手に映る脳,脳を宿す手
手の脳科学16章

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手は脳の延長、と聞くと不思議に思う人もいるかも知れない。道具を使うだけでなく、手はさまざまな創造を担い、芸術を生み出す。運動器官であるばかりではなく、感覚器官でもある。いつも何気なく使う手は知られざる役割を担っている。手外科の大家が、人類進化から電動義手まで手にまつわる多種多様なテーマを縦横に語り尽くし、読者の知的好奇心を満たすエキサイティングな16章。手の壮大な物語を堪能しよう。
原著 Göran Lundborg
監訳 砂川 融
発行 2020年09月判型:A5頁:272
ISBN 978-4-260-04257-4
定価 3,960円 (本体3,600円+税)

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日本語版発刊によせて(Göran Lundborg)/訳者前書き(砂川 融)/前書き(Göran Lundborg)

日本語版発刊によせて

 創造性のある手は,私たちの文明や社会,文化の基盤を構成しています.創造性のある手なしには街や芸術,音楽そして科学は存在しません.私たちの手は聡明で知的であり,一度学んだことを忘れません.手は繊細な把持を行う精密機器であり,同時に力強い把握のできる器官ですが,それだけではなく卓越した感覚機能をもった繊細な感覚器官です.脳の中で私たちの手は明瞭に描出されていますが,その描出領域は手の活動によって直ちに広さを変化させることができます.人類の進化の過程で手は脳よりもずっと先に発達し,手はその能力と可能性の結果,脳を刺激し,脳の容積と能力を大きくしてきましたが,この過程は数百万年以上にわたり行われてきました.
 私たちは日々の生活や仕事,余暇活動において多くを手に依存しています.世界中の多くの研究室の長い間の研究成果が,手の感覚や運動機能,そしてそれらと脳の相互作用に対する私たちの理解を進歩させてきました.この理解したいという熱望の一つの重要な要素が,マルメを訪ねてくれた日本人科学者と私たちの長年にわたる協力関係です.そのようなことから,手の重要性と能力について扱ったこの本が,日本語で利用できるようになることを特に嬉しく思っています.

 Göran Lundborg


訳者前書き

 本書の原著である『The Hand and the Brain: From Lucy’s Thumb to the Thought-Controlled Robotic Hand』を私が初めて目にしたのは,2016年スペインのサンタンデールで開催されたFESSH(ヨーロッパ手外科学会連合)の書籍コーナーでした.タイトルを見た瞬間,私の研究室(上肢機能解析制御科学)のテーマそのものであり,著者がスウェーデン,マルメのGöran Lundborg先生であったことにさらに驚き,すぐに購入したことを昨日のように覚えています.
 私が12年前に現在の研究室を開くことになり,研究テーマとして迷わず選んだのが「脳科学的に手外科の発展に寄与する」でした.それまで20年以上にわたり手外科の臨床を行い,より良い治療成績を求めてさまざまな工夫を凝らしてきましたが,どれもそれまでの方法を凌駕するものではなく,相変わらず少なからず成績不良の患者さんがおられ,大学としての役割を果たせていないと思っていました.また,動く手は再建できても究極の目的である「思い通りに動く手」を再建できないことがしばしばでした.特に末梢神経外科の分野には大きな進歩もなく,患者さんには「20歳過ぎると元通りにはならないんですよ」を繰り返すばかりでした.その時出会ったのがLundborg先生による脳科学からみた手外科に関する数々の論文でした.本原書は,すでに現役を引退された先生の御業績の集大成ともいうべきもので,今後の手外科の一つの方向性を示しています.数千万年前の手の痕跡の発生に始まり,人類の出現・進化と手の発達を,脳との関連から記述し,手と脳の相互作用,手の同種移植と意思で動くロボットハンドの現況や未来まで豊富な図とともにわかりやすく記載されています.特に,末梢神経損傷後の機能回復が不良であること,外固定後の自動運動障害の原因の一つとして脳の関与があることや,思い通りに手を動かすためには手の感覚がいかに重要であるかが詳しく解説されています.
 そこで私の研究室の学生にも本書の内容をぜひ知ってほしいと思い,週1回のゼミで全訳することにしました.専門外の私たちには3章までが非常に難解で翻訳に時間を要し,結局全訳が完成するのに1年近くかかりました.完成すると何かの形にしたいと思っていたところ,医学書院から出版していただけるという望外の幸運に巡り会うことができました.
 本訳書は対象として手外科医,リハビリテーション医,ハンドセラピストあるいはそこを目指している学生をイメージしていますが,読み物として非常に面白く,科学分野に興味のある一般の方々にもぜひ手に取っていただきたいと願っています.
 本書のタイトルは本書の内容と私の研究室のマークに由来しています.ペンフィールドの脳地図における手の表現領域は全体の4分の1から3分の1にも及んでおり,手は脳の関与なしにはうまく動かすことができません.手を使用することによる脳疾患に対する治療アプローチは数々存在しますが,その反対は今のところありません.究極の目標は脳にアプローチすることで思い通りに手を動かすことができるようになる治療法の開発です.ここしばらくブレイクスルーのない手外科分野に新しい風を吹き込むのはこの分野であると確信しています.手外科を脳科学の面から捉えた本書が,読者諸兄の今後の発展の一助となれば望外の喜びです.
 最後になりますが,校正の段階で援助いただいた広島大学大学院医系科学研究科運動器超音波医学講座中島祐子准教授,広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学遠藤加菜助教,ならびに企画の段階から校正,出版に至るまで多大な御尽力を頂いた医学書院医学書籍編集部本田崇氏,同制作部高橋友海氏にこの場をお借りして深謝いたします.

 2020年7月 砂川 融


前書き Preface

 手は脳の延長,外部の脳,そして魂の鏡と言われてきた.我々の人柄や個性の多くは,手の仕草や動きに現れる.手は我々の気持ちや内に秘めた考えや願いを映し出す.手を使って我々は他者に自分の意図を伝達する.手は弁論し,祝福し,愛する.手は望みや絶望,嫌気と憎悪を表わす.手は歓迎し,愛撫し,罰を与える.
 私は手外科医としてのキャリアの中で,激しく損傷され,痛みを伴い,そして変形した手を診てきた.そして,教科書を含む何冊もの本を執筆し,患者に最良の治療を提供するためにはどうするべきかを解説してきた.しかし,健康的で損傷のない手が本の題材として価値がないと言えるであろうか? 手が持つすべての驚くべき経験と暗黙に蓄積された知識は,大きな可能性という富を与えてくれる.手のおかげで,我々はコンピュータを組み立て,操作し,正しいPINコードをタイプし,テレビのリモコンを操作することができる.創造的な手は我々の文明の基本である.手は記念碑を作り,橋をかけ,公園を作り,超高層ビルを建築する.そして交響曲を奏で,楽器を作り,心地よい音楽を演奏し,素晴らしい芸術作品を創る.
 しかし,手は脳の繊細で微調整された単なる道具であるだけではなく,感覚器官でもある.手の触覚と高度に進歩した感覚機能は,我々の周りの世界を調査し,探索することを可能にする.手の触った感覚は目にする物の本質を明らかする,つまり,見ることは信じることであるが,触ることは理解することである.手は暗闇の中で「見る」ことができ,触ることで他の失われた感覚を補うことができる.盲人は指先で点字を読むことができる.触ることで絹とベルベットの区別ができ,指先で簡単に傷や,テーブルの上に散らかった塩の粒を見つけることができる.脳の中で手の描出は非常に広い領域を占め,この領域は感覚入力と手の活動により大きくなる.そう,手が脳を形作る.我々は脳を魂への手の延長だとさえみなすことができる.
 もし生まれつき,あるいは外傷で手が失われたとき,その失われた手の代わりとなる方法はあるだろうか? 他人の手を移植する? 人工の手をその代わりとして心で操作し,本物の手と同じように動かしたり物を握ったりすることができるのであろうか?
 手の始まりはどうだったのであろうか.今日我々は,400万年以上前,我々の祖先の脳が未発達でチンパンジーと同じくらいのサイズしかなかったときに,手はすでに高度に発達していたことを知っている.おそらくそれは発達し,機敏に動かすことができる手で,道具を作り,身振り・手振りを可能とし,脳の発達を刺激していた.我々は初期の手によって認知機能や知性を発達させ,考えをまとめ,言語,芸術,そして音楽の能力を高めていったのであろう.
 つまり手の壮大な物語は魅力的である.あなたは,この本を読むことでこれまで考えてもみなかった見識を得て,我々の文化や生活の中での手の役割を理解し,驚くだろう.お気に入りの椅子に座り,リラックスし,この本を読むことで,あなた自身,そしてあなたの手のことをもっと正確に知ろう.

スウェーデン,マルメにて.Göran Lundborg, MD, PhD.

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1 魚のヒレ,化石,手指 Fins, Fossils and Fingers
 陸へ向かう魚
 ティクターリク(Tiktaalik)

2 手,脳の発達とヒトの進化の過程 The Hand, the Brain and Man’s Travel in Time
 人類の起源:有名な物語
 アフリカ:我々の元々の祖国
 ルーシー
 アルディ:我々の最古の祖先
 ホモ・ハビリス(Homo habilis):器用なヒト
 ホモ・エレクトス(Homo erectus):直立歩行するヒト
 ネアンデルタール人
 フローレス島のホビット:ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)
 先史時代のよく知られていない同胞の小指
 我々はどのようにして二足動物になったか?
 サバンナ仮説
 水生類人猿説
 樹上生活期に二足歩行が発達したのか?
 ホモ・サピエンス(Homo sapiens):賢人
 アフリカ単一起源説(Out of Africa)

3 手と脳,そして道具 The Hand, the Brain and Tools
 ホモ・ハンドメイド(Homo Handmade)

4 どうやって手は言語を作ったのか? How the Hand Generated Language

5 過去からの手形 Handprints from the Past
 洞窟の中の手
 手と岩の彫刻
 手形のある石

6 知的な手:脳の延長 The Intelligent Hand: An Extension of the Brain
 魂の鏡
 手と医療における芸術
 知的な手
 書かれた文字
 手の象徴的価値
 技術を通じた手の発展

7 触覚 Touch
 見る手
 感覚フィードバック
 感覚とバランス
 感覚と身体所有感
 防御感覚
 痛み:誰も欲しくない贈り物
 ビッタンギ(Vittangi)病:痛みに対する先天性不感受性

8 感じる脳 The Sensational Brain
 体性感覚皮質
 手の皮質体地図

9 どのようにして手が脳を形づくるか How the Hand Shapes the Brain
 皮質内の手の表現領域における混乱
 相互作用する半球
 前腕に塗られた局所麻酔クリームがどのように手の感受性を改善するか
 神経が損傷された手

10 感覚の相互作用 The Interaction of the Senses
 多感覚性の脳
 視覚と触覚
 読む手
 聞く手
 感覚手袋
 共感覚
 ラバーハンド現象
 ヘレン・ケラー(Helen Keller)

11 脳にある鏡 Mirrors in the Brain
 模倣と学習
 他人の意図の理解
 映し出される触覚
 アクションワード
 アクションサウンド
 運動イメージ
 手と口の協力

12 創造的な手 Creative Hands
 手と脳,そして創造性
 片手の欠損
 脳と手と芸術
 口と手
 脳にとって困難な課題
 音楽家の脳
 皮質での手の表現の変化
 多感覚の脳
 拡張された手

13 右利きまたは左利き? Right Hand or Left Hand?
 左利きであるということ
 有名な左利き
 左利きはどのくらいの期間存在しているか?
 左利きの割合はどのくらいか?
 左利きはどのくらい古くから存在し,その理由は何か?
 ルーシーは右利きか左利きか?
 右利きの起源に関する理論

14 手の喪失 Losing a Hand
 幻覚と幻肢痛
 手の切断後に脳内で何が起きるか?
 ミラーセラピー:幻肢痛の治療方法
 手の再接着
 サンショウウオの手

15 手の移植 Hand Transplantation
 国際的な展望からの手移植
 議論の余地がある手術
 未来

16 意思で制御できるロボットハンド The Mind-Controlled Robotic Hand
 脳からの直接的な記録によるロボットハンドの制御
 神経埋め込み型電極を用いたロボットハンドの制御
 筋電信号によるロボットハンドの直感的制御:筋電義手
 どのように感覚フィードバックを伴う義手を提供するか?
 最適な義手

索引

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脳科学が暴く「手」の知られざる実像
書評者: 平田 仁 (名大教授・手の外科)

 本書の主役である「手」のことを深く理解する人はどれほどいるだろうか? 手はとても身近な器官であり,ほぼ全ての所作にかかわり,営みのあらゆる場面を支え,そして,「第2の目」と称されるように貴重な情報収集源ともなっている。人々は「手の価値」を問われれば異口同音に「大切」と即答するだろうが,その際羅列される根拠の大半が「手」からすれば実に過小で心外なものであろう。この状況は「空気」,「水」,「伴侶」,など,あまりにも身近であるが故にことさらに考えることを忘れがちなものに共通する。「脳」は異なるもの,まれなものへの分析が大好きだが,当たり前のものへの敬意は総じて足りない。「あって当然」であり,「居ることが当たり前」なものは失って始めて真の価値に気付かれ,深い洞察の対象となるのである。

 本書の原題は『The Hand and the Brain:From Lucy’s Thumb to the Thought-Controlled Robotic Hand』と随分潤いを欠くものである。これに対する邦文タイトル『手に映る脳,脳を宿す手』はとても神秘的で,読者の好奇心をくすぐるものとなっている。タイトルは本の顔であり究極の要約であるが,原書と訳書でこれほどにタイトルのテイストが異なる背景には砂川融先生をはじめとする本書の翻訳にかかわった全ての人の読者へのある種の込められた思いがあるのだろう。

 本書を手にする方の大半はこの世に「Hand Surgery(手外科)」という外科分野が存在し,わが国にも1000名を超える手外科専門医が居ることを知らないだろう。本書の著者Göran Lundborg先生と本書を監訳した砂川先生はいずれも現代を代表する手外科医である。「手外科」は2度の世界大戦により生まれた大量の障害者の機能回復を目的に米国陸軍がリードして国策により設置した外科領域であり,「手」の繊細かつ高度な機能を回復させるには整形外科/形成外科/血管外科の三領域をまたぐ外科技術の開拓が必要との認識に基づいて1945年に始まった新興外科分野である。1 mm以下の細かい血管や神経を操作する微小外科技術を開拓し,麻痺により失われた機能を再構築する多様な外科治療を創造してきた。1945年当時はいかなる外科医も寄せ付けずno man’s landとすら形容された手の重度損傷治療も今日ではリーズナブルに回復させることができる。このように長足の進歩を遂げた“手外科”であるが,奇しくも砂川先生が訳者前書きで吐露したように,「動く手は再建できても究極の目的である『思い通りに動く手』を再建できない」とのざんげは全ての手外科関係者が共有するものである。「手」は脳の延長,外部の脳,そして魂の鏡とも表される。「手」の役割はマニピュレーションに留まらず,思考を助け,意思伝達を担い,目や耳と相互補完して脳に世界をビビットに映し出す。従来の手外科に欠けていたのはここへの配慮であり,ここに訴求しないと本当の手を回復できないのである。Lundborg先生が人類学からロボテックスに至る広範な話題を通して紹介する「手」の実像は手外科医としてのざんげから出立した科学の旅路で拾い集めた情報に基づき描かれたものであり,われわれがBrain Science Based Hand Surgeryと呼ぶ次世代手外科に礎を与えるものである。難解な専門用語を意図的に排除してわかりやすく紹介されるめくるめく手と脳の関係は医療に関わりのない一般の読者にも十分に楽しめるものだろう。本書を通してともすれば忘れがちな“手”を多くの皆さんに深く再考していただきたいと思う。

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