作業療法の話をしよう
作業の力に気づくための歴史・理論・実践

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「作業療法」とはいったい何だろう。本書は、作業療法学生や新人作業療法士を中心に、経験のある作業療法士、そして作業療法を知りたい方々に向けて、これまで偉人たちが紡ぎ上げてきた作業療法の歴史を踏まえたうえで、現代から将来への作業療法のビジョンを明確に提示する。作業療法らしい物語25篇、さらには日本の作業療法を創り上げた作業療法士による座談会も収載。作業の力に気づき、作業療法の魅力を発信したくなる1冊。
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書籍に採録されている座談会の一部をご紹介します。
編集 吉川 ひろみ
発行 2019年09月判型:B5頁:256
ISBN 978-4-260-03832-4
定価 3,960円 (本体3,600円+税)

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  • 目次
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はじめに

 人は,話すことによって自分の知識を確かめ,新しいことに気づきます。日常のありふれた話の中に,みんなに知らせたい知恵や感動が潜んでいます。作業療法は,人がよりよく生きるための哲学と具体的な実験が融合する分野です。私が作業療法士になる前から,そして今まで,「作業療法はわかりにくい」「説明してもわかってもらえない」といわれてきました。それでも,作業療法士たちは,作業療法の話をすることが大好きです。作業療法によって劇的に変化したクライエントの話,クライエントが行った作業が思いがけない結果に結び付いた話,周囲の無理解や誤解により本当の作業療法ができない話,作業療法を阻む壁が不思議な理由で崩れた話,作業療法の話は尽きることがありません。
 2年前,アメリカの作業療法の100年の歴史を綴った本が出版されました(Andersen LT, Reed KL:The History of Occupational Therapy;The First Century. Slack, 2017)。そこには,作業療法誕生にかかわるさまざまな人の物語があふれていました。ドラマを観るように,この本を読みました。これが本書執筆の動機になりました。
 第1章は,作業療法の歴史です。ヒポクラテスの時代から,特別なものではなく普段の日常の中にあるものを治療に用いるという発想があったことを知り,嬉しくなりました。健康づくり,地域づくりのために,日常行う作業を活かすという現代の取り組みにつながります。作業療法の歴史は,戦争や人口構造の変化から大きな影響を受けています。さらに,経済状況,科学技術の発展,社会の価値観と切り離すことはできません。大きな歴史の大海を,作業療法という小舟が果敢に進んでいく様子を想像しながら読んでください。
 第2章は,作業療法の理論です。何を見て,何をするのか,どこまでするのか,何が成功で何が失敗か,こうしたことを考えることができるのは,理論があるからです。医師の処方のもとで働く技術者という見かたで作業療法士を理解することは困難です。それは,作業療法士がみるべきクライエントの作業を,医師が処方することはできないからです。医師だけでなく,どんな作業をどのようにしたら治療になるのかは,誰も処方することができません。作業を治療にするためには,治療になる作業をどのように探すか,その作業をどこでどのように行うのか,また作業が治療になったかどうかを何で判断するのかを決めるために,作業療法理論が役立ちます。幸い,1980年代以降,世界中で作業療法理論が生まれ洗練されつづけています。作業療法理論により作業療法が説明しやすくなったことで,作業療法士が自信をもって実践できるようになってきています。
 第3章は,作業療法士の知識と技能です。理論により作業療法が説明しやすくなり,作業療法の効果を実感する人も増えてきたことで,優秀な作業療法士とはどのような人かが明確になってきました。作業療法過程が,マニュアルどおりに進むものではないこともみんなが認めるようになりました。多様で流動的な作業療法過程では,力強くしなやかな対応が求められます。クライエントの表情,態度,行動を丁寧にとらえ,周囲の状況を見極め,成功の可能性を予測しながら,知識と経験とエビデンスを総動員して取り組む作業療法士の姿が浮かび上がります。作業療法士になるまでも,作業療法士になってからも,作業療法士として成長を続ける必要があります。厳しい道のりではありますが,作業療法士として出会う物語から得られる感動は,人生を豊かにしてくれます。
 第4章は,作業療法の物語です。私がこれまでに執筆者たちから聞いた作業療法の話を書いてもらいました。ここに登場するクライエントの人生に,作業療法はよい変化をもたらしています。さらにクライエントの家族やクライエントが暮らす社会にも,よい変化が生じています。ところが,何人かの執筆者は,自分のしたことは作業療法の範疇ではないと思っていました。作業療法室以外で,作業療法士がいない場所で,変化が起こっていたからです。しかし,作業療法理論を知り,作業療法士の特性を理解すると,これこそが作業療法だといえます。物語を読みながら,こんな作業療法があってよかった,こんな作業療法士に出会えてよかったという気持ちになります。
 第5章は,これからの作業療法士の行動についての提案です。現代の作業療法士が共通して経験している困難を意識化し,乗り越えていきましょう。
 第6章は,世代の異なる4人の作業療法士による座談会です。読者のみなさんも,機会を見つけて集まって,作業療法の話をしてみてください。きっと興味深い発見があるでしょう。
 付録として,年表,作業療法における代表的な人々,世界作業療法士連盟の声明書の概要を載せました。年表から,時間の大きな流れの中で作業療法の足跡をたどることができます。作業療法を語るうえで不可欠な代表的な人々については,インターネットでお名前を検索すると,写真や業績を見ることができます。この資料を作りながら,この人たちに会っているような気持ちになりました。本書の原稿を校正中に,世界作業療法士連盟の新しい声明書が4件追加されているのを発見したことから,その概要も掲載することにしました。
 作業療法学生,新人作業療法士には,本書を通して作業療法のイメージを確立し,より多くの人々と社会に作業療法を届ける意志をもってほしいと思います。経験のある作業療法士には,今までの作業療法を振り返り,現状を分析し,将来のさらなる発展のための行動を始めてほしいと望んでいます。作業療法士以外の読者には,作業療法の魅力に気づき,作業に焦点を当てたサービスを求めてほしいと期待しています。

 2019年7月
 吉川ひろみ

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第1章 作業療法のはじまりから今日まで

第2章 作業療法のことば
 1 人間作業モデルから作業療法10の戦略へ
 2 カナダモデルから作業の意味を考える枠組みへ
 3 アメリカの作業療法から学ぶべきこと
 4 生活行為向上マネジメントの意義
 5 考える,伝えるための道具としてのことば―キーワード

第3章 作業療法をする人
 1 作業療法士の専門性
 2 もつべき知識
 3 もつべき技能

第4章 作業療法の物語
 1 作戦会議
 2 断わられても
 3 好きこそものの上手なれ
 4 マラソンへの挑戦
 5 料理ができるためには
 6 今はできなくても
 7 ダンスで回復
 8 偉大な書道家ふたたび
 9 食事は楽しむもの
 10 マジックに命を注ぐ
 11 赤いスマートフォン
 12 患者から作業をする人へ
 13 ギターから変わった
 14 妻が仕事に行くために
 15 経営パートナー
 16 おかず交換の時間
 17 資格の壁
 18 偶然が生んだ覚悟
 19 培ってきた知識や技術
 20 花を咲かせるコツ
 21 終活からの新たな人生
 22 プランターから花壇へ
 23 思いに合う働きかた
 24 マレーシアで籐細工
 25 死ぬのを待つだけのはずが

第5章 悩める作業療法士が開く扉
 1 何もしていないようにみえる
 2 作業療法過程
 3 作業療法実践を阻む壁

第6章 座談会「作業療法の話をしよう」

付録
 作業療法関連年表
 作業療法の誕生を支えた人々
 作業療法の発展に貢献した人々
 世界作業療法士連盟(WFOT)の声明書の概要

索引

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作業療法の熱量がずっしりと感じられるOT紹介本
書評者: 酒井 ひとみ (関西福祉科学大教授・作業療法学)
 本書のタイトルは,日本作業科学研究会の理事会前に,「面白い作業療法の紹介本を書きたいね」と皆で集まった喫茶店で決まったと記憶している。発想から短期間で形にするのは大変なことだが,そこは,さすが吉川ひろみさん,手元に届いた本は想像をはるかに超え,作業療法の熱量がずっしりと感じられるものに具現化されていた。

 1970年代後半から,海外に留学した日本人作業療法士により作業療法士が創り上げた理論や療法が国内に紹介され始めた。1980年代以降徐々に留学帰りの作業療法士(以下,OT)が中心となり,近年の知識の流入とともに,作業モデルの現代化が行われていることが紹介された。1990年代になると日本国内にいても,WFOT(世界作業療法士連盟学術大会)などの国際学会に参加すると,世界の作業療法は作業支援に向けて大きく舵を切っていることを実感することができた。わが国の養成校教育に作業モデルが取り上げられるようになったのも,2000年前後が境になったのではないだろうか。

 そういう意味もあり,もし本書の読者がOTであるならば,21世紀以前に国内で作業療法教育を受けた人は,真っ白いキャンパスのような頭と心で歴史の章も含めて読み進めることをお勧めしたい。そして,21世紀に入ってから作業療法教育を受けた人は,再確認の意味で前半の理論と実践枠組みを読み,後半の実践物語を味わってほしい。

 じっくり一人で読むのもいいけれど,それで終わらせるのはもったいない。前半で取り上げられている作業療法理論や実践枠組みと後半登場する実践物語を結び付けて考えるのは結構大変だ。人の話を聴くのが仕事の作業療法士なら,何人かで集まって,ああだこうだと討議するのもなかなか面白そうだ。さらには,自分の体験と引き合わせながら語り合うことで,OTとしての誇りと自信とやる気を携えて明日の臨床に挑んでいける,そんな力が湧いてくるのではないだろうか。

 なお,本書のプロモーションビデオ(https://youtu.be/qz8x80P_KlA)では,本書収載の座談会「作業療法の話をしよう」にも登場されている日本の作業療法界を牽引し続けている先達者のお声を拝聴することができる。そちらもぜひ一度ご覧になってほしい。
作業療法人生における学びの楽しさを教えてくれる
書評者: 中村 春基 (日本作業療法士協会会長)
 素晴らしい書籍である。書評の機会を与えていただいたことに心より感謝したい。本書のルーツは,米国の作業療法の100年の歴史を綴った,Andersenによる『The History of Occupational Therapy』とのことである。

 第1章は「作業療法のはじまりから今日まで」と題して,作業療法のルーツの道徳療法,アーツアンドクラフツ運動,社会背景,米国作業療法協会の誕生,日本における作業療法,世界作業療法士連盟,作業療法の定義の変遷,理論とエビデンス,これからのビジョンと発展について,35の文献を読み解き,著者の目をとおした物語が綴られている。作業療法の歴史の“総説”として,この第1章のみでも十分に価値がある。

 第2章は作業療法の理論が生まれる前夜から現在までを,「作業療法のことば」と題して述べている。キャストは「人間作業モデル」「カナダモデル」「アメリカの作業療法」「生活行為向上マネジメント」である。クライエント中心に至った背景,作業のとらえ方,理論などが横断的に比較されていて,それぞれのモデルを俯瞰できる。また,わが国の50年先を走る米国の作業療法の歴史をひもとき,日本の作業療法の立つべき位置を見極めることの重要性を述べている。この章の5節では,「考える,伝えるための道具としてのことば」として,「作業との結び付きと作業従事」「作業的公正」などについて述べている。これらの概念は,わが国の障害者権利条約の合理的配慮や地域共生社会や地域包括ケア,まちづくりなどにおける作業療法の取り組みを支える概念である。

 第3章は「作業療法をする人」と題して,作業療法の専門性と知識,技能について,人-環境-作業の関係と,それの健康・幸福・人権との関係,またクライエント中心の観点から述べている。

 第2章と第3章は,次の第4章の「作業療法の物語」と第5章の「悩める作業療法士が開く扉」の基調を成している。読者の中には,作業療法の学生であったり,米国やカナダの作業療法の知識に接したことのない方も多いと思う。そのような方でも,第4章で紹介されている25の事例と第5章を読んでもらうと,「なるほど,作業療法とはこういうものか」と納得できると思う。

 その第4章の「作業療法の物語」では,25のさまざまな取り組み事例が紹介されている。その中の一つの物語「資格の壁」では,29歳のハナさんの思いを実現するために,ハナさんの成長に寄り添い,「訪問介護員養成研修事業」を立ち上げ支えた事例が紹介されている。ハナさんの課題を地域課題としてとらえ,地域を資源を開発し支えるという,統合,人権モデルでの作業療法の実践である。また,第5章の3節「作業療法実践を阻む壁」では,「作業療法の認識」「実践環境」の視点から,わが国における作業療法の「しにくさ」についてやさしく解説している。多くの読者に「悩みはわたしだけでない」と勇気を与えてくれると思う。

 最後の章は,寺山久美子,宮前珠子,澤俊二,吉川ひろみ各氏による座談会が収録されている。日本の作業療法の黎明期から現在までをひもとく視座を与えてくれるとともに作業療法士一人ひとりが行う実践の大切さを教えてくれる。

 冒頭でも述べたが,本書に出合えたことに心から感謝している。作業療法人生における学びの楽しさを教えてくれ,「作業療法の話をしよう」と本当に思わせてくれる良書である。本書とともに,「みんなで一緒に壁を乗り越えていきましょう」。

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