,同じような「医療過誤」が医療先進国のアメリカでも起こり,大問題となっている。投薬量の間違い,臓器取り違え手術などといった,われわれ日本人にとっても近頃身近なものとなってしまった事例も起こっている。これは,考えてみれば当たり前のことだ。どこの国の人間だって,人間である以上,間違いは必ず犯すわけだから。でも,著者が実際の事例を詳細に書いてくれているのを読むと,あの医療先進国アメリカでもこんなことが起こっているのかと少しは驚くけれど。

◆著者の突きつける主張に激しく共感

しかし,心底驚くのは,ここから先だ。「医療過誤」が起こってしまってからの対処について。アメリカの病院の対処の仕方,医療界・国をあげての「医療過誤」再発予防への取り組み方を紹介しながら著者が展開する主張には,日本で医療に携わる者は驚きと新鮮な感動を覚えざるを得ないだろう。“誰が間違いを犯したではなく,なぜ間違いが起きたかが問われるべき”,“処罰されるという恐怖感から医療者を解き放った上で自己申告を促さなければならない”,“医療チームにおける「医師の指示は絶対」というカルチャーは医療過誤を産み出す”……。
 「医療過誤」が起こってしまった時,“個人の不注意を責めたり”,“われわれは同じ過ちを繰り返さないように,これからはいっそう気を引き締めて注意しましょう”という精神論的再発防止策では何も解決しない,医療が十分な透明性と説明責任を伴わなければ人々の怒りを生む,というのが著者の姿勢だ。アメリカの「医療過誤」の歴史,事例を詳しく述べながら著者が突きつけてくる主張に読者は深く,激しく共感せざるを得ないはずだ。
 ところで,誰しも知るように,世の中というのは,つまるところ,お金で動いている。医療の問題だって,お金のことを抜きにした綺麗ごとだけを言っているわけにはいかない。医療におけるお金という問題はきわめて重要だ。医療提供側にとっても,患者側にとっても。今,日本の健康保険制度は破綻を来すのではないかと心配していない人はいないだろう。この本の後半は,この「医療とお金」という切実な問題を扱っている。
 日本とアメリカでは保険制度が異なる。しかし,“お金の問題”と“医療の質”を天秤にかけて,医療提供側と患者側の双方が納得できる方策を見出すためにアメリカが右往左往している様子を読んでいると,他人事とは思えなくなる。日本だって,同じ問題で右往左往する時期が目の前に来ているのだから。その時期に備えて,この本を読んでおくのは大変参考になる。アメリカの失敗や反省をわれわれはしないように済ますことができるかもしれないのだから。
 “必読の書”と謳った本は眉唾モノというのが相場だ。しかし,この本は,医療に携わる人,医療に少しでも興味のある人にとって(ということは,すべての人にとってということになるか)本当に“必読の書”だ。私は自信を持って言う。この本だけは眉唾モノではないですよ,皆さん!

米国の現状を驚愕しながら知り,明日の日本を考える
書評者: 大島 弓子 (山梨県立看護大教授・看護学)
◆米国医療の現状を的確に伝える

 21世紀を迎えて,看護を取り囲む周辺の動きは20世紀のそれよりも,早くなる気配が濃厚である。われわれは正しい情報をいち早く捉え,その対策を立てることがさらに必要になってきていると思われる。
 本書はアメリカにおける医療の現状を丁寧に伝えてくれるものである。『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院刊)に続いて「週刊医学界新聞」に連載された『アメリカ医療の光と影』に,数本の別論文を加えて単行本化されたものだが,連載時から興味深く読んでいた人も多いと思う。
 アメリカの医療はその是非を問わず,われわれに多くの影響を与えている。したがってアメリカ医療の現実を正視し,その事実が何を意味するかを十分に吟味することで,われわれの周囲で起きている問題の解決を,より確かな方策で立案できると思う。本書は,そのアメリカにおける情報を具体的,かつユーモアを交えて多様な角度で提供しており,さらに,日本の現状に対しての問題提起をも示唆している。
 本書は「医療過誤の現状」「DRG/PPS導入」「マネジドケアの現在」「米国薬剤マーケット」「米国医療周辺状況」「患者アドボカシー」の6つを主なテーマとして構成されている。

◆患者/家族を大切にする医療とは

 I 章はアメリカにおける医療過誤の現状についての記述であるが,筆者の語り口は興味深い。本質を語るのに実際の事例は具体的でわかりやすく,かつ,その他の思いをイメージさせてくれる。7歳の「ベン・コルブ」君の例もそうである。彼は耳鼻科の再手術で生命にリスクの高い状況ではなかったと思われたが,手術室から生きて還らなかった。医療過誤と思われるこの状況に対し,この医療施設は迅速に,かつ,徹底した原因の究明をし,その説明をまず第1に家族に行なった。この対応は,苦しみ悲しんでいる家族に誠実な姿勢と受け止められた。医療過誤はややもするとうやむやにしてしまおうとする傾向があるが,大切なことは患者や家族にとって「正しいことをする;to do the right thing」ことであるとしている。真に患者/家族を大切にした医療を行なうということはこういうことだと著者も指摘しているが,筆者もそう思う。
 また,医療過誤防止に「Who?」ではなく「Why?」が大切なことも上げられている。この章の他の具体例も非常に興味深く,思わず,日本の現状との対比を考えながら目を皿のようにして頁をめくってしまう。
 V 章の「米国医療周辺状況」では「市場原理に揺れ動く米国産科医療」の話題が述べられている。この中で,マネジドケア由来のドライブスルー出産では,思わずアメリカで出産した友人の辛い体験談を思い起こしてしまった。アメリカ生活に満足している彼女ではあるが,産後すぐの退院に「日本での出産が羨ましい」と嘆いていたからである。また,公的医療保険メディケイドを使って出産する低所得層が「安定収入源」とみなされ,その患者獲得のために施設を整備する話題はブラックユーモア的であり,アメリカの医療経済の現状を端的に表していると考えさせられた。
 アメリカの医療経済事情はわが国にとって対岸の火事ではない。しかし,このことをわれわれ医療に携わる者でさえ,十分に感じているとは言えない。ましてや現在の医療保険に身近に携わることのない人々にとって,このようなアメリカの現状を驚愕しながら知っておくことは,今後の医療や生活の課題をどう乗り越えていくのかを考える上の警鐘となると思う。カタカナと略語が多く,「ポケッタブル用語事典」のようなものがあると,さらに読みやすいとは思うが,医療者はもとより,多くの人にぜひ,読んでもらいたいと思う1冊である。

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