傷の声
15/22

世界とのあいだにあるガラスこの生活で得たものは何だったのだろうか。拘束のもとで、こころに湧き上がるものは逐一粉々にされ抑え込まれた。私の周りの人から見れば、自傷の傷痕がなければ、身体が死ななければそれでいいのだ。一方、私にとってはこころこそが住処であり、それを必死に保つために体を切るのであって、あらゆる手段を封じ込められた時のこころの死こそが死であった。この点でも、〈こころの専門家〉であるはずの精神科医をはじめとする周りの人が、見かけでわかる行動ばかりに注目して、それを抑えようと働きかけるのは侵襲的に感じられた。権力性と恐怖心を必然的に伴う拘束は、死にたい気持ちや病気に対する治療どころか、懲罰にしか思えなかった。そしてこの懲罰は、自傷他害のリスクをゼロにと相手を抑えつける方向に進んでいく「管理のメガネ」と、どんな言動も症状としてカテゴライズして病者であることを強化する「病理のメガネ」で成り立っていた。そうして蝕まれ続けて三週間、私は静かなモノと化して、懲罰は終わった。死にたい気持ちや病気への対応が、懲罰と感じられるものであってはならない。そう思っていない人が多いからこそ、少なくとも私一人くらいは大声で言い張らなくてはならない。他の人には忌むべきものや理解できないものに見えても、当人は自分なりの物語を持ってその状態に置かれている。懲罰を受ける理由も、懲罰によって改善する理由もない。私が大事にしてほしかったことは、自分なりの物語を持った人間として認識してもらうこと、その22

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る