傷の声
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にしてカリスマ・リストカッター、南条あやの没年と同じ一九九九年である。それに気づいて評者は驚いた降、自傷は精神科医療におけるメジャーな問題として注目されるようになったが、彼女の死から四半世紀を経た今、彼女のことを知る医療者はほとんどいない。加えて、医療者の認識もまたさほど前進していない。依然として、自傷を理解していないか、あるいは、意図的に目を背け、理解することを拒む者ばかりだ。思えば、南条あやの没年の一年前より、わが国の自殺者総数が一挙に三万人を超え、その高止まり状態が一四年間続いた。その間、二〇〇六年には自殺対策基本法が制定され、国や自治体挙げての自殺対策が展開され、現在、自殺者総数は一九九八年における急増前の水準まで減少はしている。しかし、年代別に見れば、子どもの自殺はむしろ増加しており、医療者の多くは、故意に自らの身体を傷つけながらかろうじて延命している人に対しては、相変わらず冷淡なままだ。その意味では、もしも本書における著者の言葉がいささか苛烈で挑戦的、あるいは喧嘩腰と感じられたならば、その責任は私たち自身の牛歩にこそある。本書に収載されている原稿を書き上げてまもなく、彼女はこの世を去った。その事実ゆえに、彼女に執筆を促し、さらにその文章を書籍化して刊行する者を糾弾する声があるかもしれない。曰く、「彼女はこれを書いたから傷口が広がり、死を早めることになっ著者は南条あやの生まれ変わりなのかもしれない。南条あや以296―

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