痴呆の症候学
[ハイブリッドCD-ROM付]

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痴呆の臨床は、その多彩な病態と複雑な対応の仕方によって現在、重大な岐路に立たされている。本書は、長年の著者の経験に基づいて、アルツハイマー病とピック病の鑑別を中心に、その症候を分かりやすく説明するとともに、CD-ROMを供覧して症候の本質を提示する。高齢化とともに増大する痴呆を学ぶ人にとって、願ってもない贈り物といえる。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
田邉 敬貴
シリーズ編集 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴
発行 2000年10月判型:A5頁:116
ISBN 978-4-260-11848-4
定価 4,730円 (本体4,300円+税)

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  • 目次
  • 書評

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第1章 なぜ今,痴呆の症候学か
第2章 症候学理解のための機能解剖学
第3章 脳機能の解体は言動に反映される
第4章 三位一体の脳からみた痴呆の異常行動
第5章 アルツハイマー病の症候学
第6章 ピック病の症候学
第7章 痴呆のケア
第8章 薬物療法と看護・介護
第9章 おわりに
総説文献
付録:痴呆の症例集(CD-ROM解説集)

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痴呆に関与するすべての医療関係者に
書評者: 大東 祥孝 (京大人間環境学研教授)
 本書『痴呆の症候学』は,田邉教授によって,書かれるべくして書かれ,出るべくして出た,待望の書であると言ってよい。もうだいぶ前のことになるが,京大の故大橋博司教授のもとで共に勉強する機会を持てたことが,私にこの本の持つ意味のより深い理解を可能にしてくれているように思われる。私たちは,大橋博司教授の薫陶を受けて,精神神経学の領域における臨床神経心理学の大切さを深く学ぶことができたのであるが,本書は,いわばそこが原点になっているという気がする。その後,氏は独自の学問的展開を遂げられ,独特の学風を形成されるに至り,それが今回の『痴呆の症候学』となって結実したのだと思われる。
 「なぜ今,痴呆の症候学なのか」を自ら問い,「いまや患者さんを診れば十分な精度で診断が可能であるし,何よりも患者さんが抱えた問題点を浮き彫りにできるようになっている。ただし,この痴呆の症候学的展開は,未だ実地の臨床の場に還元されているとは言いがたい状況である」,だからこそ,本書を執筆することにしたという著者の意図を私はよく理解できるし,そうした意図のもとに書かれたということに,ある種の感慨すら覚える。日ごろ症例検討会などで氏と語っていて思うのは,その透徹した観察眼に裏打ちされた臨床神経心理学的視点の斬新さと明快さ,である。このことは,本書においても随所に認めることができる。

◆臨床的行動観察の重要性を強調

 痴呆の理解が,ややもすればテスト重視,スケール依存となりがちである従来の傾向に絶えず警鐘を鳴らし,臨床的行動観察の重要性を強調される氏の立場は,例えば徘徊と周徊の区別や,自己身体定位障害の記載,Macleanの系統発生説等に依拠して展開される前方型痴呆の症候論的理解(被影響性の亢進,「わが道をゆく」行動,常同症状)などに,とりわけ如実に現れているように思われる。いま1つの魅力は,例えば失行を含む行為障害やその自動性と意図性の解離についての理解の仕方に端的に現れているように,神経生理学の最近の知見を大きく取り込んで自説を展開しておられることではないかと思う。

◆痴呆のケアの核心に

 ともあれ,こうした症候論重視の立場は,本書の中でも指摘されているように,現実的な痴呆のケアにとって不可欠のものである。痴呆は決して1つの事態ではない。きわめて多様で個性にみちた,いくつもの痴呆が存在しており,そうした「個性」をいかに尊重することができるかに,痴呆のケアの核心が隠されているということを,本書の読者はよく納得されるに違いないと思われる。
 それにしても著者の,多彩な変性痴呆についてのきわめて豊富な臨床経験には驚かされるばかりである。1つにはその人徳によるところが大きいに違いないと察するが,実のところは,多くの人が眼にしていながら,いわば見逃していた症候に鋭く注目して,わかりやすく概念化してゆくという田邉教授の独特の才能に帰着する部分も決して少なくないのではないかという気がする。
 痴呆に関与する医療関係者すべてに,ぜひお勧めしたい書である。

痴呆にとどまらず,人間の行動の根元を考えさせる1冊
書評者: 岩田 誠 (東女医大教授・脳神経センター)
◆アーノルド・ピックの肖像

 本書の表紙にはアーノルド・ピックの写真がついている。理由は明白だ。著者がなぜピックの写真で本書の表紙を飾ったのかを知ることが,本書を読む意義なのである。
 評者の目から見て,わが国における神経心理学の研究者のうちでも,本書の著者ほどユニークな活動を続けている人はいない。その彼がここしばらくの間,最も力を入れて研究してきたのが,本書のテーマ「痴呆の症候学」である。著者の頭の中において,最初はモヤモヤしていたというこのテーマがはっきり姿を現してくるに至る過程を,評者たちは学会や研究会で逐次見守ってきた。著者の話は,聴衆にとっていつも実にstimulatingである。著者が発表を行なう学会は,必ず盛り上がる。
 しかし,神経心理学的な障害のために,さまざまな状態を呈する患者を克明に見つめる彼の眼差しは,神経心理学における観察者としての冷静さを持つと同時に,人間を見る優しさに溢れている。人間に出会う嬉しさに満ちている。今日の脳科学が,ともすれば人間そのものを忘れがちなのに対し,著者がこの書物の中で淡々と述べていく人間の姿は,痴呆という概念などを通り越して,人間の行動の根元を考えさせてくれるのである。

◆神経心理学に課された役割

 「脳の世紀」に突入するにあたって,神経心理学は,神経科学と精神医学との間にぱっくりと口を開けた深い谷間に,太く頑丈な橋を架けることを要求されている。誰でも安心して通れる信頼できる橋がほしいという声が,そこここから聞こえてくる。
 本書の著者は,その困難な仕事に手をつけ始めた。だが,この書物は著者にとっての到達点なのではなく,読者にとっての出発点なのである。一緒に橋を架けるのを手伝ってくれないか,著者は,そうわれわれに呼びかけているのだ。そして著者は気がついている。アーノルド・ピックも同じ呼びかけをしていたことを。しかし,早すぎたピックには,ついていく人はいなかった。本書の著者には,たくさんの仲間がついていくことを期待したい。

著者の独特の観点が見事に結実した痴呆の症候学
書評者: 小阪 憲司 (横浜市大教授・神経医学)
◆CD-ROM化された著者の症例

 本書は,〈神経心理学コレクション〉シリーズの第2作目である。第1作目は山鳥重,河村満著『神経心理学の挑戦』であり,山鳥氏に河村氏が質問するという対談形式で記載され,山鳥氏の考え方が,直接話を聞いているような感じでわかりやすく,興味深く読めた。本書も,小冊子ではあるが,関西弁まるだしの著者のユニークな講演を聞いているかのようで,著者の考えがひしひしと伝わってきて,わかりやすい(ただし記述は関西弁ではない)。著者は神経心理学を専門とする神経科の教授であり,「序」で記載されているように,早くから「痴呆研究の泥沼」に足を踏み入れたが,結果的には成功した貴重な痴呆の臨床家であり,研究者である。
 本書は,「第1章なぜ今,痴呆の症候学か」から始まり,「第2章症候学理解のための機能解剖学」,「第3章脳機能解体は言動に反映される」,「第4章三位一体の脳からみた痴呆の異常行動」,「第5章アルツハイマー病の症候学」,「第6章ピック病の症候学」,「第7章痴呆のケア」,「第8章薬物療法と看護・介護」と続き,「第9章おわりに」となっているが,著者自身が経験した12症例が詳しくCD-ROMで付録としてついているのも,本書の特徴の1つである。

◆さらに高まる痴呆への関心

 本書では,痴呆のうち,アルツハイマー病に代表される後方型痴呆とピック病に代表される前方型痴呆の比較に焦点を当てて,痴呆の症候学を神経心理学的な観点から論じているが,そこに系統発生学的な観点を導入し,「ヒト脳では,爬虫類の脳,旧哺乳類の脳と新哺乳類の脳が三位一体となって働いている」というMacLeanの説からこれらの痴呆症患者の異常行動を見るという,著者の独特な観点が見事にあらわれていて,興味深く読むことができる。
 この点をもう少し詳述すると,「ピック病例で見られる“被影響性の亢進ないし環境依存症候群”は,前方連合野が障害され後方連合野への抑制がはずれ,後方連合野が本来有している状況依存性が解放された結果であり,「反社会的」とも称される本能のおもむくままの「わが道を行く」行動は,前方連合野から辺縁系への抑制がはずれた結果である。固執性あるいは常同症状は,前方連合野から大脳基底核への抑制がはずれ,自発性の低下は前頭葉自体の障害によって起こる結果として理解できる。一方,著者が“取り繕い,場合わせ反応”と呼んでいるアルツハイマー病の症状は,後方連合野が障害され外界からの情報を適切に処理・統合できないことに対する,多少ともすでに健全ではなくなっている前方連合野の反応と解される」と説明する。これは,「第4章三位一体の脳からみた痴呆の異常行動」に記載されているが,この章が本書の鍵となっている。
 これに続いて,「第5章アルツハイマー病の症候学」,「第6章ピック病の症候学」で両疾患の症候がさらに詳細に記載されている。ここでも,ありきたりの総説的な記述ではなく,上述した著者の独特な見方や考え方が伝わってくる。さらに,「第7章痴呆のケア」では,侵されている機能を把握するとともに,保たれている機能を知ることの重要性を指摘し,侵された機能へのリハビリはケアとして逆効果をもたらすことが多く,保たれた,あるいは残された機能をうまく活かすことがケア上大切であることを強調している。「第8章薬物療法と看護・介護」は,サラッと流している感じで,やや物足りなさを感じるが,本書が症候学の理解に焦点を当てているので,この部分をだらだらと説明することはかえって全体のバランスを崩し,これでよいのかもしれない。
 いずれにしても,痴呆に関心のある人にはぜひとも勧めたい手頃な小冊子であり,痴呆への関心がさらに高まるものと信じる。

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