QT間隔の診かた・考えかた
心臓突然死に深く関わるQT間隔の異常を多角的にまとめた
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心臓突然死に深く関わるQT間隔の異常を多角的にまとめた。活動電位、イオン電流、計測方法などの基礎的背景を前半に、先天性QT延長症候群、後天性QT延長症候群、Brugada症候群、薬剤の影響など臨床を後半に目次を構成。QT間隔と遺伝子の関係も詳しく解説。基礎と臨床の橋渡しを目的として、各項目に「読者と一緒に考えるQ&A」を設け、初学者の理解の助けになるよう工夫している。
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- 目次
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序文
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監修者序
有田 眞
Einthovenが絃線電流計を用いてヒトから初めて心電図を記録し,その波形の意味するところが,田原 淳による心臓刺激伝導系の大発見(1906年)によって初めて明らかになって,ちょうど100年が経過した。このとき命名された心電図棘波P,Q,R,S,Tは,以来変わることなく,今日まで悠久の歴史を刻んでいるように見える。すなわち心臓病の診断にとって,心電図ほど古くかつ安定的に使われてきた診断術はないといっても過言ではない。
本書はその名のとおり,「心電図QT間隔の診かた・考えかた」を学ぶことにより,その病態診断,治療,予後判定にまで広く応用できるようにとの思いから企画された。先に監修者らは1999年に『QT間隔の基礎と臨床: QT interval and dispersion』を上梓したが,幸い好評をもって迎えられた。しかし,その後の“QT-dispersion”なるものについての概念の変化,遺伝子異常とQT延長症候群など多くの研究の長足の進歩と臨床経験の蓄積,心電図の性差に関する基礎的研究の進歩など,次々に出てきた新しい情報を取り入れる必要に迫られた。そこで執筆者についても,日本の第一線で現に活躍中の研究者・臨床家に絞って一新し,新版本としてお届けすることにした。今回は「読者と一緒に考えるQ & A」など,親しみやすい囲み記事も加え,読者の理解を助ける工夫を試みたのでぜひご活用願いたい。
心電図のQT間隔は心室筋活動電位の持続時間にほぼ相当し,心室筋再分極の指標でもある。その変化・変動がこれほど注目される最も大きな理由は,その変動が不整脈,とくに致死的不整脈(malignant arrhythmias)の発生と深くかかわっているからであろう。非観血的に致死的不整脈の発生を予測する方法として,今までさまざまな提案がなされてきた。しかし,いずれもその特異度や的中率が低く実用性に乏しいものである。その点,たとえば心室筋再分極相の時間的変動を表すT-wave alternans(TWA)は,心筋梗塞後の患者,心不全を有する心筋症患者などにおける致死的不整脈の発生を予測するうえで,有用性が高いことが最近報告されつつある。また近年,新しく開発される新薬はすべて,開発の初期段階でその心電図QT間隔に与える影響をスクリーニングすることが義務づけられた。
このような社会的背景を考えても,心電図QT-Tに関する研究とその臨床における重要性は,今後益々増えることはあっても,決して減ることはないものと考えられる。本書が,「QT間隔の診かた・考えかた」のup-to-dateの指針として広く受け入れられ活用されれば,監修者としてこれに過ぎる喜びはない。
2007年 9月
有田 眞
Einthovenが絃線電流計を用いてヒトから初めて心電図を記録し,その波形の意味するところが,田原 淳による心臓刺激伝導系の大発見(1906年)によって初めて明らかになって,ちょうど100年が経過した。このとき命名された心電図棘波P,Q,R,S,Tは,以来変わることなく,今日まで悠久の歴史を刻んでいるように見える。すなわち心臓病の診断にとって,心電図ほど古くかつ安定的に使われてきた診断術はないといっても過言ではない。
本書はその名のとおり,「心電図QT間隔の診かた・考えかた」を学ぶことにより,その病態診断,治療,予後判定にまで広く応用できるようにとの思いから企画された。先に監修者らは1999年に『QT間隔の基礎と臨床: QT interval and dispersion』を上梓したが,幸い好評をもって迎えられた。しかし,その後の“QT-dispersion”なるものについての概念の変化,遺伝子異常とQT延長症候群など多くの研究の長足の進歩と臨床経験の蓄積,心電図の性差に関する基礎的研究の進歩など,次々に出てきた新しい情報を取り入れる必要に迫られた。そこで執筆者についても,日本の第一線で現に活躍中の研究者・臨床家に絞って一新し,新版本としてお届けすることにした。今回は「読者と一緒に考えるQ & A」など,親しみやすい囲み記事も加え,読者の理解を助ける工夫を試みたのでぜひご活用願いたい。
心電図のQT間隔は心室筋活動電位の持続時間にほぼ相当し,心室筋再分極の指標でもある。その変化・変動がこれほど注目される最も大きな理由は,その変動が不整脈,とくに致死的不整脈(malignant arrhythmias)の発生と深くかかわっているからであろう。非観血的に致死的不整脈の発生を予測する方法として,今までさまざまな提案がなされてきた。しかし,いずれもその特異度や的中率が低く実用性に乏しいものである。その点,たとえば心室筋再分極相の時間的変動を表すT-wave alternans(TWA)は,心筋梗塞後の患者,心不全を有する心筋症患者などにおける致死的不整脈の発生を予測するうえで,有用性が高いことが最近報告されつつある。また近年,新しく開発される新薬はすべて,開発の初期段階でその心電図QT間隔に与える影響をスクリーニングすることが義務づけられた。
このような社会的背景を考えても,心電図QT-Tに関する研究とその臨床における重要性は,今後益々増えることはあっても,決して減ることはないものと考えられる。本書が,「QT間隔の診かた・考えかた」のup-to-dateの指針として広く受け入れられ活用されれば,監修者としてこれに過ぎる喜びはない。
2007年 9月
目次
開く
第1章 QT間隔 総論:アナログからデジタルへ-そしてまたアナログへ!
第I部 QT間隔の基礎的背景と計測
第2章 活動電位の成り立ちとイオン電流
第3章 活動電位のシミュレーション
第4章 MAPとQT(ARIを含む)
第5章 性ホルモンとイオン電流
第6章 自律神経系によるQT間隔の制御とその異常
第7章 抗不整脈薬の電気生理学的作用
第8章 QTの計りかた,計測上の問題点,自動解析の進歩
第9章 薬剤による不整脈死予防のためのQTスクリーニングと国際標準化
第II部 先天性QT延長症候群とその類縁疾患
第10章 先天性QT延長症候群(LQT 1, 2, 5, 6, 7)
第11章 先天性QT延長症候群(K電流異常以外; LQT 3, 4, 8, 9, 10)
第12章 後天性QT延長症候群と遺伝子異常
第13章 Brugada症候群
第III部 QT間隔に影響する薬剤および病態
第14章 III群薬とQT間隔
第15章 各種薬剤とQT間隔
第16章 虚血とQT間隔
第17章 心不全とQT間隔
第18章 性差とQT間隔
索引
第I部 QT間隔の基礎的背景と計測
第2章 活動電位の成り立ちとイオン電流
第3章 活動電位のシミュレーション
第4章 MAPとQT(ARIを含む)
第5章 性ホルモンとイオン電流
第6章 自律神経系によるQT間隔の制御とその異常
第7章 抗不整脈薬の電気生理学的作用
第8章 QTの計りかた,計測上の問題点,自動解析の進歩
第9章 薬剤による不整脈死予防のためのQTスクリーニングと国際標準化
第II部 先天性QT延長症候群とその類縁疾患
第10章 先天性QT延長症候群(LQT 1, 2, 5, 6, 7)
第11章 先天性QT延長症候群(K電流異常以外; LQT 3, 4, 8, 9, 10)
第12章 後天性QT延長症候群と遺伝子異常
第13章 Brugada症候群
第III部 QT間隔に影響する薬剤および病態
第14章 III群薬とQT間隔
第15章 各種薬剤とQT間隔
第16章 虚血とQT間隔
第17章 心不全とQT間隔
第18章 性差とQT間隔
索引
書評
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基礎から臨床まで最新の知識・知見を把握し理解する
書評者: 橋場 邦武 (長崎大学名誉教授)
臨床的な「QT間隔」の概念には,QT時間の計測値だけではなく,T波形の種々の情報も含意されている。「QT間隔」についてはこの十数年間の基礎的・臨床的進歩は非常に大きく,このことは今回刊行された本書と1999年の有田・伊東・犀川編集の当時最新であった『QT間隔の基礎と臨床 QT interval and dispersion』を比較しても明瞭である。イオン・チャネル病としての重症心室性不整脈,抗不整脈薬の催不整脈作用の機序などとの関連において急速に研究が発展した「QT間隔」であるが,最近でもイオン・チャネル変異による新しい不整脈の発見なども含め,基礎的・臨床的にその内容が非常に深く広くなったばかりではなく,虚血や心不全の病態の理解や予後関連因子としての検討も行われている。「QT間隔」は不整脈や心電図に特に関心のある医師のみではなく,すべての循環器医にとって必須というべき領域となっており,この時期に本書が刊行されたことはまことに時宜を得たものといえる。
本書は,第I部:QT間隔の基礎的背景と計測(第1―9章),第II部:先天性QT延長症候群とその類縁疾患(第10―13章),第III部:QT延長に影響する薬剤および病態(第14―18章),に分けられ,3部/18章から構成されている。
第I部では基礎的な問題として,心室筋再分極過程を形成するイオン電流の種類と性質,各チャネルの構造と機能,それらの心室筋各層における特徴的分布,多くの基本的因子を含めた活動電位シミュレーション,などについての最新の知見がまとめられている。さらに基礎的な問題と,臨床心電図QT間隔との接点として,MAP(monophasic action potential)やARI(activation―recovery interval)などの意義,性ホルモンや交感神経の影響,計測法に触れている。臨床医が敬遠しがちな基礎生理分野の最近の知識が,理解しやすく整理され,興味深く解説されている。
第II部では従来のLQT1からLQT3に加えて,LQT10までが明らかになっている10のQT延長症候群の各型について詳述している。新しい変異による症候群の電気生理的機序,心臓以外の表現形としての臨床症状についての概説が述べられ,LQTSの最新の発展の知識を整理することができる。さらに後天性QT延長症候群における遺伝子異常の探究,Brugada症候群の問題点,QT短縮症候群,オーバーラップ症候群,などについても最新の知識が述べられている。
第III部では再分極相の延長が抗不整脈効果の主役であるIII群抗不整脈薬のそれぞれの特徴の比較がなされ,抗不整脈薬以外の各種薬物のQT延長作用,虚血におけるQT間隔変動の機序と意義,心不全におけるリモデリングとQT,QT間隔と性差,などの臨床における重要事項についての現状と見解が述べられている。
以上のように,本書はQT間隔についての最新の知見の概観を与えてくれるが,加えて各章ごとの末尾に『読者と一緒に考えるQ&A』という約1頁の解説が付けられている。これは質問したくても質問しにくい項目などが取り上げられており,読者に親切なばかりでなく,フォーマルな記載を離れてのコメントや追加によって,筆者が問題点を提供しているものもあり,興味深いコラムとなっている。
Einthovenから100年を経て,QTを中心とするこのような心電学の理論的・臨床的発展は壮観とも感じる。行き届いた編集による,第一線の専門家による著作は読みやすく,安心感がある。興味深く,また,臨床的に有用な本書を広く循環器医に推薦したいと思う次第である。
再注目のQT間隔の知識を詳細にかつコンパクトにまとめた一冊
書評者: 平岡 昌和 (東京医科歯科大学名誉教授)
心電図のQT間隔は日常臨床で簡単に計測できる指標でありながら,詳しい成因,正確な測定法,心拍数の変動をはじめとする様々な修飾要因とその意義,致死的な不整脈の予知など,利便性・重要性が認められながらも未解決の問題が多い,古くて新しいトピックスである。特に最近では遺伝性QT延長症候群の研究が進み,薬剤投与によるQT延長の発生から致死的な不整脈に至る副作用(薬物誘発性QT延長)が,薬物の開発・臨床応用への大きな障壁ともなっている。QT間隔は単に心電図の1指標にとどまらない臨床的にも意義の高いパラメーターである。本書ではQT間隔をめぐる基礎から臨床上までの問題点を幅広くとりあげ,それぞれの最新の知見を解説したものである。
QT間隔が再び注目を浴びたのは,遺伝性QT延長症候群の研究により分子・遺伝子の異常とその機能的背景が解明され,心筋活動電位を構成するイオンチャネルの欠陥が疾病や病態の発現に直接寄与することが明らかとなったことによる。さらにこれらの研究や臨床報告から多くの薬物がQT延長の副作用を有することがわかり,その機序は多種類のKチャネルの中で,QT延長症候群の原因遺伝子の一つであるHERG(KCNH2)Kチャネルを特異的に抑制するためであることが判明した。すなわち,QT間隔には分子・遺伝子レベルの病態発現から薬物使用時の副作用,新薬開発への障壁に至るまでの幅広い問題を包括している。
個々の心筋細胞の再分極のイオン機序は解明されてきているが,QT間隔の定義は心室の興奮の開始から再分極の終了までの時間とされるものの,今やその過程はとても複雑であることが知られており,どの時点・部位がQT間隔を示しているのかはわかりにくい。実際にQT間隔を測定するうえでは,目視法からコンピューターを用いての計測まであるが,T波の最終点,U波との識別など,その判定には意見の一致がない。
本書においては,QT間隔の心拍数変動とその補正,男女による正常値の違いとそのイオン機序,自律神経その他の体液性因子による調節,抗不整脈薬を含む心臓薬・非心臓薬など広範な薬物のQT間隔への作用,QT間隔の延長や逆に短縮によりもたらされる病態,各種病態におけるQT間隔の変化と成因などについて,最新の知見が記述・解説されている。執筆には,わが国で活躍中の専門家・中堅の研究者・循環器専門医のエキスパートがそれぞれの章を担当しており,各章において理論的背景,機序,最新の知見が詳細にかつコンパクトにまとめられている。
特に各章において「読者と一緒に考えるQ&A」として,詳しい分子レベルの質問から日常臨床でふと気がつく疑問などを取り上げて,簡潔にかつわかりやすく解説がなされている。本文でも理解できない,あるいはふと「何故だろう?」と気になる疑問点について納得する説明を得られる。各章の内容については基本的な事項から最新の知見までが含まれており,QT間隔に関連する基礎知識の有無にかかわらず,読者には恰好の書となるであろう。あえて欠点を挙げれば,分担執筆のために一部の重複や記述の重要度の認識がされにくいかとも思われるが,そのために本書の価値が落ちるものではない。
QT間隔の異常を多角的に学ぶ
書評者: 杉本 恒明 (関東中央病院名誉院長)
QT間隔は心室筋の興奮の始まりから終わりまでの時間である。そこには心筋細胞の興奮・伝導に関わるあらゆる情報が含まれている。間隔の異常は思いがけない突然死を予測させ,あるいは背景にある虚血や心不全などの病態を想定させる。本書はそのようなQT間隔のすべてについて最新の知識を与えてくれる。
QT間隔と突然死というと,まず思い浮かぶのは,先天性QT延長症候群であり,あるいは,薬剤によるQT延長である。先天性QT延長症候群が記載されたのは,1960年代であった。薬剤性のものは,歴史的な不整脈治療薬であるキニジンが使用されていた当時からキニジン失神として知られていた。1990年,CAST研究が不整脈の薬物治療に疑問を呈したとき,機械的かつ安易な治療薬使用が警告されたと考えたものもあった。
1991年,Keatingらが先天性QT延長症候群に遺伝子変異があることを発見したとき,それは大きな興奮をもって迎えられた。遺伝子解析の臨床への応用の幕開けであったのである。QT延長症候群の関連遺伝子は以来,つぎつぎと発見されて,今日では,10種類があるという。併せての細胞膜電流系研究の著しい進歩のおかげで,変異遺伝子の心筋細胞膜チャネル・タンパクのコードの仕方も明らかになってきた。他方,薬物によるQT間隔修飾は,不整脈治療薬にとどまらず,向精神薬,抗生物質,抗菌薬,抗アレルギー薬,脂質代謝薬,消化管薬など,広い分野の数多くの薬物にもみられることがわかってきて,新薬はすべて,開発の段階でQT延長のスクリーニングを行うことが義務づけられることになってきた。
本書は,QT間隔について,評者に実に多くのことを教えてくれた。後天性QT延長症例で遺伝子異常を非顕性化するのは,再分極予備能とよぶ代償性機構であるという。乳幼児突然死症例の中にも高い頻度でみられる遺伝子異常がある。性差にはホルモンのゲノム作用と非ゲノム作用とがある。そして性差には遺伝子変異の浸透率の差ではなく,不整脈トリガーに差がある場合がある。共通した遺伝子変異にもとづくために,Brugada症候群の中には家族性洞不全症候群や房室ブロックなどと重なるものがあり,オーバーラップ症候群とよばれる,といった具合である。
各章の末尾に「読者と一緒に考えるQ&A」という項がある。ここを拾い読みしても得るところが多かった。この項の索引がほしいと思った。また,QT延長に特異な心室頻拍,torsade de pointes(Tdp)の機序の説明もここに加えてほしかったとも思った。さらに欲をいうならば,章の配列に工夫があってよいのではなかろうか。QTの基礎,計測から始まるのはよいとして,先天性異常,類縁疾患,後天性あるいは薬剤性異常,性差や各種病態のQT異常,という程度の大きな枠の中にそれぞれをまとめてあると読みやすいであろうと思った。
一読して,イオンチャネル構造の中にみる遺伝子変異,その知識が日常的に生かされつつある今日の診療の現場を改めて認識できた。心電図の時代となって100年余り,90年が経って,チャネルに関わる遺伝子変異が発見されて,心電図の理解は急速に深まりつつある。一人の人の生涯の間といえる程のほんの短い間の医学の巨大な進歩に目を瞠る思いがあった。
書評者: 橋場 邦武 (長崎大学名誉教授)
臨床的な「QT間隔」の概念には,QT時間の計測値だけではなく,T波形の種々の情報も含意されている。「QT間隔」についてはこの十数年間の基礎的・臨床的進歩は非常に大きく,このことは今回刊行された本書と1999年の有田・伊東・犀川編集の当時最新であった『QT間隔の基礎と臨床 QT interval and dispersion』を比較しても明瞭である。イオン・チャネル病としての重症心室性不整脈,抗不整脈薬の催不整脈作用の機序などとの関連において急速に研究が発展した「QT間隔」であるが,最近でもイオン・チャネル変異による新しい不整脈の発見なども含め,基礎的・臨床的にその内容が非常に深く広くなったばかりではなく,虚血や心不全の病態の理解や予後関連因子としての検討も行われている。「QT間隔」は不整脈や心電図に特に関心のある医師のみではなく,すべての循環器医にとって必須というべき領域となっており,この時期に本書が刊行されたことはまことに時宜を得たものといえる。
本書は,第I部:QT間隔の基礎的背景と計測(第1―9章),第II部:先天性QT延長症候群とその類縁疾患(第10―13章),第III部:QT延長に影響する薬剤および病態(第14―18章),に分けられ,3部/18章から構成されている。
第I部では基礎的な問題として,心室筋再分極過程を形成するイオン電流の種類と性質,各チャネルの構造と機能,それらの心室筋各層における特徴的分布,多くの基本的因子を含めた活動電位シミュレーション,などについての最新の知見がまとめられている。さらに基礎的な問題と,臨床心電図QT間隔との接点として,MAP(monophasic action potential)やARI(activation―recovery interval)などの意義,性ホルモンや交感神経の影響,計測法に触れている。臨床医が敬遠しがちな基礎生理分野の最近の知識が,理解しやすく整理され,興味深く解説されている。
第II部では従来のLQT1からLQT3に加えて,LQT10までが明らかになっている10のQT延長症候群の各型について詳述している。新しい変異による症候群の電気生理的機序,心臓以外の表現形としての臨床症状についての概説が述べられ,LQTSの最新の発展の知識を整理することができる。さらに後天性QT延長症候群における遺伝子異常の探究,Brugada症候群の問題点,QT短縮症候群,オーバーラップ症候群,などについても最新の知識が述べられている。
第III部では再分極相の延長が抗不整脈効果の主役であるIII群抗不整脈薬のそれぞれの特徴の比較がなされ,抗不整脈薬以外の各種薬物のQT延長作用,虚血におけるQT間隔変動の機序と意義,心不全におけるリモデリングとQT,QT間隔と性差,などの臨床における重要事項についての現状と見解が述べられている。
以上のように,本書はQT間隔についての最新の知見の概観を与えてくれるが,加えて各章ごとの末尾に『読者と一緒に考えるQ&A』という約1頁の解説が付けられている。これは質問したくても質問しにくい項目などが取り上げられており,読者に親切なばかりでなく,フォーマルな記載を離れてのコメントや追加によって,筆者が問題点を提供しているものもあり,興味深いコラムとなっている。
Einthovenから100年を経て,QTを中心とするこのような心電学の理論的・臨床的発展は壮観とも感じる。行き届いた編集による,第一線の専門家による著作は読みやすく,安心感がある。興味深く,また,臨床的に有用な本書を広く循環器医に推薦したいと思う次第である。
再注目のQT間隔の知識を詳細にかつコンパクトにまとめた一冊
書評者: 平岡 昌和 (東京医科歯科大学名誉教授)
心電図のQT間隔は日常臨床で簡単に計測できる指標でありながら,詳しい成因,正確な測定法,心拍数の変動をはじめとする様々な修飾要因とその意義,致死的な不整脈の予知など,利便性・重要性が認められながらも未解決の問題が多い,古くて新しいトピックスである。特に最近では遺伝性QT延長症候群の研究が進み,薬剤投与によるQT延長の発生から致死的な不整脈に至る副作用(薬物誘発性QT延長)が,薬物の開発・臨床応用への大きな障壁ともなっている。QT間隔は単に心電図の1指標にとどまらない臨床的にも意義の高いパラメーターである。本書ではQT間隔をめぐる基礎から臨床上までの問題点を幅広くとりあげ,それぞれの最新の知見を解説したものである。
QT間隔が再び注目を浴びたのは,遺伝性QT延長症候群の研究により分子・遺伝子の異常とその機能的背景が解明され,心筋活動電位を構成するイオンチャネルの欠陥が疾病や病態の発現に直接寄与することが明らかとなったことによる。さらにこれらの研究や臨床報告から多くの薬物がQT延長の副作用を有することがわかり,その機序は多種類のKチャネルの中で,QT延長症候群の原因遺伝子の一つであるHERG(KCNH2)Kチャネルを特異的に抑制するためであることが判明した。すなわち,QT間隔には分子・遺伝子レベルの病態発現から薬物使用時の副作用,新薬開発への障壁に至るまでの幅広い問題を包括している。
個々の心筋細胞の再分極のイオン機序は解明されてきているが,QT間隔の定義は心室の興奮の開始から再分極の終了までの時間とされるものの,今やその過程はとても複雑であることが知られており,どの時点・部位がQT間隔を示しているのかはわかりにくい。実際にQT間隔を測定するうえでは,目視法からコンピューターを用いての計測まであるが,T波の最終点,U波との識別など,その判定には意見の一致がない。
本書においては,QT間隔の心拍数変動とその補正,男女による正常値の違いとそのイオン機序,自律神経その他の体液性因子による調節,抗不整脈薬を含む心臓薬・非心臓薬など広範な薬物のQT間隔への作用,QT間隔の延長や逆に短縮によりもたらされる病態,各種病態におけるQT間隔の変化と成因などについて,最新の知見が記述・解説されている。執筆には,わが国で活躍中の専門家・中堅の研究者・循環器専門医のエキスパートがそれぞれの章を担当しており,各章において理論的背景,機序,最新の知見が詳細にかつコンパクトにまとめられている。
特に各章において「読者と一緒に考えるQ&A」として,詳しい分子レベルの質問から日常臨床でふと気がつく疑問などを取り上げて,簡潔にかつわかりやすく解説がなされている。本文でも理解できない,あるいはふと「何故だろう?」と気になる疑問点について納得する説明を得られる。各章の内容については基本的な事項から最新の知見までが含まれており,QT間隔に関連する基礎知識の有無にかかわらず,読者には恰好の書となるであろう。あえて欠点を挙げれば,分担執筆のために一部の重複や記述の重要度の認識がされにくいかとも思われるが,そのために本書の価値が落ちるものではない。
QT間隔の異常を多角的に学ぶ
書評者: 杉本 恒明 (関東中央病院名誉院長)
QT間隔は心室筋の興奮の始まりから終わりまでの時間である。そこには心筋細胞の興奮・伝導に関わるあらゆる情報が含まれている。間隔の異常は思いがけない突然死を予測させ,あるいは背景にある虚血や心不全などの病態を想定させる。本書はそのようなQT間隔のすべてについて最新の知識を与えてくれる。
QT間隔と突然死というと,まず思い浮かぶのは,先天性QT延長症候群であり,あるいは,薬剤によるQT延長である。先天性QT延長症候群が記載されたのは,1960年代であった。薬剤性のものは,歴史的な不整脈治療薬であるキニジンが使用されていた当時からキニジン失神として知られていた。1990年,CAST研究が不整脈の薬物治療に疑問を呈したとき,機械的かつ安易な治療薬使用が警告されたと考えたものもあった。
1991年,Keatingらが先天性QT延長症候群に遺伝子変異があることを発見したとき,それは大きな興奮をもって迎えられた。遺伝子解析の臨床への応用の幕開けであったのである。QT延長症候群の関連遺伝子は以来,つぎつぎと発見されて,今日では,10種類があるという。併せての細胞膜電流系研究の著しい進歩のおかげで,変異遺伝子の心筋細胞膜チャネル・タンパクのコードの仕方も明らかになってきた。他方,薬物によるQT間隔修飾は,不整脈治療薬にとどまらず,向精神薬,抗生物質,抗菌薬,抗アレルギー薬,脂質代謝薬,消化管薬など,広い分野の数多くの薬物にもみられることがわかってきて,新薬はすべて,開発の段階でQT延長のスクリーニングを行うことが義務づけられることになってきた。
本書は,QT間隔について,評者に実に多くのことを教えてくれた。後天性QT延長症例で遺伝子異常を非顕性化するのは,再分極予備能とよぶ代償性機構であるという。乳幼児突然死症例の中にも高い頻度でみられる遺伝子異常がある。性差にはホルモンのゲノム作用と非ゲノム作用とがある。そして性差には遺伝子変異の浸透率の差ではなく,不整脈トリガーに差がある場合がある。共通した遺伝子変異にもとづくために,Brugada症候群の中には家族性洞不全症候群や房室ブロックなどと重なるものがあり,オーバーラップ症候群とよばれる,といった具合である。
各章の末尾に「読者と一緒に考えるQ&A」という項がある。ここを拾い読みしても得るところが多かった。この項の索引がほしいと思った。また,QT延長に特異な心室頻拍,torsade de pointes(Tdp)の機序の説明もここに加えてほしかったとも思った。さらに欲をいうならば,章の配列に工夫があってよいのではなかろうか。QTの基礎,計測から始まるのはよいとして,先天性異常,類縁疾患,後天性あるいは薬剤性異常,性差や各種病態のQT異常,という程度の大きな枠の中にそれぞれをまとめてあると読みやすいであろうと思った。
一読して,イオンチャネル構造の中にみる遺伝子変異,その知識が日常的に生かされつつある今日の診療の現場を改めて認識できた。心電図の時代となって100年余り,90年が経って,チャネルに関わる遺伝子変異が発見されて,心電図の理解は急速に深まりつつある。一人の人の生涯の間といえる程のほんの短い間の医学の巨大な進歩に目を瞠る思いがあった。
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