本書出版にあたって― 本書の出版を前に著者が逝去されるという事態を受け、弊社では、深い悲しみのなか、本書出版の是非について思い悩み続けました。様々なご意見に耳を傾け、本書が社会に与えるインパクト、専門出版社としてなすべき役割について、時間をかけて慎重に検討を続けてまいりました。「シリーズケアをひらく」では当事者の語りを大事にしてまいりました。本書もまた例外ではなく、当事者にしか書くことのできない貴重な内容を伝えています。著者は、長期反復的なトラウマ体験から生じる複雑性PTSDをかかえ、大きな苦しみのなか、自傷をすることによって生をつなげてきたことを綴っておられます。著者は、トラウマに向き合うという決意のもとに本書の執筆を開始されましたが、そこには自らの苦しみの源泉を明らかにし、回復を模索しようという未来に向けての意図もありました。著者には、精神科の患者に向けられている社会の偏見を払拭したいという思いがありました。現代の精神科医療においては、時に患者を「判断能力がない者」とみなし、コ 株式会社医学書院ミュニケーションを諦め、個別の状況に配慮することなくまずは物理的に制するといった事態が一部に存在しておりますが、そのことの根幹にも、精神疾患患者への偏見があると著者は感じていたからです。たとえ理解不能であるかに思えても、患者にはそれぞれ背景や事情があって医療者の前に現れているのであり、その背景や事情に思いを馳せれば、患者に対する視線が違ってくるのではないか択した方法が、ご自分のこれまでの人生を真摯に言葉にし、実名で世に届けるという書き方でした。私たちは、本書が持つ社会的意義に鑑み、夫である齋藤航貴さんとも相談しつつ、このたび出版を決断するに至りました。本書が、この世を一生懸命に生きた著者の存在が確かにあったことを示す証になるとともに、本書を出版することで、著者の願いが社会に実現する一助になることを強く願っております。。そうした考えに基づき著者が選300
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