傷の声
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17さらにきつく縛った看護師恐怖政治が具現化した、忘れられない日がある。入院して一週間が経ち、初めて拘束を二時間だけはずすことが許可された日のことだ。その二時間を、デイルームで漫画を読んで過ごした後、看護師に「そろそろ時間だから部屋に戻るよ」と告げられ、再び拘束を受けた。さっきまでなんともなく過ごしていた人間の体に、流れ作業のように拘束具が付けられていく。なんならアルバイトだってできるコンディションの今の自分が、一秒でも拘束を受けるのはただの人権侵害に過ぎない。それを甘んじて受け入れるのは難しかった。加えて看護師は、以前より胴をきつく縛りロックしたのだ。拘束がきついと当然お腹の痛みや擦れなどの違和感も強くなれば、横を向く時もご飯で起き上がる時も可動域が狭くなる。この無頓着な加害が私にとどめを刺した。誰も私を人間として評価していない。誰も私が感じている痛みと絶望を知らない。この打ち震えるほどの大きな悲しみと怒りを、自分のうちに秘めておくことが誰にできるだろうか。それでも、抵抗を顕あわにしたら拘束を追加されるのは明らかなので、必死の妥協策として枕元に置いてあったタンブラーをシェイクしてなんとか感情を紛らわした。ところが床に漏れた水飛沫を見て、看護師はすぐさま医師を呼んだ。「これは衝動行為ね」「明日から拘束の解除はできないから」。医師のひと声は、わずかに残されていた、拘束がだんだん解除されていくという希望をあっけなく潰した。絶望のあまり、この時の記憶は曖昧になっている。拘束されないために、という思いで取った行動ら

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