第4章 精神保健福祉活動の展開に必要な知識と技術5年以上10年未満38,111人(13.6%)1年以上5年未満80,941人(28.8%)6か月以上1年未満32,179人(11.5%)3か月以上6か月未満29,487人(10.5%)健康管理服薬一般状態食事急性期(入院初期)金銭生活リズム対人関係入院後の療養生活状況睡眠清潔・整容認知排泄回復期(入院後期)退院後● 相談支援● 入院時スクリーニング(アセスメント)● 病状の安定をはかる● 入院診療計画作成● 地域定着支援● 訪問看護など必要に応じて 危機介入 A 地域移行支援・地域生活支援の重要性 1 精神障害者の現状105106表4‒18 Aさんのストレングスアセスメントシート現在のストレングス:いまのストレングスは?・家事ができる。・ 「いやがらせ」があるけどなんとかしのいで毎日を暮らせる。・生活保護を受けている。・要支援2の認定を受けている。接客の知識もある。らっている。・クリニックの先生はやさしい。・ 訪問看護師さんも来れば家には入れてあげる。・大きな病気はしたことない。・健康に気をつけて暮らせる。ろうと思えば外出はできる。・正義感が強い・がまん強い注) アセスメントシートの空欄は,当事者にかかわりながら少しずつ書き足していけばよい。すべてのストレングスがわかっていなくても,その時点で見いだされているストレングスをいかして援助しつづけることが大事である。空欄は,看護師の気づいていないストレングスに気づくたすけとなる。 しかし,ストレングアセスメントシートを用いると表4‒18のようになる。ストレングスアセスメントシートがあることによって,トラブルや問題に注目していた視点がAさんのストレングスに移り,ストレングスに注目することで「統合失調症のAさん」ではなく,Aさん個人が浮かび上がってくる。事例(つづき) Aさんは,訪問看護師に対してはじめは警戒心が強かったが,ほかの支援者ともよい関係が築けていたように,看護師の訪問もしだいに楽しみに待つ116第5章 地域移行支援・地域生活支援の基礎本章の目標 ■わが国の精神障害者の現状を把握する。 ■地域移行支援・地域生活支援の目的と重要性を理解する。 ■地域移行支援・地域生活支援に活用できる社会資源にはなにがあるかを学ぶ。 ■アウトリーチ,家族支援,就労支援,ピアサポート,危機介入といった,地域移行支援・地域生活支援を行ううえで必要となる基本的な事項を理解する。 第2章,第3章でみてきたように,わが国では,「入院医療中心から地域生活中心へ」と精神障害者支援を進めるべく,法制度の整備,見直しを重ねてきた。本章から第6章にかけては,第4章で学んだ精神保健福祉活動の展開に必要な知識と技術をふまえたうえで,精神障害者の地域移行支援・地域生活支援の全体像と,支援における看護師の役割を解説していく。 精神障害者の地域移行支援・地域生活支援❶を考えるにあたって,精神障害者が現在どのような状況におかれているかを理解する必要がある。厚生労働省などによるさまざまな調査データから,精神障害者の現状に目を向けてみよう。 入院患者の概況 精神保健福祉資料によると,2018(平成30)年6月時点の精神病床としての届出病床数は327,369床であるが,実際に入院している患者数は280,815人である。10年前の2008(平成20)年時点での入院患者数は313,271人であったことから,10年前と比較すると入院患者数が約1割減少している。 ●入院の長期化 精神科病院入院患者のうち,入院期間が1年以上の患者は全体の約3分の2を占めている(表5‒1)。入院期間が5年以上になる患者も全体の約3分の1を占めており,精神科病院における入院長期化が依然として深刻な課題であることがわかる。 病院報告によると2018(平成30)年4月時点での精神病床の平均在院日数は265.8日である。これは,10年前の312.9日よりも約50日短縮しているものの,一般病床の16.1日と比較すると約16倍の期間である。精神病床と一般病床との平均在院日数のひらきには,精神病床における長期入院患者の存在が大きく影響している。 一方で,2017(平成29)年度のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)において,精神病床における新規入院患者のみの平均在院日数に注目すると,その全国平均は127.2日であり,精神病床全体でみた期間より151158第6章 地域移行支援・地域生活支援の展開地域*医師や看護師など の病棟メンバーだ けでなく,相談支 援専門員やケアマ ネジャー,保健師 など地域援助事業 者も参加する。*入院前にかかわ りのある場合は, 本人の了承を得 たうえで情報提 供を行う。図6‒5 カンファレンスシート1171) チャールズA. ラップ・リチャードJ. ゴスチャ著,田中英樹監訳:前掲書.pp.136⊖141.● 地域との早期連携● 退院支援計画作成C.能力の再構築と再発防止のために――三次予防着目する。とくに地域資源は,たとえば学校や集会所など,その地域の住民たちもふつうに利用できるものである必要がある。なぜなら,援助者,あるいは精神保健福祉のために特別につくられた資源は,「ベルリンの壁」を再び増やすことになるからである。地域住民が利用している資源を,当事者も利用することで,地域への参加の機会を増やし,地域住民としての普通の生活を取り戻すことを可能にする。援助者は,原則(6)にあるように,施設にいるのではなく資源のオアシスである地域に出かけ,当事者のストレングスをいかせるような地域にある資源を発掘する役割を担うのである。 ◆当事者と援助者が一緒にケアプランをたてる 原則(4)にあるように,当事者こそが支援過程の監督者であるため,ケアプランは当事者と援助者が一緒にたてる必要がある。中心になるのは当事者の希望であり,その希望を実現するための計画をたてる。ケアプランをたてるうえで大事なポイントは,①具体的に書くこと,②当事者の言葉で書くこと,③対話をして書くこと,④定期的に更新することである。統合失調症をかかえながらひとり暮らしをしているAさん事例 Aさんは60代女性で統合失調症をかかえながらひとり暮らしをしている。地域の保健師からの依頼で,Aさんへの訪問看護が始まった。 Aさんは被害妄想があるため,近隣住民と口論になることも多く,自宅へ引きこもりがちで,昼夜逆転の生活を送っている。通院は数回しか続かず,内服も続けられなかった。生活保護を受給しているほか,要支援2の認定を受けており,ホームヘルパーが週に1回来ている。 このような事例を問題解決型のモデルで考えた場合は,・ 妄想によって近隣住民とトラブルをかかえている。・ 病識がなく,薬の必要性が理解できていない。・ 不規則な生活を送っている。などが問題としてあがるだろう。A.早期退院支援と退院後の地域生活支援病院病院・地域共通外来(入院時)看護師による支援精神症状が激しく休息が必要な時期であり,看護師は, ● 情報収集(入院前の生活状況) ● 信頼関係の構築 ● 精神症状への援助 ● セルフケアへの援助 ● 家族への援助と情報提供などを行う。入院時カンファレンス(病棟)入院後7日以内情報の共有など*推定入院期間は,原則 1年をこえない。入院後10日以内退院準備カンファレンスすり合わせ看護師による支援病状が落ち着きはじめた時期であり,退院に向けての具体的な準備が中心となる。 ● これまでの生活を一緒にふり返 る ● 退院後の生活を一緒に考える ● 症状悪化時のサインや対処法へ の援助 ● 服薬管理の援助 ● 必要なサービスの検討・調整などを行う。*すり合わせる内容□服薬管理 □生活指導 □金銭管理 □家族指導□日常生活技能訓練 □クライシスプラン □住居の検討・見学・体験 □外出・外泊 □退院前訪問□日中活動の場の検討・見学・体験 □相談先の検討 □通院手段 □訪問看護利用の検討・調整 □障害福祉サービスの検討・調整 □介護サービスの検討・調整 □社会保障制度の説明・手続き援助退院準備期退院前カンファレンス退院直前期退院退院後ケア会議退院後12か月(以後12か月ごと)図6‒1 入院から退院までの流れ・ 芸子として積み上げた技能がある,・ ケアマネジャーにはよくしても・ 近所に送り迎えしてくれるデイケアがあるけど行ったことはない。・ 外出までに時間はかかるけど,や(事例提供:前大阪大学大学院 熊崎恭子氏)■ 入院時カンファレンス ■ 病棟カンファレンス プレゼントシート氏名:入院経路: □ 施設( ) □ 病院( ) □ 自宅 □ 主病名・身体合併症 ■ ○○さんの入院までの経過については以下のとおりです(看護師または医師がプレゼンテーションする)入院までの経過■ ○○さんの病状・治療方針については以下のとおりです(医師がプレゼンテーションする)□ 主病状 □ 通院状況 □ 入院前の生活状況□ 身体合併症■ ○○さんの入院後の病棟内での生活状況については以下のとおりです(看護師がプレゼンテーションする)0 明らかな,病的体験などは見られず,日常生活が制限なく行える1 軽度の精神症状をみとめるが,日常生活はなんとか行える2 身のまわりのことはできるが,ときに援助が必要3 身のまわりのことはある程度できるが,しばしば(50%)援助が必要4 身のまわりのことにつねに援助が必要□ 自立 □ 要支援● 個別支援計画立案● 地域移行支援食種・食形態は? 嚥下状態は? 食欲は? 義歯は? 摂取量の過不足,過食・拒食は? 食事制限は? 間食は? 入院前の食生活は? 食事の準備は?□ 自立 □ 要支援便秘・下痢? 下剤の使用は? 下剤の自己調節できる?□ 自立 □ 要支援就寝薬の有無,追加薬の有無,追加薬の服薬状況,睡眠時間はどれくらい? 熟睡感はある? 眠れないときの過ごし方は? 入院前の睡眠状況は?□ 自立 □ 要支援洗面,歯みがき,入浴,シャワー,洗身・洗髪,爪切り・ひげそり・化粧,着がえはどうしてる? 更衣の頻度は? 洗濯,洗濯機は自分で使える? 季節に合った衣類の選択はできる? 入院前の清潔行動は?0 正常1 軽度(通常の家庭内行動はほぼ自立,日常生活上の助言や介助は必要ないか,あっても軽度)2 中等度(日常生活が1人ではちょっとおぼつかない,助言や介助が必要)3 高度(日常生活が1人では無理,多くの助言や介助が必要,あるいは逸脱行為が多く目が離せない)外見(□ 肥満 □ るい痩 □ 明るい □ 暗い □ 退行的 □ 依存的 □ 従順 □ その他)行動(□ 興奮 □ 落ち着かない □ 粗暴 □ 高圧的 □ 攻撃的 □ 拒否的 □ その他)思考(□ まとまりがない □ 支離滅裂 □ まわりくどい □ 突然話がとまる □ その他)気分(□ 抑うつ的 □ 高揚 □ 変動 □ その他)意識(□ 集中力 □ 注意力散漫 □ 失見当識 □ その他)その他(□ 自殺企図 □ 逸脱行為)■ ○○さんの家族状況は以下のとおりです家族歴(家族構成)● 入院時アナムネ記録を参照する。● 主治医の説明を簡潔に記載する。● 箇条書きでもかまわない。● 入院診療計画書を参照する。● 主治医の説明を記載する。・ 隣人にいやがらせされずに安心して・ ひとり暮らしを40年も続けて・ お金の心配をしないで暮らしていき・ 芸子として長年生計をたてて・ なにか私にできることはないだろう・ かつては芸子として10年以上・ 近所の自家焙煎のお店について「コーヒーがおいしそう」633人(0.2%)26,828人(9.6%)(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課「平成30年度精神保健福祉資料」による)NOTE❶近年「地域移行支援」という言葉は,地域援助者側からの支援の意味で用いられることが多い.しかし,医療機関側が行う退院支援なども地域移行を推進するための支援の1つであるため,本書ではそれらを含めた広義の意味で「地域移行支援」を用いることとする.なお,障害者総合支援法のサービスにも「地域移行支援」「地域定着支援」があることに注意されたい(57ページ).※入院時カンファレンスは入院後1週間前後に開催年齢:居住地(市町村名):入院形態: 医保 任意 措置 □ 主治医・副主治医 □ 治療方針 □ 推定入院期間病気や症状についての理解は? 健康のために気をつけていることはある? 具合のわるいときの対処はなにかある? 医師への信頼度は? 入院前の健康管理状況は? 通院状況は?□ 自立 □ 要支援処方内容は? 服薬回数は? 管理状況は(病棟・自己管理)? 服薬の必要性についての理解は? 拒薬は? 入院前の服薬状況は? 服薬中断のリスクは?□ 自立 □ 要支援入院後の金銭管理の仕方は(病棟管理,自己管理)? やりくりは自分でできる? どのようなことに使っているか? 入院前の金銭管理状況は? 計画的に使える? 経済状況・収入は? 足りないときにどうしているか?□ 自立 □ 要支援食事の時間は? 活動と休息のバランスは? 起床・就寝時間,休息のとり方,昼夜逆転は? 週間予定は?OT活動は? 入院前の生活リズム・活動(就労)状況,職場・デイケアなどに行く時間(利用時間)は?□ 自立 □ 要支援人と接することが苦手? 交流がない(しない)・交流が多い,人となりは? 入院前の対人関係の状況は? 友人はいる? 相談できる人がいる?□ キーパーソン備考(補足情報・看護上の問題点など)□ 家族との関係性折り合いは? 協力的か?A.地域移行支援・地域生活支援の重要性1年以上5年以上合計10年以上20年未満20年以上23,765人28,857人(10.3%)(8.5%)171,674人(61.1%)90,733人(32.3%)280,815人(100%)希望・願望:なにがしたいか?なにがほしいか?過去の資源:どんなストレングスをいままで使ってきた?日常生活状況暮らしたい。きた。経済/保険たい。いた。職業/教育か(できることがあればやりたい)。の就労経験がある。支援者との関係性・デイケアに参加したい。健康・健康でいたい。レジャー/余暇・通院しようとした。・内服しようとした。・もともとは活発だった。・ 日本舞踊を踊ったり,歌も歌った。スピリチュアリティ表5‒1 精神科病院在院患者の状況(入院期間)不明1か月未満1か月以上3か月未満20,014人(7.1%)もかなり短いことがわかる。さらにNDBによる精神病床の新規入院患者の退院率をみると,入院後3か月時点の退院率は63.5%,6か月時点の退院率は81.0%,12か月時点の退院率は88.3%という状況である。 このように,近年では新規入院患者に対する早期退院の取り組みが進み,入院後3か月時点で6割以上の患者が退院できるようになった。しかし,新規入院患者のなかにも,12か月たっても退院することができない患者が約1割いるという現実もある。新たな長期入院患者を生み出さないことが,看護師にとって大きな課題となっている。 ●入院患者の高齢化 精神科病床における入院患者の疾患として最も多いのは統合失調症である(図5‒1)。しかし,2002(平成14)年時点で全入院患者の58.8%(約20.3万人)を占めていた統合失調症患者の割合は近年減少傾向にあり,2017(平成29)年には51%(約15.4万人)になっている。 統合失調症患者が減少する一方,入院患者として増えている疾患はアルツハイマー病である。アルツハイマー病は,2002年時点では全入院患者のなかでわずか5.5%(約1.9万人)にすぎなかったが,2017年には16.2%(4.9万人)まで増加した。さらにアルツハイマー病と詳細不明の認知症とを合わせると,2017年では精神科病床入院患者の25.5%(約7.7万人)を占める。これは,高齢化社会の進展とともに,精神科病床における長期入院患者もまた高齢化が進んでいることが要因であると考えられる。 精神科病床入院患者の年齢分布をみると,2017年には65歳以上の入院患者の占める割合が6割をこえており,高齢化が急速に進んでいることがわかる(図5‒2)。高齢精神障害者の場合には,精神疾患の医療のみならず,加齢に伴う生活機能の低下や身体合併症への支援が求められるなど,地域移行後の生活をどのように支えていくのかについて課題が多い(高齢精神障害者への支援については176ページ)。精神科病院における入院患者の地域移行支援・地域生活支援は,これまではおもに統合失調症の患者を対象としていたが,以上のような現状をふまえ,高齢精神障害者に対応した支援の必要性が高まってきている。サンプルページ精神保健福祉 3 ストレングスモデルによるアセスメント ラップらは,ストレングスに焦点を合わせるためのアセスメント(ストレングスアセスメント)を行うためのシートを開発しており,わが国でも普及してきている1)。このシートは,ストレングスを①日常生活状況,②経済⊘保険,③職業⊘教育,④支援者との関係性,⑤健康,⑥レジャー⊘余暇,⑦スピリチュアリティ(個人の内的強さ)の7つの生活領域から考え,過去・現在・未来の時間軸に合わせてアセスメントできるようになっている。 ここでは具体的な事例によってストレングスモデルによるアセスメントを考えてみることにしよう。147地域移行支援・地域生活支援について重点的に学べます。実際の臨床現場をイメージできるよう、豊富な事例を交えて解説しています。
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